第10話 騏驥過隙
暗く、静寂に包まれた森の中。普段であれば多種多様な動物たちの姿で賑わう筈なのだが、そこに昨日までの活気に溢れた面影は微塵も感じられず。優雅に羽ばたく鳥の羽音も、やかましいほど響き渡る昆虫たちの鳴き声も、狐や狼などの獣が駆け回る足音も――――何一つ聞こえてこない。まるでこの森全体で、数多の命が生を鎖してしまったかのような錯覚に陥る。
だが無論、本当にこの森自体が死んでしまったというわけではない。今此処に住まう者は皆、怯えているのだ。息を殺して、じっと……じっと待っている。自らを害し、危険に晒す存在がこの森を立ち去るのを――ただひたすらに待っているのだ。
「ガ……ア……」
――――怪物は、怒りに狂っていた。既にそこに理性と呼べるものは存在せず、彼の思考は憤怒に支配されている。……そう、生物は喰わねば生きていけない。肉食だろうが草食だろうが雑食だろうが……それがたとえどんな形態であれ、各々に適した食性の中で喰わねばならないのだ。それが、このフェアレーターと呼ばれる彼らの場合『人食』だっただけ。
「ハァーッ……ハァー……ァアッ」
だからこそ。今彼は怒り狂っている。二度も餌を取り逃がし、食事にありつけなかった。同胞を囮にしてでも餌を手に入れるはずだった彼は、二度もあの黒の男に邪魔をされた。
――――限界、なのだ。
両腕を失ってしまったゆえ、既に事切れてしまった同胞の亡骸を喰らいつき引きずりながら、彼は自らの始まりを思い出す。
「グッ……」
生きるために、
「…………」
その禁を破ったところで、今更どうという話でもないだろう。今この瞬間これ以上空腹に苦しむぐらいなら、たとえ同胞だろうと――――――――家族だろうと恋人だろうと、……友人だろうが恩人だろうが、人間だろうが人形だろうが怪物だろうが…………。喰う、喰らう。ただそれだけだ。
――――そうして彼は喰らった。同胞を。最後に欠片ほど胸にへばりついていた、意識の残り滓みたいなものまで犠牲にして。夢中になって貪りつくし、そして――やがてその異形は進化を遂げた。
明朝、俺はクロヤに言われた通り一人で森の中を歩いていた。……あいつの指定した決闘の舞台には、実際に戦う俺たち以外余計な観客はいらないと。男と男の真剣勝負、戻った方が勝者で、戻らなかったほうが敗者である。――――まぁ、そういうことらしい。
「……大丈夫だ」
そう自分に言い聞かせるのはこれで何度目だろうか。俺はこの目で、あいつがフェアレーターを倒すところを見ている。クロヤの能力……あの黒い渦みたいなものの詳細はわからないが、俺の鎧は今までフェアレーターからのどんな凄まじい攻撃も凌いできた。対してクロヤの攻撃がフェアレーターに通ったのは、やはり異形の怪物ではあるが奴らが生身だからだろう。
万が一あれに当たってしまっても、俺の鎧は易々とは破れない。それは今までそれを扱って戦ってきた俺だからこそ良くわかる。時には追い詰められることもあったが、今度の相手は異能の持ち主とはいえ人間だ。そうそう遅れは取らない。
「この辺りか」
だんだんと辺りが開けてきて、この先に大きな空間があることが感じられる。…………負けたら、この腕輪を失う。こうしなければ穢威波の人々を納得させられない、味方にできないとわかってはいるが、それでもやはり不安がないわけじゃない。けれどここで逃げてしまったら、絶対俺が目指すべき姿にはたどり着けないから――――。
「よう」
「……」
「逃げなかったな。褒めてやるよ」
その場に辿り着くと同時、クロヤが不敵にそう呼びかけてくる。そこには大きく円形に広がる武舞台が用意され、あいつはその中央であぐらを掻いて座っていた。その威風堂々とした様子は変わらず、自分こそが最強であるという自負を感じる。
「指定した時間通りだ、感心感心」
「……随分余裕そうだな、お前」
「まぁな、別に俺は負けても失うもんねぇし。そういうお前は随分しんどそうだぜ? やっぱその腕輪が懸かってると緊張するか?」
…………こいつ、楽しんでやがる。
「……当たり前のこと聞くんじゃねぇよ。俺はお前みたいに道楽で戦ってるわけじゃない。俺は皆を、あの怪物どもから守るために戦ってるんだ。それにお前らの力が必要だって言うんだから、そのために俺はお前を倒す。さぁ、
「……へぇ、言うじゃねぇか」
俺の挑発を受けて、クロヤの目つきが変わる。何があいつの逆鱗に触れたのかは知らないが、どうやら俺の一言が利いたらしい。けれど俺だって言われっぱなしで終わるつもりはないんだよ。
クロヤがゆらりと立ち上がる。互いが相手を見据え、距離を徐々に縮めていく。俺は左腕の腕輪に手を翳し、クロヤの周囲には
「だったら
「…………!」
――――――――来るッ!!
