第4話 騎士の宣誓

 見渡す限り生い茂るすすき野原。


 金色に輝き風に揺られるその姿は、どこか幻想的な様相を醸し出していた。





 風の吹くたびにざあざあと心地よい音を立てている。それにただ耳を澄ましているだけで、仕事で疲れた果てた心が癒されていくようだ。


 俺はこの風景が好きで、毎日仕事が終わるとこうして散歩に出かける。


 大抵はこうして日が沈んでからになってしまうが、この野原は家からも近いしも黙認してくれるんだ。





「……」





 ここらで一息つこうと歩みを止めて、その場に腰を下ろした。


 周囲はとても静かで、こんな風に月明かりに照らされてぼうとしていると……なんだか眠くなってくる。


 ……まぁ、少しくらいここで休んでいくのも悪くないかもしれない。





「――――――!」





 遠くから俺を呼ぶ声がする。どうやら、今夜は少し長居しすぎたみたいだな。


 さすがのあいつも痺れを切らして探しに来たようだ。





「おう、ここだここ」





 過保護な彼女に苦笑しながら、自分の居場所を知らせるために大きく手を振る。


 ……説得するのは骨が折れそうだが、今夜はもう少しだけ……あいつとここで月を眺めていたいと思う。











「…………なんだ今の」





 これ以上ないくらいに寝心地の悪い床の上で、俺は目を覚ました。


 背中が痛い。言っておくが、俺は自分のベッドの上かつ普段愛用している枕がないとまともに寝ることができないくらい寝つきが悪い。


 そんな俺がこんなところに押し込まれてはや三日。そろそろ我慢の限界である。





「だからあんなわけのわからん夢を見るんだよ」





 どこかロマンチックな夢だったが、生憎俺は都会生まれ都会育ちなのですすき野原とは縁がない。


 更に言うと、俺に彼女はいない。寂しい独り身である。


 よって、あんなデレデレできる状況には一度もお目にかかったことはない。


 ……悲しくなんかないからな。





「これは心労だ。ストレスが溜まっていると寝つきが悪くなるし」





 ああそうだ。全てはこんな狭くて何にもない部屋に俺を閉じ込めやがった連中が悪い。








 ここは魔術聖域イデアールの首都、アルメスク……らしい。


 首都というだけあって立ち並ぶ建物はどれも凄まじく大きく、一歩足を踏み入れた瞬間に圧倒されたものだ。二日寝ずに山道を歩き続けた疲れも吹っ飛ぶほどに。


 異世界に飛ばされるなんて洒落にならない状況だというのに、正直言って興奮してしまったんだ。現実で見ることは到底叶わない、まるでフィクションの中に入り込んだような錯覚に陥って。


 しかしそんな感動を味わえたのもほんの一瞬。イザベラに連れられて騎士団本部の聖堂とやらに向かったのだが、自分でも何が何やらわからないうちにこの独房みたいな空間にぶち込まれた。





「さすがに何か説明があってもいいだろ……」





 そりゃこの世界の人々からすれば俺は普通じゃない異端者だ。ともすればこの待遇もまあありえるかと、最初のうちは楽観的に考えていたのだが。


 まさか三日も本当に何も音沙汰なくただ放置されるとは思わなかったもので。





「うーむ……なんとかこっそり抜け出せないものか」





 一つしかない扉は厳重に鍵がかかっていて、外には見張りもいる。窓は小さくて腕が通るぐらいしかない。


 正直、その気になれば簡単に抜け出せるんだが。……まあこっそりとはいかないが、派手に壁をぶっ壊して脱走……てことなら可能だろう。首都に向かう最中の二日のうちに色々試して、ファルコンの鎧を自在に装着できるようになったからな。


 あの鎧は自分でもびっくりするほどテレビで見るファルコンそのものだった。翼を出せば空を飛べるし、身体能力も向上して。鎧を装着するだけで、俺の体は自分のものじゃないみたいに強くなるんだ。





