第5話 闇夜に紛れ幻影に誘う(前)

 首都、アルメスクを出て半日ほどが経ったか。

 元の世界であれば電車一本ですぐにたどり着けるような距離だが、この世界ではそうもいかない。だがこれでも騎士団のクレアさんが手配してくれた馬車のおかげで相当に楽を出来ている。

 イザベラと一緒に険しい山道を歩いたときに比べれば、この程度大したことでもない。


「……ま、だからって不満がないわけじゃないんだけどな」


 ああ、それはなんというか……。


「その不満とは、私のことですか?」

「……別に」


 その通りだと言ってやりたいが、ここはぐっと堪えておく。これから共に任務に就く相方なんだ。どんなに気に入らない奴だとしても、ここでこれ以上揉め事を起こしたら後に響くだろう。


「まあ、あなたが私を不満に思おうが知ったことではありませんが。イザベラ様やクレア様はともかく、私はあなたを信用したわけではありませんので」

「ああーはいはいそうかよ」


 だったらいちいち話しかけてくるんじゃねぇよ……。

 正直、こんなやつがいるだろうとは予想していた。騎士団の中には俺という余所者が仲間だなんて、そう簡単に認められない者もいるんじゃないかと。まあ確かに、突然現れて団長と副団長を懐柔し取り入った怪しいやつ……に見えるかもしれない。

 けどな。


「こんの優男は……」


 ああ、気に入らない。言い方がいちいちねちっこくてしつこいんだよ。俺が認められないのはわかるし、気に入らないのもわかる。

 だからってことあるごとに騎士団とはあなたのような素人が……だとか、何故団長はこんなやつを……だとか。

 そんなことをこの閉鎖空間の中で言われ続けたら、いい加減イライラもしてくる。


 ああ全く。一体なんでこんなやつと……。




 ――――半日前。

 騎士団の一員になったとはいえ、この数日間俺の生活は極めて穏やかだった。俺のことを他国のスパイだと疑っている者もいる。当然、すぐに騎士として活動を始められるわけもなかった。

 だからイザベラやクレアさんが、俺の代わりに他の団員たちや魔導院の連中を説得してくれていたんだと思う。

 本来であれば俺が自分でやるべきことを、二人に任せっきりになってしまったのは申し訳ない。初めは俺が自分で説得すると言ったんだけど……やっぱり今は俺が表に出ていくのは危険だということで断られてしまった。

 今後功績を上げていけば、自ずと信頼も勝ち取れるだろうと。


 そんなこんなで。結局そんな不安定な立場では外を出歩くわけにもいかず、再び聖堂内にある狭い部屋で大人しくしていたのだが。


「仕事だ、起きろ」


 早朝、まだ寝ぼけまなこな俺の元にクレアさんがやってきた。どうやらとうとう、騎士になってから初の任務が舞い込んできたらしい。


「いよいよですか」

「ああ、そうだ。この任務次第で君の待遇は大いに変わるだろう、気を引き締めてかかれよ」


 無論、気を抜くつもりなど毛頭ない。俺が駆り出される任務とは即ち、人に化け人を喰らう怪物『フェアレーター』……その討伐だ。

 ヒーローを目指す者として、傷つく人々を見過ごすわけにはいかないのだから。


「詳細は私のオフィスで説明しよう。ついてこい」


 クレアさんのあとをついて騎士団長のオフィスに向かう。ここ数日行き来を重ねて、道はだいたい覚えたつもりだが……やっぱり、俺が一人で出歩くのは危険だろうか。そろそろ、この都市の色々な場所も見て回りたいとも思う。

 

 ……そういえばイザベラの姿が見えないな。歩きながらふと疑問に思い、クレアさんに尋ねた。


「イザベラはどうしたんですか?」

「何だ、あいつが気になるのか」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるクレアさん。別にそんな意味で言ったわけじゃないんだけどな。まったく、この人はすぐ人をからかって遊びたがる。この数日間で、クレアさんがどんな人物なのかだいぶ理解できて来た。

