第125話 リリー of view

 「うっ…」

 気分が悪い。

 バランスを崩した私は、廊下の壁に寄り掛かる。


 体を預ければ、預けた分だけ、ひんやりと冷たい石壁が、私の体温を奪っていく。

 私は、石壁を押し返す様にして、体を引き離した。


 寝不足に、吐き気を催すような自己嫌悪。寝起きからの興奮に、獣用とはいえ、意識を失わせるほどの臭気。そして、今も尚、私の心身を蝕む、薄暗く、冷たい、地下の空気。


 ……あの薬で、どれだけの人が、死ぬのだろう。

 ふと、過った考えを振り解こうと、頭を左右に振る。


 そもそも、この村の住人は、彼の実験動物でしかない。死ぬのは時間の問題だった。

 それに、私の殺した、彼の最高傑作だって、あんな状態で生きていても、苦しいだけだったに決まっている。

 毛玉達だってそうだ。もう、魔力を食らう事しか考えられない脳になっていた。殺してあげた方が……。


 本当にそうなのだろうか。


 少なくとも毛玉達は、同じ容器に入っていた同族は、生きている限り襲わなかった。

 彼の最高傑作だって、私なら、治せたかもしれないのに。

 地下に捕らわれた人達や、村人だって、逃がす方法は……。


 「違う…!違う違う違う!」

 今、彼らを救って、何になる!また、何処かで、別の誰かが、犠牲になるだけだ!


 次々と湧き上がる、無駄な考えを、頭ごと、石壁に叩きつける。

 私が…。私が、今、ここで逃げたらお仕舞いだ。

 教会に追われる身になれば、こんな機会は二度と来ない。


 大丈夫。私が、権力を持てば、こんな事は止めさせられる。

 知識を付ければ、死んだ人達も蘇る。

 ……メグルにだって、会える。


 今、私にできる事は、皆の苦しみを少なくしてあげるだけ…。早く、終わらせてあげるだけ。

 本当に、皆を救いたいのなら、心を無にして、突き進むしかないのだ。


 「……いたい」

 叩きつけた部分がジンジンと痛む。

 冷たい石壁に、患部を当てると、ひんやりとして気持ちが良かった。


 …冷たさに、身を任せれば、この痛みを忘れられるのだろうか。

 このまま、何も感じなくなっていくのだろうか。

 ……それも良いのかもしれない。


 壁の冷たさに、身も心も、預けようとした時、脳裏に、お姉ちゃんの…。コランの笑顔が浮かんだ。

 あの、なにも考えていない、馬鹿みたいな笑顔だ。


 研究室で、正気を失った時も、そうだった。

 コランが。コランお姉ちゃんの笑顔が、頭に浮かんだ時、冷静になれた。


 ……私は、いつから、お姉ちゃん。と言う単語で、本当のお姉ちゃんよりも、あの阿保らしい笑顔を思い浮かべるようになったのだろうか……。


 頭の中に浮かぶ、阿保らしい笑顔が「そりゃぁ!私の方が、リリーを愛しているからだよ!」と、得意げに、のたまう。

 そんな馬鹿全開の所が、可笑しくて、温かくて……。私を凍り付かせてはくれなかった。


「……馬鹿……。痛いじゃないですか。お姉ちゃん……」

 私は、冷たい石壁から、身を剥がす。


 本当のお姉ちゃんが蘇ったら、お姉ちゃん同士で、喧嘩になるだろうなぁ…。

 だって、二人とも、馬鹿みたいに、私の事が大好きなんだもん。

 

 …まぁ、すぐに、コランお姉ちゃんが、言い包められそうだけど。

 ……でも、その日までは、その日が来るまでは、コランさんを、本当のお姉ちゃんと、認めてあげない事も無い。……可哀そうだからね。


 「クフフッ……」

 誰に言い訳をしているのかと、我ながら可笑しくなる。

 如何やら、馬鹿はうつるらしい。馬鹿の特効薬も、ついでに、開発しなければ。


 とことん、仕事を増やしてくれる、姉である。

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