「…………でもな」





 鎧の力に任せてここから脱出するのは多分得策じゃない。現状、この世界で俺の味方はイザベラただ一人。今俺がここで暴れれば、俺を連れ込んだイザベラが罪に問われてしまうだろう。そうなればもう俺は独りだ。当然の話、脱走犯として追われるだろうし。


 ……それに。彼女にはここまで面倒を見てもらったのだから、恩を仇で返すような真似だけは避けたかった。





「つまり待つしかないわけだ」





 という感じでこの三日間思考が堂々巡り。結果、自然と独り言が多くなってしまったじゃないか。……もういい加減誰か来いよ。この際それが良いやつでも悪いやつでも構わないからさ。





 ……と、その瞬間。


 ――――――――ガチャリ。





「!!」





 まさか、本当に来た!? 今、確かに鍵を開く音が聞こえたぞ。


 いや、さっきはああ言ったけどでも実はやっぱり悪いやつは来ないでくれとか思ったり……





「いやー、ごめんごめん。だいぶ待たせちゃったわね」


「…………なんだイザベラか」


「……なんだか不服そうね。私はてっきり不安で押しつぶされそうになってると思ってたんだけど」





 まあ確かに初めはそうだったんだけどさ。三日も一人で放置されて、こっちに飛ばされてから混乱してた頭の整理もついたというか。こういう状況に段々慣れてきたんだよな、うん。もう少しとんでもない事件的なものが起きるかと。





「その反応何か釈然としないけど……まあ良かった。どうやら少しは落ち着いたみたいね」


「……もしかしてそのために三日も?」


「まさか。ちょっと上と話をね……」





 そりゃそうだよな。俺の方はだいぶ休めたんだが、イザベラはどうやらあれからも大変だったらしい。というか、目が虚ろだぞ。


 おそらくイザベラが首都に入る前から危惧していたことについて、根掘り葉掘り聞かれていたんだろう。怪物との戦闘で部下二人を失ったこと、それから模造品の筈である父の形見が本物であったこと。……そして何より、俺が鎧を装着できてしまったこと。


 聞かないで、と目で訴えてくるイザベラ。……まあ、それなら別の話題だな。





「……で、ぶっちゃけ俺はこれからどうなるんだよ?」





 別の話題といっても、これしかないわけだが。……まさか、処刑されるとか実験材料にされるとかないよな?





「それをこれから話し合うために、あなたを迎えに来たの。まずは私の上司に会ってもらうわ」





 話し合う……ってことは、俺の命が今すぐどうこうされるってことはなさそうだな。ひとまず安心だ。


 それに副団長であるイザベラの上司ってことは、騎士団の団長ってことだろう。それだけの地位にいるものであれば、俺の身に起きたことについての情報も何か知っているかもしれない。





「行くわよ。ついてきて」





 そうしてイザベラに促され部屋を出た。


 さて……いったいどんな話を聞かされるのやら。











 三日間を過ごした独房を出てしばらく経った。何度か階段を上り下りし、いくつかの警備を抜けて、周りの雰囲気が変わってきた。


 どこか趣がある、というか。派手ではないが高級そうな装飾が廊下を彩っていて、そこを歩く人々も気品があって落ち着いた様子だ。殺風景だった独房との温度差が激しくて、なんだか居心地が悪い。





