第12話 黒衣の来訪者

 曇天の空の下でも、この国の海は澄み渡って見える。静かに、だがそれでいて確かに響く波の音に耳を澄ませば、暗黒街の喧騒で荒みきった心が隅々まで洗われていくような錯覚に襲われた。だがそれはあくまで錯覚で、彼女の心は変わらずどす黒い憎悪と怨嗟えんさに支配されている。そして本懐を遂げるまでは、そのままで構わないと思っていた。この感情は綺麗な海を眺めた程度では晴れることはないが、それでも指定された時間はまだ先だ。結果、特にすることもない彼女は待機場所である灯台の下で、ただぼうっと海を眺めている。

 ――――幼い時分、両親に連れられて訪れた島には、途方もなく広く綺麗なビーチがあったことを思い出す。もっとも幼い彼女にその光景を楽しむ余裕などなく、果てしなく広がる大海原に圧倒されるばかりだった。海に、などと我ながらおかしなことを言いながら、両親に泣きついていたことを今でも覚えている。


「…………」


 吸い込まれてしまいそうだ、などとらしくないことを考える自分に気が付いて、彼女は少しばかり自嘲しながら水平線から目を逸らした。これでは子供の頃から何も変わっていないようではないか。今の自分にそんな幼子が見るような、夢のある空想に耽る余裕はない。思い出にすがっても、何の意味もない。


「……こんな早朝から、ご苦労なことだ」


 そうして目に入ってきたのは、これから漁に出るとおぼしき漁夫たち。ここは漁業で成り立つ港町で、辺りを見渡すと多くの漁船が停泊し出航に備えている。この国らしく船の動力は魔術で、漁を担当する者の他に、船を動かし操舵する魔術師らしき者の姿も見える。魔術師と言っても騎士団のように戦いに有効な魔術を扱うわけではなく、日常生活で利用できるようなモノを行使する便利屋だ。彼女はそういった魔術などには疎い……というか興味がないので、詳しくは知らないのだが。


「しかし、同じ海でもこうまで違うものかね……」


 声を張り上げ活気に溢れかえる漁師たちを眺めながら、彼女は独りごちた。この国の人々は自然というものとの関わりが深い。それは自然エネルギー、マナと呼ばれる魔術の源が要因で、ゆえに彼らは自然を守るということを特に重んじているのだ。それに対して彼女が先日まで滞在していたメトロポリスは、行き過ぎた発展の影響で公害汚染が広まり、美しい自然とは無縁の地獄と化してしまっている。――もっとも、そちらの方が彼女自身の性には合っているのだが。

 ――――此処イデアールも、メトロポリスも、同じくこの『トロイメライ』という世界を形成する重要な国家だというのに、どうしてこうまで差がついてしまったのだろうか。


「ベロニカ様、お待せいたしました」


 物思いに耽っていると、突然声を掛けられた。この国で自分の名を呼ぶ者ということは、おそらくの関係者、待ち合わせの相手だろう。彼女――ベロニカは、嫌々ながらその呼びかけに応じる。


「……ん? ああ、予定より早かったじゃないか」

「ベロニカ様、少しはご自身が目立つということをご自覚ください。漁師たちが物珍しそうにあなたを見ていることに気づきませんか。これでは、我々の予定通りに進められなくなります。――それにその格好、変装しろとの指示が伝わっていないはずがないでしょう」

「……そんなこと知ったことかよ。私の勝手じゃないか」


 ベロニカは不服そうに言うが、確かに彼女は目立つ。ただでさえその美貌は人目を引くのに、それに加え普段と変わらぬ黒のトレンチコート姿。金色に輝くロングの髪は美しく、思わず見とれてしまうのも無理はない。だが、この国にそんな恰好をしている者がのだ。だからこそ、この男は忠告したのだが……。――しかし、ベロニカはそんなことを気にもしていないようで。


