第106話 エボニと出会い

「待って!待ってよ!ラッカ!」

 必死にラッカの後を追う僕。

 それでも、ラッカとの距離はぐんぐんと開いて行った。


 巨大な闇に呑み込まれて行くラッカ。


「ラッカ…。待ってよ…」

 仕舞いには僕の体力も尽き、完全に彼女を見失ってしまった。


 息も絶え絶え、何とか惰性だせいで走る僕。

 結局ラッカは何も話してくれなかった。


 それでも、何かに邪魔され、彼女の意思に反する形で、僕と仲良くできない。という事が分かった。

 ほんの少し…。だけど、確実に一歩、彼女に近づいたのである。


 このまま彼女を追いかけても、絶対に追いつけない。

 物理的に追いついたところで、僕は彼女の心に近づけないのだ。


「チュゥ、チュゥ、チュゥゥ~…」

 僕は足を止めると、その場にへたり込む。

 今は動く時じゃない。考える時だ。

 ゆっくりと息を吸って、呼吸を整える。


「おう!坊主!お前、スゲーな!」

 そんな僕の耳に、聞き覚えの無い、男の声が飛び込んできた。

 僕は重い腰を上げると、周囲を見渡す。


「おぉ。驚いた。おめぇさん。二足歩行までできんのか」

 そう言って、暗闇から出てきたのは、母さんと同じぐらいの歳に見える、男の同族だった。


 男も二足歩行をして、こちらに向かってくる。

 その顔はへらへらとしていて、軽い印象だった。


「は、初めまして…」

 僕は様子をうかがうように挨拶をする。


「お!おぉ!始めましてだな!俺の名前はブライダルベール。気軽にダルと呼んでくれ!」

 軽快な声と共に近づいてきた彼は、勢いそのまま、僕の肩を勢い良く叩く。


「い、痛いですよ」

 僕が反発の声を上げると、男は「わりぃ、わりぃ」と言って、笑いながら、僕との距離を取り直した。


「…いやぁ、済まなかった。喋れる仲間にあったのは数年ぶりでよぉ!興奮しちまった」


 ……?喋れる仲間…?

 喋れない仲間なんていないだろうに。

 喋る相手がいなかったと言いたいのかな?


「ん?その反応。あんた、下の研究施設出身か?あの、薄気味悪い男がいる場所の…」


 彼は薄気味悪くなどないが、下の研究施設と言えば、確かに僕たちの家がある場所で間違いないだろう。

 僕は無言で首を縦に振る。


「そうか、そうか…。俺もお前さんと一緒で、あそこから逃げて来た口なんだよ」

 …僕は逃げてきたわけじゃないけど…。

 と言うか、逃げる要素がない気がする。


「安心しろ!あの長い化け物を追い払える奴なら、この場所に敵はいないからな!」

 そう言って、男は僕の肩に腕を乗せてくる。

 長い化け物?ラッカの事を言っているのかな?

 確かに見た目は怖いかもしれないけど、悪い奴じゃ…。


「いやぁ。こちらとしても、アンタみたいな強者がいてくれると助かるんだが…」

 男の窺う様な視線。


「ちょっと待ってください!僕は強くなんてありませんよ?!それに!あっ…」


 男は「こまけぇ事は良いじゃねぇか」と言って僕の手を引っ張る。

 確かに、悪い人ではない。…悪い人ではないのだが…。


 エボニは彼に腕を引かれながら、何とも言えない顔をした。

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