第17話 戦火の幕開け

 夕闇に包まれた町を、イザベラは一人歩いていた。その物憂げな表情は、何か酷く思い詰めているようにも見える。――――そう、彼女は苦悩に苛まれていた。その悩みは幾つもの要因が複雑に絡み合って、既に彼女自身では答えを出すことができないほどに肥大化している。


 アルトシスから戻った彼女は休む間もなく、騎士団長であるクレアからある任務を言い渡されていた。この首都で行方不明事件が多発している。失踪者の中には騎士団の所属の者も存在する為、事態は一刻を争う。その原因を調査せよ、と。

 それは即ち、この首都にとうとう奴等が現れたということなのか。クレアは明言はしなかったが、その神妙な表情からは言い知れぬ緊迫感が伝わってきた。

 

 いよいよこの首都にまで、奴等が。人に化け、人を喰らう異形の怪物フェアレーター。

 今までの奴等の行動範囲は、首都近郊に留まっていた。それもその筈、いくらフェアレーターが恐ろしい化け物だと言っても、この首都はイデアール魔術騎士団の総本山。容易に内部に入り込むことなど出来はしないだろうと、彼女はそう思い込んでいたのだ。

 騎士団の精鋭部隊に加え、今は奴等異形の擬態を見破られるエイハの一族もいる。

 ――――だが、しかし。


「私たちの考えが甘かったの……?」


 無論、まだ奴等の侵入を許したと決まったわけではない。今回の行方不明事件だって、怪物とは何ら関係などないのかもしれない。しかし……多発する行方不明事件。どうしてもフェアレーターの影が頭にちらつく。


 今回の任務は、イザベラ一人で当たれとの指示だった。未だ奴等の仕業であると確定したわけではないのだし、本来部外者である戒やクロヤを巻き込むのも早計だろうとの判断だ。彼らはあくまでも怪物退治のために協力してくれている。これでもしイデアールの民が起こした事件だったなら、それこそ彼らの信頼を裏切ることになってしまう。彼らの協力している国は、所詮こんなものなのか……という話だ。

 ディランを巻き込むのも、イザベラは避けたかった。彼も良くやってくれているが、ここ暫くは働きづめで、休みもまともにとれていない。それについてはイザベラも同様なのだが、彼女は自分自身で納得して行動しているのだから問題はない。ディランはとにかく完璧主義で、何をするにも徹底的にやってしまう。とにかく、無理をし過ぎないで欲しいと思った。彼は一人の部下であると同時に、大切な幼馴染でもあったから。

 だからといって部下たちを同行させても、もし本当にフェアレーターが現れた場合……現実問題として足手まといになってしまうだろう。


「…………」


 とはいえ、イザベラはフェアレーターの脅威をその身をもって実感している。できることならば、もう一人くらい頼りになる人員が欲しい。

 そう、例えば――――。


「……――戒、あなたは何を悩んでいるの?」


 戒ならば、話せば迷うことなく引き受けてくれるだろうことは想像できる。けれどアルトシスから帰ってきてからというもの、戒はどこか様子がおかしい。思い詰めているような……深刻そうな表情をよく見せる。特訓の際中も上の空なことが多い。だからといって何を悩んでいるかはイザベラたちに話す気もないらしく、一人で延々と悩み続けているようなのだ。

 他に思い当たる原因もないし、やはりアルトシスで何かがあったのだろう。戒とクロヤの二人がフェアレーターと戦ったらしいが、考えられるとすればその時しかない。事実、クロヤは何か知っているような素振りを見せる。イザベラが元気のない戒を気遣おうとしても、今は放っておけ――などと言って、止めてくるのだ。正直言って面白くない。


「……けど、あんな奴に頭下げて教えてもらうなんて絶対嫌」

「誰のことだそりゃ?」


 ――――ああ、どうしてこう……この男は神出鬼没なんだろうか。行く先々で前触れもなく突然現れて。いい加減にしろと何度言ってもやめようともしないし。

 このエイハクロヤという男は、本当にどこまでも度し難い。


「私がどんな場所でどんなことをしていようが、お構いなしに現れるストーカーのことよ」

「ああ、そりゃ俺だな」


 クロヤはそうへらへらと笑いながら、当然のようにイザベラの横に並び歩き始めた。

 

「……ちょっと、あんた何してるのよ」

「あー? どうせ暇だし、愛しのお姫様の夜歩きにお供しようと思ってよ」

「気持ち悪っ」


 クロヤのつまらない口説き文句を、イザベラはいつものごとくあっさり切り捨てた。しかしこの男はどこまでも堪えていないようで、変わらず笑顔のまま話しかけてくる。イザベラにとってはそんな軽薄な態度も、既に慣れたものだった。