「私は言われた仕事をするだけだ。その過程で何が起きようが私の知ったことじゃない。必要以上にお前らと馴合うつもりもないし、人の好みにあーだこーだ言われる筋合いもないんだよ」

「……」


 そう言われた男は、ほとほと呆れ果ててしまったようで、何も言わずついて来るよう合図をした。


「標的は現在この町に潜伏中です。わかっていると思いますが、既にしまっています」

「進化は終わってるのか?」

「ええ、だが既にその先への可能性は削がれている。一度外れてしまった以上、再調整リセットが終わらなければどうにもならないただのガラクタだ。気を付けてください、奴らは我々とは違う……ただのイカレ果てた狂獣だ」

「――――はぁ、そうかい。私からすれば、お前らも大して変わらんよ。同じ穴の狢だ。良いか、よく聞け。私の見えないところで好き勝手する分にはどうでも良いが……」


 そこでベロニカは一呼吸置き、男を睨みつける。美しく輝く青い瞳が、刺し殺すような威圧を放った。男の背に、一瞬怖気が走る。


「私の前で人を喰らってみろ。……殺すぞ」

「……っ、肝に銘じておきます」


 男は一瞬、本当にこの場で殺されてしまうのではないかとすら思った。――が、それきりベロニカはいつもの調子に戻ってしまったので、その場は何事もなかった。聞いてはいたが、難儀な女だ。上は何故こんな女を使いに出すのだろうかと男は思ったが、口には出さない。下手なことは言わないでおくに限る。この女も、上の奴らも……敵に回すには危険すぎるからだ。


「……さて」


 コートから黒のサングラスを取り出してかけると、ベロニカは歩き出した。目下もっか、今回の仕事での彼女の関心は外れたフェアレーターなどではない。


「――『鎧の英雄』。お前の力……見せてもらうぞ」


 お前の強さ、お前の心。何を思い何の為に戦っているのか。見極めさせてもらう。

 その果てに、私の願いを――――。







「……っうぉりゃあああああっ!」


 ――――これで通算何度目の打ち込みだろうか。握りしめた木剣を振りかぶり、気合を込めて一気に振り下ろす。今の俺の出せる全力を込めて、相手の剣を打ち破るために。


「甘いっ」

「んなっ!!」


 ああ、しかし悲しいかな。何度やろうが結果は同じ。俺の振った剣は、いとも簡単にいなされてしまった。それどころか、そのまま剣を捻りあげられて弾き飛ばされてしまう。……何と言うか、段々空しくなってきた。


「――ああ、とってもつらい……」

「はい、やり直し!!」

「って、痛いっ!」


 宙を舞う自分の木剣を呆けたまま眺めていると、間髪入れずに俺の額に衝撃が走った。

 何度も何度も繰り返し――――と、いうか。


「ほんとに痛ぇよ! どんだけ同じ場所に打ち込むんだ! 見ろ、たんこぶがとんでもなくデカくなってるじゃねぇか!!」

「……あ、ごめん。何だか楽しくなっちゃって」

「なっちゃって……じゃないわ! 任務に支障が出ないように頭だけは避けるわね……とか言ってた癖に、途中から狙ったようにぼっくらぼっくら叩きやがって!」


 俺は現在、イザベラに戦闘術……剣術の稽古をつけてもらっている。俺は昔少し剣道をかじったことがあるくらいで、剣の扱いは正直ど素人だ。普段は鎧のお陰で力押しでどうにかなっていたから良かったものの、クロヤとの戦いでそれだけでは駄目だと痛感した。だから少しぐらい怪我をすることは織り込み済みで、こんな結果になるのも仕方ない……と途中までは思っていたのだが。


