カルマの塔:将とは

 時は遥か遡る。

「アルカスの地下通路?」

「ほとんどが潰れてるけどな。主に暗殺者とか、闇に堕ちた連中が使うイリーガルなルート。冗談みたいな話だけどよ、昔は闇の王国って言ってアルカスと同規模の地下都市があったんだ。今は、影も形も無くなっちまったが」

「……与太話を聞くために集まったのか俺たちは?」

 アルフレッドがアルカスに戻ったばかりの時、黒星、クレス、バルドヴィーノ、アルフレッドの四人でちょっとした打ち合わせをしたことがあった。その時、黒星が提案していたのだ。もしもの時の、脱出ルートを確保しておいた方が良い、と。

「与太話ではないよ。昔、世界には魔術や魔法があったし、今だって全てが失せたわけじゃない。エスタードにすら残滓はある。七王国が成った土地には大なり小なり必ず、ね。ただ、多くはその形を保つ力を失い、人知れず消えている。闇の王国も女王と共に消えた」

 アークとの会話やシュバルツバルトでの知識がアルフレッドに正しい認識を与えていた。もはや過ぎ去りし世界の残り香であったとしても、それはまだこの世界に在る、のだ。

「でも消えたんだろ? なら意味ないんじゃねえの」

 クレスはつまらなそうに欠伸を噛み殺しながら問う。

「闇の王国は、な。でもそこへ至る道まで完全に消えたわけじゃない。いや、嘘だな。ほとんどは潰されちまったが、まだ多少は残っているって話だ」

「誰が潰した?」

 バルドヴィーノの問い。

「……この国で都市の再開発を推し進めている人物さ」

 黒星の代わりにアルフレッドが答える。バルドヴィーノは一瞬大きく目を見開き、そして小さく「なるほど」とつぶやいて目を伏せた。

「それがあの王の強さの一端ってことね、りょーかい」

 クレスもまた得心がいった様子。

 ウィリアムが持つ不可解な戦力。様々な物事の駆け引きに際し、力を発揮してきたであろう裏の顔。彼の奇跡に付きまとう影の存在がそれであるならば――

「あの人は、そんなルートがあることすら表に出したくない。表舞台で戦術に組み込むことはしないはずだ。ゆえに、俺たちが其処を利用させてもらう」

「俺が知る中で、各門付近に繋がるルートは西と東、んで北だな。南はこの前潰されたし、ほとんど残ってねえ。西と東は、結構あるし、分ければ大人数でも移動できるぜ。一番知ってるのは北だな。昔取った杵柄ってやつだ。よく往復してたからよ、北方と」

「出来れば使いたくないけど、背に腹は代えられないね」

「んじゃ、入り口は埋まってるから掘り出してくるわ」

「……本当に大丈夫なんだろうなそれ」

「その確認がてら掘って来るんじゃねえか。正直、もうほとんど闇の王国にいた連中は残っていねえんだ。一緒に飲み込まれた奴、いつの間にか消えた奴、そんで、消された奴、とかな。だーれも利用してないし、全部知る者はもういない。王すら、な」

「恐ろしい話だね。全てが終わった後、綺麗にしなきゃいけないなぁ」

「あと少しさ。大体、あの人が綺麗にしちまってるからな」

 まるで、あえてアルフレッドたちのために残してあったかのような道。

 もしかすると『そこ』を利用することすら彼の脚本通りだったのかもしれない。


     ○


「シュルヴィア様! 門が!」

「……何故だ?」

 如何に東門とは言え、ある程度戦力が整った守備隊が守っていたはず。容易く抜ける門ではないし、ましてや今は夜、普通ではありえない。だが、ありえないなどそれこそありえない、と彼女は知っている。

「重装……騎兵だ! まずいぜお嬢!」

「お嬢言うな。いくつだと思っているんだ。ったく、一時退却、態勢を立て直す」

「おうよ!」

 撤退を決めた彼女の眼には、その先にいる獣と人を併せ持つ将の姿があった。野生と感性だけでガリアスと渡り合い、名を上げた男。その後白騎士に敗したが、その先で理合いを得た彼の力を披露する場はなかった。

