Grow 〜異世界群像成長譚〜

第4話 メグルと新しい日常

　僕は今、マロウさんの厚意（こうい）に甘えて一緒に生活させてもらっている。

　同じくマロウさんの下で暮らしている狼７兄弟とも仲良くなれた。

　優しい白毛のお姉さんセッタを中心に。

　常に凛（りん）とし辺りを警戒（けいかい）している黒毛の副官、ハウンド。

　従順（じゅうじゅん）なレトとステリア。

　陽気（ようき）で活発なコッカーとビーグ。

　飛びぬけて好奇心（こうきしん）の強いシバ。

　マロウさんとの関係性は、幼いころにマロウさんに拾われ、育てられたセッタが彼女を慕（した）ってこの場所を拠点としているらしい。

　その他の兄弟は何処からともなくセッタが連れてきたようだが、結局の所、皆、マロウさんとセッタを慕っているようだった。

　現在、日が昇り始め、兄弟たちは家に獲物を持って帰ってきた。

　皆自分達が食べる分はその場で食しているので、持って帰ってきたのは鹿（しか）の様な生き物を一頭だけ。しかし、それでも僕らの食事には十分すぎる量なので、問題はない。

　セッタは僕の３倍近くあるアルビノの巨体をマロウさんに擦（す）り寄せ、構（かま）って貰（もら）っている。

　気持ちよさそうにマロウさんに撫（な）でられているセッタの様子を眺めるハウンド。

　セッタに好意を抱（いだ）きつつも、マロウさんに構って貰って羨（うらや）ましいと言う葛藤（かっとう）から何とも言えない表情をしている。

　そのハウンドに好意を抱いているステリアが凛とした姿勢のままその隣（となり）に座り、尻尾で彼の背中を叩いて励（はげ）ましている。

　そんな三人などお構いなくじゃれ合っているコッカーとビーグを見て、レトが呆（あき）れたような表情をしていた。

　皆昼間は洞窟にいる事が多く、日が傾（かたむき）き始めると出かけていく。セッタの体毛が白いので昼間の狩りには向いていないのだ。

　逆に他の狼よりも黒い体毛を持つハウンドは夜闇（よやみ）が有利に働くだろう。それに加えて昼は他の群れの狼達も獲物を探している。

　争（あらそ）いを避（さ）けるためにも狩りの時間をずらしているようだった。

　因みにこの辺りの狼は成体でも体長が１ｍと少し小柄（こがら）で、辺りの色に同化するために茶色い体毛をしている。

　体長が３ｍ以上あるアルビノのセッタと体毛が黒いハウンドは異常個体なのだろう。

　僕は現在、そんな皆を見ながら洞窟の外で木に吊（つ）るした鹿の解体をしている。解体に使っている刃物は皮肉にもその鹿からとれる鋭い角のナイフだった。

　ナイフと言っても鋭（するど）い角（つの）の部分を折（お）っかいて、持ち手部分に木の皮を巻いただけの簡素な物なのだが。

　まぁ肉程度なら何とか斬（き）れる。

　子どもの筋力で肉が切れるのだから、鹿が全力で頭を振れば僕の首なんて一瞬で飛ぶだろう。

　因みに僕が来るまではマロウさんの鋭い爪によってバラバラにしていたらしい。

　その鋭さはこのナイフの比ではなく、撫でただけで肉を切り裂（さく）くので日常生活でもかなり気を遣っているようだった。

　またその腕力（わんりょく）も凄（すさ）まじい。

　僕がこの辺りの日当たりをよくしたいから木を切り倒（たお）すような物は無いか。と聞いたら、直径１ｍほどある木の幹を掴（つか）んで、ねじ伏（ふ）せるように根っ子ごと木を倒してくれた。

　正直ちょっと…。いや、かなりビビった。

　だって、いつも僕の隣で寝てるんだよ？

　それにあんなに安らかな寝顔をしながら寝相が良く無くて、いつも僕の事を抱き寄せてくるんだ。

　その際、不意にあの鋭い爪と、握力でぎゅっとされたらと思うと…。

　ゴーヤと言う植物が種を飛ばす瞬間が脳内で再生され、身震（みぶる）いがした。

　しかし、おかげでこの辺りは日当たりが良くなり、洗濯物や肉が干せるようになった。

　その気になれば土壌（どじょう）も良いので植物も育てられるだろう。

　現在抜かれた丸太は僕に枝を落とされ、マロウさんの手によって日当たりの良くなった洞窟付近の岩場に干されている。

　頼んだのは僕なのだが、初めの数日間、葉を茂（しげ）らせ、根っ子を見せたまま岩の上に横たわっている木を見ていると、どことなく哀愁（あいしゅう）を帯びているような気がして目が合わせられなかった。

　村で父さんに教わった通りに動物の腸（はらわた）を抜き終えると、地面にぶちまけた内臓は今か今かと待っていたコッカーとビーグに上げてしまった。

　この二人は上下関係を気にしない為、こちらも気軽に接するができる。

　お姉さんのセッタは優しいが、対等と言う感じではないし、ハウンド、レト、ステリアに至っては他人行儀で距離を感じる。

　シバは自由奔放（じゆうほんぽう）でほぼ帰ってこないしね。

　僕は剥（は）いだ皮を丸太の上に被（かぶ）せ乾（かわ）かす。

　削（そ）ぎきれなかった油が多少残ってしまったが、乾かせば多少ましになるだろうし、木の皮が油脂（ゆし）を吸って蝋（ろう）になってくれるかも知れない。

　火を一々つけるのは非常に面倒なのだ。

　蝋ができれば篝火（かがりび）を常に焚（た）いて、そこから火をもらえばかなり便利になるだろう。

　そんな事を考えつつ鹿の関節を外して脚を落としたり、腹の肉をそぎ落として鹿の解体を進めていく。

　体の半分がなくなる頃には兄弟たちの姿が消えていた。如何やら洞窟奥の寝床に向かったらしい。

　あともうひと踏（ふ）ん張り！

　汗を拭って鹿と向き合う。

　朝の冷たい空気と、優しくこちらを見つめるマロウさんの視線が心地よかった。