「冗談抜きでふらっふらすんだよ! 脳震盪のうしんとう起こしてるんだよ間違いなく!」

「だ……だって戒、全身痣だらけじゃない。もう打ち込んで痛みが少なそうなのおでこしかなくって。で、おでこに打ち込む度そのこぶが大きくなっていくもんだから……」

「面白がってるんじゃないよ! 本末転倒だろうが!」


 良く分かった、こいつは天然だ。天然だから悪気がない。一番質が悪いやつだこれ。


「……それにしても、俺全然駄目だな。自分の未熟さを痛感した」

「仕方ないわよ、まだ始めたばかりじゃない。そんなに焦っても強くなんてなれないわよ。地道にいきましょう?」


 わかってる、わかってるんだけど……。それでも逸る気持ちを抑えきれないのは、やはりあいつが原因だろう。


「……早く、クロヤを見返してやりたいんだよ」

「戒……」


 そう、あの男……エイハクロヤ。俺がこれまでフェアレーターを倒して得てきた自信とか、英雄を目指すうえでの姿勢とか、そういった諸々を全部まとめてぶち壊した相手。正直言うと、鎧があれば俺はどんな相手にも負けない……という風に思い込んでいた節があったのかもしれない。


「けど、あいつと戦って目を覚まされた。今は一刻も早く強くなって、あいつの認識を改めさせたいんだ。負けず嫌いだなって自分でも思うけどさ、このままじゃ終われない」

「だったら尚更よ。無理をして体を壊したらそれこそ本末転倒じゃない? 今はとにかく、基礎を身に着けるところから始めましょう」


 ……む、そう言われたら返す言葉もない。体調管理も騎士にとっては重要な必須事項だということだろう。

 ――――と、そこに。


「おう、やってるな。どうだよ調子は?」

「……お前」


 噂をすれば、だ。普段通り軽快な様子でクロヤが訓練場の中に入ってきた。


「何しに来たんだよ?」

「敵情視察っつーか? まあ、未来の好敵手がしっかり特訓に励んでいるか確認に来たんだよ」


 確認なんかしなくてもやってるっつーの。誰に勝つためにやってると思ってるんだ。


「あなた、団長との話は終わったの?」

「ああ。穢威波エイハでの事の顛末と、俺たちがこれからどうするのか。しっかり話をつけてきたぜ?」


 あの穢威波の村でのフェアレーターとの戦いの後、俺たちは一族の長であるクロヤと、その補佐としてトシゾウさんを連れて首都アルメスクに帰ってきた。やはりトシゾウさんは一族が俺たちに協力することを渋っていた……いや、本当は今でも本意ではないのだろう。だが俺がひとまずクロヤを認めさせたってことと、穢威波の一族はイデアール魔術騎士団の指揮下に入るわけではなく、対等の立場として共にフェアレーターと戦うという条件で納得してくれた。


「……で? どうなったんだよ」

「どうもこうも、小難しいやり取りは性に合わん。大まかに話は纏まったから、トシゾウ残して抜け出してきたんだよ。あとはあいつとそちらの団長さんが決めるだろ」


 ……鬼だ。というか、しっかり話つけてないじゃないか。丸投げされたクレアさんとトシゾウさんが不憫で仕方がない。


「資源の支給がどうだの、居住区画がどうだの、そんなこと俺が考えたって仕方ないだろ。細かいところはトシゾウがしっかりやってくれるさ。俺は化け物見つけて、ぶっ倒すだけだ」

「それは……そうなのか?」


 全然そうじゃない気もするんだが、本人がそうだと言うなら仕方ないだろう。長としての責任とか、そういうのないんだろうか。


「細かいこと気にすんなよ。お前が俺に、自分はだって黙ってたことに比べれば些細な問題だろ?」

「いや、まぁ……」


 正式に協力関係を結ぶにあたって、俺はこいつに自分の素性を明かした。最初のうちはさすがのこいつも驚いていたんだが、不思議なことに一切疑うことなく俺を信じてくれたんだ。……まあ、その理由はかなり腹が立つものだったが。


