カルマの塔:もう一つの継承

 カイル対ギルベルトとの戦いとは全く別の光景が其処には広がっていた。

「しゅっ」

「…………」

 蒼き槍と唯一振りの剣。

 切れ間なく繰り出される技の応酬。変幻自在の槍に対応すべく剣聖の剣も趣向を凝らしたモノになっていた。先ほどまでのような異次元のスピード感と人の枠を超えた破壊は見られないが、身体能力は人の枠に収まったまま、人間を超えた光景を生み出すさまは戦士として胸に来るものがあった。

「ここ止まりか?」

「ッ!?」

 だが、当の本人は顔を歪めていた。確かに先ほどから技巧を凝らした珠玉の戦いを続けることが出来ている。

 人の枠に収まっている者にとって上々と言えるだろう。

(くそったれ)

 相手は怪物からの連戦、にもかかわらず息一つ切らしていない。己はすでに肩で息をし始めている。クロードも決して体力に自信がないわけではないが、この差はあまりにも大き過ぎた。

 単純な体力勝負であればそれほど変わりはないのであろうが、相手の究極にまで削ぎ落とした剣は体力の温存にも大きな役割を果たしていたのだ。

(このままじゃ勝てねえ)

 数百人を一人で殺し切った伝説は伊達ではなかった。

 ギルベルトの貌色の変化はない。無機質な、相手を映す白刃が其処に在るだけ。

「ふぅ」

 距離を取るクロード。ギルベルトはあえてそれを追うことはしなかった。距離を取りながら戦うことに関しては長柄のクロードが勝る。退きながらでも強いのはさすがの対応力、そしてそれを瞬時に判断し優勢の中、追うそぶりすら見せなかったギルベルトもまた歴戦の勇士と言えるだろう。

 少し距離を空けて対峙する両者。僅かの時間が永遠に感じるほどの凝縮された空間に二人はいた。クロードもまた技を極めんとする者、ギルベルトの遥か浅瀬であるが入り口には立っている。身体能力はクロードが勝るが――

(どう攻めても、全て通じねえ。長柄の利を活かしてなお互角。距離が詰まれば戦力差は一気に広がる。手数が足りねえ。技の精度も落ちる。勝ってるのは身体能力位のもんだ。まあ、それで埋まるもんでもねえけど)

 手数を重ねれば技の精度と体力差で詰み。長柄にとって有利な距離を維持しながらでは相手の喉元に槍が届かない。しかし、近づけば――

 クロードは自然とゆったりとした構えを取っていた。迷えば槍が鈍る。迷った時は槍にゆだねろ、それがネーデルクスで学んだ教えであった。今までの積み重ねを信じて全てを槍に任せる。自暴自棄と紙一重であるが、膨大な積み重ねの上でのそれは、多くの場合勝利を運んでくれる。

 此度もまたそうして勝利を――

『すぐに思考を放棄するな』

 だが――

『考えろ。考えて考えて考え抜いた答え、勝てる見込みの最も高い解が出て初めてそれに身を委ねろ。お前のその癖は、思いっきりの良さに繋がっているが、いずれ死を招くぞ』

 脳裏に浮かんだのは自らの根幹を作った男との稽古。

『お前には才能がある。だが、それだけで頂点に立てるほどとは思わん。だからこそ、ネーデルクス行きを決心したこと、俺は嬉しく思う。すでにリュテスの模倣止まりでしかない俺に教えられることは無く、この国にそれ以上の槍使いはいない。ならばどうするか、考えて出した答えなのだろう? なら、あとは委ねるだけだ』

 自分が答えを出したことを、我が事のように微笑みながら背中を押してくれた。自分が真っ直ぐ生きてこれたのは、あの人の教えがあったから。

 皆に無責任だ、恩知らずだと言われてもなお、最大の恩人が嬉しそうに送り出してくれたから、今の己がある。

 槍にゆだねるのも悪くはない。迷いの中で戦うくらいなら腹を決めて突貫した方が上手くいく。だが、自らよりも積み重ねてきた者を相手取り、相手が同じように腹を決めていたら絶対に勝てないことになる。今の状況がまさにそれ。

(考えろ)

 クロード・フォン・リウィウスは考えた。自分の癖、ネーデルクスの教えに背いてでも、成し遂げたいことがあったから。目の前の相手を超える。恩人が用意してくれた壁を超えて伝えるのだ。貴方が救ってくれた命はここまで成長したのだと。

