第7話 闇夜に紛れ幻影に誘う(後)



 ディランをぶん殴ってから俺が何をしていたかといえば、ぶっちゃけ特に何にもしてない。あれだけ大口叩いといてこれじゃ、鼻で笑われても仕方ないだろうな……。


「……いやいや、進展はないがサボってるわけじゃないぞ」


 そう、俺はサボってはいない。フォースター家の目の側に座り込んでじっと見張りを続けているのだ。……何時間もずっと他人の家をガン見してるなんて、変態みたい?

 ……まあ変態だと思われても言い訳できないよねこれ。


「けど、これが多分今できる一番だ」


 俺はディランのように頭は良くない。色々策を張り巡らせてあの蝙蝠野郎を罠にかけるみたいな芸当ができればいいんだが、残念ながらそれは無理。

 だったら自分で言った通り、エイデンを信じて守る。有言実行だ。


「……だがしかし、あまりにも暇だよな……」


 如何せん何も起きる気配がない。いや、何も起きないに越したことはないんだろうけどさ。それでも怪物を倒せなければいつまで経ってもこの街に平和は訪れない。

 どうする、一旦この付近を見回りでもしてみるか……と思っていると。


「……あれ、エイデン?」


 エイデンが家から出てきた。もう日も沈んで、これからの時間は危険だ。町長も住民にはそう伝えているはずだし……いったい何考えてるんだ。


「おーい、エイデン!!」


 大声で呼びかけてみる。……だがどういうわけか、エイデンに反応する気配はない。

 というか、何か目が虚ろじゃないか? 大丈夫なのかあれ――――。


「って、まじかよ」


 今度はフォースター夫妻も家から出てきた。やはりエイデンと同じく、目は虚ろで様子がおかしい。呼びかけてみるが返事もなく、何か異常事態が起きているということは一目でわかる。

 三人はそのまま言葉を交わすこともなく、揃って同じ方向に向かって歩き出した。


「何だってんだ……?」


 って、呆気に取られてる場合じゃない。さっさと追いかけないとまずいよな――!






 ……あれほど静かだった町が騒がしい。

 窓から様子を見ていると、不可解な光景が広がっていた。

 住民たちが一斉に家から出て、全員が町の中央に向かい始めたのだ。


「いったい……何が起きている?」


 住民たちは怪物を恐れて屋外に一切出ていなかったはずだ。それが何故急に……。

 それに何だ、この頭に靄のかかったような感覚は――――。


「ディラン」


 …………!? 何……?

 この部屋には私しかいないはず。しかも何故、今ここに絶対にいるはずのない者の声が聞こえてくるのだ……。


「イザベラ、様……」

「ディラン、ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに……あなたを望まぬ任務に駆り出してしまって。でももう大丈夫よ。さぁ、一緒にアルメスクに戻りましょう」


 ……いや、そんなはずはない。イザベラ様は療養のために遠方に出ているはずだ。今ここに彼女が現れるなどそんなことはあり得ない。

 ああ、だが……くそ、どうにも意識がはっきりしない。


「ふふ、信じられないようね。あなたが心配で飛んできちゃったのよ。さあ……早く帰りましょう。もうこんなところに用なんかないわ」

「……ですがまだ怪物を討伐できていません。それにまだあの男、篠塚戒がまだ……」

「あんなやつのことなんてどうだって良いじゃない。それよりあなたの体の方が心配だわ。私をこれ以上心配させないでよ」


 イザベラ様が……私のことをそこまで気遣ってくださるとは。部下として、これほど嬉しいことはない。

 ああ、ようやく……認めてもらえるのかと、そう思って――――。


「……ふっ!!」


 自らの足に剣を突き立て、頭の靄を取り払う。足元に血だまりができていくが、痛みのお陰で意識はどんどんはっきりしてきた。

 ……我ながら甘い。こんなくだらない茶番に呑まれるなど。


「ディラン!? どうしたの?」

「そう、こんなに簡単であるはずがない。イザベラ様は私など及ばぬほど、遥か先に行っておられる。あの方はこんな甘さなど与えてくれない」


 だからこそ、その後を追う甲斐があるというものだから。


「消えろ! 幻が!!」


 幻に斬りかかる……が、やはり幻覚ゆえか剣は当たることは無く、その体をすり抜けた。


「ふ、さすがは騎士だ。こんな幻には騙されないか」

「その声は……フェアレーターか!」


 幻はその偽りの姿を保ったまま、怪物の声で喋りだした。

 

