第99話 ロワンと弱さ

 …気分が悪い。

 この頃、村ではこの手のやまいが流行している。

 何処からか貰ってきてしまったのかもしれない。


 俺は痛む頭を押さえながら、いつもの集合場所に向かった。

 そして、いつも通り、そこには誰もいない。


 俺は、来るかどうかも分からない、ソフウィンドを待つ間に、いつも通り、特訓を始めた。


 腹筋に、腕立て伏せ、素振りからの、走り込み。

 兎に角、時間を無駄にしない為にも体を動かす。

 少しでも多く、力をつける為に…。


「おっ?…」

 視界がくらついて、バランスを崩す。


「危ない!」

 丁度その時、ソフウィンドの声が響いてきた。


 声の方向を向くと、草むらから彼が飛び出してきて…。

 俺は、すぐさま足を踏ん張ると、体勢を立て直した。


 俺の体を支えるように、飛び込んできたソフウィンドは、完全に空振りする。


「そんなにあわてて、如何どうしたんだい。ソフウィンド?」

 俺は何事もなかったかのように、ソフウィンドに声を掛ける。


「この状況で白を切れると思ってるなら、医者に頭を見て貰った方がいいぞ」

 そう言いながら、ソフウィンドが俺を睨む。


 体調が悪いと認めたら、認めたで、医者に行けと言われるのは確実なので、そちらに話は持っていかれたくない。


「ソフウィンド。隠れて人を観察するなんて趣味が悪いよ」

 俺は責めるような口調で話題を逸らそうと試みる。


「そうでもしないと、お前は弱みを見せないからな」

 しかし、ソフウィンドは、俺の威圧を気にもしない様に、腕を組みながら凄んでくる。


「お前はいつもそうだ。こっちから踏み入らないと、揺さぶらないと、全部一人で抱え込んじまう」

 言い返せない俺を、ソフウィンドはまくし立て、力強く詰め寄ってきた。

 俺はついつい、身を引いてしまう。


「何だ?言い返さないのか?」

 ソフウィンドがまた一歩、踏み込んでくる。

 俺は何とか踏みとどまるが、開かない口が、もう、負けを認めているようなものだった。


「それとも、あれか?俺が信頼できないのか?」

「そんな事は!」

 俺は咄嗟に片足を前に出し、詰め寄ろうとする。

 しかし、それ以上、足は進まなかった。


「ほらな。それがお前の答えなんだよ」

 ソフウィンドが悲しそうな顔をする。


 違う!違うんだ!

 俺はお前を信頼していない訳じゃなくて…。


 上手く言葉が出てこない。


「まぁ、俺もお前なんか、信頼してないけどな」

 ソフウィンドがニヤリと頬を上げる。

 俺は驚き、目を見開いた。


「当たり前だろ?全部抱え込むお前を信頼できるわけがない。前にも言ったが、俺はお前にいなくなってほしくないんだ。その為なら、お前の心だって土足で踏み入ってやる」

 そう言うと、俺が前に出していた片足に、自らの足を引っかけ、転ばせにかかってくる。


 万全な状態の俺なら、この近距離であっても反応できた。

 しかし、体調が悪く、何より、動揺していた俺は簡単に足をすくわれてしまう。


「チェックメイトだ」

 そう言って、俺の上にまたがった彼は、そっと手を伸ばし、俺の額に触れた。

 ひんやりと冷たい。それでいて、優しい彼の掌。


「…やっぱり熱があるじゃねぇか。とっとと帰んな」

 そう言うと、彼は俺の上から立ち退き、槍を取り上げる。


「治ったら、返してやんよ。村の奴らにも、お前が病気だって言い付けてくるからな。少し待ってろ」

 そう言うと、彼は槍をもって村の方へと消えて行った。


 俺は、それを止めるどころか、起き上がる気にもなれず、一人、青空を見上げる。

 少し、頭の中を整理したかったのだ。


 俺はソフウィンドを信頼していないのだろうか?

 いや、違う。心配をかける事が嫌なんだ。


 それは、村のみんなに心配をかけるのとは違う。もっと深い“嫌”だ。

 心配をかけたくない。傷つけたくない。


 なのに、その行為が返って彼を傷つけてしまう。

 優しい嘘でも、吐き通せなければ、相手を傷つけてしまうのだ。


 でも、俺は弱い。

 心のどこかで、いつも彼に嘘を見破って欲しいと願っている。


 今日だってそうだ。

 こんな事になるのは今回が初めてではない。

 警戒して訓練するか、家で大人しくしていれば彼の手をわずらわせずに済んだだろう。


 俺がもっと強ければ。

 俺にもっと力があれば。

 そうすれば、嘘だって吐き通すことができるのに。


「あはは…。何だそれ」

 …体調が悪いせいだろうか。

 変な事を考えてしまった。


 嘘なんて吐かない方が良いに決まっている。

 自分で思っていた以上に、体調が悪化していたらしく、頭が、グワン、グワンした。


 もう、気力関係なく、起き上がれそうにない。

 もっと力があれば、彼を心配させずに済んだのに。

 もっと力があれば、彼を守れるのに。


「もっと力があればなぁ」

 朦朧もうろうとする意識の中、俺は天に手を伸ばす。


 …力があれば…なんだっけ?


 俺の意識はそこで途絶えた。

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