 アルカディア最強。目の前の壁を超え、今、其処に立つ。

 わずかな逡巡。だが、それをギルベルトは隙と見做さなかった。攻めたとして崩れる気配は無く、であれば何かが変わろうとしている『今』を選んだ。すでに時間は無い。上での決着は雰囲気を察するについたと見える。ならばこの戦いに意味は無く、王が降臨するまでの時間潰しでしかない。

 それでもそこに意味を求めるのならば――

(さあ、見せてみろテイラーズチルドレン、いや、リウィウスの息子よ)

 あの男がこの国に吹き込んだ新たなる風。その真価を今ここで証明せよ。

 わずかな時間の中、熟慮に熟慮を重ねたのだろう。クロードはかすかに微笑んだ。槍を握りしめ、呼吸を整えて、自らが出した答えに身を委ねる。

 クロードが駆け出す。その身は風の如く、その槍は雷のように猛る。集中している。極限の集中状態に近い所に彼はいるのだろう。だが、それだけ。

「……終わりだ」

 乾坤一擲、死地に身を投げ出す覚悟は見事。しかし、それはギルベルトが求めていた答えではなく、おそらくあの男が託したモノともかけ離れている。ならば、もはや是非は無い。断ち切り、終わらせるのみ。

 クロードは最後の一手に突きを選んだ。槍の特性を生かした最大戦力。その様は、レスターやジャン・ジャック、アナトール、多くの槍使いとダブって見えた。多くの積み重ねの果てにこの突きはあるのだろう。それには価値がある。

 だが、そこに『お前』はいない。

 ギルベルトは極限状態、剣聖を超えた剣聖としてこの場に立つ。彼の眼にはくっきりと『点』が見えていた。そしてその剣を正確無比に彼は捉えることが出来る。剣そのもの、其処に感情は無い。正しく『点』を捉えて、断ち切るだけ。

 ギルベルトのまた突きを選んだ。相手の速力が最大に達する前に、破壊力が充実する前に、剣を滑り込ませて『点』を穿つためであった。確信は揺らがない。素晴らしい突きであるが、今の己の見切りを曇らせるほどではなかった。

 放たれた突き。ギルベルトは諦観と共にそれを穿――

 衝突の刹那、『点』がぶれた。彼の槍が、雰囲気がまとい持つ龍が如し雷に朱が混じる。それを認識した時点で――

 ギルベルトの剣は遠く後方へ飛ばされていた。

「俺の勝ちだ。二代目剣聖!」

 無手の己に突き付けられた穂先。その槍にはすでに赤色は無かった。狼や先ほどの怪物が見せる限界を超えた色、獣じみた明日無き死力。全の彼岸の対極である個の極致。ほんの一瞬、衝突の瞬間に彼はそれを引き出した。

 身体を騙し、限界を超えた負荷を認識させず、未来を捨てることなく明日と勝利を掴み取った。これもまた技であろう。力と技の極致、アルフレッドとは違う解。考えに考え抜いた先に見えた光明。掴み取ったは勝利。

 彼は天獅子と同じ解を得た。刹那の限界突破。

 虹とは異なる蒼と紅のもう一つの答えである。

「見事。今日から貴様がアルカディア最強だ。そしてそれをただ一国の称号とするか、世界においても同様とするかは、貴様次第と心得よ」

「確かに受け取った」

 壁を超えたクロードの背に、大きな歓声が巻き起こった。同時に王側であった者たちは武器を捨て降参の意を示す。

 ヒルダもグレゴールも、シュルヴィアらも同様に。石段とギルベルト、王子側にとって最大唯一の壁が消え去った今、もはや戦う意味などない。

 勝負は決したのだ。

「すげえ」

 若き者たちはその背に夢を見る。

 これから追いかける背中を目に焼き付けるように。

「あの日の小僧がよくぞここまで」

 サンス・ロスであった頃、エスタードとネーデルクスの大戦でちょろちょろしていた小僧が、いつの間にかここまで大きく成長していた。彼が下した相手に一蹴された男、バルドヴィーノは良いモノを見た、と微笑み、またも気絶する。

 それを支えるクレスは苦笑しながら『最強』が起こす熱狂を見つめていた。彼はきっとこの国において『黒金』のような存在となるのだろう。この光景はクレス、エィヴィングも良く目にした光景である。

 ストラクレスが、英雄の熱が伝播した渦であった。

 熱狂を背に、クロードは静かに『上』を見つめた。

「ありがとう、父さん」

 届かないそれを言の葉に乗せ、一筋の涙を流す。

 アルカディア最強もまた此処に継承されたのであった。

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