第2話 流星はいま此処に







「うぁああああああああああああっ!!」





 スカイダイビングってやつを、俺は死ぬまでに一度でいいからやってみたいと思っていた。空を飛ぶってのは、大層気持ちが良いものだろうと。


 俺の憧れる特撮ヒーロー『ファルコン』は、背中から翼を生やして大空を自在に飛び回る。必殺技は相手を持ち上げ空高く舞い、空中で蹴りつけ地上に叩き落とす『ファルコンバスター』だ。





「ああああああああああああああああああっ!!!」





 ……俺は初めて、ファルコンの技を受けた怪人たちに同情した。だってこれは怖い。


 こうしている間にもどんどんどんどん地面は近づいてくるんだ、あそこに辿り着いてしまったら俺は死ぬ。突きつけられた余命宣告がとんでもなく短すぎて走馬灯すら浮かんでこない。


 ファルコンに憧れて空を飛んでみたいと思ったが、それはしっかりとした手順を踏んで命の保証がされているときだ。


 だから、こんなの、俺はごめんだ――――





「あ……」





 地面が目と鼻の先まで迫っている。ああこのまま死ぬんだろうと諦めて、俺は目を閉じた。











「はぁ……はぁ……」


 迂闊だった。人に化ける異形の怪物、『フェアレーター』。決して侮っていたわけではないし、相応の備えもしてきたつもりだ。


 部下二人と目撃情報のあった村の付近までやってきて、すぐに異常に気付く。村はすでに酷い有様で、むせ返るような血の匂いが充満していた。


 そんな中聞こえてきたうめき声。駆けつけると、一人の少年が倒れていた。


 部下とともに少年を介抱しつつ事情を聞いていたのだが、そこに敵は奇襲を仕掛けてきた。





「イ……イザベラ様、お逃げください」


「しかし、それではあなたが!」





 ああ、これは間違いなく私のミスだ。警戒できたはずだ。少し考えればわかること。


 何故私は、敵が一体だけだと思い込んでいたのか。





「くく、気分はどうだい、お姉さん?」


「外道……そんな子供の姿を使って」





 それはもう哀れだというように、私たちをあざ笑う声。





「仕方ないだろ?僕たちだって生きていくのに必死なんだよ。なぁ?」


「ク……カカ……」





 そこにはおよそこの世のものとは思えないおぞましい姿をした怪物が二体。昆虫を思わせる触覚や体毛、足。体から粘液を滴らせ、関節部は時折ギリギリと不快な音を奏でている。





「自分はここまでです……おい、イザベラ様を頼むぞ」


「……わかった」





 部下一人は致命傷だった。私ともう一人が新手を対処している間に、彼の体は少年だったものに引き裂かれた。


 右腕が完全に無くなってしまっていた。これではもう治癒の魔術でもどうすることもできない。傷口からは血がしとどに流れ出し、もう長くはないのだと一目でわかってしまう。





「ごめんなさい……私の考えが甘かった」


「気にすることなど何もありません。これは単に、私の力が足りなかったというだけのこと。せめて仇を討ってもらえれば、それだけで充分です」


「……必ず」





 その答えを聞いて、彼は怪物どもに特攻していった。後悔と未練を振り切って、残った部下に指示を出す。





「行きましょう、リゼル。ここでは不利。態勢を立て直す」


「はっ」





 この村は建物やそれを覆うような木々などの遮蔽物が多く、奴らが身を隠すのに適しすぎていた。私たち三人とも奇襲に気づけなかったのは、この場の状況によるところが大きい。


 いかに山奥の小さな村だとしても、付近に広場くらいはあるだろう。せめて私の魔術が使える程度に開けた場所があれば……。





「!!……イザベラ様!」


「何!?」





 刹那、背後から私の頬をかすめて飛来する何か。……これは、針?





