教えて、理央先生! 異世界転移って、記憶操作で実現できるんですか?

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ボーナストラック、何で今更異世界転移なの⁉

「──お願いします! もう勘弁してください!」


 荘厳なる魔王城の謁見の間に鳴り響く、いかにも悲壮感あふれる、壮年男性の懇願の声。


 ──何とそれは紛う方なく、この城のあるじ、魔王様のものであったのだ。


「終了──! 戦闘、終了──! こらっ、おまえら大概にせんか! 魔王様、泣いているだろうが⁉」

 もはや戦意を完全に喪失して、冷たい石造りの床の上にひざまずき頭を抱えて丸まって、大きな身体全体で降伏の意を表しているというのに、そんなことなぞ少しも意に介さず、がっつんがっつん魔法攻撃や物理攻撃をお見舞いし続ける、凶悪極まる『魔法少女』たちに向かって、堪らず制止の声を上げる、唯一戦闘向きのスキルを持たないので傍観役に徹していた、『主人公』の少年──すなわち僕ことあずさがわさく

「──何だよ、梓川。これからが、いいところだったのに」

「おまえには、慈悲の心は無いのか、ふた⁉」

 安心安定のドSっぷりをご披露してくださるのは、『論理の魔女ロジカルウィッチ』こと、双葉嬢。

「そうよ、咲太。やる時は徹底的にやって、相手の心を完全に折って、二度と刃向かえないようにしなくては。──こんなの芸能界では、常識中の常識よ?」

 いかにも当たり前の顔をして、身の毛もよだつようなことをさらっとおっしゃるのは、一応原作の設定では僕の最愛の彼女ということになっている、『時間ときの魔女』ことさくらじま嬢──ただし、原作とは違って本作では、『本物の麻衣さん』は僕を庇って交通事故で亡くなられたままとなっておりますので、ここにいるのは彼女の二番目の腹違いの妹である『まいこちゃん』(JS・六歳)の身体に、毎度お馴染みの集合的無意識を介して『麻衣さん』自身の記憶や知識がインストールされている、言わば『ハイブリッド麻衣さん』なのであった。

「──まあまあ、皆さん、咲太君もこうおっしゃっていることですし、もうそのくらいにいたしましょうよ。──魔王さんも、部下の魔族の皆さんも、もはや攻撃の意思はございませんでしょう?」

 そのように取りなすようなおっしゃるのは、回復魔術の使い手ゆえに僕と一緒に後衛を担当していた、『癒やしの魔女』ことまきはらしょう嬢──ただし、こちらもJCの『翔子ちゃん』の肉体に、集合的無意識を介してJDの『翔子さん』の記憶や知識がインストールされている、『ハイブリッド翔子さん』ではあるが。

 彼女が台詞の後半で周囲を見回しながら問いかければ、魔王やその配下の魔族たちが全員一丸となって、ぶんぶんと首を縦に振り始めた。

 さすがは最年長にして、(怒らせたら怖いという意味からも)『みんなのお母さん』役の、翔子さんの鶴の一声。今回の『異世界編』から新たに『魔法少女』としてデビューした、花楓かえでともやのどかを含めた、『青ブタ』ヒロインズが、渋々ながらも戦闘をやめて撤収してくる。

「……しかし、『思春期症候群』が、こんなにも戦闘向きの威力を発揮するなんて」

 この世界最強の魔王軍をたった六人で圧倒した、年若き少女たちを見やりながら、僕は心底感服してつぶやいた。

「──そりゃそうだよ、何せ腐っても、『超能力』の一種なんだからね」

(頼みもしないのに)打ては響くように『解説』を挟み込んでくるのは、もちろん文字通りの『論理の魔女ロジカルウィッチ』の双葉さん。

「……超能力と言ったって、学園青春ラブコメにおける少年少女の、ちょっとした悩みを解決するためのものに過ぎないじゃないか? それが何で、歴代最強とまで言われた魔王を、こうもあっさりと倒すことができたんだ?」

「普通の文房具である物差しや鉛筆だって、使いようによっては人を殺すこともできるんだ。ましては『超能力』だぞ? たかが思春期の青少年のお悩み解決ごときに使っていたんじゃ、もったいないじゃないか? もちろん原作には原作の考えがあって、ああいう使い方をしているんだろうけど、それに対して我々は『何でもアリ』の二次創作だからこそ、更に有効に活用することができるってわけなのさ」