「そういう事情なら俺があの鎧を使えなかったのも納得がいくよな。ようするに異世界人じゃないと使えないんだろ? つまり、俺に何か落ち度があるわけじゃないってことだ」

「……まあ、そうかもしれないけど。というかあなた、『鎧の英雄』の伝説知らないわけ?」

「知らないってわけじゃないが、そこまで興味がなかっただけだ。俺は穢威波を立て直すことしか考えてなかったからな」


 クロヤは心底関心がなさそうな表情で言った。この世界で知らない者はいないと言われる『鎧の英雄』の伝説。そして英雄は、この『トロイメライ』ではない別の世界からやってきた人物だったという話だ。いくらクロヤが閉塞した村で育ってきたとはいっても、これだけ有名な伝説を今まで聞いたことがない、というのはあり得ないだろう。それだけ一族再興に必死だったのか、それとも本当にただ興味がなかっただけなのか。――――こいつの普段のいい加減な様子を見ていると、十中八九後者な気もするが。


「……で? 本当に俺の特訓を見に来たわけじゃないんだろ? 何の用なんだよ」

「そんなもん決まってるだろ。イザベラにこの首都を案内してもらおうと思ってよ。ほら、俺ここに来たばっかで全然どこに何があるかとか把握してねぇし」


 ……要するにイザベラを連れ出して遊びに行きたいだけだろ。こいつ、まだイザベラを恋人にするとかいう無謀な挑戦に挑んでるのか? 絶対無理だぞ、なんたって……。


「は? 無理よ」


 ――――ほれみろ。現状、イザベラのこいつに対する印象は最悪だ。好感度ゼロ。恋愛ゲームで言ったら、イザベラ一人だけ好感度メーターが爆発寸前で間違いない。ステータス画面にはハートじゃなく、でかでかと爆弾マークが描かれていることだろう。


「そんなこと言うなよ。勇敢なる騎士様にはこれよりしばしの間、めくるめく至福のひと時を約束しよう。この俺と過ごす時間は職人の手によって彩られる飴細工のように、洗練された美しさと甘美さを兼ね備えた……何かこう……良い感じの逢引きに……えーっと……」

「……その口上自分で考えたの? しかも言えてないし。きもっ」


 うわっ、こりゃストレートに傷つくやつだぞおい。まあクロヤの口説き文句が気持ち悪いことは間違いないが、あれは多分前回ストレートに行き過ぎてドン引かれた経験を生かしてあいつなりに考えたんだろう。その努力、俺だけは認めてやりたいと思う。……まあ、どちらにせよ気持ち悪いが。


「そっか? じゃあまた考えるさ。イザベラがビビっと来るやつをな」


 ……全然傷ついてなかった。まったく堪えていないばかりか、まったく懲りてない。こいつのこういう強さ、見習いたいようなそうじゃないような。


「ない頭と少ない語彙を振り絞って考えたんだろうけど、色々間違ってるわよ。……そんなに暇ならディランの手伝いでもしてきたらどう? ついでにこの書類も渡してきてよ。報告書にディランのサインも必要なの」

「ええ、男の手伝いなんかめんどくせーよ。しかもあの優等生ちゃんだろ? 気が重くなるわ」


 イザベラの提案を、そう一蹴するクロヤ。こいつには煩悩と戦闘欲しかないのか。


「良い退屈しのぎになると思うけど」

「……ん? そういや帰ってきてからディラン見てないよな。あいつ何してんだ?」


 疑問に思って、呆れ果ててるイザベラに尋ねてみる。確か最後に見たのは、首都に帰ってきて一緒に聖堂に入った時だ。その後はここ何日かの間、ずっとイザベラに特訓をつけてもらっていたから、ほとんどこの訓練場と自分の部屋しか行き来していない。


「ああ、戒には言ってなかったっけ。ディランなら今、子守りの最中よ」

「ふーん……」


 ……ん?


