10 アプリピンク

 ピンクが体育館を少し離れただけで事態は一変していた。


 体育館の入口を開けると四人のだったものが存在していた。


 恋歌だったもの、栄輝だったもの、恵理子だったもの、日美子だったもの。


「あーしがブルーのほうへ行ったから」


 ピンクは拳を握りしめる。


「ごめん」


 恋歌がおそらく初めにだったものになったはずだ。そのときに倒していれば他の三人はだったものにならなかったのかもしれない。


 襲いかかってくる四人だったものを多少の躊躇と後悔を抱いて、頭を砕くとピンクは体育館を後にした。


 教室に戻ってブルーに合流しなければならなかった。





 その少し前、

  

「げほげほ」


 恵理子と日美子を庇うように栄輝はふたりの前に出る。咳がさっきから止まらない。


 目の前には恋歌だったもの。もうそれは恋歌であって恋歌ではない。生きる三人へと噛みつこうと迫っていた。近くにあった赤い三角推のコーンで、工事現場とかにおいてあるやつだ。恋歌が自分たちに近づかないように、押していた。


「ごほごほ」


 もちろん、そんな不安定なものでは押し返すのも精一杯だけれど、それでも目の前の恋歌だったものは、恋歌ではなくても恋歌なのだ。恵理子と日美子のことを思いやれば栄輝は殺すことも、いや殺そうとは考えてもいなかった。


 けれどなんとかこの窮地は脱したい。


 恋歌だったものをいなして、日美子と二人きりになれれば、こんな状態でもあるし、うまいこと……。


 日美子のことを密かに思う栄輝は非常事態ではあるけれど、何気にいい雰囲気を作れるのではないか、そんなことを思った。


「ごっほ」


 思ったのを最後に栄輝の意識は消えた。赤いコーンを落とす。


「どうしたの?」


 日美子が異変に気づいた。


「ううっ」


 どもるような声とともに栄輝が日美子へと振り返る。


「ひっ!」


 日美子が後ずさる。栄輝は豹変していた。というよりも栄輝も栄輝であって栄輝ではなくなっていた。


 栄輝だったもの、だった。


「栄輝は噛まれてないのにどうして」


 恋歌が変わったのは理解できた。


 けれど栄輝は噛まれていないはずだ。でも栄輝はだったものに襲われたとき、その体液か何かを飲み込んでしまっていた。もしかして、それで?


 何にしろ栄輝はだったものに変わってしまっていた。


 迫ってくる栄輝をできるだけ傷つけないように押しのけて、日美子は逃げようとした。


 けれどそれまで栄輝が追い払っていた恋歌が邪魔をするように道を阻む。


 挟み撃ちされたようになって、思わずどうしようと迷う。


 衝撃があった。


 何が起こったのか理解できなかった。


 けれど気づけば恋歌だったものにぶつかり


「ああああああああああああああああああああ」


 噛まれていた。


 どうして、と生まれた疑問を解消するように後ろを向く。


 「ご、ごめんなさい」


 恋歌だったものに日美子が噛まれたのが予想外だったのか押した張本人の恵理子が謝りながら腰を抜かしていた。


 だったものに挟まれ、恐慌でも起こしたのかもしれない。


 日美子を転ばせた隙に、だったものから逃げ出そうとしたのかもしれない。


 けれど押した方向が悪くて、凛だったものが日美子にすぐに噛みついたせいで急に怖くなって腰が砕けた。


 そんな恵理子に栄輝だったものが近づいていく。


 日美子の意識が消失する寸前、


「いやあああああああ、栄輝ーーーー、やめ、ああああああ」


 恵理子の悲鳴が聞こえた。

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