 つまり。外見は凛々しい女騎士団長だが、中身は近所のおばさんというわけ。


「違いますよ、もう。普段はイザベラが迎えに来るのに、今日はクレアさんだったからどうしてかなと思っただけで」

「何、私だと不満だというわけか? やっぱりイザベラが良いんじゃないか、ん? そりゃなぁ……この世界にやってきてから、あんな美人とずっと一緒だったらなぁ」


 ああ、ぶん殴りたい……。しかし、仮にも上司に手をあげるなんて到底許されることじゃないし。それに何となく、手をあげたとしてもへらへら笑いながら躱されそうな気がする。それはそれで癪に障るので、やっぱりここはスルーが一番か。


「…………」

「……何か言ってくれよ、私が馬鹿みたいじゃないか」


 みたいも何も馬鹿でしょう……とは、さすがに言わなかった。というか、そんなに悲しそうにされると何故か俺が悪いみたいな感じがしてくるじゃないか。


「すみません。でも、イザベラが何でクレアさんにあんな塩対応をとるのか、何となくわかってきましたよ」

「くっ、辛辣……」


 とは言いつつも、クレアさんは楽しげだ。実際俺もクレアさんとのやりとりは良い気晴らしになっていた。

 騎士団長という立場であっても、普段はこうして部下と近い目線で接してくれる。まだ俺は他の団員と話したことはないが、多分クレアさんは人望のある団長なんだろうな。


「まあ冗談はこれぐらいにしてだな。イザベラのことだが……」


 クレアさんの態度が変わったことで、さすがに不安になる。まさか、イザベラに何かあったのか?


「いや、そんなに心配しなくてもいい。少しの間この都市を離れはするが、ただの療養さ。イザベラはフェアレーターとの戦いでマナを使い果たしてしまった。再び以前のように戦うには、マナの回復が最優先なんだよ」


 魔術の仕組みは、イザベラから一度聞いていた。確か……一般的な魔術は周囲の環境、自然の中に存在するマナに呼びかけることで扱うことができる。しかし一部の騎士は先天的に体内に強力なマナを持っていて、そのマナに対応する魔術を場所に関係なく自在に扱うことができる……だったか。


「そうだ、イザベラが持つのは炎のマナ。珍しい素質を持っているよ、あいつは。

 マナとは自然の力だ。この世界に存在する炎で自然発生したものなんてなかなかないだろう。ほとんどは、我々人間が人工的に熾したものだ。だが、それではダメなんだよ」

「ダメ……とは?」

「体内に内包したマナを回復させるに最適なのは、自然発生した現象なんだ。例えば風のマナを持つ者であれば、嵐が吹き荒れる場所に行けば回復も早くなるという風にね」


 なるほど。つまりは先天的に体内にマナを持っているとは言っても、無尽蔵に魔術が使い放題になるわけではない。どちらかといえば、マナを体に貯蓄して持ち歩いているというほうが近いんだろうか。

 その場の環境に左右されずに魔術を行使できるというのは非常に強力だが、イザベラのようにマナを使い切ってしまえば回復が必要になる。RPGのMPみたいなものなんだろう。


