異世界つなぎの黒電話

「で」

「で」

 寝室から移動しリビングへ。物に埋もれていたのを適当に片づけ、ちゃぶ台を挟み向かい合って床に座る。

「説明を要求したいなーって」

「それはこっちの台詞ですが!?」

 机を激しく叩くロリ、もといショタメイド。うーん、好みなんだけどなあ。つくづく惜しい。

「キスした後に股間掴みあげるとかどんな思考回路してるんですかご主人!」

「キスはそっちが要求したことでは?」

「どっちが先って話じゃないでしょ! あの雰囲気から股間に手を伸ばすんだったらよしんばベッドインのために優しく触れるのであって、潰れるほど強く握りつぶすなんて強姦魔だってやりませんよ!」

 むう、だいぶお怒りでらっしゃる。

「分かった分かった、うん。落ち着こう、ね?」

「あなたは股間掴まれて落ち着けるんですか!」

「されたことがないけど、そのくらいなら大丈夫じゃない?」

「どういう神経してるんですか……」

 持って帰ってきたトーテム像が夜中あたしの身体の上でコサックダンスを踊る、みたいな経験をしていれば、大体のことにはすぐに落ち着いて対処ができるのです。そもそも初対面の彼が現れても特に動じずキスに応じた時点で気づいてほしい。

「いやそんな大した理由じゃないよ。最初キスしたときは女の子だと思ってて、その後男の子なんだなー、って気づいたの。んでそれを手っとり早く知りたかったら」

「股間……」

 まあ付いてたよね。小ぶりなのが一本と二つ。うん。

「んで、あたしのほうは話したからさ、今度は君の話が聞きたい。君、どういうもの?」

「……僕のこと知らないにしては、どういうもの、という質問も随分変わってますね……。普通はどこから来た、とか聞きません?」

「どこからってあの大きな卵なんじゃないの? 違うっていうなら聞きたいけど」

 彼は驚いたようにその瞳を一際大きく見開いた。驚くようなことでもないんだけどなー。ただの消去法だし。

「捨てられた子供とかって展開も考えたけどねー。でもそれなら初対面のあたしに、フレンドリーに話しかけたりしないだろうし。他の何かがそうなったんだったとしたら、あたしの呼び名に困らないだろうし。んで、消去法で今朝の卵だなあと」

 あとは、騒ぎを起こすのはいつだってあたしの拾ってきたものなので、というのもある。まあこれは必要のない説明。

「んん……、なんか妙な人のところに来ちゃった気がするなあ……」

「気にしなさんなって。人なんてみんな少しずつ変わってるんだから」

「変わってる人が自ら言う台詞じゃないですよねそれ……」

 彼はしばらく頭を抱えた後、やがて諦めたように顔を上げあたしに向き直った。

「驚いてくれたほうがまだましだったなあ……。こんな状況での台詞なんてプログラミングされてないよ……」

「プログラミング、ってことはやっぱりロボットとかなの?」

「近いといえば近いですし、かぎりなく遠いともいえます。形式ばっちゃうけど一番単純なマニュアル紹介しかないか」

 こほん、と一つ咳払いをして、彼はすっくと立ち上がった。

「はじめまして。[インスタント恋人 ラバーズ]のご購入ありがとうございます、ご主人。先ほどのキスにて仮所有者契約から正式な所有者契約へと変更されました。これから僕はあなたのモノ、どうぞ好きになさってください」

「股間を握るのも?」

「……そういうプレイなのであれば。日常の一環としては了承しかねます」

「ふーん、きちんと拒否もできるのね。てっきり絶対服従みたいなものかと」

「所有者の、つまりご主人の趣向がもしそのようであれば、僕もそのようになったはずです。今の僕の身体と思考は、可能なかぎりご主人の好みによって設定されています」

「へえ、相手によって姿を変えられるんだ」

「ええ、そういう商品なので」

「じゃあ一つ質問なんだけどさ」

「はい?」

「なんで君、男の子なの?」

「……は?」

 意味が分からない、といった風に疑問符を吐き出し阿呆けた表情をする彼。

「それはご主人がそういった趣向だからでは」

「んーや違うんだよねそれが」

「……?」

「私はね、女の子が好きなのさ」

「……確認しますがご主人、ご主人は戸籍上は女性ですよね?」

「女が女を好きになって何が悪いのさ」

「別に悪かないですけど。じゃあ購入時にきちんと女性型を買ったんですよね」

「……どうだろ。結構酔ってたから覚えてないや」

「ええ……」

 そもそもこれ買ったのか。いくらだったんだろうと怯えながら、おそるおそる尻ポケットにつっこみっぱなしになっていた財布を取り出す。昨日呑みにでる前に突っ込んでいた紙幣は全部吹き飛んでいて、財布の中には小銭のたぐいしか残っていなかった。うーむ、見たはいいものの酒に溶かしたのか彼に溶かしたのかが分からない。

