愉快な同居人
彼女個人の電話番号を聞きだし次に会う機会を作る。ついでにラバーズの彼について分からないことがあったら連絡してもよい、という約束も取り付けられた。誘いだす良い口実ができたものだ。
「あとそうだ、一つ聞きたかったんですけど」
「なに?」
「そっち、たぶんこっちと違う場所ですよね。会う段になったらこっちから向かえるとは思うんですけど、一応先に聞いとこうかなって」
察しがいい。おそらく彼女自身が異世界間移動をするような職種だから、というのも理由の一つだろう。
ところがこちらが国、星、そして現住所を告げると、彼女は不思議そうな声を出した。
「んん? それはなんか聞き覚えが……。あれ、でも違う?」
どこに疑問を持ってるかは何となく予想がついた。続いて年月日を教える。
「へぇ! じゃあ私随分と珍しいのを引いたんですねぇ! ……っあ、でもそうすると時航法に」
「あたしの周りはそういうの適用されないっぽいからたぶんだいじょーぶ。そっちだけ例外だったら申し訳ないけどね」
「なるほど……? そのあたりのお話も興味をそそりますが……、すみませんそろそろ部長に睨まれてるので……。細かいお話はまた今度お酒を呑むときにでも」
「おっけ。じゃあまたー」
黒電話の重い受話器をガチャンと置く。
「待たせたね」
「……」
あたしが振り向くと、彼は顔に仮面を張り付けたまま床に倒れ、その腹の上ではミケが優雅に昼寝をしていた。顔の横ではトーテム像が愉快にリンボーダンスを踊っている。どう見たって寝てるって感じではない。
「ほらほら、新入りが来たからってはしゃがないの、人間だったら死んじゃうんだから」
右手でしっしと掃くと、トーテムはかたりかたりと淋しそうに部屋の隅に戻っていった。今度一緒に踊ってやるから。
奇妙な仮面、名前をヴィエルという、は外すのに少しコツがいる。宝石で作られた目を木製の仕掛け瞼で閉じ、口の中に手を突っ込んで前歯の裏側を三回、コンコンコンと叩く。最後に右耳の大きなピアスを爪で弾くと、固く張り付いていた仮面はポロリと外れた。
最後のミケが一番の強敵だ。猫のように気まぐれなミケとはひたすら対話を続けるしかない。顔を床まで落とし、目線をミケと同じ高さに合わせる。
「なあ、そこ乗ってると起こせないんだよ。どいてくれない? だめ? お前と違っていい感じに暖かい? なるほど?」
顔をそのまま、ミケが乗っている彼のお腹に近づける。あてる。乗せる。ふむ、たしかに、これはなかなか……。ミケが気に入るのも分かる気がする。
「なっ、なにしてるんですか!」
彼のお腹でうつらうつらしているとそんな叫びが頭に投げかけられた。いつの間にかミケはそこを離れていた。ミケめ、あたしに責任を押し付けていきやがったな。この先一週間はグレードを一つ落とした猫缶にしてやる。
「いやその、倒れてたから介抱しないとなって」
「ここでは介抱するのに腹に顔をあてるんですか」
面白いからそういうことにしておこう。
「部屋の中を回ってたらなぜか仮面が飛んできて襲われたんですが」
「ああ、あれ?」
壁の定位置に戻ったヴィエルを指さす。びくっと肩を震わせる彼。
「あれはヴィエル。地獄から帰ってきた亡者が、生者への憎しみを固めて作った呪いの仮面でね。本人はそんなもの離れて楽しく暮らしたいと思ってるんだけど、なかなかその亡者の呪いが解けなくて、しかたなくここにいるって感じ」
「はい? 地獄? いやだなそんなのあるわけないじゃないですか。どうせなんかの機械仕掛けでしょう?」
「君の世界では木製の仮面があんな動きをするの?」
「……いやしないですけど」
「じゃあそういうこと。まあ人間以外には殺すようなことはしないから安心していいよ」
「……貴女は?」
「あたしは特別。ヴィエルとは和解してるから」
「喋れるんですかあれ」
「んー、雰囲気?」
「ええ……?」
他の彼らの説明もしないとな、と思いつつ。とりあえず彼に告げる。
「まあ返品も交換も出来ないようなので。ようこそ、あたしのお化け屋敷へ。今日からここが君の住まいだよ、ラバーズくん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます