第5話 メグルと大人で子どもな彼女

「お疲れ様」


 マロウさんがらしたタオルを差し出しながら、僕をねぎらってくれる。


 僕は「ありがとうございます」と言ってそのタオルを受け取ると遠慮えんりょなくあせぬぐった。


 タオルと言ってもマロウさんが着れなくなったぼろ布を裁断さいだんしたものらしいのだが…。

 それで顔をくとマロウさんのかおりがして、少しずかしくなる。


 汗を拭き終わった僕はくし代わりに使っている植物のとげに肉を突き刺していく。

 その間にマロウさんがかわいた植物などを集めて火を起こす準備をしてくれた。


 まだ出会って数週間ほどだがすでに息がぴったりである。

 と言うよりはマロウさんがこちらに合わせて動いてくれているのだが…。

 それでも無言で意思疎通いしそつうができるという事がどことなく嬉しかった。


 串を並べ終えた僕は木の板、棒、丈夫じょうぶつるで作った自作の火おこし道具を持ち出す。


 ”記憶”を頼りに作った物なので出来が悪く、十数回の使用で既にボロボロになってしまっているが、今日明日までならまだ持つだろう。

 今度は風除かぜよけを付けるのと、棒の中心がずれるのをどうにかしていきたい。


 何とか種火をつけ終え、マロウさんの集めた可燃材かねんざいに火を移していく。

 これがなかなかに難しいのだが今回は上手くいった。


 僕が慣れてきたのもあるだろうが、やはり乾燥かんそうさせた植物繊維しょくぶつせんいへと着火剤ちゃっかざいを変えたのが良かったらしい。

 分かってはいたのだが乾燥に時間がかかるため、初めの内は用意できなかったのだ。

 これからもこの調子で点いてもらえるとありがたい。

 火が点くまでの数分間、マロウさんの無言の視線が気になって仕方ないのだ。


 火が本格的に燃え始めると用意した串を地面に突き刺して並べていく。後は焼けるのを待つだけだ。


 もう日は完全に上がっている。9時前後だろうか。

 これから水汲みずくみと洗い物のために川に行って、僕の仕事は終了だ。


 川までは片道20分程度なので、少ない洗い物と、汲んだ水をかつぐ帰路の事を考えても、12時には帰ってこれるだろう。


 その後は自由時間なのだがマロウさんの目の届く範囲でないと彼女が心配するため、洞窟付近で今日も道具作りが妥当だとう選択肢せんたくしだろう。


 今日あたり初めの内に作った蝋の試作品しさくひんためしてみるのも良いかもしれない。

 ”記憶”にたよったしななので出来上できあがりが楽しみだ。


 「火は良いですね…」


 マロウさんがポツリとこぼした一言で思考しこうが中断される。

 彼女に視線を合わせると、その場にしゃがんで右腕で頬杖ほおづえをつきながらいとおしそうに火を見つめていた。


 「森は天日てんびこくをすぎるまでうすら寒いですからね…。」


 こちらは汗を流していた為そうでもないが、じっとしていたマロウさんには寒かったのだろう。


 僕も寝起きは兄弟たちの温もりが恋しくなる事がある。

 これからどんどんと夏に向かっていくので早期そうきの対策はいらないだろうが、春半はるなかばの現在でこの気温だと思うと、冬場は考えたくもない。


 「今は中々燃えきない燃料ねんりょうを作っているので、成功すれば冬場でもだんを取れるようになりそうですよ」


 僕はそう言いながら、少し強すぎる火に水分の残った大きめのえだしていく。

 火力の調整ちょうせつが難しいのも問題点の一つかもしれない。


 「それはまた便利になりそうですね。私はメグルが来るまで生肉をそのまま食べていましたし、冬場は洞窟の奥で穴をふさいで暖かくなるのを待つだけでしたから」


 そうだ。そうなのだ。

 一番最初に火を作り出そうとした理由。

 それはマロウさんが当たり前のように兄弟たちの狩ってきた生肉を僕に差し出してきた事にある。


 しかし、僕の記憶には生で食べられる肉の記憶もあった。

 恐る恐る食べてみたのだが、完全にアウト。

 血の味しかしない上に、なんか苦くてじゃりじゃりした。


 それはマロウさんが血抜きもせず、解体もただ爪でバラバラにしているだけと言うことが原因だと後に判明はんめいした。


 生食には食中毒や寄生虫などの危険性もある。

 マロウさんのように野生児やせいじ全開ではない僕ではお腹をこわしてしまうだろう。

 という事で以降いらい料理は僕の担当になっていた。


 「マロウさん。生でお肉を食べるのと同様に、洞窟の出入り口を閉じてこもるのはやめましょうね。危ないですから」


 あまりに危険な行為こういに、つい手にもっていた棒の先端を彼女に向けて、いさめるような事を言ってしまう。


 しかしマロウさんは素直に「分かりました」と答えるだけ。

 反論も、文句も言ってこない。

 お肉の件に関しても同様だったのでこの人はうたがう事を知らないのかと不安になってしまう。


 「もう少し…こう、疑うとか、ないんですか?」

 僕が顔を訝しめ、聞いてみればマロウさんはきょとんとした顔をして

 「嘘はついていないのでしょう?」と返してくる。


 その答えに「まぁそうですけど」とバツが悪い返事しか返せずに、マロウさんも「それなら問題はないですね」と言って話が終わってしまう。


 天然なのか、ワザとなのか、見つめる先では何処どこか楽しそうに鼻歌を歌うマロウさんの姿があっただけだった。

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