「それで炎のマナなんて回復できる場所はこの国でも限られているから、少し遠出をしているわけ。もちろん、護衛も付けているから心配いらんさ」

「そうですか、それなら安心ですね」


 体調は良くなってきてはいたが、やはりまだ戦える状態ではなかったんだな。だがクレアさんがこう言うなら心配はいらないだろう。


「それで……だ。今回の任務の件なんだが、オフィスで話す前に断っておくことがある」


 いよいよ仕事の話か、と思えば何故かクレアさんは歯切れが悪い。何か言いづらいことでもあるんだろうか。


「知っての通り今回イザベラは不在だ。よって、君には別の者と組んでもらう。現状の君の立場では、単独でというわけにもいかないからな」

「それはまぁ……。俺もいきなり一人でというのは自信がありませんし有難いですけど。何が問題なんです?」

「いや、その君の相方なんだがね。どうにも君のことを認めていないようでな。まあまだ会ったこともないし無理もないことだとは思う。だが……な」


 そうこうしているうちに、気づけばクレアさんのオフィスの前までやってきていた。

 なんだか様子のおかしなクレアさんだが……少しだけ躊躇してからドアノブに手を掛け、


「この中に君のバディを組む男がいる。……普段はあんなにきつくないんだがねぇ……何がそんなに気に入らないんだか。気を悪くしないでくれよ」


 そう念を押してから扉を開いた。

 ……まあ、最初のうちは仕方ないだろ。信頼はこれから勝ち取っていけばいいさ。とにかく第一印象ってのは重要だ。

 向こうがどう思っていても、こっちが笑顔で気持ちよく接してればどうにかなるものさ。

 さあ、いざ御対面――――


「あなたですか、鎧の使い手というのは。……なんとも頼りにならなそうな顔つきですね……この男が本当にフェアレーターを倒したと?」


 うわ。


「団長、やはり私は単独での任務を希望します。素人を連れて歩くよりも、その方が遥かに確実でしょう」


 あ、こいつ無理。


「だから、その話は何度もしてお前も一度は納得したろう。いい加減駄々こねるのはやめてくれ。上官命令だぞー」

「だとしてもです。やはり私は納得いかない。何故こんなどこから現れたかも定かではないような危険人物を、そこまで信用できるのです? 鎧が扱えるというだけで元老院も騎士団も、好き勝手に規律を曲げすぎです。到底許容できるわけがありません」

「言ってることはもっともなんだが、元老院の連中とは一緒にされたくないなぁ……」


 開幕からあんまりな反応に絶句していると、クレアさんが気を効かせて彼のことを紹介してくれた。


「とまあこんな感じなんだ。こいつが今回君と組むディラン・フレイル。普段はイザベラの補佐をしていて、優秀なんだがどうにも頭が固い。おら、挨拶しろ命令だ」

「……どうぞよろしく。ディラン・フレイルです。忘れてもらって構いませんよ」


 非常に面倒なことになった。この優男、俺のことが気に入らないのはわかるんだが、それを一切隠そうともしていない。私はお前が嫌いです、という意思が直に伝わってくる。


「んで、こっちが篠塚戒。異世界からやってきた、鎧の使い手だ。」

「……よろしく」


 こうなれば俺からどんなに声を掛けてもすぐに打ち解けるというのは無理だ。今はとにかく何を言われても、バディを組む以上支障をきたさない程度に我慢するしかないだろう。

 そのためにはまず、任務の詳細を聞かないことに始まらない。


「それで、いったいどんな任務なんです? フェアレーターが絡んでるんですよね」

「当り前だろう。あなたはそういう条件で騎士になったと聞きましたが? まったく、そのような我が儘を……騎士を何だと思っているのですかね」


 ああーめんどくせぇ……、ただの確認だろうが。話の腰を折るなよまったく。


「そうだ。しかも、場所はここからそう遠くないカルノーンという小さな町だ。今まで一連の事件は首都から離れた地域で発生していた……が、とうとうここまでやってきたかというところだな」

「カルノーン……本当に目と鼻の先ですね。住人にはどれだけの被害が出ているんでしょう」

「十七歳の少年二人が犠牲になった。一人は行方不明、もう一人は……現場にがあったらしい。惨い話だ」


 十七歳……俺と同い年か。俺はフェアレーターと戦い、その恐ろしさを身をもって痛感した。だけど……こうして実際に、自分とそう変わらないぐらいの少年達が犠牲になったと聞くと、奴らがどれだけ危険な存在か再認識できる。

 人に化け、人の生活に溶け込み、じわじわと日常を浸食していく醜悪な怪物……。住民たちがどれだけ怯えているか、想像に難くない。


「その場にはまだ十歳になったばかりの男児も居合わせていてな、大層ショックを受けているとのことだ。名前はエイデン・フォースター。その少年らを兄のように慕い、よく一緒に遊んでいたらしい。今回も彼らと行動を共にしているところを、巻き込まれてしまったようだな」

「その男児が、今回の事件の第一発見者……というわけですか」


 そんな……つまりその男の子は、いつも一緒に遊んでくれていた少年たちを目の前で殺されたっていうのか。


「では、まずその男児から詳細に話を聞く必要がありますね。現場で何が起きたのか、怪物はどんな姿をしていたか、付近に不審な人物はいなかったか。人間に擬態しているとすれば、そこから怪物の正体を割り出せるかもしれない」

「……なっ、おい」

「……何ですか? 何か不満な点でも?」


 こいつは……さっきの話を聞いてなかったのか!?