「落ち着かなそうね」





 にやにやと嫌な笑みを浮かべ、からかうようにイザベラが話しかけてくる。





「仕方ないだろ……生まれてこの方こんな上品な空間に入ったことがないんだよ。悪いか」


「大丈夫、すぐ慣れるわ」





 くすくすと楽しそうに笑うイザベラ。少しむっとしたが、まあいいかと思い直す。


 イザベラもこの三日間しんどかったろうし、こんなことで楽しんでもらえるならその方がいいだろう。


 それからまたもうしばらく歩いて、





「着いたわ、ここよ」


「……やっとか、待ちくたびれたぞ」





 ……と、軽口を叩きながら目の前の扉を開けようとしたが。





「……ん?」





 一瞬何か、寒気のようなものを感じたような……。


 気のせいだとは思うが、何故かそうだと言いきれない気もする。いや、少なくともここは安全な筈だ。だから今この場で寒気を感じることなんて無いはずなのに……。





「なぁ、イザベラ……」


「行くわよー」





 あいつ……。人の話を聞かないでさっさと中に入りやがった。





「仕方ない……か」





 いつまでも扉の前で立ち止まってもいられない。言い知れぬ不安を振り払って、俺は部屋の中に踏み込んだ。











「おー、君が英雄君か。……何だ、ひょろひょろじゃないか。ちゃんと飯食ってるか?見たところ育ち盛りなんだから、たくさん食わなきゃ丈夫になれんぞ、ん?」





 …………………………。





「なあ、イザベラ」


「……言わないで。この人が正真正銘私の上司で、イデアール魔術騎士団団長よ」





 まじかよ。ほんとに大丈夫なのかこの国。このねーちゃん、自分の机の上に足乗っけてっけど。しかも裸足。


 それに部外者の俺から見ても結構重要そうな書類がその下敷きになってるんだけども。


 その近くには食べかけの菓子の入った皿、飲みかけのお茶の入ったカップ。床にも脱ぎ捨てられた靴下や上着が。ああ他にも色々……なんか、まさに絵にかいたようなダメ人間というか……





「……む、何か謂れのない侮辱を受けている気がする。失礼だぞ、初対面の女性にその表情は」


「団長、それは謂れのない侮辱ではありません。ご自身の格好をよくご覧ください」


「ん、何か変か?……もしかして、寝ぐせついてる?鏡見てないわそういえば」





 ああ、イザベラが頭抱えちまった。この様子だと、普段から相当苦労してるんだろうな。


 ……とにかく、いつまでも呆気にとられてもいられない。話を進めなければ。こういうときはまず自己紹介……だろうな。





「あの、初めまして。俺……篠塚戒って言います」


「ああ、イザベラから聞いているよ。クレア・アシュトンだ、よろしく。三日もあんな狭い部屋で待たせてしまってすまなかったな」





 手を差し出すと、クレアさんは崩していた姿勢を正して、快く握手に応じてくれた。


 ……何だ、意外とまともな人なのかもしれないな。





「団長はこのイデアール最強の女騎士なのよ。普段はこんな残念な感じだけれど」


「いやー、上司に向かって残念はないんじゃないかね?イザベラ」


「黙っててください」





 何というか、二人のやりとりは見ていて自然だ。俺と一緒にこの首都に向かってる最中のイザベラは、どこか気を張りつめている様子だった。やはり部下を失ったことや、突然俺みたいなやつの面倒を見なければならなくなったことに少なからず不安を感じていたんだろう。


 今のイザベラにそのような気負いは一切感じられず、とてもリラックスした様子だ。


 まるで仲の良い姉妹を見ているようで、微笑ましくなる。





「……む、何をニヤニヤしているんだ? 少年」


「ああいや、仲が良いんだなと思いまして。まるで姉妹みたいだ」


「ほう?ほうほうほう」





 素直に思ったことを伝えると、クレアさんは目を丸くして驚いていた。





「確かに私たちは騎士として信頼で結ばれていると思うが……姉妹とはな。どう思う、イザベラ」


「何を馬鹿な事言ってるんです。あなたみたいな姉がいるものですか。私の姉なら、もっとしゃんとしているはずですよ」


「えー」





 イザベラは否定しているが、クレアさんはまんざらでもなさそうだ。いやもしかしたら、実はイザベラもそんなに悪い気はしてないんじゃないかな。


 ……それにしても。 





「ここ数日ずっと落ち着かなかったから、こういうやりとりを見るとなんだか安心するな」


「……そうか、君は異世界からやってきたんだったな。まだこの世界には慣れないだろう。本当はゆっくり休ませてやりたいんだが、事情が事情だ。今しばし辛抱してくれ」





 今度は俺が驚く番だ。異世界からやってきたということはイザベラが伝えているだろうとは思っていたが、まさかこうまですんなり信用されるとは。





「疑わないんですね、俺の事。異世界から来たなんて」


「ん?ああ、まあ英雄っていう前例もあるわけだしな。……それに大事な部下を救ってくれた恩人なんだ。疑うなんて失礼だろう」





 ……この人、もしかしなくてもめっちゃいい人なんじゃないか?