「だが残念だな。町の住人どももお前と同じように、幻に誘導されて俺のもとに集まってきている。ただ、喰われるためにな」

「貴様……!」

「もう一人にも伝えておけ。さっさと帰れと。食事に邪魔が入るのはごめんだからな」


 そう言い残して、幻は掻き消えた。


「……町の人々の行動は、奴の幻が原因か」


 町の住民全員に同じように幻を見せているとすれば、あまりにも強力な能力だ。こんな力は聞いたことがない……。

 奴は脱皮したことによって、魔術とも違う新たな異能を身に着けたというのか。


「急がなくては……!」


 奴の術に惑わされたせいで、だいぶ時間を稼がれてしまった。

 ……間に合えば良いが。





 人ごみを搔き分け、町の中心部に向かって走る。

 確かこの先には、町で一番大きな広場があったはずだ。これほど多くの人間を集めようとするならば、あの広場以外にはないだろう。

 あと少し、あと少しだ……!


「……!!」


 ――――――そして。

 ようやく辿り着いたその場所には、見間違えようのない巨大な蝙蝠のシルエットと。


「エイデン……!」


 今まさに怪物に捕食されそうになっているエイデンの姿があった。

 ……とすれば、怪物の正体はジャックの方だ。


「……あの男の言う通りだった……か」


 認めざるを得ない。私は自分の考えに支配されて、一人のか弱い子供の命を見捨ててしまったのだと。

 ……正しかったのは、あの男の方だったのだと。


「さて……おい、起きろ。起きろエイデン」

「う……その……声は」


 ――――駄目だ。それ以上はいけない。そんな事実を知ってしまったら、エイデンは壊れてしまう。

 死んだと思っていた友人の正体が、怪物だなんて。


「ジャック……っ!?」


 エイデンの目が、驚愕に見開かれる。全身が震え出し、涙を流して怯えている。

 驚愕、絶望、悲嘆、恐怖……。あらゆる負の感情が、エイデンの顔に浮かんでいった。


「おいおい、そんなに怖がるなよ。俺とお前の仲じゃないか」

「そんな……ジャックが怪物……嘘だ!? じゃ、じゃあダニエルは――」

「ああ、俺が喰った。そして今からお前も同じように喰らう。悪いな」


 そして無慈悲に、有無を言わせず怪物はエイデンの首筋に喰らいつく。

 この距離からではどう足掻いても間に合わない。ああ、私はこんな子供を犠牲にしてまで何を為そうとしていたのか……。


 ――――――その時。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ……一人の男が、怪物に向かって突進していく。その様子には恐れは微塵も感じられない。大した度胸だ。ただひたすらに脇目も振らず、エイデンを救うために駆け抜ける。

 あの場所から駆けていくということは、私よりずっと先にこの場所に辿り着いていたということだ。有言実行とはこのことか。

 ――――篠塚戒。あなたは……。





 あまりの人ごみに一度見失ってしまったが、なんとか怪物の餌食になる前にエイデンを見つけることができた。だが未だに意識がないようで、自ら怪物の方に歩き出している。

 間に合うか間に合わないか……。悩むより先に、俺は突っ込むことを選んでいた。

 絶対助ける、間に合わせる。死なせやしない。そこから先は周りの景色がスローモーションみたいに遅く見えた。達人は極限の集中状態になると相手の動きが遅く見えるとかなんとか聞いたことがある。原理は良くわからんがたぶんそれと似たようなもんだろう。