「……ええとですね。僕たち[ラバーズ]には女型と男型があって、女型は女性にしか、男型は男型にしかなれないんです。もちろん同性のモデルを購入することも可能ではありますが」

「誤購入の時のクレーム対応窓口とかってある?」

「……説明メモリ、もらってますよね?」

「メモリ? どういうものなのそれ」

「モノではなく文字通り情報[メモリー]です。購入時に販売者から脳に直接書き込まれているはずですが」

「……うーん。ごめんね。たぶんあたしそのメモリってのに対応してる人間じゃないわ」

「はい? そんなわけないでしょう、今や世界人口の九十九・九九パーセントが電脳に切り替えた今、そんな人類ツチノコを見つけるよりも珍しいですよ?」

「あ、そっちの世界でもツチノコは見つかってないんだ」

 どうやら今回巻き込まれたところは地球、それも突拍子もなく遠いところでもなさそうで一安心した。場合によってはまるっきり異界のそれだったりするので、小規模だとすこしほっとしてしまう。

「しかし連絡先がないとなると面倒だなあ……」

 せめてなにか足跡がないものかとズボンのポケットを漁ると、中から呑み屋のレシートに混じって見覚えのないメモ書きが出てきた。六個のハイフンで繋がった、二十四個の数字。いけるやつかなこれ。

「ちょっと電話かけるから適当にくつろいどいて」

「差し支えなければどこにかけるかお聞きしても」

「たぶん君の製造会社」

 きょとんとする彼を尻目に、台所の横に置いてある黒電話を近くにやりダイヤルを回して番号を入れる。ツー、ツー、ツー。三回鳴った後に呼び出し音に変わった。よし、成功。

 たっぷり十回はコールしたのち、向こうの主はやっとこさ電話に出てくれた。

「ふぁあああい、こちら[いつでも暮らしに華と銃を]のクライミー社でござーまぁーすぅううう。どちらさまでしょうかぁあああ」

 大きな欠伸とともに聞こえたのは、女性の酷いがらがら声。

「あー、昨日おたくの商品を購入した者なんですが」

「んー? [いつでもどこでも簡単キルユー]でいなくなった相手の行く先なら当社もでも分かりかねますよぅ?」

「違います」

「じゃあ[まぜこぜバッチし!]でくっついたモノ同士の分離方法ですかぁ?」

「違います。あの」

「えーとあと昨日売ったのは……。ああ、[ルート・スチュワートの奇妙な冒険]の新作ならきっかりあと八ヶ月と十八日で」

「こっちの話を聞けえ!」

「ひぃっ」

 いけない、思わず吠えてしまった。

「……うぅ、分かりましたよ聞きますよぅ。で、何を買ったんですぅ?」

「[ラバーズ]ってやつなんですけど。どうも別の性別のを買っちまったようでして。これ、返品交換とかってできます?」

「……説明メモリに書いてあるでしょうぅ?」

「その脳にうんたらするやつ、あたしできないんですよ」

「できないなんてそんな……。ん? もしかして……ああ! 貴女昨晩の原始ゴリラですかあ!」

 ……いきなり身に覚えのない暴言を吐かれた。

「ええと、もしかしてどこかで」

「どこかでもなにもないですよ! 昨晩あんなにしたくせに! うぅ……、初めてだったのに……。あんなに激しくされたらもう他のなんて……」

 酔って絡んだ相手に文句を言われるのはもはやなれっこではあるが、今回こそはついにやらかしたんだろうか。

「あの、ごめんなさい、覚えてないんですがあたしなにを」

「覚えてないなんて言わせませんよ! ちょっと毛がないことをからかっただけなのに、上司に[キルユー]で別軸に飛ばされ途方に暮れていた私を無理矢理連れていき、お酒をぐいぐいと呑ませて……」

「呑ませて……?」

「お酒、初めてだったんですよぉ……。あんな量呑まされたらもう他の呑み方なんて……。うぅ、上司と呑みにいくときにスイッチ入っちゃったらどうしよう……」

「ああそんなこと」

「私にとっては重要なんですう! お酒に自信のあるあのハゲ部長より呑んだら、また飛ばされちゃうじゃないですか! ……あ。ど、どうも部長、いやそんなわけないでしょうもうそんな待って電話対応中だから今飛ばさないでくださいぃ!」

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