第8話 メグルと嫉妬

 調味料を一切使わなかった鍋は思ったよりも美味しかった。


 骨と肉の濃厚な出汁にぷりぷりなスッポン。

 ミョウガが肉とスッポンの生臭さを消していて、初めて料理と言える料理ができたことに喜びを隠せなかった。


 マロウさんも大絶賛だいぜっさんで、二人してむように鍋をたいらげる。

 その後満足した僕たちは、水浴びの後、お昼休憩になった。


 初めの内は日陰ひかげの岩を背に、マロウさんと話をしていた僕。

 しかし、マロウさんがうつらうつらし始めた為、少し離れた木陰こかげで第二の石鹸せっけんづくりにいそしんでいた。


 今回は匂いの強い花をすり潰して動物油や香木こうぼくの灰と混ぜる。


 誰にも使われず、放置されていた石鹸の匂いをぐと、作った当初よりは匂いがおさえられていた。

 それならば、香りを混ぜて作った石鹸を数日程乾かせば、案外使い物になるかもしれないとの思惑おもわくだ。


 油は植物性のものが良いのだろうが、それは揚げ物に使いたい。

 明日当たり乾いた種を潰して調味料と共に、油がとれる実も探してみるつもりだが、石鹸が取れる程と集まるかと言われると…。

 調理後の廃油でも良いのだろうか?


 そんな事を考えて油肉を煮詰めていると狼が一匹、こちらに向かって歩いてきた。

 あの特徴を見るにシバのようだった。


 シバは挨拶のように体を何度か擦り付けてくると川の中に走っていった。

 しばらくの間、水浴びを楽しんでいたようだが、急に水中を見つめ始める。

 そしてジャンプ!次の瞬間には口に魚がくわえられていた。


 如何やら水遊びに見えていたのは魚を追い立てる行為で、浅く狭い場所に誘導してから捕まえたらしい。頭の良いやつだ。


 そしてその魚を食べるのかと思いきや、魚を咥えたままこちらにやってきて、僕の脚元に魚を置いた。


 その視線を見るに僕に対するほどこし。と言うわけではなさそうだ。

 遊んで欲しいのか、めてほしいのか…。僕はマロウさんのように以心伝心はできないので諦めて欲しい。


 代わりと言っては何だが、シバは珍しいものが大好きだ。

 持ってきた魚を木の枝で串差しにすると煮込んでいる油の横で火にかける。


 シバは火を不思議そうに見つめるが、危険な物だと本能が分かっているのかあまり近づいてくることはせず、僕の横に座った。

 如何やら体を乾かしているのようだ。


 魚を火から上げ、串を抜いてからシバの前に出す。

 シバは焼き魚を少し観察した後、小さな前足を使って少しづつ器用に食べた。

 熱いという事を理解しているのかもしれない。


 大人しいシバ相手に、僕は木で作ったくしを取り出す。

 シバはそれを不思議そうに見つめていたが、僕がそれで数度、背中をくと体を横たえた。


 どうしたのかとシバを見てみればシバもこちらを見つめている。

 …もっとやって欲しいらしい。


 シバを撫でつつ、鍋の中で分離した油を時たま掬って取り除いていく。

 シバより鼻の悪い僕でもこの作業は獣臭い。

 しかし、シバは気にした様子もなく口を大きく開けて欠伸をしていた。

 匂いがしない訳でもないだろうに…不思議だ。


 取り出した油を再度熱っする。

 そこに芳香剤代ほうこうざいがわりに植物達を潰したものと、それらを灰にしたものを混ぜていった。

 これで匂いがおさまればよいのだが…。


 そうこうしている間に、寝ていたマロウさんがピクリと動いた。

 シバも振り返りその様子を確認すると、重々し気に体を上げる。


 シバは「オゥ」と短く声を上げると、森の中にゆっくりと帰っていく。

 如何どうやらマロウさんが寝ているのを見つけて、僕を見守っていてくれたらしい。

 家族そろって優しい人たちだ。



 マロウさんが完全に覚醒するころには鍋も洗い終わったので、持ち物をすべて回収して家に帰る。


 因みに石鹸の香りは、僕なら耐えられるほどだったが、まだマロウさん達では気になるらしい。乾燥させて様子を見るしかなさそうだ。



 家に着いた頃にはもう日が傾いていた。

 時間としては四時、五時ほどだろうか。


 朝が早い僕はこの時間になると眠たくなってくるので、物を片付け、起きてきた兄弟たちに挨拶をすると入れ替わるように寝床に移動する。


 お昼寝をしていたマロウさんだけは兄弟たちと何か楽しそうに話をしている様子だった。


 僕の前ではあんなに楽しそうに、いっぱいお話してくれないのに…。

 そんな事を思うが、マロウさんが寝床に訪れたら訪れたで、あの寝相ねぞうおびえて眠れなくなってしまう。


 僕は少し不貞腐ふてくされたように毛布にくるまると、獣臭くてちょっとむせた。

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