第94話 ロワンと気の置けない友人
「やぁ、ソフィー」
やっと現れた気の置けない友人に、俺はついつい
彼は女っぽいという理由で、ソフィーと呼ばれるのが嫌いなのだ。
「それなら俺はお前をファイアーフェニックスと呼ばなきゃいけなくなるわけだが、そこんとこどうするよ。ロワン」
顔を
「ハッハッハ。それは
ファイアーフェニックスとは炎を
まぁ、伝説に出てくる
俺はそれに
いや、正確には今も憧れてはいるのだが。
悪を燃やし尽くす聖なる炎に、絶対的な不死の体。
自由に空を駆ける翼までもを有しているのだから、憧れない訳がなかった。
ただ、その憧れを成人した人物が語るには、少し大人げない様な気がしてしまうのである。
「勇者様が第一声から人を
ソフウィンドがやれやれと言ったように首を振る。
「遅れて来た君が悪いんじゃないか。何日も待たされていたら、嫌味の一つも言いたくなるというモノさ」
俺は得意顔で返事を返す。
「…遅れてこなくても、おちょくってきただろ」
バツが悪そうに顔を背けるソフウィンド。
いつも通り「俺は勇者じゃない」と、返ってこなかった事に困惑しているようだった。
ソフウィンドは不測の事態に弱いのである。
それも、俺の前だと油断しっぱなしだ。
「どうしたんだい。ソフィー?昔見たく、お兄ちゃん。って呼んでも良いんだよ?」
それを聞いたソフウィンドは耳まで赤く染まった。
恥ずかしさからくるものか、それとも怒っているのか。
少なくとも取り乱すソフウィンドはとても可愛らしかった。
「そ、そんな事、死んでも言わないからな!…そもそも、俺はお前と此処で会う約束なんてしてないだろ?!勝手にお前が待っていただけだ!」
そんな事を言いながらも、ソフウィンドもこの場所に来たわけで。
詰まりは俺がこの場所にいると踏んでいたわけだ。
そして俺も、ソフウィンドがここに来るだろうなぁ、と思い、待っていた。
これって、約束と変わらないんじゃないか?
…いや、確かに約束はしてないけれども…。
どちらにせよ、真っ赤になって震えているソフウィンドをこれ以上いじめるのは
俺はその低い頭に手を伸ばし「よしよし」と撫でてやる。
ソフウィンドは
これだから、ソフウィンドをからかうのは止められない。
「まぁ、それはそうとして」
俺は表情を切り替え、ソフウィンドの上から手をどける。
「こちらは収穫無しだ。少なくとも村周辺で黒髪の人物を見たという報告は無い」
俺の報告に、ソフウィンドが、まじめな表情で頷く。
未だ顔を赤く、無理をしているのがバレバレで、可愛い。
「残るは森か協会…」
数日経った今、見つかるとるれば、死体の可能性が高いだろう。
それに、探しに入るリスクも高すぎる。
それでも、少しでも救える可能性があるなら、俺は…。
「やめろよ?」
ソフウィンドの鋭い視線が俺の目を射抜く。
先程までの幼い雰囲気など、全く感じさせなかった。
「お前は村の勇者なんだ。残されたやつらの気持ちも考えろ」
そんな事は分かっている。
家族だって、村の人だって迷惑はかけると思う。
「でも、それでも、俺は後悔したくないんだ!父さんの時とは違って、皆、俺が居なくてもやっていける!そうできるように俺は立ちまわってきたんだ!だから今回も!」
そこでソフウィンドが俺に抱き着いてきた。
俺は驚いて言葉を止め、下に視線を向ける。
「俺は嫌だぞ。お前がいなくなるなんて」
ソフウィンドの顔は俺の腹部に
これだけの体格差だ。簡単に払いのける事は出来る。
それでも俺は動けなくなった。
俺の信念はこんなにも弱いモノだったのか?
いや、違う。
俺は後悔したくないんだ。
…こんなにも大切な友人を残して逝く事を。
大切な家族や、村の人たちを置いて逝く事を。
きっと、あの時、ベルの父親を置いて逃げた、俺の父さんも、幼い僕や、母さんを残してはいけないと、必死だったのだろう。
全てが全て救えるわけじゃない。
絶対に後悔しない道なんてない。
そんな事は分かっている。
分かっているつもりだったのに…。
「知りたくなかったなぁ…」
こんな気持ち。
「知らないと、後々後悔するぜ?」
顔を上げたソフウィンドが悪戯っぽく笑った。
死んだ後に如何やって後悔するのか、
「憎らしい奴だよ、お前は」
俺は思いっきり彼の頭をくしゃくしゃにする。
それでも、彼は憎らしい笑みで笑い続けた。
その笑みは、まるで人族に知恵の実を齧るよう、そそのかした蛇の様だった。
知る事が幸せか、知らない事が幸せか。
知る前であれば知らない事が幸せかどうかなんて分からない。
なんせ、知らないのだから。
しかし、知ってしまった今となっては、幸福を
では、もし戻れるとしたら?
神様が知恵の実を吐き出させてくれるとしたらどうだろう。
悩みの無い、後悔の無い、楽園に戻れるとしたらどうだろうか。
手を止めた俺を見上げる小さな顔が、不思議そうに
少なくとも俺は、吐き出さないと思う。
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