第59話 カーネと決別

 少年を逃がすわけにはいかない。

 アイツがいるとリリーが不幸になる。


 私はきしむ体を、土塊をあやった時同様に、魔力で無理やり動かした。


「ク…ソッ」

 全身が痛い。

 多分、骨も折れているだろう。


 内臓は大丈夫だろうか。

 この痛みではどこがどうなっているのかわからない。


 しかし、幸いな事に肺は生きているようで、吐血する事も無く、呼吸する事ができた。

 陸地で、自分の血におぼれながら死ぬ事がどれだけ滑稽こっけいか。

 私はあんな死に方、したくない。


 全身を襲う痛みに耐えながら、辺りを見回す。

 月明りで見える範囲に人影はなかった。

 彼はもういなくなってしまったようだ。


 だが、ここで逃すわけにはいかない。

 私は目をつぶり、意識を集中させる。


 コランは色が見えると言っていた。

 その正体はきっとこの特殊な力のみなもとだろう。


 判別しようと思えば判別できる。

 それは彼の技を盗んだ時に分かった。


 あれ程、高度な観察力はいらない。

 もっと全体に意識を分散させるように…。


「…いた」

 森に向かって駆ける彼を見つけた。

 不安なのか、黒くてぐちゃぐちゃした色をしている。


「フフフフフッ」

 私はつい笑みが零れてしまった。良い気味だと。


 嫌いなものが壊れて行く光景は見ていてとても気持ちが良い。

 それに今では私の方が彼よりも上、もっと甚振いたぶってあげられる。


 彼はどんな声で鳴くのだろう。

 同じような境遇きょうぐうで育った仲だ。

 もし面白ければ私のしもべにしてやっても良い。


 そんな事を考えながら、ほくそ笑んでいると、彼の進む先に別の色が見えた。

 それを見た瞬間、毛が逆立つのを感じる。


 直感で分かる。あの色の発信源はカクタスだ。

 私は少年の使っていた移動方法をまねる。

 調節なんて器用な真似はできない為、爆破と共に全力で地面を蹴っただけだ。


「まて!牙獣!それは私の獲物だ!」

 奴らに殺させるわけにはいかない。

 彼は私を殴ったのだ。力でしたがえたのだ。

 許せない!許せない!


 私は地面に足を着くと、彼の使っていた土塊の弾丸を生み出す。

 私より大きな土塊。

 それに更なる魔力を注ぎ込み、爆破の魔法を埋め込んでいく。


 爆破の衝撃にそなえる為、私はボロボロの体で地面を踏みしめた。

 これを放てばもう私の体は持たないだろう。

 少なくとも彼の後を追う事は出来ない。


 しかし、これは私の中で”全て”を差し置いても優先すべき事項だった。


「いっけえぇえええええええええ!」

 私は土塊を放つ。

 それは空中で何度も爆発し、その身を削りながら加速していった。


 私はその衝撃で吹き飛ぶ。

 魔力も無理をできる程には残っていなかった。


「…これで」

 これで終わりだ。

 私は全ての足枷あしかせを取り払ったのだ。


 爆風で体が宙を舞う中、カクタスさんに出会った当時の事を思い出す。

 威嚇いかくする私と、おびえるリリーを優しく抱き留めてくれたあの手。

 …とても暖かかった。


「バイバイ。お父さん」

 私は自ら全てを手放したのだ。

 もう恐れるものは何もない。


 カーネは静かに目をつむると、意識をも手放した。


 彼女の頬を伝うしずくの意味を、次に目覚めた彼女が知る事は無いだろう。

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