「……いや、二次創作が何でもアリって言っても、ちょっとえげつなさ過ぎるんじゃないのか?」


 そうなのである。見た目は可憐な『魔法少女』でありながら、こいつらときたら、もはやどっちが『悪』だかわからないほどの、非道っぷりであったのだ。


 ただし意外だったのは、古参組である麻衣さんや翔子さんや双葉のほうが、比較的穏当であったことだ。

 麻衣さん(JS)の『不可視化』能力は、こういった異世界モノで言えば『ステルス』能力に当たるであろうが、ただ単に姿が見えないとか気配がしないとかいったレベルではなく、集合的無意識を介して相手の脳みそから『桜島麻衣(=まいこちゃん)』の存在そのものに対する『記憶』を、一瞬一瞬ごとに抹消し続けていて、たとえ文字通りの『魔術の王』である魔王ですらも、視界内にいようがいまいがけして認識することなぞできず、まったく身を隠すこともなく攻撃し放題なのであった。

 一方、後衛職のヒーラーである翔子さんは、そもそも攻撃には加わっていないのだが、当然敵からは攻撃の標的とされるわけで、これをどう防ぐかというと、まさしく僕に対して行っていた『マ○ーン』能力を発動して、集合的無意識を介して幼い頃の魔王の夢の中に現れて、将来魔王となることを運命づけられている彼が、己自身の境遇に悩んだり自信を失ったりした時に、『謎の年上のお姉さん』として同情したり励ましたりして心の支えとなり、幼い魔王に恋心さえ抱かせて絶対に逆らえないようにして、こうして実際に敵同士として『初対面』を迎えようとも、すっかり翔子さんに心酔してしまっている魔王が攻撃することなぞできるはずもなく、部下にも彼女に危害を加えることを断じて赦さず、お陰で翔子さんは絶対的安全のもとで、味方に対して回復魔術をかけ放題となったのだ。

 ちなみに同じく後衛を担当していた僕自身はどうしていたかと言うと、実は僕の『思春期症候群』現象である『謎の傷跡からの流血』は、麻衣さんが僕の代わりに死んで以来発症しなくなっていて、つまり今の僕には何の力も無いのだが、後述するように魔王陣営が魔法少女たちへの対応だけで精一杯となってしまったので、戦闘中は徹頭徹尾完全に無視されっぱなし状態となっていました。


 以上の古参組に対して、更に目も当てられないほどひどかったのが、本来こちらのほうが穏当なはずの、『妹』属性や『後輩』属性を持っている、今回新加入の魔法少女のお三方であった。


 まずは、花楓とのどかの『Wシスターズ』についてであるが、実はこの二人の能力は『別人格化』という意味ではほとんど同じものであり、集合的無意識を介して『別の可能性の世界の特定の人物の記憶』を、自分や他人にインストールすることで発現していて、花楓だったら『記憶喪失中の仮の人格である』を自分の中に生み出したり、のどかだったら麻衣さんとの間でお互いの『記憶』を入れ替えることで『人格の入れ替わり』を実現したりしているわけで、この力を応用すれば、敵である魔族たちにまさしく『彼女たち自身の記憶』をインストールして、魔王に対して自爆的な特攻を行わせることだって可能なのであり、これを何度も何度も繰り返すことにより敵の数を減らすとともに、魔王に自らの部下を自らの手で殺させることで、本来はダイヤモンド並みに頑強であるはずの精神をガリガリと削り取って、戦意を著しく損なわせていったのだ。

 更にむごいのが、原作においては自他共に認める『可愛い後輩』キャラの朋絵であって、やはり彼女独自の疑似ループ的な『思春期症候群』能力を使って、集合的無意識を介して魔王に『未来の彼自身の記憶』をインストールしたのだが、本来なら魔王のほうが僕らを圧倒する未来のほうが多いはずなのに、朋絵はあえて魔王が負ける未来を──それも一方的に絶望的な敗北を喫する未来ばかりを、何度も何度も無数に見せることによって、闘う前から魔王の心を完全に折り、実際に闘う段になってももはやこちらに対して恐怖しか抱かないようにさせて、本来の絶大なる魔力を発揮することなく、魔法少女たちに一方的に蹂躙フルボッコされることになってしまったのだ。


 ──悪魔だ。おまえらこそ、純真無垢な少女の皮を被った、本物の悪魔だ!


