報告書(『鎧』の使い手に関して)



 イデアールに現れた『鎧』の使い手は、順調にその力を高めている模様である。彼自身の思い描く夢も、その後押しとなっているようだ。各地に出現するフェアレーターとの戦闘を生き残るためには、否が応でも強くならねばあるまい。 

 現状、全ては我々の計画通りに進んでいると言って良いだろう。しかし、彼に未だの兆候が見えないのが些か不安要素ではある。メトロポリスではここまでの時間はかからなかったと聞くから尚更だ。

 そこでこれから先の計画の進行について、貴方の判断を仰ぎたい。

 これより書き記すのは、『鎧』の使い手がこの国に現れて以来の動向を纏めたものだ。

 騎士団より提出された報告書の、『鎧』の使い手に関する記述を抜粋したので、まずはそれらを確認してほしい。それによって貴方自身が『鎧』の使い手の内面を分析し、何故彼に進化が起きないのか……その原因を探っていただきたい。





 1 北西山脈地帯での『フェアレーター』調査報告

 

 ――――以上が、今回の事件の概要である。未だフェアレーターが正体不明の怪物であることに変わりはないが、結果的に二体の個体の討伐に成功した。これは大きな進歩と言っていいだろう。

 また、先ほども記した謎の少年(本人は篠塚戒、と名乗っている)に関しては、イザベラ・リード副団長の報告が真実だとすると、『鎧の英雄』の再来である可能性が非常に高いと考えられる。空より降ってきた異世界の人間、という点も酷似している。それが真実かどうかは不明だが、実際に彼が鎧を纏って怪物を始末したのだから、信憑性はあるだろう。

 リード副団長の言によれば、少年に渡した『鎧の腕輪』の贋作は彼女の父の形見だったとのことだ。何故、レプリカであったはずの腕輪が効力を発したのかは不明だが、そこに謎の少年が関係していることだけは間違いない。現にリード副団長は何年もの間、腕輪を肌身離さず着けていたというのに、これがその効力を発したことはない。

 腕輪が本物であったのかどうなのか、彼女の父が既に他界してしまっている以上確かめようはない。だからこそ、これより問題とすべきは少年に対する処遇だろう。

 例えば、彼を殺してしまって『鎧の腕輪』を奪ったとしても、我々には扱えないことはわかっている。かと言って必要以上に危険視して監禁したとしても、それではあまりにも生産性がないというものだ。


 現状、彼と『鎧の英雄』はフェアレーターという怪物に対してこちらが誇れる唯一の戦力と言える。それを最大限に利用しない手はない、と私は考えているのだが如何だろうか。

 彼をこちらに引き込めれば、心強い戦力となるのは間違いない。魔導院、元老院共にそれらを考慮して彼への処遇を決定していただきたい。


 騎士団団長 クレア・アシュトン





 2 カルノーン『フェアレーター』討伐任務報告 


 篠塚戒、という男に対して私が偏見を持って接していたことは間違いありません。それは彼が異世界人などという余所者であり、かつ我ら騎士団のやり方に背くような行動をとることが多かったためです。我々には我々のやり方がある、と。

 しかし今回の任務で、私が必要以上に彼を忌避し否定していたことは認めざるを得ないでしょう。何故ならば、彼が彼の判断で行動した結果、一つの幼い命を救うことができたからです。私のやり方のままでは、救うことができなかったであろう命を。


 『鎧の英雄』の力は強大です。現にフェアレーターが変異した後、既に私では手に負えなかったのですが、彼は充分に戦えている状態でした。

 おそらく少年を庇って傷を負わなければ、もう少し楽に戦いを進められたのでしょう。どうにか即興で連携をとり怪物を退けることはできたのですが、そもそも初めから私が彼と協力するような姿勢であれば、このような事態にはなっていなかったに違いありません。


 人並外れた膂力、頑強さが『鎧』には備わっています。しかしそれだけではない。彼のどんなときでも他人を見捨てない精神的な強さこそが、その真髄を発揮させているのだと私は考えます。

 未だ戦闘技術などは素人同然の有様ですが、これから先の訓練次第では、彼は貴重な戦力になりえることでしょう。


 ディラン・フレイル




 3 穢威波一族調査報告


 結果的に穢威波一族の協力を取り付けられたから良かったものの、今回の篠塚戒の行動には些か軽率なものがあったと言えよう。彼は少々頭に血が上りやすい性質のようだ。

穢威波の頭領――クロヤから挑まれた決闘を一切の迷いもなく承諾してしまったところなどまさにそうだろう。安い挑発に乗り、危うく『鎧の腕輪』を失うところだったのだ。事実、決闘自体には圧倒的な実力差の前に敗北を喫しており、彼が向こう見ずな性格であることは疑いようもないだろう。


 だがしかし、彼のその性格ゆえにエイハクロヤは腕輪を返す気になったのだとも言える。

 彼は自らを囮として使うつもりだったらしいが、それは誰かを救うためには自らの犠牲もやむを得ないなどという、そんな自己犠牲の精神などではなかった。彼の心からの決意を聞いたからこそ、穢威波の頭領はその覚悟を認めたのだ。……だがだからと言って、周囲の制止を聞かず暴走するようでは困るのだが。