 ゆえに危険度は未知数。

 何か策があったとはいえ、こうもあっさりと門を落とした手腕は見事。

「まだまだ戦は始まったばかりだ。あの男の指示を待つ」

 シュルヴィアもまたあっさりと撤退を決めた。その判断の中で、ほぼ壊滅状態に陥っていたアテナの手勢は勘定に入っていない。彼女の中ではすでに目利きは済んでおり、取るに足らない相手であると認識していた。

「さあ、見せてみろ息子。あの男を殺すのならば、奇跡の安売りくらいはして欲しいものだ。でなければ、割に合わん」

 シュルヴィアは苦笑してハルベルトを担ぎ堂々と撤退していった。それを阻むことは、アテナには出来なかった。それが、あまりにも悔しく、無様で――シュルヴィアらが去った後、全力で想いを込め吼えた。

 そして、立ち上がる。

 まだ、今日は始まったばかりなのだから。


     ○


 クレスはアテナら内側組と合流した後、少し考え込んでいた。段取りでは合流次第、南門の解放へ向かうことになっていたのだが――

「……事情は把握しました。釈然とはしませんが戦時であればこういうこともあるでしょう。しかし、であればなおさらのこと急ぐべきではありませんか?」

 パロミデスから事情を聴き終えたアテナ。

 その問いに答えていた本人が顔を曇らせる。

「そう、思うのだが、気になることがあるとさっきから屋根の上で考え事を」

「……優秀だと聞いていたのですが」

「掛け値なしに優秀だ。だが、時折常人には分からないことをする」

 ただし――その先はあえてパロミデスは口にしなかった。模擬戦でも幾度か見せた奇妙な行動。バルドヴィーノとの勝敗は五分に近かったが、奇妙な行動が見受けられた時は、ほぼ確実に勝利をもぎ取っていたのだ。

 それも、誰もが予想だにしなかったやり方で。

「よし、決めた。ロゼッタ、お前はアテナに合流して南門へ向かえ。残りは俺と一緒に敵本陣を急襲する。異論は?」

「ただでさえ少ない部隊を半分に分けると?」

 ロゼッタの顔には疑惑の念がありありと浮かんでいた。

「半分じゃねえよ。アテナの部隊に合流するのは、お前とエスケンデレイヤから連れてきた部下だけだ。その他は全て俺と来てもらう」

 ロゼッタのみならず他の者も皆、その決断はまずいだろうと表情を硬くする。

「内側から門を解放できなかった以上、今、窮地に立たされているのはアルフレッド様です。我らが国守を見捨てるような決断を、私たちは容認できません」

 容認と柔らかい表現を使ったが、ロゼッタの眼には敵意が浮かんでいた。返答次第では首を断って指揮権を奪ってでも国守を救いに向かう、と。

 雄弁にその眼は語る。

「あー、たぶん、あっちは大丈夫だ。やばい匂いは大分消えた。で、今一番やばいのは敵の総大将な。全部読まれていたし、上から軽く見ただけでもかなり綿密な策が張り巡らされている。今も、俺たちの動きを見て、軍容が淀みなく動いた。バルドヴィーノは段取り通りやるだろうし、俺もそう動いて相手に時間を与えるのはやばいと判断した」

「国守様が大丈夫だと言う根拠は?」

「ない。勘だ」

「……話にならない!」

 ロゼッタの敵意を正面から受けてなおクレスは揺らがない。

「だからお前らは段取り通りやればいい。俺はそうしない。それだけだろ?」

「しかしクレス殿。彼女の言うことも一理あります。軍は規律があってこそ。まずは段取り通り動き、本隊と合流し対策を立てた方が良いのではありませんか?」

 パロミデスが双方の間に入って場を取り持とうとする。パロミデスとしてもクレスの判断は行き過ぎだと思っていた。スタンドプレーが過ぎる。これでは段取りの意味がない。そう考えていた。それが正しいと心のどこかで思っていた。