「くっ、こっちよ!」





 どういう原理かは知らないが、凄まじい弾速の飛び道具だ。騎士団の弓兵の魔弓でさえ、ここまでの速度は出ない。


 それも一つではなく。無数の針が絶え間なく背後より迫り、こちらに休む暇を与えない。


 発射地点が見えないため敵の距離もつかめず……直線的な動きをしていては避けきれないだろう。





「ならば!」





 近くの家屋の屋根に飛び乗る。そしてさらに別の屋根へ。次そこからは飛び降り……と。とにかく相手にこちらの動きを掴ませない。上、左、下、右、右、上。


 目まぐるしく動き回り、あちらの狙いを狂わせる。





「絶え間ない弾幕で私たちを疲労させる魂胆でしょうけど……」





 生憎、騎士団員はそこまで柔な鍛え方をしていない。いつまでも思い通りにいくと思うな。





「イザベラ様、正面に広場らしき場所が見えます!」


「……よし、あそこで敵を向かい撃つ!!」





 一際大きく飛び、一気に広場まで駆け込んだ。


 そのときに。





「……あれは、何?」


「は……?」





 視界に映りこんだのは、空から降ってくる輝く物体。その強烈な光は、どこか神秘的なものを感じさせる。


 ああ、何故か目が離せない。





「……流れ星か何かでしょう。今はそんなことに気取られている場合ではありませんよ!」


「え……ええ、そうね。」





 そうだ、何を考えているんだ私は。敵がすぐそこまで迫っているというのに。


 リゼルの叫びに我に返って、腰に納めた剣を引き抜く。





「……攻撃がやんだ」





 広場に入ってから、あれだけ激しかった針による弾幕が止まっていた。こちらの動きを窺っているのか、それとも既に何らかの策を張られているのか。


 敵の姿が見えないうえ、情報も圧倒的に少ないこの状況では判断のしようがない。


 一瞬たりとも気を抜けない状況だ。





「はっ!」





 火のマナに呼びかけ、剣に炎を纏わせる。


 更に自分たちの周りに円を描くように炎を燃え上がらせ、即興の火の結界を形成した。





 ……本来魔術とは自然界のマナに依存するもので、その場の環境によって使用できる魔術の種類が変わるものだ。雨が降っているのなら水の魔術、風が強いなら風の魔術。木々が生い茂る森にいるなら植物の魔術……というふうに。


 しかし中には生来より体に特殊なマナを宿していて、どんな状況でも自在に魔術を行使できる者が存在する。イザベラもその一人だ。


 イザベラが宿すのは火のマナ。数あるマナの中でも自然に発生する可能性の少ない火は、防御には向かないがその攻撃性は圧倒的だ。


 希少で強力なマナを宿し、かつそれを使いこなす技量。それこそイザベラが魔術騎士団副団長まで上り詰めることになった所以だった。





「こうなればもう籠城戦しかないでしょう。敵の姿は確認できる?」


「いいえ。しかしどういうことでしょう。まさか諦めたわけでもなし……」





 確かに妙だ。いかにこの炎の結界が堅牢といえども、所詮は付け焼き刃。これで絶対安全だとうぬぼれるつもりはない。


 先ほどまでの猛攻と一転して、この静けさは何だという?


 ……あまりにも不気味だ。





「……っ」





 炎の結界も無尽蔵に使えるわけではない。私の中のマナを文字通り燃焼して維持しているんだ。消耗すれば戦闘に支障がでないわけがない。


 いかに正面からの突破が不可能だとしても――――





 ……いや、待て。


 そもそも、としたら……?





「……伏せろ!!」


「!?」





 思い立ったと同時に叫び、剣を横なぎに一閃する。


 その瞬間、私たちの背後から飛びのく影が薄っすら見えた。





「逃がすかッ!!」





 迷うことなく剣に纏う炎を最大限に燃え上がらせ、影に向かって突撃。


 あまりの火力に自らの体にも安くない傷を負ったが、構うものか。





「ッギィイイ!!」





 捨て身の突進がついに敵を捉えた。周囲の風景に溶け込んでいたその擬態が破られ、怪物は炎の中に姿を現す。





「ふふっ、まさか体色を変化させることまでできるとはね……恐れ入ったわ」


「何故……キヅいたァアアアアアアッ!!」


「変だと思っていたのよ……いくら何でもあの攻撃は激しすぎる」





 そう、針による連続攻撃は確かにこちらの動きを乱していた。だがあれほどの弾速、あそこまで瞬間的に連発できるだろうか?


