第87話 ベルガモットと崇高なる任務

 現在僕は川の近くの森の中で、ある任務にいていた。


「…また、大きくなってる」

「ちょ!やめてよリリーちゃん!」

 水浴びをする二人を守るという、崇高すうこうなる任務だ。


 正直、コランなんかに興味は無い。

 ただ、リリーをよこしまな目で見るような奴らは、リリー派年少組長たる僕が許さない。


「隊長。こちら、依然、問題ありません」

 同じく、リリー派、年少組、副隊長のソフウィンドが定時連絡に現れた。


「よし。了解した。引き続き警戒を頼む」

 ソフウィンドは「はっ!」っと、頭を下げると、持ち場へ戻って行く。


 今までは、まじめでとっつきにくい奴だと思っていた。

 しかし、一度ひとたびこころざしを共にしてしまえば、これほど頼もしい奴はいなかった。


 今まで互いに敬遠しがちだった事が、嘘のように、息の合ったコンビになりつつある、僕達。

 夜な夜な、リリーの魅力について語り合い、護衛の計画や、リリー派、年少組のルールを考えたりもした。


 今や、兄弟と言っても過言ではない。

 二人でならどんな脅威も振り払って見せよう!


 …ん?

 今、何か、草陰で動いたような気がしたが…。


 目を凝らして、何かが動いた方向を見つめる。

 すると、再び、茂みが動いた。


 …やはり見間違いではない。何かいる。

 僕は背を屈め、ゆっくりとその影を追った。


 影はどんどんと二人の方向へ近づいて行く。

 そして、滔々とうとう、影は河原まで近づいた。

 これ以上進むには茂みから姿を現さなければいけない。


 僕は息を呑む。

 影の進む先には二人の荷物が置いてあった。


 人の香りに釣られた獣か、二人を狙う人間か。

 どちらにせよ、撃退しなければいけない。


 僕は獲物を手に握り、念のためにソフウィンドにも手で合図を送った。

 後は相手が姿を現すのを待つだけ…。


「フへへ…。お姉さまの服…」

 茂みから出てきたのは僕の良く知る少女、ビリアだった。


「お前かよ!」

 思わず立ち上がり、僕は突っ込みを入れる。


「あ…」

「あ…」

 立ち上がった僕と、コランの視線が交わった。

 リリーは「っきゃ」と、可愛い声を上げ、彼女の後ろに隠れる。


 見つめ合う、僕達。

 コランはもっと、筋肉質かと思っていたが、思ったより肉付きが良い。

 またその胸も少し膨らんでいて…。


「お姉さまの裸をまじまじと見るな!」

 あごを打ち抜く様なアッパーを、僕は咄嗟とっさに避ける。


「あっぶね!…というか、そもそも俺は、お前を取り押さえにここまで来たんだぞ!」

 小さな体で凶悪な攻撃を放って来たリビアを睨みつける。


 彼女は女子年少組の中でコランに次ぐ、実力者だった。

 力こそ、男におとるが、その戦闘技術は高く、並みの男子では歯も立たない。

 まぁ、力も技術もある僕には勝てないけどね。


「残念。私は姉さま達に頼まれて監視をしていたのよ」

 …え?


 僕は、再びコランに視線をやる。

 彼女はまだ状況を飲み込めていないのか、呆けた顔で軽く頷いた。


「だから、姉さまを見るな!」

 今度は回し蹴り。

 僕は直ぐにその場から飛び退く。


「何でこいつなんだよ!」

 明らかに人選ミスだ。


「そんなもの、私が自主的に提案したにすぎませんわ」

 こんな好き好きオーラ全開な奴の提案をコランは受け入れたのか?

 それとも、全く気付いていない?


「鈍感すぎるわ!阿保コラン!」

 僕はビリアから放たれる怒涛の攻撃ラッシュを捌きながら叫ぶ。


「…お姉ちゃん」

 ふと、震える様な可愛いリリーの声が耳に入る。


「ふぇ?」

 コランはそれを聞いて、やっと正気に戻ったのか、固まっていた視線を動かした。


 彼女は背中で震えるリリーを見つめる。

 次にこちらを向いた時、彼女は満面の笑みだった。

 明らかに、その笑みはビリアではなく、僕に向けられている。


「いや!待って!誤解だって!」

 僕は必死に弁解するが、彼女からの反応は無い。

 そんな彼女は、おもむろにしゃがみ込むと、小石を握る。


「おい!ソフウィンド!説明してくれ!」

 森に声を投げかけるが、返事が返ってこない。

 …アイツ!逃げやがったな!


「いや!落ち着こう!お前が石を投擲したらシャレにならグフッ!」

 そこで僕の意識は途絶えた。

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