「……で、俺に聞きたいことがあるんじゃなかったのかい?」

「あんたのことじゃないわよ。思いあがらないで」

「こりゃ手厳しいこって。……じゃあ、当ててやろうか。戒が今何を思い悩んでいるのか――――とか、そんなところだろ?」


 …………まったく、感だけは良い男だ。


「……そうよ。普段はあれだけ楽しそうに話してるファルコンのことだって、まるっきり話さなくなったじゃない。そりゃいくら何でもおかしいと思うでしょ」

「まあな、確かに奴の様子は少しばかりおかしい。だがそれもいつものことだろ。普段が異様にうるさいぶん、逆に異様に静かになることもたまにはあるさ」


 多分、いや絶対、戒もこいつにだけは言われたくないだろうけど。普段戒以上にやかましい男の発言に、イザベラは眉を顰める。


「それで、あんたは何か知ってるの? 戒の様子がおかしくなったのはアルトシスでの一件以来――――その時一緒にいたのはあんただわ」


 これ以上この男の戯言に付き合っていても埒が明かない。背に腹は代えられないと単刀直入に尋ねたが、クロヤは珍しく言葉に詰まった。


「いやぁ……まあ、知ってるって言えば知ってるんだが」

「……何よ」


 もごもごと独り言を続けるクロヤに、イザベラは視線で圧を与える。

 どうにも怪しい――――この男の性格上、聞かれれば何の躊躇もなくすぐに答えるものだと思っていたのだが。それほどまでに戒の抱えている問題は大きなものだというのか。だとすれば、必ず聞き出さなければならない。


「これは話して良いもんかどうなのか。個人的な事情をぺらぺら話すなんて男らしくねぇし……ましてや女絡みとくりゃあ――――」

「女!?」


 一瞬クロヤの表情が、やべっ――という風に歪められた。

 しかしイザベラにとってはそんなことなどどうでもいい。


「女ってどういうこと? まさか恋煩いだとでもいうわけ!?」


 あれだけ心配したっていうのに、女のことで悩んでいたっていうのか。それも出会ったのは任務中、しかもフェアレーターを捜索している際中の筈。これじゃあ心配していた私が馬鹿みたいじゃない――…………と、怒りが沸々と湧き上がってくる。


「いや、そうとは言ってない。そうとは言ってないだろ!?」

「ふーん、そうなんだ。あいつ……こっちが心配しているのを余所に、そんな楽しい悩みを抱えていたのね。ふーん……」


 その予想もしていなかったオチに、苛立ちが隠せないイザベラ。頭に血が上ってしまい、冷静になれない。考えの整理がまるでできず、自分が何故怒っているのかもわかっていなかった。

 ――――だが、しかし。


「く……くく」


 そんな姿を見て、クロヤはどういうわけか笑い出した。きょとんとするイザベラの顔を見つめ、おかしくてたまらないと言った様子で必死に笑いを堪えている。


「何? …………何で笑ってんのよ?」

「く……いや、さすがに…………面白過ぎるだろ……くくっ」


 ――――――――まさか。


「あんたからかったわね!?」

「あはははははっ! すまんすまん、あまりにも可愛いらしくてつい、な」


 豪快に笑いながら、イザベラの肩をバシバシと叩いてくるクロヤ。だが当のイザベラ本人は面白い筈もなく、その手を払い抗議する。


「ちょっとあんたふざけんじゃないわよ!? 私がどれだけ戒を心配してると思って――――」

「あーあーわかってるわかってる。まあ女が絡んでたのは確かだが、お前の考えているようなことじゃねぇよ」


 だからそういうことを言ってるんじゃない……と、言いかけてやめた。こんな馬鹿の相手でムキになっても仕方ない。何だかどっと疲れて、イザベラは全身が脱力していくのを感じた。だがこのまま終わらせるのも癪だったので、未だ笑い続ける馬鹿のことを思い切り睨みつけてやったが。


「……正直、俺も途中で駆けつけたから何があったのかは詳しく知らない。だがこれはあいつ自身の問題なんだと、それだけはわかる。俺たちが関わって良いことじゃないのさ」

「何を、見たの?」


 イザベラに諦める気がないことを悟って、クロヤは大きくため息をついた。そして仕方ない、といった様子で語りだす。


「黒いコートに、長い金髪の女だった。得物は……何だろうなあれは。俺みたいな田舎もんにはわからねぇが、小さくて先端には穴が開いてたな。そこから何か強烈なエネルギーをぶっ放してたぜ」