「見せてやろうじゃねぇかッ!!」
跳躍と同時、クロヤの両腕から闇の渦が放出される。俺は瞬時に鎧を纏い変身すると、まずは後ろに大きく飛びずさった。あれがどんな原理なのかはまだわからないが、警戒するに越したことはない。そしてそのまま流れるように翼を広げ、空に向かって垂直に飛び大きく羽ばたく。
「チッ」
クロヤの放った闇は俺がいたはずの何もない地面を大きく抉り取る。広範囲に広がる闇の波濤、一瞬でも鎧を纏うのが遅ければ今あの場には俺の死体が転がっていただろう。一撃目を避けられたのを気にもせず、すかさずクロヤは上空に向かい再び闇の渦を放つ……が、舐めるな。このぐらいなら容易く避けられるんだよ。空中で翼を細かく操り姿勢制御しながら、幾重にも迫りくる闇を体を捻って回避する。
「今度はこっちからだッ!」
遠距離からの攻撃ができるのは何もクロヤだけじゃない。翼を振り回し、地表に向かって突風を放つ。嵐が吹き荒れる如くのそれは、武舞台の周りに生い茂る木々を薙ぎ倒しクロヤに襲い掛かる。
これだけの暴風だ。無論決定打とはいかないだろうが、少なからずあいつを追い込めるはず――――!
「だから、どうしたってんだよォッ!!」
「ッ……!?」
なッ――――。思わず呆気にとられる。こいつ、突風で倒された木を蹴り上げて……そいつを
「いったいどんな怪力だ……!!」
「馬鹿がッ! 逃げてばかりじゃ勝てねぇぞ!!」
信じられないことに、一度の跳躍で俺の滞空する高度までたどり着いたクロヤ。俺が今まで取ってきた空中からの奇襲という戦法は、思わぬ方法で封じられた。……だがッ。
「お前は
翼を持たないクロヤは、今飛んできた方向からの軌道修正は不可能。つまり、この空中では自由に飛ぶことのできる俺が圧倒的有利だ。
大きく旋回して、相手の攻撃の狙いをずらす。クロヤは構わず闇の渦を放ってくるが、狙いを定めることは叶わず、それは俺の真横をかすめていった。俺はそのまま回り込んで、クロヤの後ろを追う形をとる。
「落とすッ!」
腰元から短刀を引き抜き、狙いを定める。翼を羽ばたかせ加速し、クロヤ目掛けて特攻の姿勢を作った。このまま追いつくと同時に、クロヤの両腕を切りつけて戦闘不能に追い込む――――!!
「俺の勝ちだぞ、クロヤッ!」
すれ違いざまにクロヤに切りかかる。この距離なら外しようもない、あとはどれだけダメージを抑えて倒すか……だが。ともかく、俺の勝利は揺るがないだろう。
そう、確信した瞬間だった。
「何が
振り下ろした短刀は、いつの間にか
「な――――」
理解が追い付かない。何をされた? 何故俺の武器があいつの手の中に? この空の上で、身動きの取れない状態でいったいどうやって……!
しかも、それだけではない。
「……! 嘘だろ……!!」
刹那、クロヤの姿が視界から消えた。いや、そんなはずはない。つい先ほどまで、あいつは俺の目の前にいたんだ。俺は一瞬たりとも目を離していない。だが、実際に目の前で起きたことを否定することもできず――――。
信じられない事象の連続に、対処しきれない。たまらず、全速力でその場を離脱する。これだけの速度で飛行すれば、あいつがどんな手を使ってきたとしても俺に追いつくことなどできないだろう。
「おい」
「……!!」
――――背後から、声がする。まさか……まさか。この一瞬で俺の背中をとったというのか?