「それで負けたら誰が責任を取るんだ、ガキ」

 だが――

「そこにやるべきことがあって、段取りがあるからってやらずに負けたら、誰のせいだって言ってんだよギュンターの!?」

 クレスはその発言にこそ激怒していた。

「段取り通り動くだけなら将は要らねえんだよ。現場は流動している。取り決めが無意味に成ることだってある。其処の女はまだ良い。奴らにとってはある意味で勝ち負けよりもアルフレッドの生死の方が重要だからな。だが、お前は違うよな? 先に決めた取り決めがあって、何も考えずそれに従おうとしているだけだろ? そこに意図なんてねえ」

 クレスはパロミデスの胸倉を掴んで睨みつけた。

「考えろ。俺と違う結論でも良い。真逆だって正しい意見だ。だが、考え無しってのは金輪際やめろ。それは将でも無ければ、人ですらない。ただの操り人形。そいつが間違った道に踏み込んでも、何も考えてなきゃ気づけねえぞ。わかったか大馬鹿野郎」

 呆然とするパロミデスを放り投げてクレスはロゼッタの方を見る。

「ここの責任者は俺だ。俺の判断に従えねえなら、戦うしかないが……やるか?」

 ロゼッタらの周囲を取り囲む重装騎兵。彼らの眼には敵意はない。だが、クレスがやれと言えばやる。彼らは国を失い、故郷を捨て放浪し、道を違えてもなお、最後にはオストベルグの騎士としてクレスに仕える道を選んだ。

 亡きエルンスト王の面影と大将軍ストラクレスの雰囲気を持つ彼に。

「良いでしょう。ここは引き下がります。しかし、国守殿に何かあった場合、やはり私は貴方を許せないでしょう。その時は、御覚悟を」

「構わんよ。その時はその時だ」

 一時休戦。ここで無駄に消耗するよりも、わずかでもすぐさま門に向かうべきとロゼッタは判断した。

 それに、先ほどから明らかにこの男の匂いが変わっているのも気にかかる。平時はそれなりにバランスの取れた将としか思っていなかったが、今は――

「申し訳ございません」

 ロゼッタらが去った後、折を見てパロミデスはクレスに謝罪する。

「いいさ。お前、まだよくわかってないだろ、何で怒られたか」

「……それは、自分の考えがなく――」

「いいって。かっとなった俺も悪かった。あれは半分、俺に向けた言葉だ。大して深く考えず将になって、負けて、考え無しに兄に縋って、傷の大きさに気づいてやれなくて、考えた時には取り返しのつかない状況で、何とかしようにも、考えたことがねえから、何も思いつかなかったし、何も出来なかった。何も、だ」

 オストベルグの者であれば、抽象的にぼかしていたとしても理解出来る。エルンストとエィヴィング。二人の王族とその末路。一人はゲハイムとして世界の敵と成り果てた。一人は行方不明で、名を捨て今ここにいる。

 彼には後悔があった。ずっと、今も引きずったまま。

「考える練習だけはしとけ。規律も大事だ。信頼出来る相手を見つけるのも大事。でも、全部を預けるな。最後は自分で決めろ。それがお前と言う将を作る」

 ぽんとクレスはパロミデスの頭に手を乗せる。

「俺が尊敬する二人の将は正反対だった。一人は規律規律煩い馬鹿野郎。お前の親族だ。もう一人は……俺の知る限り一度として段取り通り動いたことのねえじじいさ。この世界に正解なんてねえぞ。それでも選ぶのが、将ってやつだ。時に、首を賭けてでもな」

 そのままぐしゃぐしゃとパロミデスの頭を掻きまわすクレス。その眼はどこか遠くを見ていた。昔、同じようなことを加齢臭むんむんのじじいにされたことがある。規律を破って怒られた時、ぷんぷん怒ったヒステリー男に同じことをされた。

 少し、思い出してしまう。それはきっと――

「さあ、往こうぜ。戦争の時間だ」

 相手が因縁深い将だから。

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