 エイデンが目覚める。

 怪物が正体を明かす。

 エイデンの顔が絶望に染まる。

 怪物がエイデンに喰らいつく――――。


 ……前に、俺は怪物に飛び掛かり、エイデンを守ることに成功した。

 まあ、ちょっとと言うかかなり、無理をした形になったけど。


「……またお前か。身代わりになってまでこいつを助けるとはな」

「化け物の野蛮なディナーは、見過ごすわけにはいかないんでね……!!」


 かっこ良くセリフを言いたかったんだが、声が思い切り上ずって失敗しちまった。

 だって仕方ないだろ、めちゃくちゃいてーんだもん。肩思い切り噛まれたし。

 ほんとのヒーローだったら見栄を切って決めポーズの一つでもするとこだってのに、これじゃ台無しだ。……ああ、いてぇ。


「お兄ちゃん!」

「……大丈夫、か……エイデン」

「僕のことより、お兄ちゃんが!」

「心配すんな……この、くらい」


 なんてテンプレなやり取りをしてはみるが、テレビで見るようなかっこいい名シーンにはならなかった。つか、肩から血がドバドバ出てきてそれどころじゃない。

 過呼吸になるんじゃないかってくらいゼーゼー言ってて、これじゃまったく頼りに見えないだろうな。


「約束は守る……安心しろ、な?」

「う……うん」


 だが、これ以上かっこ悪いとこは見せられない。頼りになるお兄さんとして……ヒーローとして。俺はこの子を守る……!!

 腕輪に左手を翳し、俺の中の『鎧』をイメージする。


「……装着、ファルコン!!」


 叫ぶと同時、腕輪から流れ出した波動が『鎧』を形成し始めた。ただの凡人、篠塚戒から……天空騎士ファルコンへ。俺の体が変化していく。


「……!」

「何だと……!?」


 背後でエイデンが息をのみ、怪物は驚愕に目を見開いている。

 背中に生えた二枚の翼まで具現化し、今ここに変身が完了した。


「逃げろ! どっかに隠れとけ……!」

「わ……わかった。無茶しないでね」


 エイデンを後ろに逃がして、蝙蝠のフェアレーターと対峙する。

 ……この蝙蝠野郎、最初こそ驚いていやがったが既に落ち着きを取り戻している。


「……驚いた、それがお前の本当の姿か。この世界には『鎧の英雄』ってのがいたらしいが……まさかお前のことなのか?」

「へっ……どーだかな、俺にもわかんねえよ。だけど、弱きを助け強きを挫くって意味では同じだと思う……ぜっ!!」


 先手必勝、俺は翼を広げ空に高く舞い上がる。短刀を引き抜き、空中からの急降下。

 肩に深手を負っている以上、戦いを長引かせるのは得策じゃない。相手の準備が整う前に一瞬で勝負を決めてやる――――だが。


「……なっ」


 眼下には信じられない光景が広がっていた。


「増えてやがるっ!?」


 蝙蝠野郎が数匹――いや、数十匹。いったいどうなってやがるんだ!?


「くそっ!!」


仕方なく、無数に増えた蝙蝠野郎のうち一体に狙いを定める。翼を更に羽ばたかせ、速度をどんどん上げ――――既に常人の目では捉えられないほどの高速で、俺は大地を穿つ一筋の閃光と化していた。


「くらえぇえええええええっ!!」


 極限まで高めたスピード……この一撃を今から避けるのは不可能……のはずだったが。

 構えた短刀が蝙蝠野郎に直撃する直前、奴の姿が


「何……!?」


 よって、定めていた着陸地点が消失した俺は凄まじい勢いで地面に激突した。

 何度か地面をバウンドして、体中を強打する。


「がっ……!!」


 もともと、一撃必殺を狙って今出せるすべての力を込めていたんだ。その反動は果てしなく、鎧の中で傷口から血が噴き出してきた。

 加えて衝撃で頭がぼんやりする。めまいが激しく、周りの景色がよく見えない。


「残念、はずれだ」

「!!」


 気づけば、あれだけたくさんいたはずの蝙蝠野郎がまた一体になっていた――――だけじゃなく。


「いつの間に……ぐっ!?」


 突然背後に現れたどころか、その強靭な脚で蹴り飛ばされる。

 更に間を置かず吹き飛んだ俺に追いつき、追撃の姿勢に入った。

 言うことを聞かない体に鞭打ち、回避を試みる。再び翼を広げ空に舞い上がるが――。


「逃がさん」


 奴が翼を広げると、無数の小さな蝙蝠が飛び出してきた。

 チビ蝙蝠どもは俺の体に群がり、突進をしかけてくる。

 ……一匹一匹の攻撃は大したことはないが、こうも数が多いと躱すこともできないうえに反撃に移る隙もない。

 しかも最悪なことに、俺がチビ蝙蝠と格闘している間に蝙蝠野郎も追い付いてきやがった。


「くっそ……!!」

「……終わりだ」


 蝙蝠野郎の振り下ろした一撃で、再び地面に叩きつけられる。


「ぐぁあっ!!」


 ……駄目だ。今度こそもう腕が動かない。当然の話だ。肩からの流血に加え、こう何度も打ち付けられては体に限界もくるだろう。

 