「職業柄色んなタイプの人間を見ているものでね。犯罪者だの、他国のスパイだの……そういう人種なら一目見ればだいたいわかるんだよ。こいつは信用ならんってね。


 でも君は違うんだな。要するに、良い奴だと思った。それだけだよ」





 一目見ただけでそこまで言い切れるなんて……。普通なら不用心すぎないかと思うところだけど、クレアさんの言葉は何故か信じられた。


 この人は心の底から俺を案じてくれているんだ。





「……まあ、この目で直接見るまではそうもいかなかったがね。場合によっては問答無用でぶち殺すつもりだった」


「んなっ……!?」





 おいおい、ちょっと洒落にならんこと言ってるぞこの人?





「そう心配するなよ、今はもうそんな気はないさ。だが私にも組織を預かる者としての責任がある。……それに、あれは上からの指示が悪い。なあイザベラ」


「……ええ、そうですね。元老院は何を考えているのか……」





 何だ何だ。話から完全に置いてけぼりにされてるぞ。


 二人は何やら神妙な顔つきだが、俺には事情がさっぱりでわけがわからない。





「えーっと。結局、俺は何故そんなに警戒されていたんでしょうか」


「何、簡単な話だよ。……その前に、君を疑うわけではないんだがね。一応確認させて欲しい。君は本当に、『鎧』を扱えるのか?」





 まあ、当然の話か。イザベラからの話だけで、すんなりと納得できるようなことではないんだろう。


 ましてこの世界では、『鎧の英雄』は伝説になっているらしいし。





「ええ、まあ……。自分でも信じられないんですけど」


「今、ここで見せてもらえないか」





 クレアさんは真剣な眼差しで頼んでくる。俺が『鎧』を扱えるかどうかが、そんなに重要なんだろうか。


 まあ断る理由もないし。





「良いですよ」





 言って、右腕に嵌められた腕輪に精神を集中する。試行錯誤した結果、鎧の装着には自分の意思の強さが重要だということがわかった。


 誰かを守りたいとか、人々を傷つける怪物を許せないとか。そんな戦う力を欲する意思の力が腕輪から流れ出し、不可視のエネルギーとなって俺の体を包み込む。


 そしてもう一つ。





「ファルコン……」





 俺の夢の根源、天空騎士ファルコンへの憧れ。幼少より憧憬を抱いてきたヒーローの姿は、実物を見たことがなくとも寸分違わず思い描ける。


 俺のイメージに呼応して、揺らめく不可視の波動がファルコンの姿を形作っていく。





「装着」





 そして、俺は『鎧』を纏った。


 その光景に、何故かイザベラが得意げな表情を浮かべてクレアさんを見る。


 対するクレアさんはしばらくの間瞠目していたが。





「……なるほど、確かにこれを目にすれば納得もする。イザベラが英雄だ英雄だと騒ぎ立てるのも頷けるな」


「ちょっと団長!」





 クレアさんが呟くと、イザベラは顔を赤らめて抗議した。


 お前そんなことしてたのかよこの三日間……。





「その鎧、着脱は自在なのか?」


「ええ、まあ……。言葉にしづらいんですけど、俺のイメージをそのまま鎧にしてるって感じなんで。もうやめようって思えば……」





 瞬間、鎧は形を失い、再び不可視の波動となって腕輪に還っていった。





「……ふむ。便利なものだな」





 自分でもそう思う。あんな力を秘めている鎧だというのに、持ち運ぶ必要もなく俺の意思次第で着脱自在なんて。


 便利どころかご都合主義もいいところだって感じだけど。





「いや、ありがとう。無理を言ってすまないな。だがこれで……」





 いよいよ本題に入れる、と。クレアさんがイザベラに何やら指示すると、俺の目の前にいくつかの書類が出てきた。





「これは……?」


「我がイデアール魔術騎士団への入団許可証だ。本来はいくつかの厳しい審査を突破した者しか受け取れないものだが……。サインしてくれ」





 何だって?





