第111話 エボ二 of view

 「……分かったろ」

 棚の上から、男女のやり取りに目を奪われていた僕。

 そんな僕の背後から、ダルさんが声をかけて来た。

 完全に、その存在を忘れていた僕は、思わずビクリと反応してしまう。


「あいつはそう言う奴だ」

 …そう言う奴とは、どう言う奴なのだろうか。僕には分らない。

 僕たちの面倒を見ながら、僕の同族を、ああも簡単に殺し、自身の同族までも、あのような状態にしておきながら、そのかたわらで、自身の同族と、手を握って笑いあっている。

 …狂っている。……あぁ、そうか、狂っているんだ。


 「……分かりました。母さんたちを、あの場所には置いておけない。…行きましょう。案内します。僕の家まで」

 僕は、未だに同族の飛び散った破片を奪い合っている、毛玉達を俯瞰ふかんしながら答える。


 「……あいつらを助けろとは言わないんだな」

 …言ったところで、助ける気もないくせに。


 「………あれは、ただの毛玉。ただの、動く毛玉です」

 僕も彼らを、命をかけてまで、救う気にはなれなかった。詰りは、ダルさんと一緒だ。

 僕は、それだけを言うと、踵を返す。


 「…そうか」

 ダルさんは無機質にそう呟くと、僕の後に続いた。


 「……お前の友人とやらの、同族は見なくても良いのか?」

 相変わらず、抑揚のない声。

 背後にいるダルさんの表情は見えない。

 僕は短く「いいです」と、答えると、来た道を進んだ。


 「………」

 ダルさんは、それ以上何も言わない。僕も何も言わない。行きと何も変わらない風景。空気が変わったと思うのは、僕の、物の見方が変わったからだろう。


 「……一旦、街に戻るか?」

 垂らした紐を回収しながら、ダルさんが呟く。


 「……いや、”アイツ”が僕たちの家を確認した時に、僕がいないと不審がられるかもしれないので…。僕はこのまま家に帰ります」

 僕は何もない空間に視線を向け、言葉を紡ぐ。

 何故か、相変わらず、ダルさんの顔を見る気には、なれなかったのだ。


 「……そうか…」

 またしても、無機質な返答。

 最初は馴れ馴れしくしてきたと思ったら、僕の身の上話を聞いてからは、妙に突っかかってきて、かと思えば、冷たくあしらう。

 一体何なんだ、この人は。イライラする。その全ての言動が耳障りに感じる。何故…。何故こんなにも気に障るんだ……。


 …ダメだ。今はそんな事を考えている場合じゃない。


 「……一人で帰れるか?」

 不意に、人の熱が籠った様な声色。余りの気色の悪さに、背筋がゾクリとする。


 「だ、大丈夫です…。道は分かりますから」

 僕は警戒する様にダルさんに視線をやるが、彼の顔は影になり、その表情をうかがい知る事すら叶わない。


 「……そうか…」

 「そうかって何だよ!言いたい事があるなら言えば良いじゃないか!」

 我に帰り、ハッとなる。

 僕とダルさんは、警戒する様に辺りを見回すと、異変のない事を確認し、安堵の息を吐いた。


 「…す、すみません……」

 僕は素直に謝る。

 この様な場所で、不用意に大声を出す事も、人を突然、怒鳴り付ける事も、到底、許される事では無いのだが…。


 「…いや、いい。俺も悪かった……。お互い、疲れてるのかもしれないな」

 今回に関しては、全面的に僕が悪かったはずなのだ。しかし、何故かダルさんは、申し訳なさ気な態度を取ると、あっさりと許してくれる。

 それによって、僕はますます気まずくなり、またも、ダルさんから視線を逸らす結果となった。


 「……よし、一旦、それぞれの拠点に戻って、休憩しよう。下の奴等が寝静まってから、行動だ。……それまでに、家族には説明をしておけよ」

 先の件は無かったかの様な対応に、少し安心しつつも、未だに、気まずさは拭えない。


 「は、はい……」

 僕は目線を逸らしながら、返事をすると、軽く作戦会議を行い、その場で解散する流れとなった。


 こちらに背を向けたダルさんは、最後に「気を付けろよ」と、呟いて去って行く。

 僕はその背中を、申し訳ない様な。恥ずかしい様な。…少し、寂しい様な気持ちで見送る。


 この気持ちは、何なのだろうか。

 少なくとも、あのイライラは、自分自身のせいで。詰まりは、八つ当たりをしてしまったと言う事で…。

 大人の対応で、いなしてくれたダルさんを思い浮かべると、尊敬と言うか、何と言うか…。


 脳裏に、再び、先の状況が蘇って来る。

 僕は、恥ずかしさから、顔を隠さずにはいられず、逃げる様にして、その場から立ち去った。

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