第7話 メグルと冷たい記憶

 僕達は川の本流かられた小川や、池と呼ぶには小さい水たまり。そこに仕掛けた罠を引き上げていく。


 罠は僕の使っているかごを改造したもの。

 入り口が逆三角になって一度はいるとなかなか出る事の出来ない構造になっている。

 その中に焼いた肉や、ザリガニ、水草を入れ、岩陰や草陰に沈めておいたのだ。


「よし、これも当たりですね」

 つるひもを引っ張っると、その先にくくりつけられた罠を引き上げて行く。

 えさも、罠の大きさも様々なので、何が取れるか楽しみだ。


 逃げる口があるのにも関わらず人が近づいても逃げ出すことのできない魚たち。

 マロウさんはそれが心底、不思議なようで、終始、首をかしげていた。


「魚は基本的に逃げる時、水深くに逃れようとするので三角のみぞにはまってしまうんですよ。水に流れがあるときは流れと同じ方向に逃げようとしますし、相手が来る方向とは逆に逃げようとする習性…行動も利用して、入り口の向きや籠の上げ方も工夫していますしね」


 マロウさんが持ってきた甲羅の中に水を張り、その中に籠に入った魚を放ちながら説明する。


「そうなのですか…。メグルはよく相手を観察しているんですね」

 マロウさんが感心したような表情をするが、これは”記憶”の情報であって僕の努力ではない。

 少しずるをしているようで後ろめたい気持ちになってしまう。


 せめてこれからは相手をよく観察するようにしよう…。


 決意新たに、残りの籠も引き上げていく。すると…。


「やったぁ!スッポンですよ!」

 籠の中に入っていたのは柔らかい甲羅を持つ亀、スッポンだった。


「スッポン…ですか?」

 スッポンを知らないマロウさんか首を傾げのぞんでくる。

 僕が籠の中身を見せると「岩を背負いし者ですか?」とさらなる疑問を浮かべてきた。


 岩を背負いし者とは亀の事なのだ。その文字通り、硬い甲羅を背負う事が特徴となっている。

 その面、スッポンの甲羅は柔らかいので首を縦に振るのは語弊ごへいを生んでしまうかもしれない。


 僕は「少し待ってくださいね」と言うと籠をひっくり返し、スッポンを地面の上に落とした。

 そして素早く両手で甲羅の両脇を掴むとマロウさんの方に差し出す。


「!!すごく首が伸びるんですね…。まれないんですか?」


 首を甲羅の裏にまで伸ばして噛みつこうとしてくるスッポン。

 それを見たマロウさんが心配そうにつぶやく。


「ちょうどこの場所だと首が届かないんですよ。ただ、一度かまれると絶対に離さないことで有名なので気を付けてくださいね」

 悪戯半分いたずらはんぶんおどかしてから触るようにうながすと、マロウさんは恐る恐る手を伸ばした。


「あ、すごい。ぷにぷにしています…きゃ!」

 急に伸びて来た首に勢い良く手をひっこめるマロウさん。

 しかし、その不思議な感覚が忘れられないのかしばらく自身の指を見つめていた。



 罠をすべて引き上げ、火のそばに移動すると、火が小さくなっていた。

 改めて燃料を足すと、捕れた魚を枝に串刺して焼いていく。

 スッポンはひっくり返して起き上がろうと伸ばした首を素手で掴み、ナイフで落とした。


 如何どうやらマロウさんはスッポンの急に伸びる長い首が苦手らしい。

 スッポンの伸ばした首を僕がつかんだ時には顔をそらして目をつむっていた。

 正確には僕が噛まれそうで怖いみたいだけどね。


 首を落としたスッポンは小石の間に刺した木の枝にるして、したたり落ちた血を木の実のコップの中に集めて行く。

 ”記憶”では飲めるはずだ。

 …飲んだことはないけど…。


「はい、マロウさん。熱いので気を付けてくださいね」


 スッポンの血抜きをしている間に焼けた魚をマロウさんに渡す。

 枝が熱くなっていたので掴む部分には葉を巻いておく。


「水に住まう者…食べるのは初めてです」


