8 横手棗

 横手よこでなつめは魔法少女を夢見ていた。


 というと少し誇張があるかもしれないが、憧れてはいた。


 日曜日に放送している愛らしいほうのではなく、深夜アニメでそういう魔法少女が放映されてから一気に急増した、殺しあったり殺し合いをしたりする魔法少女のほうだった。


 棗は魔法少女になって夢を見たいためでも希望を与えたいわけでもなかった。


 棗には殺したい相手がいた。


 むかつく教師に「殺す!」や「死ね!」など悪口の最上級系として連呼するクラスメイトはいるが、そんな殺意の籠っていない言葉は棗にとっては薄っぺらい。


 とはいえ棗には殺したい相手がいても、殺すための力がない。


 だから魔法少女を夢見ていた。


 魔法のステッキが、あるいは魔法が、棗の殺したい相手を殺すための力になってくれるはずだった。


 けれど世界は残酷だ。


 そんな棗に力を与えてくれはしない。この世界にアプリレンジャーが存在していたとしても。棗はこの学校にアプリレンジャーがいるということを知らない。


 放課後になるまでの間、授業と授業の合間にある小休憩ごとに棗はトイレで殴られ、蹴られていた。 


 棗はいじめられていた。いじめてくる相手はクラスカースト上位のリーダー保野上ほのうえ梨李子りいこと取り巻きの水越みずごしこい三重みえすず。なんで目をつけられてたのか棗には理解できない。


 気づいたときにはなぜだかいじめられていた。


 いじめられる側はとてつもない理不尽な理由でいじめられてしまう。


 殴る蹴るが終わり、授業が始まると棗は妄想する。


 妄想して妄想する。


 逃げる保野上と水越と三重を魔法少女の自分が追いかけて追いつめて、泣きわめく三人がいくら謝っても、まるで拷問のようにして殺す妄想。それを何回も繰り返す。魔法で生きかえらせてまた殺して生き返らせてまた殺す。


 そこでは自分が主人公で、絶対的無敵で三人はただただ無残に殺されるだけだ。


 妄想ににやりとする。


 毎回設定は変えるけれど、結末はいつも変わらない。三人は魔法使いの棗が気持ちよくなるだけために殺される。


 授業が終わり放課後になると棗は慌てて逃げ出す。


 捕まればまた蹴ったり殴ったりとストレスのはけ口にされる。


 かといって早く帰れると下駄箱を確認されて、明日のいじめがひどくなる。


 だからいつも隠れてやり過ごす。飽きるまで隠れていれば今日のいじめはもう終わる。


 もちろん、明日やつあたりされるけれど、下駄箱確認されるよりはひどくない。


 それがいつもの日常だった。 


 けれど今日は違った。


 数十分経ってから、隠れていた理科室から出るとそこは地獄になっていた。


 魔法少女の自分はゾンビなどまったく平気で三人をゾンビを使って追いつめる妄想をしたことがあった。


 それに近い状況が目の前に広がっている。


 違うのは。


 自分が魔法少女ではない。


「あ、あ、あ」


 思わず腰が砕けて殴られたときに出てしまう声にならない声が上がる。


「逃げなきゃ……」


 這いつくばる棗はみじめで、日常と何も変わらなかった。


 世界は劇的に変化してくれたのに、棗は棗のままだ。


 なんとか立ち上がって上を目指す。屋上にいればヘリコプターか何か救助がきたときに助かりやすい。


 本能のまま、棗は階段を駆け上がる。


 だったものは駆け足で音を立てた棗に反応して後ろからぞろぞろとついてくる。


 それは決して棗が魔法少女で、だったものを操っているからではなかった。


 屋上までの階段を上がると三階の廊下でだったものを蹴散らしている保野上を見つけた。すぐに隠れようと思ったら保野上が蹴散らしただったものが水越と三重。保野上の取り巻きだったことに驚いてしまった。


 それが不覚。


「見つけたああああ!」


 血のついた箒のようなものを持って。血だらけで。保野上は棗を見つける。


 目は狂気としか思えなかった。声には殺意がある。


 棗の体は竦み上がる。今まで痛みつけられたせいだろう。恐怖が体に刻み込まれていた。


 あと一つ階段をあがれば屋上で、助けてもらえるかもしれない。他にも誰かいるかもしれない。


「いやああああああああああああ」


 棗は声を荒げて階段を駆け上がる。


「てめぇが隠れてるからこんな目に遭ったんだぞ。ぜってぇ許さねえ」


 乱暴な言葉で保野上は棗を追いかける。


 手芸部の棗より、陸上部の保野上のほうが速い。保野上が幽霊部員でサボってばかりいるとしても。


 階段の中腹で肩を掴まれる。


 殴られる、本能的にそう思った途端、棗の体は傾いていた。


 肩を思いっきり引っ張られ、態勢が崩れたせいで階段から落ちてしまった。


 後ろには自分が物音を立てたせいでついてきていた、だったものがいる。


 死んじゃう。そう思うと同時にこうも思う。


 このまま死にたくない。


 いつもは手を拱いて、我慢ばかりしているけれど、ちょっぴり勇気を出してみよう。


 そうしたら魔法だって使えるかもしれない。


 自分をいじめた保野上が死んでしまう魔法。


 必死に手を伸ばす。


 それは魔法でもなんでもなく、窮鼠が猫噛むように足掻いた結果。


 手が届く。保野上の足にがっちりと。しっかりと。


「てめええええええええ」


 必死に足から手を振りほどこうとして保野上はバランスを崩し、棗と一緒に階段を落ちていく。


 だったものがふたりに群がる。


「ふざけんな。いや、いやあああああああああ」


 保野上に最初に噛みついたのは先にだったものになった取り巻きのふたり。


 蹴散らしたが頭を破壊したわけでもなく体を損傷してもなお動いている。


「ははは、ざまあみろ。ははははははは」


 最初は笑いながら、やがて泣きながら棗は叫んでいた。


 妄想通りではないけれど、まるで棗の願いを叶える魔法のように、自分をいじめたクラスメイトが苦しみながら死んでいくのを見て、棗もまた意識を消失した。

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