第11話 打ち捨てられた小浜の

 飯が不味い。というか食えたものじゃない。これは人の心を荒ませる、劇毒だとさえ思う不味さ。女天皇ボスのエミにわがままを言った罰かのように、これまで出てきた食事はどれもゲロ不味かった。

「あれ?また食べてないんですか?ちゃんと食べてくださいよー、怒られるのは自分なんすから!『食い物を粗末にするとは非国民め、死ね!』って、包丁投げてくるんですよ!粗末にしてるの俺じゃないのに!」

 あまりの油臭さに途中で食べるのを諦めた合成食品が乗った皿を、給食係の兵士が下げる。そして、替わりの食事を置いていく。

 きっとあの男は、一口の味見だってしたことがないのだ。

 だから、あんなに平然として人にゴミを食えとか言えるのだ。

「あー、腹減った……」

 しかし、体の回復には栄養が必要で、いくらまずかろうと右目や足を治すため、背に腹は代えられない。皿の一番大きなくぼみに入ったレンガみたいな赤茶色い塊をちぎって匂いを嗅ぐ。これも変な匂いはしなかった。しかし油断ならない。ここまでは、無臭なのがこのゴミの厄介なところで、口に含んだ途端にライターオイルのような食べてはいけない物の匂いが鼻腔を突き抜けて、わずかに何を模したのかわかる香りがするのがお決まりのパターンだった。

 意を決する。残飯だろうがゴミだろうが、栄養になるなら食わないと人間は生きていけないのだ!

 なるべく噛まずに飲み込めばいい!

「あー…………ん、ゔぅぅぅん」

「何を暴れているんだ?」

 ドアが開いた音に気が付かなかった。まだ、口の中にそれは残っている。やっと飲み込むこれは焼き鳥風味だった。

「ーー食えるかこんなもん!」

 俺は皿に残っている粘土を掴み、壁に投げつける。壁にあたった茶色いブロックは、本当に粘土のように潰れて白い壁にへばりついた。

「おい愚兄。食べ物を粗末にするなという父様の教えを忘れたのか?」

「これは粘土だ!」

 俺は絶対にこの固形物が食物であるとは認めない。いくら男の体が土とか虫とかでできていると唄われても、本当に粘土を食べる人間など居ない。

「そうか……それでも、昴の一星に名を連ねているなら、粘土くらい食べてみせろ!」

「食ったよ!もう何回も……だからかろうじて生きてんだよ!」

「なら、完食できないはずがない。少なくともそれは可食性の粘土ということだ」

「もう勘弁してくれよ。ていうか何しに来たんだよ……」

 メイドのコスプレなんかしやがって。傷あり美人メイドなんか今はちっとも求めてないんだよ。まともな飯をもって出前してこいってんだ。

「あ。……陛下から沙汰が下ったので伝えに来た。『○六○○マルロクマルマルを基準時刻とし、三時間後に試験を行う。合格すれば新たな仕事を与えるので、きっちり準備をしておくように』とのこと。現在時刻は○八三○マルハチサンマル。あと二十五分で試験会場に移動しなければいけないが、準備は万全か?」

 ベッドに投げ置いている幾つかの教科書を見る。この二週間、退屈を紛らわすために何度か読んだので、内容は一通り記憶したが、試験なんて聞いてない。だが、シャバに出てうまいものが食えるなら今の俺は何でもやるぞ。

「初耳なんですけど?」

「つねづね愚兄の最終学歴が小卒なのは私さえおかしいと思っていたくらいだ。愚兄なら問題ないだろう」

「ありがとうショウコ姉さん。とりあえず、携帯食料でもいいので、何かください。頭が動かないーー」

 悲し気な顔で近づいてきた姉さんにすがりつく。揺すれば飴の一つでも落とすかも知れない。なんたって、男とちがって女の子は砂糖とかで出来てるって昔から唄われているからな……。

「……気合で頑張れ、兄弟子だろ?」

 肩を叩かれたあとに残ったのは、首輪と縄。またか。

「ぜったい、ぜったい仕返ししてやるからな!憶えてろぉ!」

 そして俺は、ぞろっと病室(笑)に入ってきた武装済みの憲兵にリードをしょっ引かれ、黒いバンに叩き込まれた。

 俺は今、アルミの机に載せられた一枚の用紙を眺めている。

 この上質な紙に書いてあることが本当ならば、俺は小卒らしい。確かに、師匠に鍛えられ、その後をついて回っていたので、中学校など行った記憶がない。むしろ小学校も行っていないのだが、それは小さな教室であの会議室に居たような気がする容姿のお婆さんが証明書を見せてくれた。ちなみに、テストを受けないとまたあれを食わせるぞと、憲兵隊の隊長に怒鳴られたので、回らない頭でテストは終わらせた後だ。カツ丼まじうめぇ。

「これ、偽造なのでは?」

 あぶない、カツを噛み切った拍子にコメが証明書に落ちるところだった。昴に名を連ねるものはコメの一粒、全粒粉の一粒子さえも無駄にしては居いけない……なんてのは無理だ。茶碗は綺麗に食べきりましょうねでいいだろう。