「……それにしても解せないのが、双葉、まさしくおまえの攻撃方法なんだが、何で魔王は、ただ単に自分の正面に突っ立っていたおまえに対して、ほとんど有効な攻撃を与えることができず、おまえの攻撃を一方的に受けてばかりだったんだ?」

 今回はこの僕自身が最後まで解説役を担っても良かったのだが、あたかもそうはさせじと言わんばかりに、どうしても本家本元の解説役担当者の不可思議な戦闘能力の正体だけが、皆目見当がつかなかったのだ。

「ふふん、さすがの梓川も、お手上げかい? ようく考えてみてごらん、そもそも私の『思春期症候群』の力って、何だったっけ?」

「……ええと──あっ、そうか! そういえば、おまえのユニークスキルである『ドッペルゲンガー』だけは、まだ解説されていなかったっけ! つまり今回のおまえの魔王に対する謎攻撃は、『ドッペルゲンガー』能力を応用した技だったってわけか!」

「そういうこと。実は私の『ドッペルゲンガー』能力は、ちょうど桜島先輩の『不可視化』能力の逆ヴァージョンみたいなもので、その原理はまったく同じなんだ」

「……逆の能力なのに、原理は同じだと?」

「何度も何度も言うように、この世に『質量保存の法則』がある限り、一人の人間が本当に二人に増えたりすることなんてあり得ず、すべては集合的無意識によって、『思春期症候群』の対象の人物の脳みそを錯覚させることで実現しているんだ」

 まあた、そのパターンかよ?

「桜島先輩が周囲の人間の脳みそから、常に自分の存在そのものの『記憶』を抹消し続けることによって、『目に見えているのに認知できない』という、究極の『不可視化』能力を発現しているのに対して、私の『ドッペルゲンガー』能力のほうは、今回の場合魔王に対して、現実の『真正面にいる』私だけでなく、『別の可能性の世界』において魔王の横や斜めや真後ろにいる『私』の記憶を、集合的無意識を介して脳みそにインストールし続けて、まさしく私が複数人同時に彼の周囲を取り囲んでいるように、認識させたって次第なんだよ」

 なっ⁉

「何せ、そんじょそこらの『分身の術』なんかと違って、直接脳みそに情報を刷り込んでいるんだから、まさしく本物の私が本物の気配を伴って自分の周囲に同時に存在しているように認識させられていて、正真正銘本物の私が攻撃に移る直前に、記憶のみの存在である別の『私』に攻撃をさせることによって、魔王の注意をそちらに引きつけて、本物の攻撃のほうを完全にノーマークでぶち当てることができるって寸法さ。──何せ本来この世界には、『音』や『色』や『温度』や『触覚』なぞ確固として存在しておらず、人間が各感覚器官で捉えた情報を脳みそに送り込んで初めて生み出されるものなのであり、このように直接脳みそに情報を刷り込まれてしまえば、すべてを『本物』として捉えることになって、私のほうはちょっと工夫するだけで、攻撃が当て放題となってしまうんだよ」

 ……うわあ、この二次創作、量子論や心理学だけでなく、ついに脳科学の領域まで踏み込みやがったよ。

「それにしても、集合的無意識による記憶操作って、ほんと、どんな異能でも実現できるんだなあ。まさしく『何でもアリ』の極致だぜ」

「ああ、まさしくこのような『二次創作』作品には、なくてはならないキーアイテムだよ。──それはもちろん、今回の『異世界転移』そのものにだって言えるんだ」

「はあ? な、何だよ、集合的無意識と、今やWeb小説界の根幹をなす、異世界転移とが、どう関係すると言うんだよ?」

 な、何か、嫌な予感がするぜ。

「言ったろう、この世に『質量保存の法則』がある限り、肉体を伴った世界間の転移なぞあり得ないって」

 ……まさか……まさか……まさか……まさか。


「つまり我々も実のところは、現代日本から肉体丸ごとこの異世界に転移してきたりはしておらず、ここにいるのはあくまでも全員生粋の異世界人なのであって、ただ単に集合的無意識を介して、『青春ブタ野郎シリーズ』の登場人物たちの『記憶』を、脳みそに刷り込まれているだけなのさ」

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