第115話 エボ二 of view

 「ん~~~………」

 未だに考え続ける母さん。

 こんなに真面目な表情をした母さんは、始めて見た気がする。


 ただならぬ雰囲気に、兄弟たちも集まってきた。

 そして、家族全員が見守る中で、母さんは目を開ける。


 「分かりました……。この家を出ます」

 兄弟たちは、顔を見合わせ、目をパチクリ。如何やら、状況が飲み込めていないようで…。


 「やっとか!」

 「やっとね!」

 「長かったですね…」

 「もう、一生この場所に住むのかと思いましたよ」


 ………?

 ?????

 兄弟たちは、待ってました。と、言わんばかりに、声を出す。


 「……え?みんな盗み聞きしてたの?」

 僕は、皆の顔を見回すが、歯切れの悪い笑みを零すだけ。


 「実はな。末っ子のお前以外、俺たち全員、全部知ってるんだわ」

 頭を掻きつつ、長男のパキラが苦笑の表情で、口を開く。


 「え?……で、でも、皆頭が悪くて、物事を覚えられないんじゃ……」

 気を遣う余裕などなく、思ったことを口に出す僕。


 「あんなもの演技ですよ、演技。そうでもしないと、ヤツの玩具にされてしまうではないですか」

 僕の質問に、飽きれた様子で答える、次男のバイモ。


 「まぁ、敵をだますなら、味方からって言うらしいじゃない?」

 長女のキバナが、楽し気に続ける。


 「つ、つまり、僕だけが知らなかったって事?」

 僕の問いに、今までの三人が何度も頷く。


 「ま、まぁ、何がともあれ、話が円滑に進んで良かったではありませんか!」

 その中で、唯一、場を取り繕うように、言葉を紡ぐ、次女のペアー。

 しかし、全く、フォローしきれていない。


 「な、何で教えてくれなかったのさ!」

 そう叫ぶ僕に、兄弟たちは皆、母さんの方を見る。

 その視線につられ、僕の視線も、自然と母さんへ。


 僕たちの視線を一点に集め、視線を泳がせる母さん。

 心なしか、冷や汗が出ているような気がする。


 「そ、それは……」

 母さんの口が開かれ、僕はゴクリと唾をのむ。

 「だって!エボニちゃんは、まだ子どもなのよ!そんな酷い事、教えられないじゃない!」

 その信頼の欠片もない言葉に、僕はズッコケそうになる。


 「だから言ったじゃないですか、最初から教えておくべきだって」

 「そうよ!そうよ!末っ子って言っても、私たちと、そう変わらないわよ!」

 バイモとキバナが母さんの発言に噛み付く。


 「あ、あなた達にだって、本当は教えたくなかったのよ!…ただ、あの時は、あの人がいたから……」

 「あぁ…。今は新しい実験とやらを始めて、なりを潜めているが、ひと昔前の研究は、かなり過激だったしな……」

 母さんをフォローするように、語るパキラ。


 皆が、目を伏せている所を見るに、それは生死にかかわる様な実験だったのだろう。

 そうなれば、否が応でも、真実を知る事になるだろうし、目を付けられないように、上手く立ち回る必要も出てきそうだ。

 ……それにしても、場の雰囲気が沈んでしまった。


 「え、えっと…。あの人って、誰の事?」

 僕は空気を変える為、キバナに話題を振る。


 「え?…。あぁ、あの人って言うのは、父さんだよ」

 ……トウさん?


 「…トウさんって誰?」

 またも、顔を見合わす皆。


 初めに、バイモが「ふっ」と、小さく笑いを零す。

 それに釣られて、キバナと、パキラが「ぎゃはははは!」と、大声で笑い始めた。

 場の空気は一新されたが、これは、これで、腹が立つ。


 「と、父さんと言うのはですね。お母さんと、つ、番になった男性の事で……」

 場を取り持とうと、唯一、説明してくれるペアー。


 「ツガイって何さ!」

 皆の反応に、イライラした僕は、少し、強めの口調で返してしまう。


 「え?えぇっ?!…えっと、番って言うのは、その……」

 赤くなって、もじもじするペアー。その様子を見て、更に二人が爆笑する。


 「つ、番って言うのはね、好きになった、男の人と女の人が一緒になって、家族を作る事なの…。その、女の人の方が、お母さん。男の人の方がお父さんって言うの…」

 お母さんが、優しく説明してくれる。

 つまり、本当は、お母さんと、お父さんがセットで、その下に、長男、長女、次男、次女がいて……。


 「…ん?って、言う事は、お母さんは、お母さんって、名前じゃないって事?!」

 衝撃の事実だった。


 それを聞いて、場は一層盛り上がる。

 僕は、恥ずかしくて、消えてしまいそうだった。


 「そ、そうね!説明していなかった私も悪いわ!お母さんの本当の名前は、ナンディナ。ナンディナって、言うのよ……。コラ!そこの二人!いい加減、笑うの、やめなさい!」

 母さんが未だに笑い転げる、長男、長女を一喝する。

 それでも二人は止まらない。


 「そうですよ。こんな小さな事で、いつまで笑い転げているんですか。恥ずかしい」

 「な、何だと!元はと言えば、お前が一番最初に、笑ったんじゃないか!」

 続けて、次男が注意すると、長男長女が食って掛かる。


 「…全く、一番と、最初が重複している事にも気が付かないなんて…」

 そこに、更に火種を投下する、次男。


 「な、なにぉ…!」

 「ま、まぁまぁ、皆さん落ち着いて!…ここは、エボニが、また一つ大人になったと言う事で!おめでたい場と言う事で!」

 場を取り持とうと、あたふたする次女。しかし、そんな物では止まらない。

 余裕振る次男に、仕舞いには、手が出そうになった所で……。


 「いい加減にしなさい!今夜が出発よ!言う事を聞けない子は置いて行きますからね!」

 母さんの一蹴で、場は静まった。


 全く関係のない、僕とペアーまでもが、ビクついてしまったと言うのに、事の元凶であるバイモだけは涼しい顔をしている。

 ペアー以外の睨むような視線を気にもしないバイモ。これではまた一悶着ひともんちゃく、起きてしまいそうだ。

 …と言うか、起こしてほしい。あの、得意げな次男をボコボコにして欲しい。


 母さんは「はぁ」と、ため息を吐くと「以上!解散!」と、言って、ピリピリした空気ごと、皆を散らした。


 「……こんなんで、大丈夫なのかなぁ…」

 去って行く皆を見つめる中、残ったペアーだけが、僕の隣で苦笑してくれた。

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