「勝負ありだな、鎧の英雄」

「……!!」


 蝙蝠野郎が空から降り立ち、俺を見下ろす。


「お前が幻に騙されてくれて助かった。あんな力で激突されたら、いくら進化した体といえども耐えられなかっただろうからな」


 そう言って、俺の激突した地面を指さす。


「なんてでたらめな力だ……。地面にバカでかい穴が開いてやがる。その鎧ってのは、俺たちフェアレーターよりもずっと恐ろしいな」

「ふざけんな……お前らなんかと一緒にされて、たまるか……!!」


 俺の反論に蝙蝠野郎は苦笑する。いや、あきれているのか。


「まあ良い。お前のその正義感のおかげで、俺は生き残ることができたんだからな。

 ……まったくお前みたいな奴の身代わりにならなければ、お兄ちゃんは勝てたろうに。

 なあ?エイデン」


 そう言って蝙蝠野郎が振り返った先には――――チビ蝙蝠に捕らわれたエイデンの姿が。


「エ……イデンっ、逃げろ!!」

「お兄ちゃん……助けて……」

「ぐっ……くそ……」


 ああ、今すぐ助けてやる……と言いたいが、体が全然動きやがらねぇ!


「ちくしょう、動け……動けぇ!!」

「まあ、お前はそこで俺がこいつを食うところを見てろ。大人しくな」


 蝙蝠野郎がエイデンに近づいていく。

 ……ちくしょう、俺は諦めねえ!! 俺は絶対、絶対助けて見せる……!!




 篠塚戒とフェアレーターとの戦いを、私は黙って眺めているしかなかった。

 ……ああ、あれだけあの男に強い言葉を吐いておいて、私はあの戦いに入っていくことができないのだ。


「……くそ……」


 そう、これは単純に力の差だ。今私が仮にあの場に乱入したとしても、鎧を纏った篠塚戒にとっては足手まといにしかならないとわかる。

 あの戦いには、団長やイザベラ様クラスの力量がないとついていくことは不可能だろう。


「私は、何をしているんだ」


 今回の任務で、『鎧の英雄』なんかがいなくとも、我々騎士だけで国を守れると証明したかった。

 そのために数多の策を張り巡らせ、どんな状況でも絶対に任務を遂行できるよう尽くしてきたつもりだった。……だがそれは、私の独りよがりだったのだ。


「……馬鹿は、私の方ではないか」


 ああしてボロボロになっても、助けを求める声に応えるべく足掻き続ける篠塚戒の姿――――。

 これでは、どちらが民を守る騎士であるか……わからない。いや……あれこそあるべき騎士の姿ではないのか。

 魔術も戦闘術も、判断力も何もかも私の方が勝っている。だとしても、騎士とはこうあるべきだという姿勢で、私は完敗だった。

 でもだったら、私はどうすればいい? 今、何をすることが正しいのだ。


「……救うことを、諦めるべきじゃない……ですか。だとすれば」


 それが騎士の理想の在り方ならば。私もまだ諦めるべきじゃない。

 実力では力及ばずとも、まだできることがあるはずだ。

 そう、まだ――!




「ようやく、お前を喰らうことができるなぁ……エイデン。ダニエルも、俺の中でお前を待っているぞ」


 蝙蝠野郎はエイデンの目の前まで行くと、チビ蝙蝠どもの拘束を解いた。


「いつから……いつから、ジャックは怪物だったの……?」

「最初からさ。最初から、お前らを喰らうつもりで近づいたのさ……けど、お前らを本当の友達だと思っていたのは本当なんだぞ」


 ……何だって? 怪物が人間を友達だと? だが、蝙蝠野郎の声に不思議と嘘は感じられない。


「最初は確かにただの人形、つまらん餌の一人だと思っていたさ。だがお前らに化けて一緒に過ごすうち……なんだか本当に楽しくてな。一度はお前らを喰うのをやめようかとも考えたんだぜ」

「じゃあ……! なんでダニエルを殺したの……っ!!」

「耐えられなくなったからさ。俺はこの町に来る前に、既にお前らの仲間を喰っている。一度喰っちまったら歯止めが利かないんだよ。

 元の場所に帰るために、生きるために……俺たちはお前らしか喰えないんだ。喰わなきゃ、死んじまうし……それはお前らも一緒だろ?」

「帰る……?」

「お前らにゃ、わかんねえさ」


 元の場所に帰る……以前戦ったフェアレーターも、言っていた。帰りたかっただけだと。

 それがどんな意味なのかは、わからない。こいつらにはこいつらの目的があるのかもしれない。だがそれでも、罪もない人々を餌だと言って殺すことを見過ごすわけにはいかないんだ。


「くそ……っ! 動け!!」


 ボロボロの体を酷使して、あと少しで……何とか立ち上がれそうなんだ。

 急げ、急げ、急げ――――!

