第95話 ソムニと氷の少女

「大丈夫よ、コラン。貴方は悪くないわ」

 私はコランの頭を撫でながら、優しい声でささやく。


 しかし、コランはおびえた様にうずくり、震えるばかり。

 その口からは「ごめんなさい」と言う言葉が、唯、延々えんえんと垂れ流されるばかりだった。


 いつもは入れて貰えない、コラン達の部屋。

 今回は緊急事態という事で入らせてもらった。


 あの部屋はすごかった。

 とても女の子たちの部屋とは思えない、未知が詰まったような部屋だった。

 あの部屋を見れば、本当の意味で彼女たちが心を開いていない事が分かる。


 彼女達は戦っているのだ。私達には見えない何かと。

 だから聞きださねば。少しでも力になれる様に。


 私は懐から、ネックレスを取り出す。

 いつもリリーが大事そうに首にかけていたネックレス。

 それが、あの部屋で物悲し気に、冷たくなって置かれていたのである。


「コラン…。これ」

 私がネックレスを見せると、彼女は目を丸くした。

 やはり、置いてあったことに気が付かなかったのだろう。


「それ…。リリーの…」

 状況が飲み込めていない彼女の首に、ネックレスをかける。

 彼女の視線は、牙獣の狩人に釘付けだった。


「ごめんなさい。貴方たちの部屋に入らせてもらったわ…。ネックレスはそこにあったの」

 コランはネックレスを見つめたまま動かないが、今なら声が届く気がする。


「大丈夫よ、コラン。貴方は悪くないわ。あの子は自分の意思で出て行ったの。貴方のせいじゃない」

 背後から彼女を優しく抱擁する。

 その体は、とても冷たく、かすかに震えていた。


「ううん。私が悪いの。私がしっかりしてないから、私が弱いから、守ってあげられなかったから…」

 それはリリーの事だけを言っているのだろうか?

 多分違うのだろう。


「きっと、リリーは守られるのが嫌だったのよ。守られるより、守りかかった。だからこの大切なネックレスを貴方にたくしたんじゃないかしら…」

 それでも私は気づかないふりをして言葉をつむぐ。


 今は彼女の氷を溶かして、死んでしまいそうな心を救い出す。

 ゆっくりで良いのだ。少しづつ、彼女の事を知って行こう。


「それにリリーならどこでもやっていけるわ!だって、あんなに優秀な子なんですもの。お姉ちゃんの貴方よりね♪」

 私は明るい声で無責任な事を言う。

 それが事実かどうかなんて…。


 今はそれよりも。目の前にある命が優先なのだ。

 彼女はそんな私の声に振り返り、初めて私の顔を見た。

 その驚いたような彼女の表情に、ニシッと、悪戯っぽい笑みで返す。


「大丈夫よ。あの子は強いわ…。それはお姉ちゃんが一番分かっているでしょう?」

 私は囁くように、彼女の耳に甘い言葉を吹き込む。


 都合の良い話だ。でも、彼女はそれを否定できない。否定したくないから。

 彼女自身が否定してしまったら、もう、リリーは彼女の中で死んでしまうのだから。


 リリーには申し訳ないが、実際、リリーが死んでいようと、いまいと、コランの中のリリーさえ生き残っていれば、それで彼女は救われるのだ。

 ずるい大人の世迷言。

 それでも、目の前の少女が救えるなら…。


「だから、大丈夫よ、お姉ちゃん。くやしかったら、早く起き上がって、強くなりなさい。リリーが嫌だって言っても、無理やり守ってあげられるぐらいに、強くなるのよ」

 その時、初めて、コランと目があった気がした。

 私はその瞳の奥を見つめ返す。


 年相応に、弱々しく泣きわめく、彼女が見えた気がした。

 私はもう一度、深く彼女を抱きしめる。


「私は…。わじわっ!ごめんなざい!があざん!ごめんなざい!メグル!ごめんなざい!ごめんなざい!」

 彼女の泣きわめく声が響いてきた。

 その小さな手が私にしがみ付いてくる。


 私はそんな彼女を温める様に、包み込む。

 全てを包み込むような彼女の優しい抱擁の下、コランはいつまでも、いつまでも泣き続けた。


 そして、全てを吐き出し終えた彼女は、ストンと、眠りに落ちる。

 ソムニはそんな彼女を優しく抱き上げると、冷たい氷の牢獄から、彼女を連れだした。

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