「大ありだ! さっきクレアさんが言ってただろう、その男の子は傷ついてるんだ。目の前で兄貴を二人失ったようなもんなんだぞ?それを……」

「それが何です。まさかその男児から話を聞くなとでも? 馬鹿を言わないでください。そんな気遣いをしている余裕などない。こうしている間にも、犠牲者が増えていくかもしれないのですよ?」

「だからって、俺たちが踏み込んでいい部分とそうじゃない部分ってのがあるだろうが」


 男の子が受けた傷は、ちょっとやそっとじゃ癒えるものじゃない。赤の他人である俺たちが、その傷を抉って良いはずがないだろう。


「だったら今は、無理はさせられない。心の傷を癒してやるのが優先だ。それがヒーローの使命だろ」

「ヒーロー……?」


 俺の話を聞いてディランは一瞬呆気に取られていたが、やがて……。


「ふ、あははははははははは! ヒーロー? ヒーローだって!?」


 俺のことを思いっきり馬鹿にしながら大笑いし始めた。


「聞きましたか? 団長、ヒーローですってよ!!」

「な……何がそんなにおかしいんだよ!?」


 こいつはそれからひとしきり笑い倒した挙句、俺のことを憐みの目で見てきやがる。


「いや、すまない……ここまでの馬鹿だとは思わなかったものでね。まさか周りに英雄の再来だなんだといわれるうちに、すっかりその気になってしまったのですか?」

「なっ……」

「良いですか、あなたはすでに立場上は騎士なのですよ。綺麗ごとだけで騎士の仕事は務まらない。中途半端な優しさは、新たな犠牲者を生みます」


 ……言いたいことはわかるさ。でも、調査する方法なら他にもいくらだってあるだろう。何でわざわざ被害者を傷つけるような真似をするんだよ。

 まずは傷ついた人々に手を差し伸べる。それがヒーローのやり方だ。


「……最後に関してはディランの言う通りだと思うぞ、戒。敵もいつまでも待ってはくれない。すぐに第二、第三の事件が起きるだろう。そうなってからでは遅いんだ。被害者をこれ以上傷つけたくない君の気持ちもわかるが、今は何を優先すべきか理解してくれ」

「…………」


 クレアさんにそう諭されても、どうしても納得できない自分がいる。言っていることは正しくても、やはりそれは被害者の気持ちを無視しているようで気持ちが悪い。

 ディランの言う騎士の在り方ってやつは、俺が目指している姿ファルコンとは違うからこそ認められない。


「わかったでしょう、団長。この男では騎士は務まらない。安っぽい正義感が邪魔をして、今この瞬間何が重要かを理解できていない。やはり私が一人で……」

「いーや駄目だ。お前には戒と共に行ってもらう」

「何故です!?」


 ……ああ、俺にもわからない。ここまでの流れを見るに、俺とこいつの相性は最悪だ。とてもじゃないがバディなんか組めるわけがない。それこそ、まともに任務がこなせず新たな犠牲者が出るだけだろう。


「ここまでのやりとりで良くわかった。お前らはお互いの外面しか見ていない。それにディラン、私は戒がすべて間違っているとは言っていないぞ。頭ごなしに否定しないで、まずはそれを理解しろ」

「なっ……」

「戒も。そもそも君たちは互いの何を知っているという? 君は騎士としてこいつから学べることが山ほどあるはずだ。それだけは私が保証する」

「それは……まぁ」


 確かに。俺は既にこいつのことがどうしようもなく嫌いだが、それがこいつの実力を否定することとイコールにはならない。俺はまだ実際にこいつの仕事ぶりを見ていないのだから。

 たったこれだけのやりとりで相手の価値全てを決めつけてしまっては、それこそ同じ穴の狢ってやつだ。


「ほら、わかったらとっとと準備しろ。さっき自分たちで言っていただろうが、こうしている間にも犠牲者が増えていくかもしれないんだろ。この任務を終えてそれでもバディに納得できないというならば、そのときは考えるくらいはしてやる」