 なお報告によれば、今回現れたフェアレーターは合計二体。任務にあたった三名が撃破した一体と、穢威波の村を襲撃した一体だ。そしてそのうちの一体、穢威波の村を襲った個体は以前のものと同じように変異していたという。ただし、以前のものとはまったく異なる姿に変貌を遂げていたとのことだ。


 今回も篠塚戒の活躍でフェアレーターの討伐に成功することができた。同時に新たな課題も見いだされたが。彼の正義感や他者を救おうとする心を否定するつもりはないが、ある程度の制御が出来なければいずれ大ごとになりかねない。

 幸い、今回のことで自分の実力不足を痛感したと、彼はリード副団長に特訓をつけてもらうよう依頼したらしい。彼女ならば安心して任せられる。今後は彼女の指導の下、戦闘技術や騎士としての心構えを学んでいくはずだ。そしていずれは、優秀な騎士として成長してくれることだろう。


 騎士団長 クレア・アシュトン




 4 アルトシス『フェアレーター』討伐任務報告


 今回の作戦は、特に問題なく成功と言って良いでしょう。篠塚戒、並びにエイハクロヤの行動に多少問題は感じられますが、それも彼らの実力ゆえのことです。

 フェアレーターの群れというイレギュラーな標的ではありましたが、彼らが速やかにその発生源たる生みの親を倒してくれたことで、これ以上の犠牲もなく任務を終えることができました。私とフレイルがサポートに回ることしかできなかったのは少しだけ歯がゆく感じますが、それも任務の達成という目的に比べれば些末な事です。


 篠塚戒に関しては、予想以上の働きをしてくれていると感じています。私が特訓をつけるようになってから、彼の実力が目に見えて上がっているのは間違いありません。それは彼自身の素質もあるのと同時に、それ以上にただ強くなりたいという純粋な心が原動力となっているのでしょう。

 既に何度も申し上げている通り、私がこれまで見てきた彼の様子から判断して、未だ一部の魔導院の面々が仰るような『メトロポリスのスパイ』などという馬鹿げた疑いは晴らされるべきだと考えます。彼は我々と共に民を守るため戦ってくれているというのに、あまりにも不義理ではないでしょうか。

 それに関係しての事かは不明ですが、アルトシスの任務から戻ってから、彼はどこか浮かない表情をしています。普段の彼は基本的に明るい性格なのですが、沈んだ感情が目に見えて伝わってきます。彼への対応は、我々騎士と同様のものとすべきです。必要以上に警戒したり、冷遇することは彼の信頼を裏切ることになります。魔導院の方々にはそのことを理解したうえで彼と接していただきたいと、私は強く進言いたします。


 騎士団副団長 イザベラ・リード





 ――――以上が、騎士団から上がった報告書内の『鎧』の使い手に関する部分を抜粋したものだ。この報告からもわかる通り、彼は着実に力を増している。周囲の信頼も徐々に得られているようで、大いに結構。だがしかし、一向に進化が起きる兆しは見えず、私としては正直辟易するばかりだ。

 このままただ延々と、『鎧』の使い手とフェアレーターを戦わせるというだけで、本当に我々の計画が果たせるのか少々疑問である。もし貴方に何か考えがあるというならばどうか、納得できるような答えが欲しい。

 返答を待っている。

 




「……なるほど」


 頷いて、男は目を通していた報告書を机に置いた。

 暗く、静まり返ったこの部屋には男以外に人影は見えない。だが男は誰に語りかけるでもなく、どこか満足そうに口を開いた。


「君の心配は杞憂だろう。俺の予測では、彼の進化まではあと一歩だ。少し促してやればすぐだろう。それはそう、たった一つ――きっかけが足りないんだ」


 刺激を加えてやる必要があるだろう、と――――男は一人ほくそ笑む。


「彼が未だかつて経験したこともないような困難……そういうのが必要なのさ。ヒーローのパワーアップには、それに値するだけの脅威が付き物だろう? だからそれを俺たちで演出してやれば良い」


 男の表情は晴れやかだ。一切の曇りもない満面の笑顔である――――が、しかし。その笑みにはどこか不気味さも感じられる。仮面のように張り付いた作り物の笑み、と言うべきだろうか。笑っているのに、怒ってもいるようで、かつ悲しんでいるようにも見える。

 だがそれでもこの男が喜んでいるのは間違いない。いくつもの感情がごちゃ混ぜになっている、混沌とした表情を見せながらも、今現在男の胸の内の大部分を支配している感情は歓喜だ。その狂気的な笑みを顔に張り付かせたまま、男は言葉を重ねる。

 

「ようやく、やっとだ。俺たちの計画はこれから始まるのだ」


 待ちわびたとばかりに、男は哄笑する。

 だがしかし、この広い空間中に反響する男の声に応えるものは誰一人いない。

 

 ――――だからなんだ、構うものか。これほど楽しくて仕方ないのだから、笑わなくてどうするという。

 

「フハハハハ……アーッハッハッハッハッ! 見せてくれよ『鎧の英雄』殿? 俺たちを失望させないでくれ!!」


 ここからだ。ここからいよいよ、すべてが始まるのだ。

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