 撃ち出す際に必ずいくらか溜めが必要だろう。その溜めがどれほど短くても、遠距離から絶え間なく撃ち続けれるわけがない。





「ずっと後ろに引っ付いてたんでしょう?部下の相手はもう一体に任せて。気づかれない距離で私たちが動きを止めるまで追い込んでいた。


 だから既にこの結界の中にいて……でも、近づきすぎたようね」





 一度そうだと気付いて結界の中に意識を張り巡らせば、だいたいの位置は気配で分かる。そうなればもうこちらのものだ。


 牽制して激しく動かしてしまえば、揺らめき続ける炎には擬態はできず。





「部下の仇は討たせてもらう!!」





 更に加速し、その疾駆は一つの巨大な火の玉と化す。


 先には燃え盛る業火の壁。





「焼け死ねぇえええッ!!」





 __炎と炎に挟まれて、怪物は爆散した。





「__はぁ……はぁ……」


「お見事です、イザベラ様」


「ええ……とは言っても、少し無理をしてしまったけど」





 実際かなり際どかった。あれだけの火力と突進力をもってしても初撃で仕留められなかったということは、やはり尋常ではない耐久性。


 結界を利用した挟み撃ちで、なんとか燃やし尽くしたが……





「まずい……な」





 今のでだいぶ消耗してしまった。敵はまだもう一体いるというのに__





「っ!……イザベラ……様……」


「……?どうし……」





 呼びかけてくるリゼルの声がずいぶん弱々しい。


 何があったと振り向いて、異常に気付く。





「へぇ、彼を倒したんだ……。お姉さん、思ったよりやるね」





 そこには胴を怪物に貫かれ、既に事切れた部下の姿。





「貴様……っ」


「あいつは既に自我を失っていたとはいえ、それでも強かった。並の魔術くらいだったら耐えられるはずなんだけどなぁ……」





 こいつ、仲間を殺されたというのに……面白がっているのか?少なくとも、怒りや悲しみといった感情を抱いているようには到底見えない。





「それだけお姉さんが優秀な騎士ってことか。ふふ……いいねいいね。面白くなってきた……よっ!!」





 リゼルの死体をその腕で貫いたまま、奴が突進してきた。


 すぐさま横に飛びのいて避けようとするが……





「ちょっと……うぁっ!!」





 早い、早すぎる。どうにか致命傷は避けたが、それでも完全にはかわし切れない。こんなもの、どうやって避けろというのか。


 まともに正面から向かい合って勝てる相手ではない。少なくとも今は……。





「そこまで消耗していてもかわすんだ。ますます楽しくなってきた!!」


「何を……!」


「だっていうのにお姉さんの部下たちは正直情っけないよねぇ?どうしてこれで騎士になれたんだか。……味も大したことなかったし?」


「……っ」





 わかっていた。あの場に残してきたということは、つまりそういう意味。手負いの騎士一人、こいつらならすぐ片づけられるだろう。


 それでも後を追ってきたのが一体だったということは。





「私の……部下を……!!」


「もちろん、食べちゃったよ。時間をかけてゆっくりと味わってね。そのために襲ったんだから当然の話だろう?」


「……うおおおおおおっ!!」





 ふらつく足を何とか踏みとどまらせ、思い切り剣を振りかぶる。既に炎を出すこともできない状態だし、剣を振る腕も鉛のように重い。


 でもそれでもこいつだけは……っ。





「おっと!急に元気になったねぇ!!怒った?」


「……くっ!!」





 しかしそんな想いも空しく、私の渾身の一撃は容易く避けられる。相手の動きがまるでつかめない。


 こちらの剣は当たらないのに、向こうの攻撃は面白いように命中する。それも、私が死なない程度の絶妙な力加減で。


 ……完全に遊ばれていた。





「はは……っ、ほらよっと!!」





 ずっと腕に括り付けていたリゼルの死体を、唐突に投げ飛ばしてきた。


 共に苦楽を共にし、研鑽を積んできた騎士の死に顔が迫ってくる。……直視、できない。





「!!」


「よそ見してたらそうなっちゃうよぉ!!」





 思わず目をそらしまったその隙を、怪物が見逃すはずもない。無数の針が、部下の体を貫き私を射貫こうと迫りくる。





 ……この攻撃を受けたら、間違いなく私は負ける。……だが、まだ勝機は。互いの視界は遮られていて、奴にこちらの動きは把握できない。


 助かるためには、勝つためには。こちらもリゼルの体を利用するしかない。死力を尽くして再び炎を灯し、部下の死体を使った即席の人間爆弾を――


 どうする、どうする、どうする――――!!