「それは、俺がこの許可証に……ですか?」


「ああ、そうだ。もっとも、君が拒否するというなら私は止めないがね」





 いや、拒否するしないじゃなくて。話が飛躍しすぎててついていけないんだが。





「団長、今日は言うことしっかり言って少しかっこいいと思っていたのに。また面倒くさがり出しましたね。ちゃんと説明してください。戒、途方に暮れてるじゃないですか」


「ええ……いやもう話終わったようなもんじゃない。……ああ、わかったわかった。もう少しちゃんと説明するから」





 ……うん、俺もイザベラと同じ意見だ。少し尊敬し始めていたときにこれだ。この人、やっぱり根本的に面倒くさがりのダメ人間なんだろうな。





「まず、事の経緯を説明するとだ。イザベラと君が帰ってきて……まあ君はすぐあの部屋に入れられたから知らないだろうが。我が国の国政を担っている魔導院で、今回の件について話し合う場があった」


「もちろん、私も参加したわ。あなたのことや部下の事を説明しなきゃいけなかったし」





 なるほど、大方予想通りだ。イザベラだけじゃなく他の誰も俺の前に顔を出さなかったのは、まだ俺やイザベラの処遇が決まってなかったからだろう。





「魔導院は私たち騎士団と、民間から選抜された議員で構成されているんだが……。結論から言って、イザベラについては特に処分は無かった。部下二人を失いはしたが、怪物を討ち取り仇をとった。奴らの情報を得られたことは何よりも大きい」


「……中には、部下を守り切れなった私の責任問題を指摘する声もあったけどね」





 イザベラの声は少し弱々しい。やはり、部下を守り切れなかった自分を未だ許せないんだろう。


 しかしクレアさんにそのことを気にする様子は感じられない。





「そんな奴らは私が黙らせてやった。騎士たるもの、いつでも命を落とす覚悟はある筈だ。それはイザベラも大勢の部下たちも、何より私自身がよくわかっている。彼らの犠牲を無駄にしないためにも、この情報を生かすことが優先だ」





 イザベラの部下であるということは、クレアさんにとっても大事な部下の筈。斬った張ったとは無縁の世界で生きてきた俺にとって、彼女の発言は少し冷たく聞こえてしまうが。


 だが、彼らを偲んでいないわけではないんだろう。ただ戦いとはそういうものであると割り切っているだけだ。 





「そして……君のことについてだが」





 いよいよ、か。いったいどうして、俺が騎士団に……なんて話になったのか。





「まず、君の処遇に関しては揉めに揉めたよ。何せ、あの『鎧の英雄』の再来かもしれないんだ。隔離して、『鎧』の研究のための実験台にすべきだ、なんて過激な意見もあったな」


「……確かに、この力の仕組みを解明できればイデアールにとって有益なのは間違いないでしょう。でも、そのために戒を犠牲にするなんて間違っています」





 なんてこった。俺の知らないところで、そんな話が出ていたとは。これ、俺自身が反論できる機会がないってのも恐ろしいよな。





「まあ、そんな非人道的な行為……うちのイザベラが許すはずもなくな。突然のことで意見もまとまっていなかったが、私としてもそんなことできれば避けたかった。そうして揉めている時に、普段なら議会に口を出さない元老院の連中がしゃしゃり出てきてな」





 元老院?……ってさっきもちらっと話に出てたけど。





「何です、それ」


「元老院っていうのは、言ってしまえば魔導院の相談役みたいなものよ。大昔、それこそ魔王との戦争の時代なんだけど。その頃はこの国も、国王が実権を持つ君主制だったのよ。そしてその国王をサポートするために、比較的王族に近い立場を持つ貴族たちが集まって作ったのが元老院。……とは言っても、その頃からほぼ実権は国王ではなく元老院にあったらしいけどね」