 さあさあとクレアさんに背中を押され、俺たちはオフィスから強制退室させられた。

 もうこれ以上の不満は許さんと、有無を言わせない勢いに抵抗する暇もなかった。

 ああ、こうなればもう仕方ない。


「…………」

「…………」


 ……こうして俺たちは、仲良く怪物退治の任に就いたというわけだ。




 ガタッ……と、一際大きく馬車が揺れた。少しうとうとしているうちにだいぶ時間が経ったようだ。ここで止まる……ということは、どうやら到着したらしい。


「ほら、到着したようですよ。さっさと起きなさい」

「起きてるっての。いちいちうるせーなもう」

「ああ、そうですか。申し訳ない、これから怪物と戦うというときに居眠りをするような男はどうも信用できないものでしてね」


 ………………本当にこいつから学べることなんてあるのか?

 甚だ疑問ではあるが、それも含めてまずは行動しないことには始まらない。

 馬車を降りると、この町の住人らしき人たちが数名近づいてきた。どうやら俺たちが到着するのを待っていたらしい。

 軽く会釈をすると、一人の女性が前に出てきた。どうやら、この人が事情を説明してくれるらしい。


「ようこそお越しくださいました。このカルノーンの町長をしております、エミリー・アンバーです」

「イデアール魔術騎士団、ディラン・フレイルです。こちらは同じく騎士団所属、カイ・ワーナー」


 ……おい、ちょっと待て。いったいいつ俺は改名したっていうんだ。

 小声でディランを問い詰める。


「何なんだそのカイ・ワーナーってのは。俺はそんな名前じゃないぞ」

「団長があなたに用意してくれた名前ですよ。まさか異世界人をそのまま騎士団に入れるわけにもいかないでしょう。今後あなたはこの名で活動していくことになるそうですから、早めに慣れた方が良い」

「いや、完全に初耳なんだが。そういうのもっと早く教えてくれよ」

「それはあなたが寝ていたからでしょう。ああもう、良いから黙っていてください」


 そう言われるとぐうの音もでない。これ以上話を中断させるわけにもいかないし、後は帰ってからクレアさんに聞くとしよう。


「あの、不躾な質問で申し訳ありません。その……ワーナーさんは……」

「ああ、彼は遥か昔ヤマトから来たという移民の末裔でしてね。多少容姿が我々と異なるのは仕方ないことです。お気になさらず」


 ……俺の知らないところで次々と新しい設定が作られているみたいだな。

 いったい俺は何者なんだよ。これじゃ下手に口を開けないじゃないか。


「そうでしたか……。無礼をお許しください」

「ああ、いえ……大丈夫ですよ。気にしないでください」


 何だ、町長随分と腰が低いな。騎士団ってのは俺の想像以上に身分が高い組織だったのか。


「それで、今回の事件について詳しく話をお聞かせ願いたいのですが……。まずは事件の場に居合わせたという……」

「フォースター家の一人息子ですね。相当にショックを受けたようで、学校にも行かず家に閉じこもってしまっているようですが……」

「その子に会わせてください。事態は一刻を争います。新たな犠牲者が出る前に」


 ディランの勢いに町長は少し面食らっていたが、これからそのフォースター家に案内してくれるらしい。ディランのやつ、やっぱりその子から無理にでも情報を引き出すつもりなんだな。

