第124話 ヘーゼル of view

「……ん?」

 硬い机の上で、目覚める僕。

 いつの間に、寝ていたのだろうか。


 ……昨日は、確か、研究所の壁一面を使って、少女との討論会…。元へ、彼女に教えを乞うていたはずだ。

 しかし、彼女は、途中で、何かを思いついたらしく、そこからは、自分の世界へ、釘付け。

 お預けを食らった僕は、彼女の気を散らさない為に、自室へ引き返したのだ。


 その後は、自室の机の上で、彼女から教えて頂いた情報をまとめて……。

 …そうだ!死体を使った、人造勇者の製造に成功して!


 …したんだっけ……?どこまでが夢だったんだ?

 もしかして、彼女との出会いそのものが、夢だったのか?!


 僕は、勢いよく部屋の扉を開けると、廊下に飛び出る。

 昨日の出来事が夢でなければ、彼女は研究所にいるはずだ!


 ……?

 研究室に近づくと、なにやら、空気が煙たさを帯びてくる。


 研究所が燃えては、僕の研究が!

 人間の体では、これ以上の速度は出せない。

 音が外に漏れないようにと、長くした地下廊下が、仇となった。


 僕は、逸る気持ちを抑えきれず、懐にしまっていた魔材を、一欠けらだけ、口にした。

 体中に力が漲る。僕に組み込まれた、獣の血が、騒ぎ、体が変化していくのを感じる。


 …!!血の匂い?!

 強化された嗅覚は、煙に混じった遠くの匂いを、正確に届けた。

 次いで、耳が、何かを叩きつけるような音を拾う。

 僕は、力一杯、地面を蹴ると、これまでとは比較にならない速度で、移動した。


 研究所の扉が見えると、僕は勢いそのまま、扉を蹴破る。

 その瞬間。僕は、流れ込んできた空気に、卒倒しそうになった。


 清涼感のある刺激臭が、部屋に近づくに連れ、段々強くなっているとは感じていた。

 しかし、部屋の中が、これ程とは思わなかったのだ。


 鼻を覆い、口での呼吸に切り替えて、辺りを見回す。

 部屋の中には、煙が充満しており、視界も最悪だった。


 唯一残った聴覚を使い、音の発生源に近づく。

 すると、そこには、何か、動く影が…。

 僕は急いで影に近づき、それが、黒髪の少女であることを確認した。


「……はぁ」

 少女との出会いが、夢でなかった事に、ひとまず、胸を撫で下ろす。


 ……しかし、彼女の様子がおかしい。無言で見つめた、床の一点を踏みつけ続けている。

 僕はさらに近づくが、彼女は、こちらを見ようともしない。


 よく見れば、彼女の手や、足には血が。

 その踏みつけられている床にも、血痕と肉片が散らばっていた。


 ……この尻尾…。毛玉か?

 僕は、しゃがみ込むと、フードを外し、その残骸を観察する。


 「あ!森の狩人さん!」

 すると、今まで、こちらに見向きもしなかった少女が、口を開いた。

 僕は驚き、振り返ると、少女は「ごめんんさい!」と、言って、頭を下げる。


 「私、メグルさんから頂いた、重要な書物を、傷つけてしまいました!」

 少女は、深々と頭を下げたかと思えば「この、毛玉が!毛玉がやったんです!」と、言って、再び、肉片を踏みつけ始める。

 …訳が分からなかった。

 分からないが、今の状況を察する事は出来た。

 きっと、この少女の大切な書物を、この毛玉達が、傷つけたに違いない。


 「でも、メグルさんの知識のおかげで、皆一網打尽にできました!すごいです!」

 今度は、恍惚表情をして呟き始める少女。


 「ねぇ!そう思わない?!おねぇ………」

 何かを言いかけた所で、少女の動きが止まった。


 「………」

 少女は、暫く停止した後に、俯く。


 「……これを」

 何事もなかったかのように、話し出す、少女。

 少女は、容器に入った液体を押し付けてくる。


「毛玉達は、私が起きた時には、皆、脱走していました。その後、私に危害を加えた為、危険と判断し、処分しました」

 淡々と語る彼女は、顔を上げない。


「それと、今渡したものは、貴方の作った、最高傑作の肉を加工したものです。それを村の重症者に与えれば、昨日、貴方が話していた、最強の戦士が生まれるでしょう」

 その言葉に、私の最高傑作に目をやる。

 所々、肉を引きちぎられたそれは、もう動かなくなっていた。


 「……私は、少し眠ります」

 ふらふらと、研究室を去って行く少女。

 部屋の扉が閉じるのを見届けた後。僕は、渡された液体を見つめる。


 ……こんなに呆気なく、最終目的だと思わせていた、交渉材料を渡してくるなんて…。

 彼女は、僕の真の目的を知っているのかもしれない。

 僕は、彼女の事を何も知らないと言うのに。

 

 …そう言えば、彼女は正気に戻ったとはいえ、獣になった僕を、よく、ヘーゼルだと見分けたものだ。

 …それも、知っていたのか?それとも、この服装のせいか?


 彼女を知りたい。何もかもを知りたい。……支配したい。

 …まさか、僕が、こんなにも一個人に興味を持つ日が来るなんて…。

 僕は、持ち上がる口角を、止める事が出来なかった。

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