第112話 バニヤン of view

 「兄さまっ!ロワン兄さまっ!」

 兄さまが、山賊の一味によって、寺院に担ぎ込まれたと聞いた時は、何かの冗談かと思った。


 「あんたが何かしたんでしょう?!」

 私は兄を此処まで運んで来たという山賊の少年に掴み掛かる。


 「おい!落ち着けって!俺みたいな雑魚一匹で、この勇者様を倒せる訳無いだろ!それに、倒したやつをわざわざ村まで連れて来て、治療を頼む奴があるか!」

 そんな調子の良い事を言って!

 確かに、こんなヒョロヒョロな、お子様一人に、お兄様が負ける訳が無い。

 しかし、私は知っている。兄さまがこのヒョロヒョロと、よく、親し気に話していた事を!

 兄さまは強い。強くて優しい。それは、とても良い事なのだが、しかし、優しさ過ぎる!

 その優しさで、どれだけ兄さまが傷ついて来た事か!

 きっと今回も、この小僧に騙され、一杯食わされたに決まっている!

 だから言ったのだ!山賊なんかに関わってもろくな事にならないって!


 「離れろ山賊!教会に通報されたく無かったら、とっとと山に帰れ!」

 私に力があれば、今すぐにでも、兄さまの仇を取ってやりたい所だが、今の私では、このヒョロヒョロにすら勝てないだろう。

 精々、脅して追っ払うのが精一杯だ。


 「ったく…。しょうがねぇな。分かったよ」

 彼は面倒臭そうな態度で、席を立つ。

 しかし、兄さまの顔を見つめて、再び動きを止めたヒョロヒョロ。

 そんなヒョロヒョロを警戒しつつ、睨みを利かす。

 そこで、やっと観念したのか、ヒョロヒョロは「はいはい」と言いながら、やっと寺院の扉に手をかけた。

 

 外に出る間際、ヒョロヒョロはまたしても動きを止める。

 私は、またか。と、警戒するが、「……院長。この馬鹿を宜しくお願いします」と、奥に居た院長に頭を下げ、今度こそ、扉をくぐって、外へと出て行った。


 「………お兄様に向かって、馬鹿とは何よ!」

 私は、ヒョロヒョロが出て行った扉に向かって、近くに合った小物を投げつける。


 「……ふぅ」

 ヒョロヒョロがいなくなってスッキリした私は、投げつけた小物を回収し、元の場所に戻す。

 ふと、後ろを振り返れば、こちらを見て、院長と複数の職員が困ったような表情で苦笑していた。

 突然、山賊にあんな事を言われれば、当然の反応である。


 ……それにしても…。

 改めて辺りを見渡してみると、寺院の中は病人で一杯だった。

 いつもは、病人の家族や、怪我人が薬や、祈りを貰いに来る程度。この頃は、それすらも教会に取られつつあって、ただの、村の集会所と化していたのに……。


 ふと、兄さまの顔を見る。周りの患者同様、苦しそうな表情をしていた。

 きっと、病で弱っていた所を、あの山賊に!

 …まぁ、兄さまが、これぐらいで、どうこうなる訳もないし、私が仇を打てる訳でもないので、この際、その件は置いておこう。


 私は、兄さまの手を取ると、早く、良くなりますように。と、念じる。

 …今の所、この病気から回復したと言う人の話は聞かない。兄さまは大丈夫なのだろうか……。

 いや、兄さまに限って、そんな事はないはず!きっと、第一の回復患者になって!


「………」

 苦悶くもんに歪む、兄さまの寝顔。自然と握る手に力が籠ってしまう。

 祈ること以外、何も出来ないでいる現状に、心の中が落ち着かない。


 「あ。汗が……」

 生憎あいにく、職員は、症状が重い患者に付きっ切りで、こちらにまで手が回せそうになかった。


 「……お水汲んできますね」

 私は、バケツと布を持つと、教会の噴水に向かう。

 今私にできる事は、これぐらい。どれ程の意味があるのかも分からない。

でも、それでも、やらずにはいられないのだ。


 「……ふふふっ…」

 結局、私も兄さまと同じで、困っている人を前に、じっとしている事などできないのかもしれない。

 …まぁ、私は、優しくする相手は選びますし、無茶な事には挑んだりしませんけどね!


 私は、私自身に言い訳をすると、兄さまが目覚めた時にする説教を考える。

 私に叱られ、苦笑する兄さまの表情が、頭に浮かんだ。

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