「いえいえ。ほほっ……本物ですよ。我々が発行した就学証明書ですからね。安心してください」

「それは……。じゃあなんで俺はテストなんか受けなきゃならないんですか?」

「ミツギ君がこれから転入する学校で浮かないためです」

「なぜ転入なんか?」

「シエル・ノウト、十六歳。女性。燈下魔導学園二年F組十一番……」

「ああ……。やっぱり、バレますよね。俺より情報持ってるし」

「私達にも知らせるつもりだったのでしょう?」

 話してほしければもう一杯よこせと、六段目に丼を積み上げて態度で示した。

「牛丼が良いです」

「若いって素晴らしいですわ。これから魔窟学園に潜入しなければならないんですもの。たくさん食べてくれて結構ですよ」

 丼七杯に、定食二人前を食べて膨れた腹を擦る。

「ごちそうさまでした」

 鉄格子の扉がノックされ、振り返ると俺を怒鳴って脅した憲兵隊長が厳しい顔で戸の向こうに立っていた。

「大臣!出撃用意の準備、完了しました。いつでも装備可能です!」

「よろしい、では行きましょう。着替えながら、仕事の概要を説明します」

「あの、どうやって、あの学園に潜り込む算段をつけたのか、参考までにお聞きしたいのですが」

「簡単ですよ」

「そんな……」

「コネを使いました」



「ああ、お前さんがアレの言っていた転入生か」

 古めかしくて頑丈そうな青銅色の。よくあるワンルームだ。8畳一間キッチンありの安物件といったかんじ。場にそぐわない学園の警備員詰め所の中で、取って付けたようなキッチンに立って、茶を沸かしている爺さんがいた。

 完全な白髪を背中に流し、日に焼けてシワの寄った額を堂々と晒している。見た目は完全に足腰にキているが迂闊に近づきたくない雰囲気がある、というのはうちの師匠に似ているかも知れない。

「そこに置いてあるカードを持っていけ。絶対に失くすな。職員室はそっちからでて正面に見える建物の一階にある。案内板を見ろ」

「……はい。ところで警備員のおじいさん。どこかで会いませんでしたか?」

「しらん。さっさと行かんと編入の話がなくなるぞ。あ、あと今C組が合同屋外授業をしてるから、頭上に気をつけろ」

「そうですか。……どうもご親切にありがとうございます」

 入ってきた鋼鉄のドアの真向かいに、木製の安っぽいドアがある。そこから出ると、そこはもう完全に学園の敷地の中だった。この学園に通う生徒の大半はここを母校として親しむのだろう。だが俺にとっては、ある意味、敵地だ。

 警備員の爺さんの忠告に従って、とりあえず上を見上げる。

「なるほど」

 見えるのは宇宙まで届いていそうな黒い塔と、その影の中を跳ね回る人影。その人影が別の影に向かってたまに火や雷を吹いていた。あ、一つ落ちた。

 影の落下予測地点に視線を下ろしていくと、そこには見覚えのある後ろ姿があった。

「おーい、めっ、アニシラ!上を見ろ!」

「……はい?」

 いや、のんきに振り返ってないで、上を見ろ上!

「上!上!」

「?」

 俺のジェスチャーをみて上を向いた彼女の笑顔が、さっと青く染まる。

「っ避けろよ!」

 間に合わないのはわかりきっているが、俺は走り出した。数多くの人死にの場面に対面してきて、一般人よりは人体への理解が深いだろう俺でも、飛び降りの下敷きになったけが人とは遭遇したことがない。助かるだろうか。いや、アニシラは絶対に助けてみせよう。

 自由落下する人体が彼女に衝突する。衰弱から回復しきっていない体は、やはり間に合わなかった。木箱をハンマーで叩き潰したような音が俺にまで聞こえる。追いついた俺の足元には崩れ付した人間が二人。アニシラは肩が粉砕したのか、腕が九十度ほどねじれている。今すぐ病院に連れて行かないと……。

 俺がアニシラの呼吸を確かめていると、もうひとりの怪我人がいきなり跳ね起きた。目測では、この衣服がズタボロの少女は

「死ぬかと思った!あれ?なにそれ?」

「見てわからないのか!……くそ、死ぬなアニシラ!」

 いざという時の昴謹製蘇生薬よくわからいけどよみがえるも今はもっていない。骨折を応急処置して、心肺蘇生をしながら俺は吠えた。

「早く、救急車でもなんでも良いから、助けを呼んでこいよ!」

「うわ、F組じゃん、まじやば。何必死になってんの」

 殺す。

「な、なんですか。やる気ですか。Fが私らC組に勝てるとでもーー」

「助けを、呼んでこいって言ったんだ」

「せ、センセー。助けてー」

 このままでは助からない。今から病院に運び込んで手術をしても、助かる可能性は限りなく低い。C組だなんだと偉ぶるそこのバカは自分が人殺しになろうとしている事実を理解していない。最悪だ。

「あーはいはい。そこの無駄に必死な男子生徒ー。その場からどきなさーい」

「あ?何言って……」

 空から降ってきたのんきな声。またバカが増えたと思って見上げると、とても気味の悪い女がとてもおぞましい何かを振りかぶっていた。

 それは、黒い球。それも人一人を飲み込んでしまうほどの大きさがあった。直径ニメートル程度の大玉を、その女はエイッと俺たちに投げつけて

きた。

「くそ!なんなんーー」

 ……だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る