 そんな俺の姿を見て、蝙蝠野郎は嘆息する。


「このままじゃ、本当に起き上がってきそうだな……その前に済ませちまうか。

 悪いなエイデン……お前のことは好きだったが、いつまでも話してると、正義のヒーローに倒されてしまうからな。……ここらでお別れだ」


 そしてとうとう、蝙蝠野郎はエイデンを喰らうべく牙を立てた。

 ――――駄目だ!! 間に合わねぇ……!


「くっそおおおおおおおおっ!」


 駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ――――!!





「――――いいえ、まだです」


 ……聞き覚えのある声が聞こえたと同時、辺り一面を白い冷気が覆った。

 この、冷気は……ディランの魔術!?

 そしてその発生源は……エイデンの首から下げられた……。


「……貴様っ!?」


 蝙蝠野郎が怒りの声を上げる。


「あなたの夕食は、何度でも邪魔してやりますよ」


 皮肉っぽく言うと、ディランは腕をかかげる。

 そして素早く何か早口で唱え、指を鳴らすと――――。


 発生した冷気が、エイデンを核として周りを凍り付かせていく。チビ蝙蝠も、蝙蝠野郎も、俺の鎧も、ディランも――――そして中心にいたエイデンも。

 完全に氷結し、氷の結晶と化した。


「無事ですか、篠塚戒」


 ……ディランが歩み寄ってくる。

 俺なら、鎧があるおかげで何とか無事だ。相変わらず鎧の中はズタボロだが……そんなことはどうでも良いんだよ。


「てめぇ!!」


 やりがった、この野郎。今の魔術で間違いなくエイデンは氷漬けだ。こんな……こんなことがあるかよ。

 体が悲鳴を上げるが、そんなことは無視してディランにつかみかかる。


「何でやったんだ! もうわかってたろ、エイデンは普通の子供だったんだ!! 怪物なんかじゃないんだよ!!

 それを……!!」

「ええ、わかっていますよ。ですから……ほら」


 ディランが何かを指さすが、俺は頭に血が上って話を聞いてやる余裕がない。

 ……絶対許せねぇ。


「ディラン、もうまじでお前を許さねえ。絶対にだ、どんなことがあっても――――」

「お兄ちゃん!!」


 ……………………………………何?


「お兄ちゃん、僕は大丈夫だよ!!」

「な――――」


 エイデンが生きてる? でもディランが言ってた魔術は……。

 恐る恐る振り返ると、エイデンは氷の結晶に包まれていた。ただし凍り付いているわけではなく、中は空洞になっていてエイデンは無事らしい。


「これは…………」

「本来一つの触媒に組み込める魔術は一つなのですがね。まあ、万が一予測が外れた時のために……こういうのも用意してあったんです。私にイザベラ様のような爆発力はありませんが、こういう芸当ならできるんですよ」


 つまり、一つの小さいネックレスに別々の魔術を組み込んでいたってことか?


「ただし、これはエイデン君に張った結界にほとんどのマナを割いています。本来発動させるつもりだったものより威力は遥かに劣る。つまり……」

「ガアアアアアツ!!」


 凍り付いていたはずの蝙蝠野郎が、氷を砕いて出てきやがった。

 なるほど、つまりディランはエイデンを守るためだけに魔術を使ってくれたってことか。


「篠塚戒、私はあなたに謝罪しなければなりません」

「え?」


 唐突に何だってんだ? さっきまであれだけ俺を毛嫌いしていたってのに。


「私はフェアレーターという未知の敵を前にして……大を助けるために小を切り捨てて考えることが当然となっていた。それが完全に間違いだとは言えませんが、そもそもそれが前提となってしまっていては、それは誰かの命を捨てると宣言しているようなものです」