「それは……銃じゃない? メトロポリスで普及しているという遠距離から敵を仕留めるための武器よ。まさか…………」

「そいつがメトロポリスの人間じゃないかって? ……どうだろうな、それは。これは勘だが、あの女はもっとでかい目的を持っているように思えるがな。ともかく奴は只者じゃなかった。奴と戒の間に何らかの因縁があるのは確かで、そしてそれを俺たちに話してこないという以上は、俺たちに話せないような因縁だってことだろう」


 だから俺たちが深入りして良いことじゃねぇのさ――――と、クロヤは言う。


「そんなの、尚更心配になるじゃない……」

「あいつのことなら大丈夫だって。だからイザベラも、今は与えられた任務に集中しな」

「あんた……何でそれを」


 言いかけて、ふと思い当たった。


 (――――まさか、こいつ私を気遣ってやってきたの?)


 私が戒を心配しているように、こいつも私のことを気遣っているのか……と。確かに傍から見れば、思い悩むイザベラの様子はどこかおかしかったことだろう。鼻の効くこの男のことだ。任務のことも、どこからか嗅ぎつけて追いかけてきたのかもしれない。先ほどからかってきたのだって、そういう意図があったのだと思えば多少納得もできる。

 何だ……案外普通に良い奴なのか。そう思った瞬間だった。



「――――おい、待て」


 突然、クロヤがそう言い放った。

 先程までの楽しげな様子とは打って変わり、殺気を込めた視線で辺りを見回している。


「……奴等?」


 何が起こっているのかイザベラはすぐに悟った。クロヤがこうなったということは間違いなく、すぐ近くにフェアレーターが潜んでいるのだ。クロヤの人外への探知能力に関しては、今までの例から確実性は保証されている。


「……ああ。だが……なんだこれは?」

「どうしたの?」

「確かに奴等の匂いがする。間違いなくこの近くにいるだろう。だが……」


 顎をさすりながら、クロヤはどこか釈然としないといった調子で言葉を続ける。


「恐ろしく存在感が薄い。気を張っていないとすぐに見失っちまいそうだ。だが、この付近に隠れていることだけは確かだろう」

「つまり……敵はそこまで強いわけではないってこと?」


 これまでの例から言って、相手が力の強いフェアレーターであればあるほど、クロヤの探知は精細になる筈だ。だとすれば、今回の相手はそれほどの脅威ではない――ということではないだろうか? いや、そうであって欲しい。この首都の内部で、進化したフェアレーターが暴れまわることなど想像したくもなかった。


「いや、どうだろうな。ともかく妙な気配だ。喩える言葉が見つからねぇが……どこまでも不気味で嫌な匂いなんだよ」

「はっきりしないわね、もうちょっと何かわからないわけ?」

「…………駄目だな。どうにか気配を探ろうとしても、雲を掴むようにすぐ消えちまう。居場所はぼんやりと掴めてはいるんだが……こりゃあ油断しない方が良い」


 何故だろう、いつも自信に満ち溢れているクロヤの発言とは思えない。いったい何が、彼をこれほどまでに警戒させているのだろうか。

 見慣れぬその姿に、イザベラは更に気を引き締める。ともかく、ただ事ではないことだけは確かなようだ。敵の正体がわからなかったとしても、油断しないに越したことはない。少なくともクロヤの探知に引っかかったということは、この首都にフェアレーターが入り込んでいるのだけは確かなのだから。


「わかったわ。警戒を怠らず先を急ぎましょう。……出来ることなら大事にはしたくないのだけど」

「ったく、折角のデートだってのに幸先悪いぜ」


 ――――驚いた。まだ軽口を叩く余裕はあったようだ。暫し呆気に取られたが、すぐに気を取り直してその戯れ言を一蹴しておく。


「勝手に言ってなさい。ほら、さっさと行くわよ」

「へいへい……まぁ、これはこれで悪くねぇかもな。二人だけの夜の逢引きって感じでよ。さあ、こっちだぜ」


 先程まであれほど神妙な顔つきだったというのに、方針が定まればすぐにこれか。これにはさすがのイザベラも呆れるどころか、どこまでもこの男の頭はおめでたく出来ている……と、逆に感心せざるを得なかった。





 クロヤの先導で、二人は聖堂から少し離れた路地にやってきていた。既に辺りは暗く、人通りは少ない。ひとまずのところ騒ぎが起きているような様子は見えないが――――この先をさらに進めば、シスター・アリシアの暮らす孤児院と教会堂がある。


