第3話 マロウと少年の正直な気持ち

 めぐると名乗った少年は咳払せきばらいをしつつ、落ち着きを取り戻したふうよそおって、私から再び距離を取った。


 しかし、そのほお紅潮こうちょうしたままで、こちらに向けている視線も時折ときおりえきれなくなったように泳ぐ。

 そうなれば、やせ我慢がまんだという事はすぐに分かった。


 そのいは彼の容姿ようしと相まって、とても可愛らしく見えてしまい、頬のきんゆるむのを感じる。


「先ほどは取り乱して申し訳ありません。改めまして私の名前はメグル ヒビヤと申します。以後お見知りおきを」


 少年が意を決したように発したその言葉は相変あいかわらず同年代の子どもが話すにはめかし込んだ言葉だ。

 その必死に取りつくろう様子からも愛らしさが満ちあふれている。


 私がついにクスリと笑いをこぼしてしまうと、少年の頬は先ほどよりも濃いしゅうに染まり俯き気味になってしまう。


 私はやってしまったと内心ないしんあせるが、少年は再び顔を上げ話をつづけた。

 その対応におどろき私自身少し固まってしまう。

 癇癪かんしゃくを起こす、そこまでは無くとも彼は口をつぐんでしまうと思っていたのだ。


「私は山越えをしていた所、森の牙獣におそわれ逃げおおせてきたのです。しかし運悪く木の根で足をくじいてしまい、あの場所で身動きが取れずにいたのですが…。助けてくださったのはマロウさん…なのですよね?」


「…」


 下からうかがうように目線を合わせてくる少年の仕草しぐさに、私の方がほうけてしまっていたことに気が付いた。


 内心ないしんあわてて聞き流してしまっていた話の内容をくだくが、あせりのあまり「えぇ…」と気の無い様な返事を返してしまう。


 違う、そうではない。まずは落ち着いて…。


「いぇ、すみません。正確に言えば貴方あなたを助けたのは私ではないのです。貴方を見つけ、ここまで連れてきてくれたのは私の家族の…牙獣達です」


 私は思い切ってその名前を出した。森に面する人里でなら少なからず忌避きひされる存在。ましてやこの少年はその存在に襲われ、ここまで逃げて来たのだ。どんな反応を示すかわからない。


 しかし、少年は一瞬驚いたような顔をしただけで、どこか納得したように「成程…」と小さく呟いただけであった。その反応に覚悟していた私の方が驚いてしまう。


「ご家族の方々はお出かけ中なのですか?」


 自身で言うのもおかしな事なのだろうが、あの子たちをこうも簡単に受け入れてくれる人物がいるとは思わなかった。


 それにわざわざこちらに合わせて「牙獣」を「家族」と言いえてくれている。

 それが全て先ほどまで同じ存在に襲われていた年端としはもいかない子どもによって行われているのだから、この子の異常性は見栄みえっ張りな育ちの良い子、では済ませられない部分があるだろう。


「えぇ、日が昇り始めたので、そろそろ戻ってくると思いますよ」


 そう答えつつ、少年について考えをめぐらす。


 そもそも普通の子どもが山越えなどするだろうか。

 答えは否だ。

 

 通常森には浅い場所であっても大人の狩人ですら最低二人一組で向かう。

 子どもなどはもっての外で森に近づけさせてもらう事すらできないだろう。


 それだけ森と言う場所は危険視きけんしされているのだ。

 それを深部どころか越えるなどとは並みの冒険者集団でも考えないだろう。


 それに加えてこれだけしっかりしているにもかかわらず、名前を聞いたときのあの取り乱し様。ただ事ではない。


 その部分は、この少年が子どもどころか並みの大人と比べるのもおこがましい態度を取っている事の要因ともなっているのだろう。


「そうですか…。家族の方が戻ってくるまでここでお待ちしていてもよろしいでしょうか?」


 少年が窺う様な目線で再び聞いてくる。

 勿論それは良いのだが、少年は暗闇の中、帰る術があるのだろうか。

 と言うよりも帰る場所があるのかどうかさえ怪しい。

 そう、少年は幼少期の私に似ていたのだ。


「はい。帰ってくるまでと言わず、好きなだけ此処にいて良いですよ」


 私は当時自身が一番掛けてほしかった言葉を少年にける。


 それでも遠慮えんりょした様にえ切らない態度を取る少年。

 しかし、ちらちらとこちらを見つめるひとみには期待の二文字が浮かんで見えた。

 もう一押ひとおしだ。


「私もね。ほら、こんな見た目だから話し相手が欲しかったの。だから、ね?」


 私はこしを下げ、少年の頭に右手を乗せる。


 それは嘘偽うそいつわりない私の気持ち。


 それを聞いた少年は言葉を詰まらせた後、「そのような事でよろしければ」と今にも泣きだしそうな笑みを浮かべ、答えた。

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