 マロウさんは癖なのか、少し匂いを嗅いでから口に運ぶ。

 石鹸も嫌がっていたし、普通の人間よりも嗅覚きゅうかくするどいのかもしれない。


「小骨に気を付けてくださいね」と言いながら僕も焼けた魚を口に運ぶ。


 淡白で美味しい。流石清流の魚だ。

 下流の魚では泥抜どろぬきでもしないと食べられないだろう。

 ただ…。勿体ない…。塩があればもっと美味しくいただけるのに…。


 今は木の実を乾燥させ胡椒こしょうもどきを作ろうとこころみているが、片っ端から木の実を干しているだけなので勝算はない。


 後はショウガやノビルの様な植物を確認できているが、球根系は毒が怖くて食べれない。

 精々せいぜい、今使える調味料はミョウガぐらいだ。


 最近は岩塩とサトウキビのような植物を探して、崖の土をかじってみたり、木や植物のくきを切って舐めてみたりしているが、マロウさんから心配そうな眼で見られるだけで収穫はない。


 しかし思い返してみれば、村にいた頃の生活でも調味料なんて物はなかった。


 精々一部の農家が育てている甘い木の実と、狩人が取ってくる肉が贅沢品だった程度で、基本的には畑で育てているトウモロコシを主食としていた。


 トウモロコシのおかゆ…。

 以前はあれをお腹いっぱい食べていたが、”記憶”の味を知ってしまった以上、もう喜んで食べる事は出来ないだろう…。


 気づくと自分の分の焼き魚を食べ終えていたマロウさんが、残りの串に目を向けていた。


 マロウさんはその腕のせいか、育ち盛りの僕よりも大食いなのだ。

 僕は焼けた魚をもう一本取ると「どうぞ」と言ってマロウさんに渡した。


 マロウさんは嬉しそうにそれを受け取ると尻尾からかじりつく。


 初めの数日間は遠慮えんりょしていたマロウさんだがこの頃は素直に受け取ってくれるようになった。

 食べるの前のうかがう様な視線は相変わらずなのだが…。


 と、そこで気づく。マロウさんが食べた後に魚の骨が無いのだ。


「骨…大丈夫なんですか?」

 恐る恐る聞いてみるとマロウさんは口をもきゅもきゅ動かしながら首をかしげた。


 如何やら大丈夫のようだが、骨と言う単語が通じなかったのだろうか?


 この世界の言葉は教会のおかげである程度統一されているが、生物を中心に物や単位など統一されていないものも多い。


 例えば黄金粒種オウゴンリュウシュと言えば主食であるトウモロコシの事だと世界中で通じるが、森の牙獣きばじゅうと言ってもこの辺りでしか通じないだろう。


 なんせ、国が一つに統一されたのは僕が生まれた少し前の話で、それと同時に始まった教会の教えも辺境の村にまで浸透するのには時間がかかったのだ。


 だが、教会の扱う火と水の魔法は村を助け、もたらす知識は村を豊かにした。その教えが受け入れるまでそう時間がかからなかったのだ。


 “記憶”を持っている僕はそれが策略さくりゃくであることも、教えが嘘であることも知ってる。

 だが、昔の僕がそれを知っていた所で抗う術はなかっただろう。

 だから僕たち家族は村から追い出されて…追い出されて?


 駄目だ、思い出せない。

 名前の時と一緒だ。狼に追われて森の奥まで来たことは覚えているが、そもそも何故森に入っていたのか思い出せない。

 だいたい追い出されたってなんだ?村人に追い立てられて3人で?友人は?親戚や近所の人たちは?


 あ、あぁ、そうだ。裏切られたんだ。

 …でもその後が思い出せない。


 多分僕自身が思い出したくもないんだ。

 パパとママはどうしているのか、そんな事すら気にならいない程に。


 ふと、心が冷めるのを感じ、前に目を向けるとマロウさんがもう三本の焼き魚を見つめていた。


 僕は苦笑すると「大丈夫ですよ。僕の分はまだありますから」と言ってマロウさんに焼き魚を手渡した。

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