 イザベラが馬鹿な俺にもわかりやすく説明してくれて助かる。


 だけど、今の話で行くと……。





「その元老院ってのは今も?」


「ああ、昔ほど多くはないがね。現在でも魔導院に於いてその発言には絶大な力がある。かつてはこの国の動向全てが元老院の思いのままだったらしいからな……その名残だろう。今でも、元老院の発言は絶対さ。実質的に国を支配しているのは元老院だよ」





 そう言うクレアさんは心底不快そうだ。国の体制が変わって、良い国を築いていこうとしていても、つまらない老いぼれたちに邪魔されては堪ったものじゃないだろう……と。





「まあとにかく、そんな元老院のアホどもがね。君を騎士団に迎え入れてはどうか……なーんて言い出したわけだよ」


「何でまた……」





 まだ俺という人間のことを知りもしないくせに、よくそんなことが言えたな……その元老院の人たちは。





「あいつらは英雄伝説を間近で見てきた連中の子孫だ。その利用価値は充分理解してるってことだろうさ。騎士団が『鎧の英雄』を抱えてるってことになれば、他国への牽制にもなる。だとしても不自然だがね」





 イザベラから話は聞いていた。かつて『鎧の英雄』のもとに集い、魔王と戦った三国。即ちイデアール、ヤマト、メトロポリス――。


 この三大国は、現在英雄がそれぞれの国に残した遺産を巡って争っている。


 その一つが、今俺の腕にある『鎧の腕輪』なんだが……





「そんな大事なものを、ぽっと出の俺みたいなやつが使うことを認めて……尚且つ騎士団へなんて」


「妙だろう?模造品だと思われていたイザベラのお父上の形見が、力を発揮した。本物は今でもこの国のどこかに保管されているというのに、そんな重要なことすら元老院は論ずるに値せずと流したんだ。誰が考えたって変だろう。


 だからさ」





 それで、最初の話まで戻る……と。





「連中は端から君を利用することしか考えていなかったよ。実際、今も何を考えてそんなことを言っているのかわからない。あの議会の段階では、君が他国の送り込んだスパイだと言われても否定しきれなかったんだ。ヤマトもメトロポリスも、英雄の遺産を保有している。『鎧』の仕組みを解明できていたっておかしくはないだろう。件の怪物のこともある。なのに」


「元老院は俺を騎士団に入れるよう指示を出した……。だからクレアさんは、俺を警戒していたんですね」





 たとえ俺がイザベラを救った恩人……だとしても、騎士団の団長であるクレアさんはその責任を果たす必要があるんだ。





「私には多くの部下、優秀な騎士たちを纏めるものとしての責任があるんだ。戦場で死ぬのは各々の責任となる。それは仕方ないことだ。だが、それがこの騎士団内部が原因となれば別の話。いくら英雄の後継といえども、我が騎士団を危険に晒す者であれば容赦なく私が殺していたさ」


「つまり、あなたはこの部屋に入った瞬間死んでいたということよ」





 俺が感じた寒気は気のせいじゃなかったってことか……。





「ま、一目見てそんな気はなくなったがね」


「私はそんなことにならないってわかってたし」





 ……今、クレアさんの芯の強さを初めて見た気がした。根本的にはダメ人間だとしても、彼女にはその地位に相応しい覚悟と力があるんだ。正直、かっこいいと思う。


 俺はやっぱり、ヒーローとか騎士とか、そういう重い責任を負いながらも誰かを守るために戦っている人たちにどうしても憧れてしまうらしい。





「……それで、どうする?この許可証だが」





 ……やっぱりその話になるよな。クレアさんは面倒くさそうにその許可証をひらひらと俺の前で振ってくる。





「正直、私は断って良いと思うぞ。君が断っても、イザベラの言う通り私たちは君が元の世界に帰れるよう協力するつもりだ。それに、イザベラがあれだけ議会で怒鳴り散らしたんだ。過激な連中も騎士団を敵に回してまで君を実験台にしようとは思わんだろう」