「子守り!?」

「子守りだぁ!?」





 一口に首都、といっても、その全てが活気に満ち溢れた様相を見せているわけではない。このイデアールは比較的豊かな国ではあるが、それでも場所によっては多少なりとも貧富の差が垣間見える部分はあるのだ。この首都でそれが顕著になるのは、都の中心から少し

西に逸れた貧困層の暮らす住宅街、それから此処――――。


「教会、か」


 アルメスク教会堂。イデアールで、世界の創造神と言われる魔術神を祀る建物だ。もっとも今は魔術神よりも、『鎧の英雄』伝説の方が信仰の対象になっている場合もあるらしい。

 普段魔術騎士団が待機するイデアール魔術聖堂も、同じく神を祀る場所であることに変わりはないのだが、あちらは国政の中心地だけあってバカでかい。今でも歩いているだけで、たまに自分がどこにいるのかわからなくなることがあるくらいだ。

 だがこの場所はもっと小規模で、どこか素朴な雰囲気を醸し出している。


「子守りって……孤児のことかよ。俺ぁてっきり――」

「私の子だとでも思いましたか。まったく、あなたは少々短絡すぎです。イザベラ様がどう言ったかは知りませんが、邪推するのも大概にしてください」


 クロヤが叱られているのを横目に、俺も内心でディランに謝っていた。口には出さなかったが、無粋にももしや……などと思っていたからだ。

 ところが俺たちの短絡的な予想は大きく外れ、実際には教会の側に小さな孤児院が建てられていて、ディランはそこの手伝いに来ていたのだった。


「しかし、此処には随分たくさんの孤児がいるんだな。首都内に孤児院とか、他にもいくつかあったろ?」

「ええ……それはそうなんですが。ここのシスターは子供好きでして。行き場のない子供たちを見ると、放っておけないようですね」


 教会の庭園は十歳程度の子供たちが元気よく走り回り、随分と賑やかな様子だ。決して裕福とは言えない環境だ、とディランは言っていたが、遊びまわる子供たちはとても幸せそうに見える。


「ディランさまディランさま、早くあそぼうよー!」

「ねぇディランさま、その人たちだれー?」


 俺とクロヤが突然ディランを取ってしまったからか、何人かの子供たちがこちらにやってきてそう言う。どうやらこの優男、意外にも結構慕われているらしい。


「この人たちは……私の仕事仲間、と言ったところでしょうか。もう少しで戻りますから、待っていてくださいね」

「えー、もういっぱい待った!」

「うーん……困りましたね」


 子供たちがかなり食い下がってくるので、ディランは少々困り果てている。こいつ頭固いから、こういうとき柔軟に対応できないんだよな。……よし、だったら。


「よーし、少年達よ、君たちは元気があってたいへんよろしい! ディランはもう少しお仕事の話があるからちょっとまだ戻れないが……こっちのクロヤお兄さんが怪獣ごっこをしてくれるそうだぞ!!」

「俺かよ!? 戒てめぇ!!」


 ……ふっふっふ。いままで良いようにやられてきたからな、こういうときに仕返ししておくに限る。復讐のチャンスは見逃さないのだよ、俺は。


「ほんとー?」

「ああ、しかもディランと違って頑丈だから、ちょっとぐらい乱暴にしても大丈夫だぞー!」

「やったー! クロヤお兄ちゃん、早くいこー!!」

「なっ……マ……マジか!?」


 クロヤは絶句している。まあもともとこいつ、子供ガキの相手はめんどくさい、なんて文句たれながらイザベラに言われて仕方なく来たわけだし。適当にお茶を濁して帰るつもりだったんだろうが……そうは問屋がおろさない。


「戒……覚えてろよ」

「諦めろ、そしてさっさとけ。子供たちが待っているぞ」

「ああ、ちくしょう……しゃあねえなぁっ! おら子供ガキどもついてこい! ただし、俺は甘くねぇからな? 超つえー怪獣だからな!?」


 そう言いながら子供たちをつれて去っていくクロヤを遠目に、俺は仕返しに成功した達成感に浸るのだった。……あいつ若干最後乗り気だったような気がしなくもないが。


「……わかってはいましたが、あなたも子供ですね」

「うっせー」


 わかってる、自覚してるからそんな目で俺を見るな。ディランに呆れた目で見られて、俺はちょっとだけ反省する。

 ――――と、俺たちがそんな馬鹿をやっているところに。


「ただいま戻りました。……あら?」

「ああシスター、おかえりなさい。掘り出し物はありましたか?」


 声がした方向を振り向くと、そこには修道服姿のかわいらしい女性がいた。歳はディランやイザベラと同じくらい、俺よりほんの少しだけ上だろうか。この人が先ほど話に出たシスターだろう。