「ディラン……」

「あなたは自分で宣言した通り、諦めずにエイデン君を最後まで救おうと足掻いた。私が切り捨ててしまった、一つの命を。

 その姿を見て……団長の言う私に欠けているものがようやくわかりましたよ。命を救うということを諦めず、最後まで足掻くという姿勢です」


 ディ……ディラン……。


「簡単な話です。この手で救える命が目の前にあるのなら、救うべきだ。我々騎士は、守るためにいるのだから――――」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお! ディラン、お前!!」


 綺麗にまとめようとしたディランだったが、俺の叫びに驚いて止まっちまった。

 でも良いんだよそんなことは。今俺の心を占めるのはこれだけだ。


「やっぱ、良いとこあんじゃねえかお前よぉ!! なあああああ!! しれっとエイデンも助けちまうしさ、お前の予測がなきゃ無理だったぜ!!」

「……」


 いや、そんなドン引きした目で見んなよ。褒めてんだぞ俺は。


「はぁ……あなたの姿勢だけは評価しますが、やはりその暑苦しいノリは苦手です」

「良いじゃんかよ、テンション上がって痛みも吹っ飛んだ」


 そして、俺たち二人は怪物に向き直る。

 まだ凍結のダメージから回復してないらしく、動きが鈍い。


「くそ……お前ら、何度も何度も……邪魔しやがって。気が変わった……まずはお前らから喰らう……!」

「当然だろ。 俺たちはそのために来たんだから」

「戒、奴が弱っている今が最後のチャンスでしょう。あなたも多少回復したとはいえ、それでも真っ向から戦って勝てるような体ではない」


 確かにその通りだが……だったらどうすんだよ。


「私が奴に隙を作ります。決定打にならずとも、そのぐらいなら私にもできる」

「おお、その隙に俺が決めるってことか」

「ええ、『鎧の英雄』というくらいだ。何か切り札があるでしょう」

「まあ英雄何も関係ないけど、あるといえばあるな」


 まだ試したことはないけど、この鎧は今まで俺のイメージした通りに動いてくれていた。

 ……だったらきっと、あの技だってできるはずだ。


「作戦会議は、もう済んだか?」

「まあな」

「ええ、さっさと来なさい」


 こいつ、不遜な態度は何も変わんねぇな。……だがまあどうでも良いか。

 今の俺は歴史的和解を果たして気分がすこぶる良いから。


「舐めやがって……行くぞ!!」


 蝙蝠野郎が突っ込んでくる……と、同時に数匹の蝙蝠野郎が出現した。

 さっきの幻か……!!


「これは……!」

「心配ありません。私に任せなさい」


 ディランが前に出て、大きく剣を振るう。

 剣から発生した冷気が、幻影の蝙蝠野郎を次々かき消していく――――だけではなく。


「また……氷か!」

「やはり、あなたにはこの魔術が相性が良い。広範囲に広がる攻撃ならば……あなたの生み出した幻も一度に消してしまえる。実力で劣っていても、出来ることはありますよ」


 幻が完全に消えたばかりか、冷気によってさらに蝙蝠野郎の動きが鈍っていく。

 ……これなら!!


「決めなさい!!」

「おう!!」


 限界まで力をふり絞り、翼を広げ怪物に再び突進をかける。

 前より速度は落ちているが、それは向こうも同じこと。

 蝙蝠野郎の顔面を掴んで、空高く急上昇を開始する。


「な……っなんのつもり……まさか!?」

「ああ、そのまさかだ。良いか蝙蝠野郎、成層圏まで連れてってやるから覚悟しろ!!」


 なんて、ファルコンの真似をしながら今度は決め台詞をしっかり決める。このセリフ最初はダサいと思ってたけど、聞きなれるとかっこよく感じてくるんだわ。

 成層圏まで……まあそこまでは無理だと思うけど、近いことはできるだろう。

 さあ、高度も充分。――――今こそ、決着の時だ。


「行くぞ! 必殺……!!」


 蝙蝠野郎を地表に向かって投げ飛ばし……俺もそれを追いかける。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」


 そしてそのまま、急降下蹴り。これこそが必殺技。


「ファルコンブレェェェェェェェェェイクッ!!!!!!」

「ぐあああああああああああああっ!!」


 ――――月をバックに怪物は爆散する。

町を恐怖に陥れた怪物を、俺たちはようやく倒すことができたんだ。

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