振り返るとそこには、不敵に笑うクロヤの姿。右足を大きく振り上げ、俺を仕留めるべく狙いを定めている。
「さっきと逆だな。……落とすぜ」
振り落とされる超高速のかかと落とし……避ける暇もない。まともにそれをくらった俺は空中をきりもみしながら落下する。
体勢を立て直すこともできず、俺はそのまま地上に叩きつけられた。
「……」
戒が発ってから一時間ほど。穢威波の村で、イザベラたちはその帰りを待っていた。周囲にはトシゾウの他にも数人の一族の者が控え、彼女たちを監視している。
すなわち、この決闘に横槍を入れるな。それは彼ら一族の者に対しての言葉でもあるし、イザベラたちに対しての言葉でもあった。
「イザベラ様…? どうかなさいましたか?」
知らず険しい顔をしてしまっていたのか、ディランがそう声を掛けてきた。気遣わせてしまったな、とイザベラは少し反省する。
「え? ええ、大丈夫……」
「……」
そう言ってはみるが、ディランはまるで信じていないようだ。……まあ、彼とは随分長い付き合いになる。私が何を考えているかなんて、お見通しなんだろう――――イザベラはそう考え、すぐに先ほどの言を訂正する。
「――いいえ、あなたに隠し事は出来ないわよね。戒のことが心配なのよ、やっぱり。まさかこんなことになるなんて」
「……後悔なさっているのですか? 彼を行かせたことを」
戒が決闘を受ける、と言った時にイザベラにはそれを止めることが出来た。彼女は立場上、今は戒の上司でもある。この状況は戦闘に関しては素人に等しい部下を危険に晒すことになるし、一度首都に帰ってクレアの判断を仰ぐという選択肢もあっただろう。……だが、イザベラはこの決闘を認めた。
「戒なら勝てる、そう信じているのよ。けれど……」
「ええ、彼は人間と戦ったことがない。無論、あの鎧があればそう簡単に敗けはしないでしょう。……だが、果たして『人』相手に全力で戦うことができるか。そう、考えているのですね」
そうなのだ。そもそも戒は、フェアレーターを倒すために騎士団に入ったのであって、人と戦うのが目的ではない。心優しい戒のことだ。同じ人間を傷つけるとあっては、少なからずその心には迷いが生じるだろう。その心の隙を、あの男が見逃すだろうか?
「……大丈夫ですよ。篠塚戒の心の強さは、イザベラ様も知っているはずだ。癪ですが、相当のことがない限り彼が折れることはない。実力さえ出しきれば、あの男を従えることができるはずだ」
「ディラン……」
「それにどちらにせよ、あの男は戦わなければ協力を得られないでしょうしね」
言葉は冷たいが、ディランも戒のことを信頼しているのだ。……ああそうだ。あれだけ彼と険悪だったディランでさえ、彼の勝利を信じている。だったらこの決闘を認め彼を行かせた私が、戒のことを信じて待たねばどうする。そうイザベラは思った。
「……ふむ、つまりあなた方は、実力さえ出しきればあの男がクロヤ様に勝てると……そう言うのかね?」
イザベラたちのやりとりを、黙って聞いていたトシゾウが口を開く。
「……ええ、あなたたちの頭領がどれだけ強くとも。戒は勝つわよ、絶対に」
「大した信頼だ。やはり彼が『鎧の英雄』だからかな?」
「それもあるわ。でもそれ以上に、彼には誰かを救いたいという強い願いがある。そのためなら戒はどんな敵をも打ち破るわ。絶対にね」
そこにあるのは確固たる信頼。普通なら逃げ出すような過酷な状況に置かれても、戒は諦めず投げ出さなかった。イザベラも、そしてディランも、そんな戒の姿勢を見たからこそ言えるのだ。必ず彼は勝つ――――英雄だからとかじゃない、戒が今までしてきたヒーローとしての行動が、彼女たちをここまで信じさせていた。
「――――少し、我ら
そんなイザベラの言葉を聞いたトシゾウは、何を思ったかそんなことを言い出す。突拍子もないと思ったが、トシゾウの眼差しは真剣そのものだ。
「我ら穢威波の一族がヤマトを追われ、この地に流れ着いてから長い月日が経過した。何代も何代もこの地で苦しみながら生きながらえてきた。我らは、生まれ持ったこの異能を心底憎んでいたよ。こんな力など持って生まれなければ、自分たちはもっと普通の生活を送れただろう……とね」
迫害に苦しみ、絶望に苛まれて、ようやく憎しみぬいたこの力が一族から薄れてきたところに生まれたのが、現当主……エイハクロヤだった。
