オリュンピア:女子会+α
「……何がどうなってこの状況になっているんだ?」
パロミデスのキャパシティを大きく逸脱した状況。アルカディア仲良し女子会に一人これまたレベルの高い女子が追加され、少し離れたところで不機嫌そうに腕を組む長身の男も増えている。さらに翡翠色の髪の青年と派手な格好の男は勝手知ったる我が家の如くストラチェスに興じていた。
「……あの、部屋に入ったらどうです?」
「お構いなく。私は未だ修行の身ゆえ」
「は、はあ」
直立不動で部屋の外に待機する騎士。紅の髪を短くしているがかなりの美人であった。そういうのに敏感な御年頃のパロムは見逃さない。
かといって声をかけられるほど軟派でもなく、当たり障りのない言葉を投げかけてあっさり撃沈していたが。
「全員知り合い? アルフレッドの?」
「……か、顔が広いですね、アルフレッド殿下は」
話の輪に居なかったパロミデスとパロムは改めて彼らの関係性を聞いた。
いざこざの輪、その中で物音が消え視界が拓けた時には『誰一人』残っていなかった。残っていたのは輪の外にいた者のみ。リオネルとシャルロット、そしてレオニーとオティーリアの視界を塞いでいた派手な伊達男、様子見するだけであった翡翠の髪の男。全てが終わった後に駆けつけてきた紅の女騎士。
何故かその後、一緒にアルカディア勢がまとまって宿泊している施設に集まり、気づけば女子トークにストラチェスとやりたい放題の有様だったのだ。
「わかりますわ。とても、よく」
シャルロットが頷けば、
「でしょー。優柔不断なの、アルって」
イーリスも乗っかり、
「合理的に判断する場面では即決だけど、感情が混じると途端思考停止」
珍しくニコラも乗り掛かれば、
「めっちゃわかる。あいつ基本的に馬鹿だもん」
当たり前のようにミラも相槌を打つ。
「馬鹿じゃないもん。優しいだけだもん」
ここに来てイーリス、ちょっとだけ反旗を翻すも、
「優しいと言うより臆病」
ニコラがズバッと断ち切って流れを引き戻す。彼女が此処まで感情的になるのは珍しく、余程あの『態度』が気に食わなかったのだろう、と推測できる。
「み、皆、辛辣ね。此処にアル君いたら泣くわよ」
レオニーは彼女らのあまりの勢いにたじたじであった。
「つーか泣かす! あの弱虫アルめ。この私より強いってほざきやがった」
思い出しながら激怒するミラをなだめる女子たち。一部に宥める気が無いのもいる。煽りこそしないがフォローは当然、ナシ。
そんな光景に対して心底興味なさそうに目を瞑るリオネル。
「リオネル・ジラルデの知るアルフレッド・レイ・アルカディアも同じ印象か?」
そのリオネルに視線を向けるのは派手な格好の男。端整な顔立ちであるが、どこか年齢不詳の顔立ち。幼くも見えるし、年上にも見える。
「誰に口聞いてんだ? その羽根飾り毟るぞ浮かれ野郎」
を、睨みつけるリオネル。
「あっはっは、浮かれ野郎ときたか。言い得て妙だな。影みたいな男からしっかりイメージチェンジ出来てるなっと」
騎士の駒を捌きながら翡翠の髪を持つ男はにやにやと笑う。
「何のこれしき。戦車の利きを失念したかクレス君。浮かれているとは厳しい言い草だ。俺なりにおしゃれと言うモノに気を遣ってみたのだが。変だったか?」
「それを考慮した上ですよ、バルドヴィーノ殿。まあ、貴族感出てますよ。着飾ってなんぼ、盛ってなんぼのネーデルクスっぽい」
「ふふ、だろう? コンセプトはずばりネーデルクスのへなちょこ共だ。おっと、まずいまずい。それで、質問に答えてくれないのかな、リオネル君」
バルドヴィーノと呼ばれた男はすっとリオネルの眼を見つめた。軽口ばかりであるが、明らかにただモノではない二人組。リオネルがピリピリしているのも半分はこの二人のせいである。陽気に、軽薄に、されど注意深く女子たちの会話に耳を傾けている。呆けているようで、この二人に緩みはない。
それがどこか歴戦を感じさせるのだ。
「……俺の印象ともほとんど変わらねえよ。交渉事でこそ強気に振舞ってるが、まあ強がりなのは見え見えのクソもやしだ。問題は、強がりのくせに本当に強いってとこだが。俺よりは雑魚だがな」
リオネルは過去の敗戦を思い出し眉間にしわを寄せる。
「なるほど。君の発言は参考になる」
「なら逆に聞かせろ。何であいつはああなった? 俺の知る限りでは、たとえクソほどゴミカスでも、あいつにそれを斬り捨てるほどの胆力はなかったはずだ」
斬り捨てると聞いて全員が押し黙った。パロミデスとパロムは状況がわからず困惑しているだけだが、女性陣は明らかに青ざめている者もいる始末。
「君が今答えを言ったばかりだろうに。彼は強がっている。強がりのくせに、本当に強い。まさにその通り。彼は強がりを続けて真の強さを得た。強さと言う分厚い仮面を、強力な剣を、まといて王はこの地に在り。我が王は強いぞ」
