第120話 ブライダルベール of view
「ラッカー!」
「何故、エボニがこんなところに!」
大きな怪物が、小さな毛玉に翻弄されて居る隙に、俺は素早く、皆の被っている、布の口を縛った。
布の中で、モゴモゴと暴れる皆に「俺だから安心しろ。しばらく、大人しくしていてくれ」と、伝える。
緩めに縛っておいたので、息はできるだろうが、こちらが解くまで、抜け出すことはできないだろう。
「お主!
じゃれ合いが終わったのか、ラッカが、こちらに噛み付いて来る。
…どうやら、エボニに頭の上にまで登られ、抵抗を諦めたらしい。
「人聞きの悪い。騙してはいないだろう。ここに来れば、餌の場所を教えると言っただけなんだから」
俺の回答に、自分自身で納得いってしまったのか、きまりが悪い顔をする、ラッカ。
「……ここではない。集合場所は、もう少し先だったはずじゃ…」
何とか、言葉を捻り出したものの、自分でも的外れだと分かっているのか、目線を逸らす。
「…それと、この上の小僧を下ろせ。正直に言わせてもらうが、空腹で、あまり身体的にも、心情的にも、余裕がない」
ラッカは真剣な表情で俺を見つめる。
遠回しに、このままでは気が狂って、食ってしまうから、こいつをどけろ。と、でも、言っているのだろう。
それを直接言わないのは、きっとエボニがいるからだ。
「…気を遣う理性が残ってりゃ、十分だ。……それより、エボニ」
俺は、声を切り替え、真面目な表情で、エボニを見つめる。
エボニも、俺の視線を受けて、ニヤけていた顔を、引き締めた。
「お前はどうする?…そっち側と、こっち側。二つに一つだ」
我ながら、唐突な質問。しかし、エボニは少しも、狼狽する様子を見せない。
代わりと言っては何だが、その下の巨体の方が、明らかに動揺している。
「…それは、二択じゃないとだめなの?例えば、ラッカに僕たちを守ってもらって、僕たちはラッカに食べ物を上げれば…」
「おぃ。そいつに餌をやるって事は、どう言う事だか分かってるよな?」
俺は、そこまで言ったエボニに睨みを利かせる。
「分かってる。…何なら、僕がラッカのご飯を」
エボニがすべてを言い終える前に、俺は木の棒を、エボニ向かって投擲した。
投擲された木の棒は、エボニの真横擦れ擦れを、通り過ぎる。
それでも、エボニは怯える事無く、俺を見据えたまま、微動だにしなかった。
ラッカは、この言い争いに耐えられなくなったのか「おい!」と、声を出す。
しかし、当事者と言えど、ここは譲れない。
「黙ってろ」「黙ってて」
俺と、エボニの声が重なった。
まさか、エボニまで、止めに入るとは思わなかった俺は、少し驚く。
エボニも、それだけ、真剣だと言う事なのだろう。
「い、いや、これは私の「どうなの、ダルさん?それでも、文句があるの?」
エボニが、ラッカの声をかき消すように、質問してくる。
「あぁ。問題だ。大問題だ。さっきの言葉を最後まで言い終えていたら、毛玉街の長として、お前を始末しないといけない所だった」
俺の言葉に、初めて、エボニの表情が曇る。
「それは、下の部屋にいた、毛玉達でも?」
質問に、今までの覇気がなかった。エボニもその答えは分かっているのだろう。
「あぁ。だめだ。…毛玉街の奴らでも、飢えれば、ああ言う事はする。逆に、下から逃げてきたやつが、まともになる事もあるんだ。……俺みたいにな」
その言葉に、エボニが反応する。
俺は苦笑しながら「聞きたいか」と、訊ねると、エボニは俯きながら「いい」と、答える。
聞く事を怯える。知る事を怯える。そんな態度だった。
相手を知ってしまったら、冷酷にはなれなくなる。それは、優しいエボニの最大の欠点。
だからこそ、あえて俺は話そう。
大人なら乗り越えて見せろ!
無理なら、こちらに戻って来い。お前は、まだ子どもで居て良いんだ…。
傷つける覚悟をもって、俺は口を開く。
どう転んでも、俺はそれを受け入れよう。
…ただ、出来れば、もう少し、子どもで居て欲しい。エボニの志を挫いてでも、危険な事はさせたくない。
それは、親の勝手な願望なのだろう。
しかし、俺は、そう思わずにはいられなかった。
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