初めは皆、クロヤを忌んでいた。やっと我々は普通に近づけたと思っていたのに、再び一族の中から呪われた存在が生まれてしまったのだから。……酷い仕打ちを、つらい思いをさせてしまったと……一族の者は今でも悔いている。
だがクロヤはそんなことを気にも留めなかった。それどころか、その呪われているはずの
「やがて我らは、クロヤ様を忌む自分たちが、一族を追放したヤマトや……一族をこんな辺境の地に追いやったイデアールと同じだと気付いた。自分たちが恐ろしいと、悍ましいと思うものは受け入れない、許容できない。だから虐げる。それでは我等が恨むべき輩と一緒だと」
「…………」
「クロヤ様は言った。かつてヤマトを背負って魔物と戦った穢威波の戦士たちは、きっと国を背負えるだけの気概と覚悟を持つ勇敢な男たちだったに違いない。自分はそんな男になりたいんだと。そのためにクロヤ様は来る日も来る日も修行を続けた。我らは思ったよ。――――ああ、これこそが穢威波の男のあるべき姿なのだと。それに比べて我らは何と小さな存在であろうかと」
この異能を憎んでばかりで、偉大な先祖を誇る気持ちを忘れていた。世界を、ヤマトを守り抜いた穢威波の戦士たちのことを、クロヤは思い出させてくれたのだ。
「……今でも、ヤマトとあなた方を恨む気持ちを簡単には捨てられぬ。だが、クロヤ様がより多くの人々を守ってあなた方とともに化け物と戦う道を選ぶのであれば、我らはそれに従おう」
「戒が、あなた達の当主を破れば……ですか」
「無論。クロヤ様も言っていただろう。これはやがて、世界全てを背負う可能性のある戦いだ。であれば、その先陣を切るは最強の戦士でなくてはならない。クロヤ様はいずれこういう状況になった場合に備えて、今まで練磨を欠かさなかった。『鎧の英雄』……その称号はこの決闘の勝者にこそ相応しいと、要はそういう話なのだよ。果たしてそれだけの気概、あの少年にあるかな?」
それきり、トシゾウは再び黙り込んだ。言いたいことは言ったと、つまりはそういうことだろう。今の話に、確かにクロヤと穢威波一族のその矜持は素晴らしいとイザベラは思う。だが、こちらも気持ちは負けていない。戒の、ヒーローになって誰かを守り抜きたいという強い気持ち……それだけは、彼らの矜持にも絶対に劣っていない。
――――どちらにせよ、決闘はもうすでに始まっている。……あとはお互い信じて待つだけだ。
「はっ……はぁっ……はぁっ」
「一撃でその様か。お前、もしかして素人か? 戦い方を全然知らない動きだ。
激しく地面に打ち付けられ、朦朧とする意識の中どうにか立ち上がる。衝撃だけではない……あの闇の渦もまともに受けてしまった。そのせいなのか……鎧の表面、蹴りを喰らった箇所が
「へぇ、タフだな。俺の穢威波を喰らってそれだけで済んでるなんて、さすがは例の鎧か。防御力だけは一丁前だ」
「何……だと」
「俺が何が言いたいかわからねぇか? ああつまり、
言いながら、クロヤはゆっくりと着地した。その周囲はクロヤを守るように穢威波の闇に包まれている。
「何で飛べるのが自分だけだと思った? まさか見た目だけで相手の能力の全てを理解したつもりになってるんじゃねぇよな? 手の内を全部見せねぇから、勝負ってのは成り立つんだろうがよ。ああ甘い甘い。まったくもって考えが甘ちゃんだ。そんなんでよくあれだけの大口を叩けたもんだな、あぁ?」
……確かに、予想できなかった。まさか、あの闇が人を浮かせることもできるなんて。
唖然とした様子の俺をクロヤは鼻で笑うと、手に持っていた俺の短刀を適当に放り投げる。
「ったく、期待はずれにもほどがある。お互い世界を救う気概のある者同士、楽しい勝負ができると思ってたんだが……こんなもんかよ」
一歩、また一歩とクロヤは距離を詰めてくる。俺は鎧の力を生かして大きく後ずさる……が。何故だ、それほど間合いをとれた気がしないのは。
「――――何故お前が俺を見失ったか。教えてやろうか? 鎧の英雄さんよ」
………………また、背後から声がする。瞬間、振り向きざまに蹴りを放つが、それよりも早く俺の顔面にクロヤの鉄拳が突き刺さる。大きく吹き飛ばされた俺は、何とか受け身を取るが……これ以上打つ手がない。
「何も難しいことはねぇ。ただただ単純に、俺の方がお前より速いからだ」