陰影の濃い笑みを浮かべながらバルドヴィーノは言い切った。
「あいつの過去が知りたかった。俺も女子トークに混ざりたかったが、良い歳なんでね。アテナ辺りは内心そわそわしていただろうが、まあ、噛み合わないか」
クレスはちらりと扉に目を向けるもやれやれと首を振った。
「覚悟が決まれば根っこが同じでも外見は変わる。俺たちの知る彼は、中身こそ同じでも覚悟を決めた王だ。俺たちこそ驚いたものだ。クズを殺し、部下に殺させた程度で何故驚いているのだと。だってそうだろう? 彼がどれだけ正義の名のもとに間引いて来たと思っている? クズでなくとも必要であれば殺すさ」
絶句する周囲をよそにリオネルだけは眉一つ動かさず口を開く。
「質問に答えろよ。俺は何故ああなったかって聞いてんだ」
「一度殺してみればわかる。彼は選択肢を手に入れた。それらを背負う覚悟も得た。何よりも、世界を回って知ったのだよ。生きることの価値を。それが決して安いモノではないと。だから、殺すのだリオネル・ジラルデ。価値を知るがゆえに」
リオネルは顔をしかめた。目の前の男が放つ烈気、己だけに向けられたそれの鋭さから実力を推し量る。同世代とは思えぬほどの力を感じる。バルドヴィーノなど聞いたことも無い名だが、実力者ではあるようだ。
「本当の話、俺たちは知らないのさ。俺は完成する瞬間は見た。アテナは完熟する瞬間を見た。バルドヴィーノは王に成ったあいつしか知らない。誰も知らないんだ、そのきっかけを。ああ、唯一例外がいるとすれば……いや、やめておこう」
「イェレナ、先ほどの女性が――」
イーリスが問おうとすると扉が開き――
「踏み込まない方がよろしいかと思います。先程から、王に対してあまりに過ぎた口ばかりを利かれますが、そこは正すべきです。いずれ貴女方にとっても主となる存在なのだから。お気をつけください。加えて、今のアルカディアの状況で貴女方は何故そんなに明るくいられるのですか? そもそもこのようなお祭り騒ぎを主導する状況でもないでしょうに」
どうにも不機嫌であったアテナが扉の前でアルカディア勢に言い放った。
「今はよそ様の国だアテナ。他国の台所事情に首を突っ込むべきではない」
「しかし、彼女たちはあまりにも理解していない! あの人は――」
「落ち着けと言っている」
クレスは静かに、されどその眼はぞっとするほどの深淵をたたえていた。彼もまた多くの経験値を持つ。その積み重ねはある意味でアルフレッド以上であろう。
「そろそろ行こうか二人とも。重ねて言うが、あまりあいつに踏み込まない方が良い。いずれ、やろうとすることは見えてくるし、何をしたのかもわかる。だが、今は知るべき時じゃない。特にこの祭りの参加者は、そんな場合じゃないだろう? あいつは勝つ準備をしてきた。もし弱そうに見えたなら、なおさら警戒すべきだ」
クレスの言葉は金言である。父、ウィリアムがそうであったように、アルフレッドもまた結果から逆算してやるべきことをきっちりやり、勝利への確信を持って戦いに臨む。
そこが薄氷であればあるほど、不可能と思えば思うほど、警戒すべきなのだ。
奇跡に見えるそれは、恐ろしいほどの綿密な準備の結果でしかないのだから。
「戦う時を楽しみにしている、リオネル・ジラルデ」
「負けんのが楽しみなのか? 随分変わってんなテメエ」
派手な伊達男バルドヴィーノは微笑みながら席を立つ。そのままアテナの襟首を引っ掴みずるずると引き摺って行った。
「お前たちも頑張れよ、ギュンターの」
「……貴方は、もしかして」
パロミデスの反応に何も返すことなくクレスも去って行く。
「俺も帰るぞ」
「わたくしはこちらで泊まりますわ。まだ話し足りませんもの」
「……勝手に出歩かねえなら好きにしろよ」
リオネルも動き出す。正直、あの二人、特にバルドヴィーノを見てから武者震いが止まらないのだ。おそらく、現時点であの男は自分よりも強い。参加者の中で括れば一番強いかもしれない。
それなのに無名、この場の誰も名前すら知らなかった。
その奇妙さも含めて、明日以降を想い興奮して仕方がないのだ。
「今度は負けねえよ。この俺様が準備したんだ。言い訳の余地もないほどにな」
戦うための努力などしたこともなかった。屈辱の敗戦から、弱い奴とはほとんど戦っていない。あの日から己は負けてばかりである。ロランに転がされ、リュテスに翻弄され、ボルトースには吹き飛ばされた。
そして一番負けた相手が王の剣――
勝つために負けた。数えるのも馬鹿らしくなるほどの敗北を経て怪物は進化した。もう、負ける要素はない。
誰よりも才能に満ちた己が最高の環境で磨き上げた。
「俺が最強だ」
誰も近寄れぬほど充実した黒銀の獅子。
優勝候補の一角は静かに牙を研ぐ。
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