 ……ああ、俺だってまずは当事者に話を聞かなきゃならないことぐらいわかってるさ。

 でもよ。


「おいディラン、あんまりその子を刺激するなよ」

「……まだあなたはそんなことを。今は一刻を争うと言ったでしょう」

「わかってるさ、唯一の情報源なんだからな。だけど、たとえそうだとしても、その子にこれ以上無理させるのはどう考えても間違っているだろ」

「そんなに英雄ごっこがしたいなら余所でやりなさい。犠牲が出てからでは遅い。多少強引にでも情報を引き出さなければ、この国を守る騎士としての役目は果たせない」


 もうこれ以上話すことはないと、ディランは俺を置いてさっさと先に行ってしまった。

 やっぱりこいつと一緒に任務なんて無理だ。考え方が正反対すぎる。


「……とにかく、あいつがやりすぎそうになったら俺が止めないとな」


 俺が騎士団に入ったのは、誰かを守って戦う……そんなヒーローになるためだ。子供の頃から憧れ続けたヒーローは、どんなときでも弱い者を見捨てなかった。

 だったら俺も、その姿に倣うまでだ。




 町の北側にある路地の奥。そこにある小さな一軒家が、フォースター一家が住む場所だった。


「あれ以来……目も虚ろで、食べ物もろくに食べていないんです。どんどん痩せてしまって……」

「ジャックとダニエルは、あの子……エイデンを本当の弟のように可愛がってくれていた。それなのに……」


 疲れ果てた様子で俺たちに事情を説明してくれるフォースター夫妻は、見ていて痛々しかった。二人とも、子供のことを心から心配しているんだ。

 親は、悲しませるものじゃないよな。俺の両親もそうだった。このフォースター夫妻も……親ってやつはきっとこうして、子供のことで苦しんでしまうものなんだから。

 ……今の俺は最低の親不孝者だろうけど。


「そのエイデン君は今どちらに?」

「……自分の部屋にいるでしょう。二階です。どうか、あまりあの子を傷つけないでください」

「善処します」


 ……ほんとかよ。ディランのやつ、強引にでも情報を引き出すって言ってた癖に。おそらくそのエイデンに会うために言ったんだろうが……性根が捻じ曲がってるなまじで。

 俺たち二人は階段を上り、エイデンの部屋に向かった。


「失礼、イデアール魔術騎士団の者です。エイデン君、少し良いかな?」

「…………どうぞ」


 部屋の扉をノックし呼びかけると、中から弱々しい声が返ってきた。

 ……こりゃ相当重症だな。


「失礼します」


 ディランと共に部屋の中に入ると、部屋の隅で震えながら縮こまっている幼い男の子がいた。顔は青白く、やせ細っていて、一目で弱りきっているとわかる。

 彼がエイデンか……。


「始めましてエイデン君。私は騎士のディラン。彼はカイ、同じく騎士だ」

「よろしく、エイデン」

「…………」


 エイデンは怯えていた。俺たち二人にじゃない、怪物にだ。今この場にフェアレーターはいなくとも、彼はいまだに事件の起きた日から抜け出せていないんだろう。

 ……これでは話を聞くどころではない。


「…………ディラン」

「私が話します。あなたは黙っていてください」


 制止しようとした俺を邪魔だとばかりに押しのけて、ディランはエイデンの前に立った。


「エイデン君。単刀直入に聞きますが、あの日……あなたは何を見たのです? あなたが一緒にいたという二人の少年は、いったい何者に殺されたのですか」

「……っ」


 ……善処なんかしてないじゃないか! こいつはやっぱりこの子のことをなんとも思っていないんだ。情報を得ることだけに躍起になって……。


「どうなのです、エイデン君」

「おい……!」


 あまりに強引な聞き方に我慢できなくなった。こいつを今すぐぶん殴って……!


「……よく、覚えていないんだ。ものすごい音がして……気づいたら、ジャックがいなくて、ダニエルが……ダニエルが……!!」

「…………」


 エイデンの叫びに、俺は手を止める他なかった。この子は必死に俺たちに情報を伝えようとしてくれている。今もなお、あの日のことが恐ろしくて仕方ないというのに。


「お願い……! 二人の仇を討って……」

「エイデン……。大丈夫だ、俺たちが必ず怪物を倒す。約束する!」

「……そのためには情報が必要です。他には何かありませんか? その日、事件が起きるまでの間何があったのです」


 そしてエイデンは、事件が起きるまでのその日の出来事を詳細に語ってくれた。

 

 その日は休日で、朝からいつものように集まった三人。犠牲になった少年の一人ジャックが、町の外れにある廃墟を探検しようと言い出した。

 その廃墟はとある富豪が持っていた屋敷で、夜になると幽霊が出ると噂になっている。

 エイデンは怖くて反対したが、ダニエルは乗り気になって、結局廃墟の探検に行くことになったらしい。夜まで廃墟を使ってかくれんぼや鬼ごっこなどをして遊んでいた三人だが、辺りが暗くなってくるとダニエルの様子が何やらおかしい。