 ――――そんな選択、私にできるはずもなく。





「ぐっ……きゃああああああっ!!」





 至極当然の結果として、ここに敗北を喫した。








 ぼんやりとした視界に、光が映る。


 ……流れ星が落ちてくるんだ、ここに向かってまっすぐと。不思議な輝きだ。眩しくて眩しくてたまらないのに、優しい光。


 馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが。これはやられすぎて頭がおかしくなるだとか、死ぬ前に都合の良い夢想にふけるだとかそういうんじゃなく。


 真実、ここに向かって落ちているんだ。





「……ここまでだね。まぁ、お人形さんにしては上出来だったよ?ここまで楽しい遊びは久しぶりだった。――うん、正直嬉しかったよ」





 体はもう動きそうにもないのに、気づくと私の右手は自然と左腕に嵌められた腕輪を握りしめていた。


 ――これは、私の尊敬する父の形見。宝物管理者だった父が、幼いころ私にくれた『英雄』の遺産の複製品。


 『鎧の腕輪』だ。





「でもさっきも言ったけど、僕たちも生きるのに必死なのさ。だから、ごめんね?


 お姉さんはおいしそうだから、さっきよりもっと味わって食べるよ」





 私は小さいころから父に英雄の物語を聞かされていたから、英雄への憧れが強い。だからこんなときでも、『鎧の英雄』伝説のことを思い出してしまうんだろう。


 突然別の世界からやってきて、魔王を封じた伝説の勇者。この世界になかった知恵と技術をもたらしたことで、それぞれの国の在り方すら変えてしまった破壊者。


 良いことも悪いことも、色々言われているけれど。


 私にとっては紛れもないヒーローだからこそ期待してしまう。





「じゃあ、さようなら」





 英雄伝説の始まりは、異界の住人が空から降ってくるところから始まるのだ。


 そう、今まさにここに向かって落ちてくる流星のように――





「……!?」





 流星は真っ直ぐ怪物に向かって激突した。


 轟音と衝撃とともに、視界が巻き上げられた粉塵で覆われる。


 そしてそれがやがて晴れると――――











「いってぇええええええ!!!!」





 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 おいおいおい、これはマジで洒落にならんぞ。落下死って、落ちた瞬間にあまりの衝撃で痛みを認識する前に意識が吹っ飛ぶとか聞いたことあるけど、ありゃ嘘か?


 めっっっちゃ痛い。





「……けど?」





 なんか死ぬって感じはしないような?


 ……というか、普通に生きてるなこれは。恐る恐る体を見下ろして……。





「……うお!?なんか光ってる?」





 俺の体は外観的には傷なんかを負ってる様子はなかった。


 いや、あんな高さから落ちてそんなことがあるわけがないってのはそりゃそうなんだが。


 それ以上におかしいのは、この光。体全体が淡い光を放っていて、熱い。





「……いやいやいや」





 何だこれ。夢か、夢なのか。夢だよな?……夢であってくれ。


 さっきから一連の流れが意味不明すぎて理解が追い付かない。





「…………」





 とりあえず、無事だったってことを素直に喜んでおこう。正直このまま意識を手放して現実逃避に走ってしまいたいが、そういうわけにもいかないし。


 どういうことか痛みも徐々に引いてきて、体の光も弱まりだした。


 一応はすぐにぽっくり逝くってことは無さそうだから、現状の把握からだな。





「……あの」


「ん?」





 ……えーーーーと。


 こりゃまたどういうことなのか。


 呼びかけられて顔を上げれば、ボロボロで傷だらけの姿のコスプレ美人がそこには居た。青髪で、ザ・ファンタジー漫画の女騎士って感じの。


 もう、わけがわからない。





「……えっと、大丈夫ですか?」


「え?」


「いや、ボロボロだし……。その血はコスプレとかじゃなくてマジでしょ?そのくらいわかるから」


「はぁ……」





 コスプレ美人はそれはもう何を言われてるかわからないってな具合に目を白黒している。……そりゃそうか。突然空から降ってきた男に傷の心配されるなんていう状況になったらどう思う?俺なら怖い。





「……いや。ごめん、忘れてくれ」


「……えっと」





 うおおおおお、何なんだこの状況。俺が悪いことしてるみたいな気分になってくるぞ。でも俺の気持ちにもなってくれよ。俺だって落ちてきた先にコスプレした傷だらけの美女がいたらこええよ。混乱するよ。





「その……もしかして」





 コスプレ美人が何か言いたげな顔でこちらを見つめてくる。どうにも歯切れが悪いのは……まぁ仕方ないだろう。


 おそらく罵倒されるか通報されるかのどちらかだと俺は読んでるが、どう思う?





「英雄様……ですか?」





 ん?


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