第13話 御崎ミサキの逆襲
私は必ず、私を、私の家族を貶めた老害どもに復讐する。
私の父、御崎或人は、黎明の塔の枢機卿の一人だった。もう三世紀も前になる第二次世界大戦の戦前、外国との貿易で財をなしていた御崎グループの資産は当時の地方中核都市の年度予算五年分にも及んだと聞いている。父の祖父、御崎省吾は戦時中、社会に薄っすらと漂い始めた敗戦の空気を覆し、大国の物量と叡智を神秘で打ち砕いた黎明の魔女に心酔し、ほぼすべての財産を彼女の率いる革命軍に捧げた。結果的に、革命軍の勝利の波に乗り、御崎家はさらなる富と地位を手に入れることになった。
全高三千メートルもの巨塔の建立という、一大、いや世界的な事業の中核を担った御崎家は革命軍ーー今は魔導軍と呼ばれているが、その中核に食い込んでいく。枢機卿として魔女様の側近になったのは、祖父の代だった。
御崎家が魔女様を狂信し、得たものはそれだけではない。
私達は、かの魔女様とほぼ同等の、魔術の才能を手に入れたのだ。
「お父さん、行ってきます」
私の部屋には、神棚と仏壇がある。外に出る時と帰ってきた時、その両方に手を合わせるのが習慣になっている。私は根がズボラだから、大事なことは毎日確認しなければすぐにおざなりになってしまうのだ。
女子高生の部屋にそんなものが在るのはおかしいとは思う。だけど、私にとっては何も不自然なことではない。そもそもここは普通の女子高生の部屋ではないし。
神棚には魔女様が祀られている。私は魔女様を信仰している。
仏壇には父の位牌が収めてある。私は父に誓いを立てている。
黒のシャツ、ネクタイとミニスカートにタイツ。その上から胸に鈴で作られた種を模す徽章を縫い付けた柘榴色の上着に袖を通す。この前の騒動で、白は汚れたあとが大変だと実感した。あと上着を補修するのが大変だった。予備なんて持っていないから。
「なかなか、様になってるかしらね」
鏡に移る自分を睨む。そして、カーテンを開けていても薄暗い、一見廃墟のように傷んだ部屋を出た。まるで幽霊屋敷のような廊下を抜けて、家を出ようとすると、玄関で母が待っていた。
「おはよう、ミサキちゃん。はい、今日のお弁当……」
「ありがとうお母さん。いってくるわ」
さて、今日も忙しい一日が始まる。内職と肉体労働でぼろぼろになっている綺麗だった母の手から、白いごはんしか入っていない小さなお弁当箱を受け取って、ハグをする。抱き合っていた時間はとても長く感じたけれど、靴箱の上に置かれた時計を見たらそんなに長くなかった。
私は立て付けの悪い引き戸をこじ開けた。
歩くと片道一時間の通学路を、走って三十分に縮める。おかげで体力には自信があって、おそらく自衛軍の兵士にも持久力だけは負けないと思う。日本政府の組織である自衛軍に、学園の、F組に甘んじている私が就職できる見込みはないから、取らぬ狸の皮算用だけど。
学園近郊の商店街でいつもどおりシエルと会った。一緒に登校する約束をしたのはこの春のこと。シエルは思っていた通りの真面目さで、あれからほぼ毎日同じ時間に私を待っている。
「おはようシエル」
「おはようミサキちゃん。あ、ちょっといい?」
シエルがちょいちょいと手招きする。耳を近づけたら、先日試供品でもらって、大事に使っているシャンプーの香りがした。あれ、三百mlの一ボトルで二千円くらいする高級品なのに……。
シエルはやっぱりいい所のお嬢様なのだと確信する。
「今週の休日、私の家に来てくれないかな?」
「え?……良いの!?」
「……ミサキちゃん、声が大きいよ」
私が家のことには触れられたくないせいだろうか。アニシラはもちろんのことシエルとさえも、家族や家庭の話題はこれまで一度も話したことが無かった。勝手に、禁句だと思っていた。
だから、思わず大きな声で確認してしまったのだ。しかもかなりのオーバーアクションで。
シエルは耳を抑えている。
周囲の通行人から奇異の視線が向けられている。あと、一部が鼻の下を伸ばしている。シエルは器用にその視線から、私を盾にして逃れていた。前にもこんなことが会った気がする。
鬱陶しいので手を握った。
「あう……、えっと、この前のことで、今更なんだけど、両親がミサキちゃんに話したいことがあるんだって」
シエルの歯切れのわるい言い方に、こちらまで緊張させられる。まず、シエルのご両親がどんな人なのかさえも、私は知らないのだ。なにせ学園には保護者が学園の敷地に入るような行事、例えばーー授業参観などーーが一切無い。三者面談はあるけど。
「なんだか、あまりいい話ではなさそうな言い方ね」
私は苦々しく呟いた。縮こまっているシエルの手を掴んだまま、手に汗握る