「いいえ……今日はどこのお店も品薄で。牛乳を安く買えたぐらいですね。……その、そちらの方は?」

「俺、カイ・ワーナーです。魔術騎士団の」

「まぁ! そうでしたの。ごめんなさい……その、見かけない顔だったものですから……」

「俺、先祖がヤマトから流れてきたらしいんですよ。あっちで子供と遊んでるクロヤも。だから顔つきが皆と違うと思うのもわかります。あんまり気にしないでください」


 やっぱり初対面の人はこういう反応になるよな、と思いながら俺は用意された設定を説明する。イデアールは俺の世界でいう西洋風の人ばかりだから、物珍しいのも仕方ない。俺はどちらかというとヤマト人寄りの顔つきらしいから(クロヤを見てると確かにそうだ)、この説明が使えるのはラッキーだ。


「そうだったんですの……。私はアリシア。この教会でシスターをしていますわ」

「よろしく、シスター」


 自己紹介しあって、俺とシスターは握手を交わした。優しそうな人だ、と思う。子供たちが幸せそうだった理由が、少しわかった気がした。


「シスター、まずは荷物を置いてきましょう。子供たちもクロヤが今相手していますから大丈夫です」

「そう? 何か悪いですわね……。ワーナーさんも、中に入って一緒にお茶でもどうですか?」


 魅力的な提案だが、そこで当初の目的を思い出した。そうだ、俺はここに一応仕事をしに来たのだ。すっかり忘れていた。


「いえ、俺はディランに書類を渡しに来ただけですから。イザベラの報告書にサインをもらったら、すぐに聖堂へ戻りますよ。……まあそれに、クロヤをあのまま長く放置するわけにもいかないし」


 子供たちの歓声とともに、ううっとか、ぐぇっとか、クロヤのうめき声が聞こえてくる。面白いっちゃ面白いんだが、そのままほっとくほど俺も鬼じゃない。


「ああ、だったら私も一度このまま聖堂へ帰りますよ。休暇は今日まででしたしね」


 俺が書類を渡すと、ディランは確認しながらそう言う。


「まあ、そうなんですか、残念ですね……。イザベラも最近忙しそうですし」

「イザベラのこと、知ってるんですね」

「ええ、幼馴染なんです。ディランもね」

「……まあ、そうですね」


 へぇ、シスターはイザベラとディランの幼馴染だったのか。道理でディランとも親しげだと思った。これでようやく、ディランが似合わない子守りをしてる理由にも納得がいったぞ。


「今度は、皆でいらしてくださいね。イザベラにもそうお伝えください」

「わかりました。伝えておきますよ」


 にこやかにそう言って送り出してくれるシスターに答え、俺とディランはクロヤを迎えに行くことにした。……さて、あのチンピラ崩れ、どんな状態になっていることやら。



 その後、思いのほか子供たちにボコボコにのされている姿を見て俺とディランが爆笑、更に俺への恨みを募らせたクロヤとひと悶着あったのはまた別の話。




 ――――それから数日間、フェアレーター出現の報もなく平和な時間が続いた。騎士の仕事に特訓、新たに出会ったシスターや子供たちと遊んだり、充実した毎日を過ごして俺の心身の疲れも取れていくようだった。

 ……だがこの一週間後、俺は自らの運命を変える決定的な存在との出会いを果たす。そしてそれがこの世界での生き方を大きく揺るがすものになると、俺はまだ知る由もなかった。

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