おいで。はやく、おいで…。

第98話 セッタと救世主な少女

「えへへっ…メグルぅ~」

 メグルにプレゼントしてもらった人形とお話しする母さん。

 その視線はお人形に夢中だった。


 こちらにもちゃんと反応してくれる。ご飯も料理して食べてくれる。

 …ただ、人形を片時も放さず、メグルと接するように話し続けているのは、目の毒だった。


 と言っても、阿保二人組。元い、ビーグと、コッカ―以外は皆、沈みがちである。


 因みに、ビーグ曰く「メグルもシバも生きてるんでしょ?だったら問題ないじゃん!」との事。


 コッカ―も「生きてるなら何とかなるさ!俺らは俺らのできる事をしようぜ!…まずは、二人を悲しませないために、思いっきり楽しまなきゃな!」と、言って、いつも通り、はしゃいでいるのである。


 彼らがいるおかげで、空気が沈み切らないのは感謝しているが…。

 どうしてあそこまで楽観的にいられるのだろうか。

 うらやましい限りである。

 それはさておき、家の中で一番重症なのは、見ての通り母さんだ。


「あ、なにするのよ、セッタ~」

 首根っこを咥える私に、母さんは甘い声で返してきた。

 まるで幼児後退である。


 まぁ、私も甘える時はあるが、流石に、四六時中こうではない。

 加えて、母さんの心が弱っている姿なんて、見た事がなかった。

 無敵だと思っていた母さんが、ここまで壊れてしまうと、私も戸惑ってしまう。


 兎にも角にも、そんな母さんを咥え、外まで引きずりだした。

 今し方、現れた訪問者に、会わせる為だ。


 特に抵抗なく運び出された母さんは、私が口を離すと、その場にバタンと倒れ込んでしまう。


「うわぁ~。やられた~。起こしてぇ~」

 そう言って両手を伸ばす母さん。

 幼児後退、ここにいたれり。と言った風貌ふうぼうに、訪問者は目を丸くし、私は溜息を吐いた。


「これは…。酷いわね」

 地面に転がる母さんの顔を覗き込んだ訪問者。


 黒髪の彼女は私達を闇から救ってくれた者だ。

 その小さな身で、多彩たさいな魔法をあやつり、途轍とてつもない量の魔力をその内にめている。


「で、アンタらは、あの子を守れなかったどころか、こいつを私にどうにかして欲しいと…」

 彼女に鋭い視線で睨まれ、私は怯んでしまう。


 あの魔力の量は反則だ。

 魔力を感じ取れる者であれば、その迫力だけで足がすくんでしまう。


「…わぁ~ったよ。やれるだけやってみんから、そんな目で見るな」

 少女はそう言うと、母さんに視線を戻す。


 如何やら引き受けてくれるらしい。

 良かった…。


「おい、お前さんよぉ」

 少女が、地面に横たわる母さんに睨みつけた。

 母さんはきょとんとした顔で、首を傾げる。


 …本当に良かったのだろうか。

 早くも心配になってきた。


「!?」

 少女は母さんの腕から人形を取り上げた。

 場の空気がこおり付く。


「こんなお人形さんで、遊んでないでよぉ。本物のメグルでも探しに行ったらどうだ?」

 そんな場の空気を、更に凍り付かせるような発言を続ける彼女。


 母さんの左腕が振り下ろされるもの無理のない事だろう。

 しかし、そんな母さんの腕も、見えない壁によって簡単に止められてしまった。


「あぁ、そうか。探しに行くも何も、捨てられたのは、お前さんの方だったか」

 そこからは母さんの猛攻もうこうが始まった。

 しかし、少女は一歩も動かず、続ける。


「そうだ!暴れろ暴れろ!無駄に暴れて、疲れ果てちまいな!そのまま、メグルが死んで行くのを口に指をくわえながら待ってればいいさ!」

 そこで、母さんの猛攻が止まる。

 私も、聞き捨てならないその台詞に、少女を睨む。


「おおっと、私が彼をどうにかしようとしてるんじゃねぇぜ?じゃなきゃ、アンタらなんて助けてないだろうよ。…でもな、メグルを連れて行ったその女。間違いなく、あいつを殺すぜ?」

 …そんな雰囲気には見えなかったが…。


 でも、確かに、妙な点は多かった。

 シバをだしに、無意味な殺戮をメグルに強要した事。

 メグルをあおり、惑わせたりするような言動をした事。

 私は見ていないが、最後にはメグルを連れ去ってしまった事。


 まるでメグルを誘導しているようだった。

 もしそれが本当なら…。


「その通りだぜ、わんこちゃん」

 そう言って彼女は私を見る。


 如何やら、わんこちゃんと言うのは私の事らしい。

 わんこちゃんと言うものが何なのかは分からないが、彼女は私の心が読めているのか?


「あぁ、手に取る様に読めるぜ。…と、まぁ、この際、そんな話はどうでも良いだろう。あの女はメグルの命を使って、とある封印を解こうとしている。…もたもたしてっと」

 彼女はそこまで言うと、親指を立て、自身の首の前で一線を描いた。


「こちとら、準備があるんでな。14日後に迎えに来る。そん時までに決めときな」

 そう言うと、彼女は人形を地面に放り捨て、去って行った。


 まるで嵐のような子だ。


 私達が踏み入れられない部分を全力で踏みにじる。

 それがどれだけ難しい事か、私は最近の一件で、良く分かった。


 それが、相手の事を思ってなら、なおさらだ。

 彼女は、強い。私なんかよりもずっと…。


 母さんは急いでその人形を拾うと、ギュッと無言で抱きしめる。

 その横顔に、もう幼さは無かった。

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