第90話 ロワンと正義

「ん?」

 俺がいつも通り、村の外回りを警備していると、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。


 人影は一つ。棒状の物を持っており、その足取りはふら付いていた。

 浮浪者か、賊か。


 どちらにしても、あの状態じゃ、俺に勝てるとは思えない。

 俺はその正体を確認するべく、その人影に近づいた。


 …女の子だ。

 そう思った瞬間、俺は速度を上げて駆け寄った。

 彼女が今にも倒れてしまいそうだったからだ。


「大丈夫ですか?!」

 俺は彼女の肩を支える。


 しかし、彼女の視線は、俺を捕えなかった。

 焦点の合わない目で「リリー、リリー」と呟き続けている。

 一体何があったのだろうか。


 俺は彼女の頭に乗っていた木の葉を払う。

 その体や服も何かに引っ掛けたり、転んだりしたように様にボロボロで、泥だらけになっていた。


 山の中でも駆けずり回ったのだろうか?

 獣と賊が闊歩かっぽする迷いの森を、俺より一回り小さい女の子が一人で?


 今年15歳の成人式を迎えた俺であっても、一人で森には向かわない。

 熟練の狩人でさえも、森の深くに踏み入るときは複数人で行動するのだ。

 こんなにか弱い少女が一人、生還できたのは奇跡としか言いようがなかった。


「歩けますか?」

 俺の声掛けにも、全く反応がない。

 仕方なく、彼女の肩を支えながら、俺は村の方へ歩みを進めた。


「…あ!いたぞ!コランだ!」

「姉様!」

「…やっと、追いついた…」


 背後から聞き覚えのある声が、聞こえてくる。

 振り返ると、そこにいたのはベル達だった。


 彼らは賊だが、そこまで悪い奴らではない。

 賊という行為をしている時点で、社会的悪ではあるのだが…。

 それは彼らが生き残る唯一の手段であるからそういるだけで、やりたくてやっているわけではないのだ。


 それに、彼らは人命を大切にする。

 捨て子や、放浪者を保護したり、この村まで送り届けることもある。

 賊を行う時も、殺さず、攫わず、奪いすぎず。を心がけている。


 …それでも、奪われる側からしたらたまったものではないのだが…。

 それでも、俺は彼らを否定する事は出来なかった。


 あそこには村の捨て子や、やむを得ぬ事情で村を出た者もいるのだ。

 俺たちが捨てた命。助けられなった命。

 それを彼らは大切にしている。


 彼らを否定するという事は、その命を否定する事にもつながるのだ。

 いつ、隣人が、愛する人が、自分自身が、そちら側に着くかも分からないのに。


 その気持ちは村の皆も一緒なのだろう。

 彼らが奪った品を取引するのは、暗黙あんもくの了解だった。


「お!ロワンじゃねぇか!」

 ベルが笑顔で駆けよってくる。

 当時、赤ん坊だったので記憶にないだろうが、彼は生まれはこの村なのである。


 彼の父親は狩人だった。

 いつも通り、森で狩りをしていると、えた大喰らいに目をつけられる。


 狩人の仲間たちは皆逃げた。

 彼の父親を見捨てて。


 そして、母親もベルを生むと同時に、亡くなってしまった。

 元々、彼女の体が弱かった事。難産だった事。そして、愛する夫が死んでしまった事による喪失感そうしつかん

 それら全てが運悪く組み合わさって、彼女は出産に耐えられなかったのだ。


 結局子どもは、ジャグラン一家に預けられた。

 皆、自分たちの生活を守るだけで精一杯なのだ。他を助けられる余裕などない。


 そして、その事を、ベルの父親の親友でもあり、狩人仲間であった人物はそれをとてもいた。

 …俺の父親だ。


 今でも、酒を飲んで酔っ払うと、当時の事を思い出して泣いている。


 きっと、そんな父親を見て育ったからだろう。

 俺はああはなりたくないと思った。

 後悔はしたくないと思った。


 だから、少しでも助けたいと感じたら、この身を犠牲にしても絶対に助ける。

 そして助けるために、力もつける。

 それを信念に生きる事に決めた。


 皆はそんな俺を正義感の強い人だという。

 本人は唯、後悔におびえているだけだと言うのに。


 それに、賊と仲良くする等、盗まれる側からしたら、正義の欠片もあったものではない。


「やぁ、ベル。久しぶりだね」

 それでも、俺は彼らに笑顔を返す。


 絶対に後悔をしない様に。

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