第88話 コランとお姉ちゃん

 くふふふふ…。

 リリーを見ていると、自然と頬が緩んでしまう。


 お姉ちゃんだって…。

 リリーが私の事、お姉ちゃんって呼んでくれた…。

 ふふふふふっ。


 ベルの奴に裸を見られてしまったが、減るもんじゃないし、この際、良しとしよう。

 …まぁ、リリーの裸を見ようとした事は許されないが。


「コランさん。いつまでもニヤけてないで、早く魔法を教えてください」

 リリーが苛立ったような態度で声を掛けてくる。

 その手には魔導回路の組み込まれたグローブが装着されていた。


 現在、私達は人気のない森の中。

 私が魔法を使えるようになったと言うと、リリーが教えて欲しいと、飛びついてきたのだ。


 リリーはメグルの本を読んで、魔法というがいねんは理解できたと言っていた。

 しかし、どうしても魔力を操る事ができないでいるらしい。

 …所で、がいねんとは一体、何なのだろうか…。


 まぁ、それはさて置き、魔導回路を描く事はリリーにでもできる。

 私も本にあるものをまねて描いたところ、魔力を流し込めば魔法を発動する事ができた。

 なので、後は、どう、魔力を操るかにかかっているのである。


 そこで魔力を色としてみる事の出来る、私の出番。

 お姉ちゃんとしてちゃんとアドバイスしてあげよう。

 お姉ちゃんとして!


 …おっと、更にリリーの表情が険しくなって行く。

 いい加減、始めないと怒られてしまう。


「いいよぉ!それじゃあやってみて!」

 私はリリーちゃんに声を掛ける。

 すると、彼女は掌に意識を集中させ始めた。

 彼女の中に光が強まっていく。


 …。

 ……しかし、光が動き出す気配は全くない。


「リリーちゃん。光をこう…。体の中心から、手のひらに集めるイメージで…」

 私がアドバイスをすると、より険しい表情で、リリーが掌を見つめる。

 …やはり、全く動かない。


「う~ん。上手くいかないね…。じゃあ、今度は水を流すイメージで…」

 私はアドバイスを続ける。

 と言っても、私も何となく使えている為、的確なアドバイスができているかどうかは分からなかった。


「…はぁ」

 リリーは疲れたように溜息を吐く。

 到頭とうとう彼女は魔力を操る事ができなかった。

 一度集中が切れてしまえば、再度、魔力を練れるようになるまで時間がかかる。


「やっぱり無理なのかな…」

 リリーがそんな弱音を吐く。


 魔法の練習も今日で5日目だ。

 教えている私自身、歯痒いのだ。

 本人が弱音を吐きたくなるのも分かる。


「私もコランさんみたく、薙刀で魔力を動かせればなぁ…」

 一応、それは試したことがある。

 結果は、見ての通りだ。

 薙刀は通常の薙刀としてだけ、機能し、魔力を引き出すような事は無かったのである。


「後は…」

 リリーちゃんがもの欲しそうな眼で私を見る。


「絶対ダメ!魔材は渡さないからね!」

 メグルの本には魔法が使えるようになる方法がいくつか書いてあった。


 まずは先天的な才能。

 こればかりはどうにもならない。


 もう一つは、魔力が共鳴する者に無理やり自身の魔力を動かしてもらう方法。

 私が相棒にしてもらった方法と同じだ。


 しかし、リスクはそれなりに高いらしく、下手をすると魔力が体内で暴走して死んでしまうらしい。

 魔力を引き出す相手と、引き出られる側の能力にもよるが、生存確率は高くて五分五分。

 そもそも、魔力の波動が合わない私達では試すことすらできなかった。


 そして最後に、多量に魔力を含んだ物を体内に取り入れる方法。

 致死率はなんと、九割弱。

 もはや、自殺行為と言っても過言ではない。


 死因は魔力を引き出すときと同じく、魔力の暴走だ。

 そんな危険な行為を、サラっと試そうとするリリーから、私は魔材を全て没収したのである。


「でも、それ以外に方法が…」

 確かに本にはそれ以外の方法は載っていなかった。

 しかし、それを許す私ではない。


「そもそも、なんでそこまでして魔法が使いたいの?確かに便利だけど…。命をかける程のモノじゃないよ…」

 私の声は尻すぼみになり、顔を俯ける。

 それだけ、命という言葉は、今の私にとって重かった。


 それはリリーも同じはずだ。同じはずなのに…。

 私は戸惑うような視線をリリーに向ける。


 彼女が何を考えているのか分からなかったからだ。

 しかし、リリーはそんな私の瞳を真っすぐに見つめる。

 誤魔化す気は無いようだった。


 私の視線は彼女の瞳からから逃げる。

 その理由を聞いてしまったら、彼女の行為を否定できなくなりそうだったから。


 それでも逃げ出すことはできない。

 私はお姉ちゃんだから。

 受け止めなくては。


「…確かに、今はその時じゃないのかもしれない。…でもね、力が必要になるときはいつか来るの。…私、その時に絶対後悔したくない」

 彼女の優しく、それでいて、強い意志の籠った声が私の鼓膜を揺らす。

 しくも、その思いは、あの悲劇の日、私が感じたものと一緒だった。


 …ほらね。否定できなくなっちゃった。

 でもね、それでもね。私はリリーに危険な目にあって欲しく無いの。


「…ごめんね。…それでも魔材は渡せない。私もっと強くなるから。リリーちゃんに辛い思いをさせないぐらい強くなるから…。だから…」

 許して。


 …とてもではないが、口には出せなかった。

 それはとても身勝手な言葉だったから。


 私も考えた事がある。

 母さんがもっと早くに薙刀の存在を教えてくれれば、訓練していれば、あの悲劇を阻止できたのではないか。と。


 実際、どうなっていたか等、分からない。

 分からないが、その後悔はずっと私の心の中に残り続けるのだ。


「……はぁ」

 言いよどむ私を見て、リリーが溜息を吐いた。


 当然だ。私は彼女を納得させるだけの理由を持っていない。

 それなのに私はこの思いをゆずれないのだ。

 もはや、我儘と言っても差し支えないだろう。


「しょうがないなぁ…。ちゃんと、私の事を守ってね。…お姉ちゃん」

 私は彼女の思いもよらぬ返答に顔を上げる。

 彼女は頬を赤らめ、屈託くったくのない笑顔で私を見返した。

 その表情に、ため込んでいた不安や、後悔が溢れ出る。


「えっ?!どうしたの?!お姉ちゃん?!」

 涙を流す私を前に、リリーは慌てふためく。

 それでも私は涙を止められなかった。


 …お母さんもこんな気持ちだったのかな?

 お母さんが最後に発した「良かった」という言葉。

 その意味がやっと分かったような気がした。

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