「元老院は少しうるさいでしょうが……。心配しないで。私たちが守り抜いてみせるから」





 クレアさんはまあわかる。だがイザベラがそう言ったことに、俺は少し面食らった。





「……どうしたの?」


「いや、てっきりイザベラは騎士団に入るよう言ってくると思ったから」





 言うと、イザベラは少し驚いて。





「……確かに、本音を言えば私はあなたに騎士団に入ってもらいたい。小さいころから憧れた英雄に、ようやく会えたのだから。……でも、私はあなたの気持ちをちゃんと考えられていなかったと思ったの」


「気持ち?」


「だって、何もわからないうちに気づいたらこんな世界にいて。あんなわけのわからない戦いに巻き込まれて……。普通なら、嫌になるでしょう?私だったら嫌だ。早く家族に会いたいし、早く元の生活に戻りたいって思う」





 イザベラ……。そんなに俺のことを考えてくれていたのか。





「そういうことだ。……まあ、すぐには答えも出ないだろう。すこし時間をやる……が、元老院もうるさいからな。一日で決めてくれ」





 これはクレアさんの気遣いだろう。本来なら、早く騎士団に引き込むよう言われているに違いない。……でも。





「……いいえ、今決めます」





 俺の答えを聞いて、二人は驚愕しているが。正直、決意はもう決まっている。





「クレアさん、俺は戦争の道具になるのは御免です。でも騎士団ってのは他国との戦闘だけじゃなくて、例の怪物……フェアレーターの討伐も任務に含まれているんですよね」


「あ、ああ……。もちろん、それも騎士団の管轄だ」


 ……そして。俺は一瞬しか見ていないが、イザベラのように強力な魔術を使える騎士たちでも倒せないほど。





「フェアレーターってやつらは、強く、残忍だ」


「……そうだな。恥ずかしながら、私たちは現在フェアレーターに対する有効な策を持っていない。イザベラクラスの騎士でなければ、ひとたまりもないだろうな」





 まだ鎧を扱えなかったとき、あの怪物になすすべなく追い詰められた俺だからわかる。


 あいつらは放っておいてはいけない。あのまま放置して、いったいこれからどれだけの人々が犠牲になるというのか。


 ……ファルコンなら、どうするだろう。いや、そんなこと考えるまでもない――――!





「戒……!?」


「少年……」





 俺は、許可証にサインした。これで……





「俺は、誰かを守る戦士になれる……ってことですよね?」


「……ああ、そうだ。だが、本当に良いのか?」


「俺、ずっと憧れていたんです。人々を守って戦える強い戦士に……。だから、この選択に後悔はありません」





 元老院って連中は確かに怖い。知らず利用されることもあるかもしれない。


 でも、だけどそれでも――――





「俺は、戦いたい」





 これが、俺の決意表明。ここからは一歩も退けないし退かない。元の世界に戻りたくなることもあるかもしれない。両親や、友人が恋しくなることもあるかもしれない。


 だからって、ヒーローは傷つく人を見捨てたりしないだろう。





「そうか……わかった。この君のサイン、イデアール魔術騎士団団長……クレア・アシュトンが確かに受け取ったぞ。篠塚戒」





 クレアさんの認可を受けて、俺はイザベラに向き直る。





「これからよろしく、イザベラ」


「……うん、よろしく。戒」





 こうして仲間となった俺たちは、固い握手を交わした。





「君には私の直属として、正体不明生物『フェアレーター』……その討伐を専門に活動してもらう。覚悟は良いか?」


「もちろん、ありがとうございます」





 俺の希望もしっかりと考慮してくれているのが、なんとも抜け目ないというか。この人には頭が上がらなそうだな。





 


 ――――ああ、これから。やっとこれから。


 俺の本当の夢が始まるんだ。ファルコンに、一歩でも近づくために……

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