「どうだろう?とりあえず、怒られるのはもう済ませてあるから、ミサキちゃんに説教するなんてことはしないと思う、けど。たぶん、あの人達はそんなに積極的じゃないから」
「……にしし」
「ミサキちゃん?」
「ーーなんでもないわ。まあ、シエルのお家には一度行ってみたかったから、ありがたくお邪魔させていただこうと思う」
「よかった……。でね、アニシラさんも呼べって言われてるんだけど、今日、会えるかな?」
胸ポケットに入れていた携帯が震えた。バッテリーがもったいないからこの端末は緊急度が低い通信は「定時のみ」に設定してある。歩きながらの端末操作は交通法違反で罰金刑、しかもわりと刑が重いというご時世、迂闊に通話もできない。
まあ、こんな朝早い時間に送られてくるメッセージなんて、決まっている。未提出の宿題の催促だ。
「さあね。あいつがどこで油を売っているかしらないし。それよりもシエル」
「なに?」
「今日の数学の宿題。見せてほしいのだけれど」
「また!?」
「頼むわシエル。親友でしょ?」
「アニシラさんに知られたらまた怒られるよ」
「二人だけの秘密にすればいいのよ。ね?」
「えー、しょうがないなぁ。これが最後だからね。次はちゃんと自分でやらなきゃだめだからね」
「ありがとう。恩に着るわ!そうと決まれば膳は急げね。行くわよ!」
シエルの手を取って走る。学園の授業で使う教材の八割は、手のひらよりも小さなサイズの
シエルは体力が心もとない。私と比べるのはおかしいけれど、肥満で運動音痴なアニシラと比べても、体力が少ない。学園の授業は、午前は座学か開発、午後はまるまる体育という構成になっている。運動部に所属していなくても、毎日体を動かしているのに、シエルに体力が身につく様子は見られない。私はスポーツトレーナーでは無いので、親しくなってたった一ヶ月見ていた限りではなんとも言えないけれど。もしかして、シエルは重大な病気……を患っていたな。
もしかして、シエルの「忘れてしまうこと」には、体の動かし方とかも含まれていたのだろうか?
「それ、持ってあげるわよ」
「……え……重いよ?」
「かしーーて!?」
私が思わず取り落としそうになるほど、シエルのスクールバッグは激重だった。
「これ何が入ってるのかな!?」
「え?教科書とお弁当だけだけど……」
この真面目ちゃんめ!
だいたい未就学児童一人分の重量があるシエルのバッグを肩に引っ掛けて、私はなんとか学園まで走りきった。
このバッグには教科書とお弁当しか入っていないらしい。つまり、シエルのお弁当は今日もきっと豪勢なのだろう。そのことを思えば、汗が襟にしみることもあまり気にならない。
「おはようございます!」
「おはよう」
教室に入れば、
「なあ御崎」
そんな中、私の前に立つもやしみたいな男子が一人現れた。
「おはよう
こいつは、私にも
「おまえ……なんで黒を着ているんだ?黒は特待クラスしか着れないことになってるだろう!」
先割れもやしみたいな頭でキンキンと怒鳴ったバカを見上げる。目を合わせてやったのに中里は目をそらした。私は中里の評価をバカから二段階、チキンに降格させた。
「朝から煩いやつ。元A組の私がこれを着たって、何も問題ないでしょ」
「大有りだ!元Aでも、御崎も今はF組!黒を着る権利なんか無いだろ!」
「あんた、そういう大口は、砂時計でも止めれる様になってから叩いてくれるかしら?」
「……Fのままでは黒は着れない。顰蹙を買う前に着替えてくれ。これは学級委員としてのお願いだ」
チキンな中里は逃げ出した。
別に、この制服を私が着ていようが、実質の問題は無い。なぜなら、特待生はF組のことなんか意識の片隅にさえ置いていないからだ。それに、白の制服は補修の途中なので着れない。
「ねえ、ミサキちゃん。私達ってそれ着ちゃいけなかったの?」
「さあね?知らない」
無駄話をしていたせいであと三十分しか時間がない。さっさと写して提出しなければ。
「転入生を紹介する。入りなさい」
教室がざわめく。
学園で、しかもこの組に転入してくるなんて異例を通り越して異常事態だ。
教室前面に設置された大型のスクリーンの前に立ったマリアが手を叩くと、なんだか見覚えのある少年が教室に入ってきた。マリアの横に立ち、誰にむかってかペコリと一礼した。
背は私よりも頭一つ分高いくらいか。シエルと似た色のブロンドで、今どき珍しい長髪だった。前髪が青い目を軽く隠している。
「はじめましてミツギ……遠野です。魔術は使えません」
彼の視線の向かう先を見る。その席にはシエルがいる。ミツギの、シエルを見る目を私は見たことがある。
「ああ……ああ!あんた!」
シエルのストーカーが、学園にまで乗り込んできた。
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