第104話 エボニと勇気

「チュチュチュ!」

 母さんに送り出され、意気揚々と出発した僕。

 そんな僕は、現在、暗闇の中を必死にけていた。


「チュチュウ!」

 曲がり際に振り返ってみれば、八本足の化け物はまだ僕を追ってきている。

 何とか僕の方が速いので、振り切れそうではあるが、あの沢山の目ににらまれると、足がすくんでしまいそうだ。


 これは、ラッカを見た時と同じだ。

 何をされた訳でもないのに、何処からか、恐怖心が湧き上がってくるのだ。


 …これで良いのか?

 逃げるのは簡単だ。

 でも、話し合えば案外仲良くなれるかもしれない。ラッカみたいに…。


 僕はもう一度振り返る。

 無機質な複数の瞳が僕をとらえ、その口からはするきばが見え隠れしていた。


「チチュウ!」

 無理無理無理!絶対無理!

 話し合いとか通じるタイプじゃないって!


 そう思いつつも、歯を食いしばり、足を止め、化け物に向き合う。


「何しとるんじゃ!たわけ!」

 不意に僕の後ろから長い尻尾が叩きつけられる。


 それを見た八本足の化け物は、驚くように飛び上がると、向きを変え、一瞬の内に闇の中に消えて行った。


「…ラッカ」

 振り返れば、そこにはラッカがいた。

 長い舌をいつもより機敏きびんに出し入れして、興奮しているように見える。


「お前は阿保あほか!あのままじゃ食われておったぞ!」

 ラッカが怖い顔を近づけてきて、怒鳴どなる。


「いや…。話し合いをすれば如何どうにかなるかもって…。それに、いくらお腹が減っていたって僕を食べたりはしないでしょ?」

 僕の問いに、ラッカは「シャァ~」溜息を吐く。


 そりゃ、食べられる姿が頭に浮かぶことはあるが、それは僕の恐怖が見せる幻影げんえいだ。

 だって、生きてる相手を食べるなんて…。どう考えたって無理だもんね!


「それよりも、ラッカ!どこに隠れてたの?!僕、探したんだよ?!」

 ふと、僕は本来の目的を思い出し、ラッカに詰め寄る。

 怒鳴られたせいで完全に頭から抜けてしまっていたのだ。


「ふん。私が本気で隠れれば、貴様なんぞに見つかるわけがないだろう」

 そう得意げに言うラッカ。

 詰まりは、僕から意図的に隠れていたと言う訳か。

 それでいて、僕を見守って、助けてくれたと…。


「なんだ貴様。何がそれほど面白い」

 いけない。如何やらかみ殺した笑いが表面に出てしまったようだ。

 それにしても…素直じゃない奴だ。

 ダメだ、ニヤニヤが止まらない。


「それなら、なんで僕から隠れていたのさ」

 僕の表情にラッカがイライラし始めたので、雰囲気を変えようと試みる。

 元々、気になった事も手伝ってか、僕は純粋じゅんすいな瞳で彼女に疑問をぶつけた。


「それは…」

 彼女が目をらし、言葉をにごす。

 言いたくない事なのだろうか?


 …まぁ、それならそれで良いのかもしれない。

 僕はこの言葉を彼女に伝えに来ただけなのだから。


「あぁ…。それとね。今回の件もそうなんだけど……。ありがと」

 次あったら絶対に言おう。

 そう思ってはいたのだが、どうも本人を前にすると声が尻すぼみになってしまう。


 特に反応がない彼女。それでも僕は彼女の顔を見る事ができない。

 彼女の反応次第では、この先に言う言葉がのどに詰まってしまいそうだったからだ。


「あとね…」

 僕は一呼吸置き、気持ちを落ち着かせる。


 生まれて初めていう言葉。

 言い方はこれで合っているのだろうか?

 彼女の気分を害さないだろうか?

 そもそも、これって言葉で伝える事?


 えぇい!考えても無駄だと言ってるだろうに!行動あるのみだ!

 うじうじと考えて、口を開けない僕を叱咤しったすると、彼女の目を見る。


 驚いたような顔をして固まる彼女。

 僕は彼女同様、真っ白な頭で口を開いた。


「僕と友達になってください!」

 僕の勇気を振り絞った一言。


 驚きで固まっていた彼女の表情が、一瞬。フワッと緩んだ気がした。

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