つまらなそうにクロヤはそう吐き捨てる。
「お前さ、昨日言ったよな? 最後まで足掻くってよ。まさか……これで終わりじゃねぇよな」
言いながら俺に向けられるクロヤの視線。その絶対零度の眼差しを向けられるだけで、全身が凍り付いたように動かない。
嘘だ……そんなはずはねぇ……! ただ見られてるだけで、動けなくなるなんてことが――――。
「カイ・ワーナー。お前の誰かを救いたいという意気込みは本当のものだろうよ。俺にもそれぐらいはわかる。…………だが、それだけだ。お前、その目的のために何か努力したのか? 自分を磨いたか? 絶えず限界を目指し続けたか? してねぇだろうな。してたらそんな無様晒さねぇ……いや、晒せねぇ」
「…………!」
「いくら気持ちが強くても、それじゃあ何も本気だと伝わってこねぇよ。その鎧におんぶにだっこで『鎧の英雄』様か? 笑わせんのも大概にしやがれ」
クロヤの言葉に反論したい――――けど、反論できない。だって、何もかもこいつの言う通りだから。俺はこっちに来て、変身できるようになって……その力に甘えていたのか?対するクロヤのこの身のこなし……素人の俺からでもわかる、相当の修練を積んだ動きだ。……こんな俺と違って、努力の果ての成果なんだろう。だからこその自負、か。
クロヤが、構えをとる。勝負をつけるつもりだ。
「来いよ、カイ・ワーナー。まだとっておきぐらい隠してあんだろ。それを打ち破って、俺が現実を教えてやる。与えられたモノに頼りっぱなしじゃあ、為せることなんて何もないってな……!」
「くっ……」
いくら、いくらあいつが正しくても。俺のことを信じて待ってくれてるイザベラとディランがいるんだ。昨日、宣言したばかりだろう……篠塚戒。俺は彼らを裏切らず、どんなことがあっても最後まで足掻く――――ファルコンの、ように。
「う……ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びと共に翼を広げ、遥か上空まで疾駆する。この技は人間に使うような技じゃない。今まで確実にフェアレーターを倒し切ってきた技だ……さすがのクロヤも、これを受けたらひとたまりもないだろう。けど俺は負けない……負けられないんだ。
「だからクロヤ……ッ! 俺はこの技を使う。この技で……お前を倒してみせる!!」
力を貸してくれ、ファルコン――――!!
クロヤの周囲が闇黒(くろ)く染まっていく。今までよりもさらに深く……濃く。まるでクロヤ自身が彼と彼の周囲を冥府の底に引きずり堕としたかの如く、寒さと、飢えと、死が付近に蔓延していく。植物は枯れ果て、大気が浸食される。
彼が見据えるのは一点、遥か上空に舞う英雄の皮を被った一人の愚者だけだ。確実にあの男を仕留めるため――――クロヤの穢威波は最大限までその闇を解き放つ。
『追放された邪曲の理は、未だ目覚めることはない。
ゆえにひたすら、冀う。
解放を、復活を、再興を、回帰を――――』
彼は願う。始まりへの回帰を。自らのチカラの根源を。
すなわち、それは――――。
『逃れられぬ自壊の法、覆滅の波動。
是生滅法――――』
「ファルコン……ブレェェェェェェェェイクッ!!」
「
強大な力と力が、武舞台を吹き飛ばし山々を弾き飛ばす。大地は抉れ、突風が吹き荒れる。まるで山一つ丸ごと消し去ってしまうかのような衝撃。ぶつかり合う閃光と闇黒が迸る中、最後に立っていたのは……。
「そんな……」
ボロボロになってしまった武舞台。イザベラは目の前の光景が受け入れられない。だってそれは、自分が考えてもみなかった結末だったから。英雄は絶対不敗……だからこそ伝説となり、羨望の対象になるのだから。だからこんなのは何かの間違いに決まっている。
「戒……!」
そこには敗北し、倒れ伏した戒の姿。彼に託したはずの腕輪はすでにその腕にはなく、彼は酷い怪我で気を失って応えてくれない。まさか……あの鎧が、英雄の鎧が破られたとでも言うのか。
「さっさと連れて帰った方が良い。死んじまう前にな」
そう言い放ち現れたのは、同じように深く傷つきながらも堂々と勝利の笑みを浮かべて見せるクロヤだった。
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