(まさか、アリシア……)


 そう不安に思う気持ちを隠しきれない。アリシアもディラン同様、イザベラにとっては大切な友人なのだ。当然、内心穏やかではなかった。アリシア、孤児院の子供たち……彼らの顔が次々と脳裏に浮かんでくる。もし彼女が奴等に捕らえられようものなら、その身を投げうってでも救い出す覚悟がイザベラにはあった。


「……大丈夫だ、教会までは行かねぇよ。もうすぐ側だ」

「……! そう」


 そんな心中を見透かしたように、クロヤが声を掛けてくる。まったく、こういう時だけは役に立つのだ、この男は。


「その角の先だな。間違いない」


 クロヤの指し示す曲がり角――――その先には何も無い筈だ。普段であれば何の変哲もない、この首都ではありふれた住宅街の光景が広がっている。

 しかし既にここまで来ればイザベラにも、この先に待ち受けているが認識できた。この場所は確かにおかしい。平和な日常というものからはまるでかけ離れたが漂っている。


「……行きましょう」


 顔を見合わせ、覚悟決めて足を踏み出す。

 ――――――――その先に待ち受けていた光景は、予想だにしなかったものだった。


「あら、こんな真夜中にお客さん? 駄目よ、この闇夜は私たちの領分……おこちゃまは家に帰って寝てないと駄目でしょ?」

「な――――…………」


 それは、一組の男女だった。両人とも見慣れぬ軍服を身に纏い、男は鋭く寡黙な視線をこちらに向け、女は不敵な笑みを浮かべている。


「……この匂いは間違いねぇ、フェアレーターだ。行方不明事件ってのはこいつらの仕業だろう」


 クロヤの声からは、心なしか緊迫感が感じられる。どんなときでも豪胆な態度を崩さない普段のクロヤから考えれば、異常であると言えるだろう。

 だが、イザベラにそんなことを気にする余裕などなかった。あの女の手の中にあるモノ、あれは、あれは――――……。


「……ピンシャー、奴らは子供ではない。騎士団だ」

「そんなことわかってるわよぉ。相変わらず冗談が通じないのね、ロッティは。……だけど、騎士団なんて言ってもおこちゃまと大差ないと思わない? だってあの娘……私が持っているモノを見て、怯え切っているみたいよ」


 ピンシャーと呼ばれた女はそう言って、その手にぶら下げているモノを見やった。それからだらだらと滴る赤黒い液体からは、強烈な刺激臭が放たれている。女はそんなことなど気にも留めず、その液体をじゅるりと舐め、更に笑みを深くした。

 イザベラは今、確かに恐怖している。――――――あれは、人間だ。人間、だったものだ。…………喰いかけの、人間の生首だった。

 

「おいおい、こりゃあ…………」

「あの顔……見覚えがある。騎士団の所属よ」


 そう、あれは紛れもなくイザベラの部下だ。行方不明者のリストの中にも名前があった。

 …………頭から右目の辺りまでは既に喰い散らかされてしまっているが、つい先日まで共に仕事をしてきた者だ。見間違えるはずもない。だからこそ、その変わり果てた姿が尚更に悍ましさを際立たせる。一体、何故この者がこんな仕打ちを受けなければならなかったというのか。


「ええ!? そうだったのー? それは悪いことをしたわ。あんまりにも弱かったものだから、そこら辺の一般の方かと思っちゃった。……あーでもでも、そういえばそんな風に名乗ってたような気もしないでもないわね。私は騎士団所属のだれだれだーって。まあ、もう忘れちゃったけど!」

「――――――っ」


 なんてふざけた女だ。煩わしさすら感じる女の声に、恐れはやがて怒りへと変わってくる。我を忘れて斬りかかりそうになる衝動を抑えながら、剣の柄を強く握りしめた。焦るな――――まだだ、まだ早い。

 奴らから可能な限り情報を引き出すまで――――……仇討ちはそれからだ。


「……その服装、お前たちはメトロポリスの者か」


 だが女の瞳を強く睨みつけ、出来る限り冷静に、絞り出すようにそう問いただす。

 イザベラはその装いを幾度か目にしたことがあった。資料で見たメトロポリスの兵士たちは、皆あのような格好をしていた筈。メトロポリスはかつて『鎧の英雄』がもたらした技術によって、科学が発展した大帝国だ。……本当に奴らがかの国の者なのであれば、フェアレーターの出所がメトロポリスであるという説に信憑性が増す。


