1 道明寺或紅
不揃な歯が
「どうしてこんなことに……?」
現実が受け入れらず或紅は泣いていた。
目の前の少年、
或紅と登は違うクラスながら図書室でよく遭遇した。それから小説の趣味が同じこともあって仲良くなっていた。
今日も放課後に小説を読んで、感想を語らいながら帰宅するつもりだった。
だから登の異常さに動揺を隠せないでいた。
「どうして……」
登の後ろには図書室の司書である
その後ろには
或紅は目の前の現実を受け入れるようにそれぞれを思い直す。
剣崎登、だったもの。
榛原翔子、だったもの。
袋小路美恵、だったもの。
だったもの、だったもの。
それは例えるならばゾンビだった。瞳はうつろで、口が裂け、手足が折れようが体の一部が欠けようが動き回る。
再び、“剣崎登だったもの”に襲われそうになり、近くの椅子を投げつける。
対処方法は袋小路恵美を“だったもの”にした“見知らぬ生徒だったもの”を倒したときにわかっていたけれど、“登だったもの”に対してそれをやるには抵抗があった。
体にぶつかり倒れる“登だったもの”を見て或紅は気が気でなかった。
仮にもし元に戻せる方法があるのなら、倒れたことでついた傷は治るのだろうか。
逃げるためだったとしてもその傷は或紅が登につけた傷になる。
それでも冷静に努めて或紅は図書室から脱出する。
廊下は地獄が広がっていた。
“誰かだったもの”が誰かをむしゃむしゃと食べ、息絶えた誰かは誤差があれどむくりと起き上がり、“だったもの”へと変貌を遂げていた。
或紅のいた図書室は校舎の一番奥。しかも防音完備で、袋小路美恵が扉を開けるまでこの惨事に気づけなかったのは、生き延びるうえでは失態だろう。
けれど誰が気づけるだろうか。
窓越しに思わず外を眺めると地獄は続いていた。
校内だけではなく、新東京特区内、ひいては日本全国に広がっているかもしれない。
或紅はそれだけで震えた。
昨日の、いやつい先ほどの日常が嘘のようだった。
間違いなくこの状況はバグリウイルスが起こしたものだろう。
怪人が当たり前にいる日常を過ごしているからこそそう思考する。
バグリウイルスというのは東京湾の中央に新しくできた新東京特区に実在する悪の組織だった。
新東京特区を中心に日本各地(ほぼ関東圏)に出没し怪人と呼ばれる異形の怪物で悪さをしているのだ。
今回の悪さは度を越えているけれど、こういうことを起こせるのもまたバグリウイルスしかいない。
そこまで考えた或紅は見渡す限り地獄という状況下で、砂漠でオアシスを見つけるように希望の光を見出した。
というよりバグリウイルスの仕業だと考えた時点でそこに行き着くのはたやすいことだった。
悪の組織に対抗する正義の味方。
機能戦隊アプリレンジャー。
そのうちのふたりブルーとピンクはこの五連高校の生徒だった。もちろんそのこと自体を知っている人は少ない。
或紅は一度バグリウイルスの怪人に遭遇し、そのときに正体を知った。
そのときは巻き込まれたことを不運だと考えていたが、この状況になってアプリレンジャーのふたりがいることを知っているアドバンテージは大きい。
或紅は不幸中の幸いを喜んだ。
目指すは二年一組。
そう思った矢先だった、かぷりと首筋に痛みが走った。
血が鎖骨を伝って地面に落ちていく。
嚙まれていた。
思考の没入感が或紅を油断させていたのかもしれない。
あるいはバグリウイルスとアプリレンジャーの戦いが日常として存在しているなかでのこの状況が油断を生んだのかもしれない。
自分を齧った“だったもの”を見る。
「マジかよ」
見知った顔に或紅は絶望した。
或紅の初恋の相手だった。
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