 何かに誘われるように屋敷の中に入ってしまい、どれだけ呼んでも返事はなかった。エイデンとジャックは大人を呼んでくるか悩んだが、本当に幽霊の仕業なら手遅れになると思い、屋敷の中を探すことにしたという。

 そして……。


「気づいたら……ジャックもいなくなってて……そして……それからっ……」

「ものすごい音がしたと思ったら、ダニエルが怪物に……か」

「…………うん」

「……そうか、ありがとうな。話してくれて」


 エイデンは恐ろしさのあまり涙を流していた。よほどつらかったんだろう。それでも彼は俺たちのために話してくれた。だったら……エイデンのためにも、二人の少年のためにも、俺たちは負けるわけにはいかない。


「怪物の姿は、見ていませんか?」

「暗くて……よく見えなかった……急いで逃げてきたから周りも良く見てなかったし」

「…………そうですか」


 無理もない……。それだけのことがあったんだ。記憶が混濁していてもおかしくないだろう。


「わかりました、協力感謝します。……行きましょう、カイ」

「ああ……」


 そうして俺たちはフォースター家を後にした。外に出ると辺りは既に暗くなっていて、随分と長い間話し込んでいたんだとわかる。

 まずは情報を整理しつつ、これからの方針を決める必要があるな。もっとも、こいつが足並みを揃えてくれればの話だが。


「……どう思います。あのエイデン君の話」


 ……とか思ってたら、驚いたことにディランのほうから意見を求めてきた。


「どうって……あれだけじゃ何とも。とにかく、その廃墟とやらを調べてみるしかないんじゃないか?」

 

 ……と、思ったことを正直に言うと……何だその小馬鹿にした笑みは。


「……何だよ、何が言いたいんだ」

「いえ、あれだけの話を聞いて何も推測できていないとは……やはりただの馬鹿のようですね」

「はぁっ!?」


 こいつ……少しは協力する気になったのかと思ったら。何を言い出すかと思えばただの馬鹿だと……? いや、馬鹿であることは認めるけどさ。だからってあんまりにも理不尽じゃないか。


「だったら、お前は何がわかったってんだよ。まずそれを教えろ」

「いえ、お断りします。どちらにせよフェアレーターを見つければはっきりする。まずはあなたの言う通り廃墟に向かいましょう」


 ……何も教える気はないってか。こいつの物言いは気に入らない、だが廃墟に向かうべきというのは同意見だ。何に気づいたか知らないが、怪物を倒してしまえばそれで終わりだろ。とにかく、エイデンのためにもさっさとケリをつけるだけだ。




 エイデンの話していた廃墟はすぐに見つかった。なるほど、いかにも幽霊なんかが出そうな雰囲気を漂わせている。庭には雑草が生い茂り、屋敷の壁にはところどころひび割れが入っていた。もう何年も手入れがされていないのだろう。

 町の子供たちが怖いもの見たさで近づいてもおかしくはない。肝試しをするにはもってこいの場所だ。ここにフェアレーターが潜んでいるのなら、早急に倒す必要があるだろう。


「……どうやら、ここで間違いないらしいな」


 俺は戦いに関してはど素人だが……それでもわかる。この空間を覆う悍ましい殺意の奔流……ここで、エイデンの慕っていた二人の少年が命を落としたんだ。


「ええ、確かにそのようだ。怪物はここにいる」


 ディランにもわかるのだろう。ここからは慎重に行動しなければならない。

 なにせ敵は人に化け、人と同等の知能を持つ化け物だ。油断すれば一瞬で腹の中……エイデンのためにも、俺たちは負けられないんだから。


「で、どうする? 手分けして探すか?」

「敵の姿が見えない以上、今分散するのは危険だとだけ言っておきます。まあ、あなたがどうなろうが知ったことではないので……どうしてもというなら止めはしませんが」

「……そーかよ」


 まったくこんなときでさえ敵対心バリバリ出してくるな。俺とは少しも協力する気はないってか。


「……けど」


 だがまあ確かに、ディランの言う通り今二手に分かれるのは危険だろう。

 素人の俺が下手に単独で動いても上手くやれるとは言い切れない。今は大人しく従っておくことにするか。


 ――――――と、そのとき。


「きゃああああああああっ!」


 !?…………今の悲鳴は? 屋敷の中から聞こえてきたが……。


「おい、ディラン!」

「ええ、おそらくフェアレーターの仕業でしょう……!」

「……っ、助けに行くぞ!!」


 俺の目の前で誰も犠牲になんかさせはしない。俺はそのために、ヒーローになるために……この世界で騎士になると決めたんだ。

 初任務でつまづいているようじゃ、これから先が思いやられるってもんだろ。

 



