第60話 コランとおしまい


 私はリリーちゃんを背負ったまま、村の方向へと走っていた。


 燃え盛る村。皆は無事に避難できているだろうか。

 そんな不安が私の足をせかす。


 しかし、私が考えていたのはその程度の事だった。

 まさか村が吹き飛ぶなんて考えてもみなかった。


 またしても唖然とする私。

 あんな爆発に巻き込まれたら、皆、一溜りもない。


 そして、間髪入れず再度響く爆発音。

 あんなものが何度も起こっては皆が死んでしまう!


 私は新しく爆発音のした方向に向きを変え、その原因を探そうとした。


「え?」

 その時、私はうごめく肉塊を見た。

 辺りを見回してみればそれはそこら中に散らばっている。


 しかし、何故か、皆、腐っていたり、白骨化していたり、どう見ても動けるような状態ではなかった。


 その異様な光景に息を呑む。

 私はリリーちゃんを安全な場所に下すと、この原因を探るべく、肉塊の海を進んだ。


 辺りは燃え盛る村の明かりを失い、月明りでのみ照らし出されている。

 時折に足に絡みついてくる肉片は、私を飲み込もうとしているのだろうか。

 命が欲しい。そう言っているようだった。


 何がひそんでいるかも分からない、肉塊の海。

 恐怖と不快感を踏みしめながら歩みを進める。


 しばらく歩いて行くと、肉塊の海に浮かぶ二つの影が見えた。

 …獣だろうか?


 丁度月には雲がかかり、遠くからではその姿をしっかりと確認する事ができなかった。


 私は警戒しつつも足を進める。

 と、その時、影の一つがこちらに振り向いた。

 私は咄嗟に身構える。


「・・・」

 しかし、一向いっこうに襲ってくる気配が無い影。

 痺れを切らした私はゆっくりと進行を再開した。


 あと、もう少し。もう少しで薙刀の攻撃範囲内だ。

 私は薙刀のを強く握ると、一歩ずつ前へと足を踏みしめて行く。


 何とか、足をとらえようとしてくる肉塊の海を越えると、私は安堵あんどした。


 あの場で戦うとなると、踏ん張りがきかず、からみついてくる肉塊に足を取られてしまうのだ。


 と、そこで、もう一匹の獣が顔を上げた。

 この距離までくれば多少暗くても、彼らが牙獣である事が分かった。


 あれ?何かを咥えている?

 今し方、顔を上げた牙獣の口から何かがぶら下がっている。


 私が目を凝らすと同時に、雲が晴れて行く。

 月明りに反射した牙獣の瞳があやしく光った。


「う、そ…」

 牙獣が咥えていたのはお母さんだった。


 正確にはお母さんの頭を咥えている。

 母さんは力なく、持ち上げられおり、抵抗する様子もない。


 …もしかしたらもう死んで…。

 そう思った時、母さんが薄っすらと目を開けた。


「か、母さん…」

 私はそれ以上、言葉が出なかった。


「良かった…。無事だったのね」

 母さんは弱々しくも、安心したような笑顔でそう呟く。


 何も良くない。母さんはもうボロボロだ。今すぐに助けないと!

「速く、にげ」


 グシャ。


 辺りに赤色が飛散した。

 その赤を求めて死肉たちが集まる。


「え?」

 私には状況が理解できなかった。

 牙獣の口が閉じられただけ。唯、それだけだと言うのに。


 支えを失った母さんの体は力なく地面に落ちる。


「えっ?…え?」


 母さん?


 どうしたの?母さん?


 もう既に牙獣など眼中になかった。

 私は母さんに駆け寄り、その肩を揺らす。


「起きて。母さん。起きて。……起きてよ、母さん…」

 頭の無い母は私の揺すった分だけ、左右に揺れる。


「母さん…」

 いつの間にやら、肉塊たちが近づいて来ていた。

 肉塊は母さんに触手を伸ばす。母さんを食べようとしている。


「触るなぁあああああああああああ!」

 私は薙刀を振るい、肉塊を追い払う。何度も何度も。

 そんな事をしたって、もう、どうにもならないと言うのに。

 

 肉塊はいくらでも押し寄せてくる。

 その進行に際限さいげんなど無かった。


 次第に薙刀を振るう私の手から力が抜けて行く。

 もう時間切れのようだ。


「もう…やめてよ。…母さんに、近寄らないでよ…」

 力の抜けた私はその場にへたり込む。

 すると、次々に肉塊が押し寄せ、母さんを取り込んで行く。


 肉塊に埋もれて行く母さん。

 私はその掌をそっと掴んだ。


 まだ暖かい。


「母さんの手だ…」

 私はそれを頬擦ほおずりする。

 私はそれだけで幸せだった。


 私と母さんだけの幸せな世界。

 肉塊が私の体にい上がろうとしているのも気にならなくなった。


「そっか…。みんな一緒になっちゃえばさびしくないもんね…」

 私は肉塊に身を任せ、母さんのお腹の上に寝転ぶ。

 とても安心する香りがした。


 肉塊が私達を包み込んで行く。

 まるでふかふかのお布団の様に。


「おやすみ。母さん」


 私は母さんの香りに包まれ、そっと意識を手放した。

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