第119話 エボ二 of view

 合流地点に近づくと、ダルさんが壁に寄り掛かり、僕たちを待っている姿が見えた。

 僕は思わず、顔を逸らす。


 …ダルさんが、僕のお父さんだと言う話は、皆から聞いていた。

 先刻の件で、元々、気まずい対面だったのだが、お父さんと言う、良く分からない肩書を携える事で、より、一層、気まずくなる。


 「よぉ」

 もう少し進むと、ダルさんが、片手を上げ、挨拶してくる。


 「どうも…」

 僕は頭を軽く下げると、小さく、言葉を返した。


 「父さん!」

 そんな僕の横を、兄弟たちが、追い抜いていく。

 皆、親し気に、ダルさんに纏わりつくと、親し気に、話し始めた。


 ……僕も、ああするべきなのだろうか?皆の反応を見るにあれが正解なんだろうけど…。

 …でも、僕はダルさんと親しいって訳じゃないし…。あれは、何か違う気が……。


 そんな事を考えている僕の横を、今まで、じっとしていた母さんが、速足で通り過ぎる。


 ダルさんの方へ、一直線で向かう母さん。

 兄弟たちは、母さんが近づくと、直ちにダルさんから離れる。


 そして、ダルさんの目の前で、止まる、母さん。

 兄弟の誰もが、動きを止めて、その様子を見ていた。


 ダルさんは、引きつったような笑みで、母さんの顔を見ている。

 こちらからは見えないが、母さんは一体、どんな表情をしているのだろうか…。


 そんな事を考えていると、母さんは、ダルさんの、両の髭を掴み…。引っ張った。


 「イタタタタタッ!痛い!痛いって!千切れるぅぅ!!!」

 ダルさんは、その痛みに、情けない声を上げる。


 確かに、僕も髭を挟んで、引っ張ってしまった事があったが、悶絶する程の痛さだった。

 その痛みを想像して、僕は思わず、髭を両手で覆う。


 母さんの攻撃は、数瞬きの間続き、解放されたダルさんは、ヒィヒィ言いながら、その場にへたり込む。


 「五月蠅い!怪物が寄ってきちゃうでしょ?!」

 母さんは、そう言って、へたり込むダルさんに、止めの蹴りを入れた。


 ……ダルさんは、ピクリとも動かなくなる。

 母さんは、そんなダルさんを、無言で背負った。


 「エボニ。道案内、お願い」

 感情を抑えようとはしているが、未だに怒気を孕んだ声。

 僕は「はぃ…」と、消え入りそうな声で返事をする。


 あんな怖い母さんは、初めて見た。

 流石に兄弟たちも、動揺しているようで、上を見たり、下を見たり、誰一人として、母さんの方に顔を向けてはいなかった。


 しかし、こんな大きな音を出して、この場でグズグズしている訳にもいかない。

 母さんの機嫌を損ねない為にも、毛玉達の街へと足を進める。

 っと、道中、バイモが、頻りに鼻を動かし始めた。僕たちも、辺りを警戒する。


 !!!

 ラッカの匂いだ!


 兄弟たちは、すぐに物陰に隠れて、各自で持っていた布を被った。

 この布は、匂いを通さないらしい。また、薄汚れていて、僕たちが布を被っている姿も、風景の一部に見えると言う、優れものだ。


 「……」

 僕も悩んだ末に、布を被る。ラッカがこちらに気付いた場合、逃げられる可能性があったからだ。


 体全体を、しっかりと布で覆う僕。

 ただ、匂いが漏れないように隙間を塞ぐと、息ができなくなり、辺りの様子を窺う事も出来ない。それに、暑い。


 頼りになるのは、音だけだ。

 しかし、バクバクと動く、心臓の音が邪魔で、その音すらも聴こえ辛い。


 先程、練習した時よりも、息苦しい。

 ラッカの、床を這う音が近づいて来る。

 匂いがかげない。見る事も出来ない。心音が収まらない。…息が苦しい。


 少しの振動も逃さないように、髭と耳を床に着け、全神経を集中させる。

 あと、少し、あと少しで…。


 はやる心を抑え、じっと待つ。

 ……今だ!

 

 僕は布から飛び出した。

 ラッカは、こちらに気が付いたようだが、もう遅い。


 「ラッカ~~~!」

 僕は、ラッカの首元目掛け、飛びつくと、今度は逃がさないように、しっかりと抱きしめた。

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