 屋敷の中はそんなに広くはない。悲鳴のした方向に向かってとにかく走る。

 まだ間に合うはずだ、まだ…………!!

 ――――そして。 


「……この部屋ですね」


 ディランの言う通り、この部屋から殺気を感じる。間違いない……フェアレーターはここにいる。


「……行くぞ」


 扉を蹴破り、一気に部屋の中へ駆け込んだ。

 そこには以前出会った怪物と瓜二つの異形と、今にもその餌食になりそうな女性の姿。


「このっ……やめろ!!」


 敵がこちらに気づく前に、背後から思い切り蹴りつける。

 ……しかし。渾身の力を込めた一撃だったのだが、怪物はびくともしていない。

 振り向きざまに振るわれた反撃を、身をそらし辛うじて避ける。


「っ……くそ……相変わらず化け物じみてやがる……!」

「化け物じみているというか、化け物でしょう。だがまあ、素人にしては上出来です。おかげで奴の注意はこちらに向いた」


 ディランの言う通り、フェアレーターは捕食しようとしていた女性から手を放し、俺たちの方に向き直っていた。

 どうやら女性は恐怖のあまり気絶してしまったようだ。すぐにも助け出したいが、敵がすぐ側にいるせいでそうもいかない。


「……何だ、お前たちは」


 低く、威圧するように怪物は問うてくる。


「私たちはイデアール魔術騎士団の者です。あなたがこの町を襲っているフェアレーター……で、間違いありませんね?」

「だったらどうするってんだ?」

「愚問です。今ここであなたを排除するのみ」


 ディランの返答に怪物は嘆息すると、あきれた口調で尋ねてきた。


「お前たち、それ本気で言っているのか?」

「……何ですって?」

「だから、お前たちは本気で俺に勝てると思っているのかって言ってんだよ。ただでさえ気が滅入ってるんだ。無用な殺しは避けたい、とっとと帰っとけ」


 何だって?

 こいつは、俺たちを襲わないって言ってるのか?前に出会ったフェアレーターは、目に映る人間すべてを嬉々として殺しにかかっていた。それこそ狂ったように、ただひたすらに餌を求めて。

 だがこいつは……前のやつとはまるで違う。殺しを避けたいだなんて……こんな怪物から出る言葉だとは到底信じられない。


「勝てる勝てないは問題ではありません。民を脅かす者がいるならそれを排除する……それが、騎士の使命です。それとも、我々が退けばあなたはその女性を開放するのですか?」

「はっ、冗談抜かせ。こいつは俺の今日の晩餐だ。誰にも邪魔はさせないし、させるつもりもねぇよ。生きていくためには食べなきゃいけないんだ……それは、お前らも一緒だろ?」


 ふざけやがって……こんな怪物と一緒にされてたまるか。

 俺は鎧を装着しようと腕輪に手をかざし、意識を集中するが……。


「待ちなさい、この怪物は私が始末する。素人は引っ込んでいてください」

「なっ……!!」


 こいつ……まだそんなくだらねぇことにこだわってんのか!

 人の命がかかってるんだぞ!?


「私が始末すると言った。騎士とはどういうものであるか、私が見せて差し上げます」

「……!」


 ……そこまで言うなら勝手にしやがれ。フェアレーターがどれだけ恐ろしい奴らなのか知らないくせに。

 俺は何があっても絶対助けてやらないからな。


 ディランが剣を構え、対する怪物は気だるげに向き合う。


「……はぁ。どうしてもやるのか?」

「ええ。魔術騎士団の実力が英雄気取りなどに劣るわけがないのだと、証明しなくてはなりませんから」

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