「うーん、そうねぇ。あたらずといえども遠からず……と言ったとこかしら?  立場上はそうなるのかもしれないけど、私たちはある人に仕えているだけであってメトロポリスに忠誠を誓っているわけではないし。というか、正直言って心外だわ。そもそも私たちは、メトロポリスの兵隊ちゃんたちも含めて――――あなたたちお人形さんとはなの。もっともっと崇高で、尊いモノなのよ。一緒になんてしてもらっちゃ困るわ」


 ――――人形。それは今までも、フェアレーターたちがよく口にしていた言葉だ。この二人があの怪物たちと関係しているのは間違いないだろう。表現が曖昧ではっきりしないところもあるが、メトロポリスの一派であることも確かなようだ。

 未だ不可解な部分も多いが――――。


「おい、化け物ども」


 突然、黙り込んでいたクロヤが声を発した。

 その声色からは先ほどまでの緊迫感は一切感じられず、打って変わって氷のように冷たい。これは……怒っている、のだろうか。いや、怒りという表現では生温い――……憎しみすら感じられるほどの冷たさだった。


「てめぇら……その死体から何を

「…………へぇ」


 クロヤのその問いにピンシャーは感嘆の声を上げ、わざとらしく拍手などしてみせる。


「驚いたわ、お人形さんの中にも鼻が利く子がいるのね」

「その死体……何かがおかしい。とても昨日まで生きていた人間だとは思えねぇ。いやそもそも、とも思えねぇ……まるでてめぇらの言う通り、本当に人を模した人形だ。ただ喰っただけじゃねぇ、お前らが何か重要なものを獲ったんだ」


 クロヤは確信に満ちた声でそう言い放つ。その眼光は不快感に満ちていて、この軍服姿の女への怒りがひしひしと感じられた。しかしイザベラには、クロヤが何を嗅ぎつけたのかわからない。理解することができない――――これが、穢威波の者だけにわかる感覚なのだろうか。


「凄いじゃない、そこまでわかるなんて。確かにこの人形からは、私たちの計画に必要なものをきっちり頂いたわ。言うなれば……魂、心みたいなものかしら。貴方たち人形を人形足らしめている。本当なら、それが私たちにとって最高の餌になるんだけど……仕方ないわよね。命令なんだから、我慢しなくちゃ。お仕事はお仕事で真面目にやらないと――――それに、別に人形なんていつでも獲って喰えちゃうんだから、ね?」

「……下種が」


 クロヤが吐き捨て、イザベラは絶句する。こいつは――人間の命を何だと思っているんだ。この怪物たちにとっては、何の罪もない温厚な人々も、国のために命を賭して戦う騎士たちも、等しく只の餌でしかないのだ。人であればそこに一切の差異などない。ただの食糧、養分に過ぎないのだ。改めて実感した、ああ私はこの怪物たちを――――……。


「絶対に、許せない――――!」

「……ああ、いい加減我慢の限界だ。そんなランチ感覚で人襲われちゃたまんねぇんだよ。情報なんてぶん捕まえてから殴り倒して吐かせりゃいい、今すぐぶっとばす」


 そう、これ以上は耐えられなどしない。今すぐにこいつらを無力化しなければ、いったいどれだけ犠牲が増えるかわからない。

 イザベラは剣を引き抜き、クロヤは拳に闇黒の渦を纏わせる。その眼光からは鋭い殺気が放たれているが、軍服姿の怪物たちはそれを涼し気な顔で受け流している。これから自分たちを始末せんとする相手を前にしても、どこまでも余裕を崩さない。それどころか攻撃に備え構えを取ることもなく、イザベラたちのことを障害だとすら認識していないようだった。


「あらら、やっぱりこうなっちゃうのね。言っておくけど、あなた達じゃ絶対に無理よ」

「貴様らは、死ぬ」


 軍服姿の二人は、不気味なほどに冷静にそう言い放った。巻きあがる炎にも、空間すらも蝕む闇の浸食にも――――一切威圧されることのないその姿は、まさに威風堂々としていると言えるだろう。どう考えてもまともではない。奴らの放つ禍々しさが更に強く強く、その圧力を増していく。間違いなく、この者たちは今までの奴らとはが違った。

 だが、それが何だというのだ。私たちが今までどれだけの死線を潜り抜けてきたと思っている。ようやく掴んだフェアレーターの正体への手がかり……絶対に逃すわけにはいかないと、その覚悟をイザベラは強く心に刻んだ。


「言ってろ」

「後悔するのはあなた達の方よ……。フェアレーター、メトロポリス。知っていることは全て吐いてもらうわ、覚悟しなさい!!」

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