第114話 エボ二 of view

 「………」

 穴の中から、辺りを見回し、辺りの安全を確認する。


 「他に人間?あぁ、別の部屋にも何個か置いてあるよ。魔力の良い燃料に……」

 透明な壁の向こうには、ヤツがいた。が、どうやら、先程見かけた少女との会話に熱中しているらしく、こちらに注意は向いていない。

 僕は奴を警戒しつつ、気付かれないように、慎重に穴から抜け出る。


 「……よし」

 ここまでくれば、もう、怪しまれる事はない。

 胸を撫で下ろした僕は、真っ先に母さんの下へ向かった。


 「…ただいま」

 疲れていた僕は、息を吐きながら、母さんに声をかける。


 「おかえりなさい」

 母さんは、相も変わらず、優しい笑顔で、出迎えてくれた。

 僕は、その姿を見て、安心すると、倒れ込むように、母さんの毛の中に、顔をうずめた。


 「あらあら…」

 特に、困った風もなく、柔らかい声で、そう呟く母さん。


 「………」

 母さんに顔を埋めたまま、どう説明したものか。と、僕は考える。

 僕は、始め、ダルさんの言う事が信じられなかった。

 今だって、あの状況を見ていなければ、信じられなかっただろう。


 何て言えば…。何て言えば、この場から母さんたちを連れだせる?

 ……いや、そもそも、母さんたちを連れ出すのは正解なのか?


 ここは危険かもしれないが、外も危険だ。それは今日、少し遠出しただけで、痛いほど分かった。

 外で生活するようになれば、もっと危険な目に合うかもしれないし、それこそ、この場所に住んでいた方が良かったなんて、思う事もあるかもしれない。


 「………あ」

 母さんは、何も言わず、僕の頭を撫で始めた。

 心地が良い。このまま眠って、何事もなかったかのように、過ごしたい。


 「……」

 僕は何も言わず、母さんに抱き着く。

 母さんは何も言わずに、僕を撫で続けた。


 いつも、母さんは、僕に何も言わない。

 肯定して、優しくして、甘やかして……。


 …だから僕は、自信が持てるんだ。

 そして、そんな母さんを、僕は、僕以上に信頼している。


 「……母さん。あのね…」

 僕は母さんから離れ、しっかりと向かい合う。


 「…なぁに?」

 そんな僕の改まった態度を見ても、母さんはいつも通りだった。

 少し緊張がほぐれる。


 僕は、僕なりの真実を母さんに伝えた。ここが危険な事も。外が危険な事も。

 僕が話す間、母さんは、口を挟まず、頷きながら、聞いてくれる。


 「…信じられないかもしれないけど、全部本当の事なんだ」

 全てを話し終えた僕の心は、信じて貰えるか、不安で一杯だった。

 だからこそ、誠意を示す様に、不安を振り切って、母さんの目を見つめる。


 …そこには、母さんの考え込む様な顔があった。

 やはり、信じて貰えなかったのだろうか…。僕は不安になる。


 「……それで、エボニはどうしたいの?」

 唐突な質問。

 でも、大丈夫。その答えは、もう出ている。


 「僕は、母さんの判断に任せようと思う。僕が一番信頼しているのは、母さんだから。どんな結果になっても、受け入れる」

 恥ずかしさのあまり、背けそうになる顔を必死に抑え、母さんにそう告げる。

 今、僕の顔は、赤色で染まりきっている事だろう。


 「う~ん…」と、目を瞑って、考え込む母さん。

 僕は深呼吸をし、心を落ち着けると、静かに、その答えを待った。

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