第63話 メグルと兄弟げんか

「シバぁ~~!」

 肉塊の海の向こう、僕はシバがたたずんでいるのを見つけた。

 僕は彼に向かい手を振る。

 

 となりにいるのはシバの仲間だろうか。

 随分ずいぶんボロボ…。


 そこまで近づいたやっと気が付いた。

 シバの隣にいるモノが生きていない事に。

 僕は段々と減速し、シバの数十歩手前で、あゆみを止めた。


「し、ば…。その人は?」

 特におそってくる様子もない死体に僕は目を向ける。


 するとシバは無言で、死体にり寄り、甘え始めた。

 それに答えるように、死体も動き始める。


 急に動いた死体に、僕はビクッとしてしまった。

 しかし、死体も愛おしそうにシバを受け入れるものだから、すぐに敵ではないと理解する。


 抜け落ちた毛や、剥がれ落ちた皮膚が痛々しい。

 一部腐敗で腐り落ちたり、肥大化している部分も見受けられた。


 それでも死者はとても幸せそうな表情をしていた。

 この惨状が、まるで天国にでも感じているようだった。


 二人は僕の前で愛を確かめ合う様にじゃれ合った。

 あんなに誰かに甘えるシバなど見た事がない。


 僕はちょっと複雑な気持ちになりながらも、いつの間にか警戒心を解いていた。


 再び足を進め、二人に近づいていく僕。

 そんな僕を気にする事無くじゃれあう二人。


 ふと、シバが死者の首を甘噛みした。

 じゃれ合いでは、よくある光景だ。


 だから、シバがその首を噛み千切った時、僕は唖然あぜんとしてしまった。


 しかし、それだけでは死者は死なない。

 まだ、動くソレを、シバは引き裂いて噛み砕いた。何度も、何度も、何度も…。


 腐敗した肉片と体液がそこら中に飛び散る。

 ひどい匂いがした。


 その内のいくつかが、僕の顔と体をよごす。

 しかし、そんな物とは比にならない程の気持ち悪さが、僕の頭を支配した。


「…」

 呆然ほうぜんと立ちくす僕に、シバが視線を向けて来た。


 その瞳は月光を反射して怪しく光る。

 もう、死者は動かなかった。


「なんで…。どうしたんだよ。シバ」

 こんなの、シバのする事じゃない。

 何か事情があるに違いないのだ。


 僕は彼を受け入れる様に両手を広げて一歩ずつ近づいた。

 足が震えて、上手く歩けない。


 違う!僕はシバを怖がったりなんてしてない!

 シバは僕の親友だ!家族だ!それを怖がるなんて…!


「グルゥゥゥゥ」

 シバがうなり声をあげる。これは警告だ。


「大丈夫。何か事情があるんでしょ?後でゆっくり聞くから…」

 そこで、震える脚に何かが当たった。

 僕は恐る恐る視線を下に落とす。


 人間だった。

 肉塊に飲み込まれかけていた為、全く気付かなかった。


「大丈夫ですか?!」

 僕は急いで両手で肉塊を引きがす。


「ひぃっ!」

 その人間には頭がなかった。

 …でも、どこかで見覚えがある様な気がして…。


 その時、彼女の上に乗っていた肉塊が動いたような気がした。

 僕は急いでその肉塊も剥がしにかかる。


「コラン…」

 間違いなく彼女だった。

 死体にすがりつくように意識を失っている。

 と、いう事はこの死体はミランさん…。


 僕はまだ息のある彼女を抱き上げようとする。

 しかし、その手はミランさんをしっかりと掴んでおり、離れる気配がなかった。


 僕が無理やりその手を開かせようとすると、コランは嫌そうな顔をした。

 それでも僕はミランさんからコランの手を引き離す。

 それが、僕がミランさんにしてあげられる最後のはなむけだった。


 僕はコランを抱き上げる。

 意識のないコランは縋りつくように、強く、強く、僕に抱きついてきた。


 痛かった。


 今日どれだけの痛みがこの場で生まれたのだろう。


 僕もコランを抱き返すと、シバを見つめる。

 彼を染め上げる赤。あれは間違いなく人間の物だ。


 僕は薄々、気がついていた。

 それでも目を逸らし続けていた。


 それは全てをカーネのせいにして、彼女を殺す方が楽な結論だったからに他ならない。


「シバ…」

 僕は優しい声で声を掛ける。


「グルゥゥゥゥ!」

 分かってる。もう駄目なんだって。


 僕は辺りを爆破し、肉塊を一掃いっそうすると、その場にコランを寝かせた。


 ふと、地面に転がる薙刀が見えた。

 如何どうやら肉塊は、あの薙刀にだけは近寄らないらしい。


 僕は薙刀を手に取るとシバと対峙たいじする。


 見つめ合う二人。


 …最後の兄弟喧嘩が始まった。

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