宿命の剣:黄金

 冬を越えて木々に緑が芽吹く。

 その下ではアルフレッドとウォーレンが刃を合わせていた。一度滅び、再び集まった者たちが産んだ若き子供たちが二人の組手を見てそれぞれの反応を見せていた。眼を輝かせる者もいれば真似をする子供もいる。

 友達が見ているから興味はないけど、という子供もいた。

「いやぁ、さすがに一冬じゃきついなぁ」

 中空で目にも止まらぬ刃が交錯し、火花を散らす。

 それを観戦している者が知覚する頃には双方の刃はすでに鞘の中。

「ふっ、上達はしている。が、まだまだ」

「こちらこそ!」

 抜き、納め、抜き、納め、非合理の繰り返し。

 そもそもが元は乾坤一擲、全身全霊の一撃を持って上位存在を討つための刃であったそうだから、今の世に適していないだけで合理ではあったのだろう。

 どんなものにも理由がある。

『いやはや、一冬でこれだけ使えるようになるものか』

 なし崩し的にレイを名乗っている男は二人に戦いに驚嘆していた。あのウォーレンの技にきっちりと張り合っているのだ。引き打ち、上下左右への変化など、むしろレパートリーに関しては自分たちよりも多彩。

『すげえ!』

『ウォーレンの爺ちゃんのが凄いやい!』

『俺は金髪の兄ちゃんのがおしゃれで好きだな』

『イケメンが好き』

 アルフレッドは一冬を経て自分なりの居合い術に辿り着いていた。父の技は最短最速、されど削ぎ落とし過ぎて自由度を損ねていた。アルフレッドはあえてルシタニア流に寄せることで自在さと次への動作の繋ぎを容易としたのだ。

 そもそも外し方次第だが、無理をすれば削ぎ落とした分を超えることも可能。技の確度より外しやすい方を選んだ形。

「ぐっ!?」

「どうした? 其処止まりか?」

「いえいえ、今日こそ返して頂きますよ」

 ウォーレンの剣はシンプルに速く、何よりも力強かった。確かにルシタニアの中では少し異端であろう。剣鍛冶で自然と鍛え上げられた膂力が乗っているのだ。軽く振っても響く剣。居合いでの勝負は今日までアルフレッドが負けっぱなし。

 一度押し込まれたが最後、押し切られる形が続いていた。

「ふっ」

 後退しながらもアルフレッドは居合いの構えで、待つ。

「……変化はやめたのか?」

「正面突破で行きます」

「男気は買おう」

 互いに同じ構え。力感なく、ゆらりと脱力し『機』を窺う。

「だが、それでは渡せぬぞッ!」

「いいえ、頂きますッ!」

 動き出しも同時。しかし、其処からが違う。

「ぬッ!?」

 見慣れぬ動作。今までとはまるで違う、踏み込んだ先の地面が抉れていた。それほどの踏み込み、何が為の――

 思考する暇などなく、またしても刃は中空で爆ぜた。

 そして――

『なっ!?』

 ウォーレンが力で、負けた。刃を収められたのはアルフレッドだけ。力負けし、手から零れた剣は宙を舞う。

 はるか後方で地面に突き立つ剣が、決着の合図であった。

「……知らぬ技だ」

「発勁と呼ぶそうです。東方の武術を無間砂漠手前の荒れ地で教わりまして、それを居合い術に組み込んでみました。速さこそそれほど変わらないですけど」

「威力が段違いだ。ふふ、こんな手応え、いつぶりだったか」

 脳裏に浮かぶは戦場での邂逅。怪物揃いの中で最強の怪物であった男の一撃に比肩する衝撃が、今、己が手に刻まれた気がした。

「限界突破に発勁まで組み込んだんですから、それなりの手応えが無いと俺が途方にくれちゃいますよ。ありがとうございます、ウォーレンさん」

 アルフレッドは尻餅をついているウォーレンに手を差し出した。

「いや、俺は何もしていない。自身で辿り着いたのだ」

「ウォーレンさんとの出会いが無ければ気づいたとしてもずっと後でした。そしてそれじゃあ、俺は遅いんです。今、此処で得たことに意味がある」

「……そうか」

 立ち上がるウォーレンの顔は晴れやかであった。

「少し待っていろ、今、約束のモノを持って来よう」

「はい!」

 居合い術でウォーレンから一本を取るまで復活した剣は渡せない、というちょっとした賭け事を二人は行っていた。ウォーレン自身想定していない敗れ方であったが、自身の長所で上回られた以上、文句などあるはずもない。

『素晴らしい技だ。新しい時代を見たよ』

『あ、ありがとうございます』

『前に少し触れたよね? レイは本来、ルシタニアの守護者ではなく、世界の守護者である、と。世界の理が崩れ、居合い術も本来の意義を喪失し、世界の守護者たることが難しくなったから、この地を守る役割に変じた』

『は、はあ』

『でもね、君を見て思った。やはりレイは相応しい者が名乗るべきなのだと。やり方も、在り方も、世界が変わる以上、一定ではいられないけれど、世界を担う者が冠するべきなのだと、私は思う。返さないとね、世界に』

『え、と、つまり――』

『私のレイ、分不相応な名を君に捧げたい。かつて魔王を打破した勇者の右腕、最強の剣士の名だ。世界の理を覆した男の名。リウィウスが剣を打ち続けるのも、レイが技を繋げ続けるのも、いつか来る時代に繋げ、役に立つためだ。剣が役に立たぬ世であれば剣を打ち続けても仕方がない。技が旧くなったのならば更新すべきだ。立ち止まり続けた私たちには難しいが、君ならば、と思ってね』

『いや、でも、俺は部外者ですし』

『それだけこちらの言葉を操れるようになっておいて部外者も何もないだろう。ほれ、約束の品だ。ウォーレン・リウィウスの最高傑作。胸を張って言おう、今の世界において並ぶモノのない最高の剣であると』

 工房から出てきたウォーレンが放り投げた剣をアルフレッドは慌てて受け取る。最高傑作と言いながら扱いが雑だ、とアルフレッドは思った。

『抜いても?』

『好きにしろ』

 アルフレッドは宿命の剣を引き抜いた。

 誰もが声を失うほど美しく、輝ける白刃。朝日を反射し黄金色に輝くそれは紛れもなくルシタニアの名工、リウィウスの作品である。

 希望に満ちた明日を感じさせる一振り。

『俺の全てを注ぎ込んだ。口では、少し言い表せぬ。まあ、伝わらずとも――』

『あはは、嫌ってほど伝わりますよ。だってこんなにも、愛に満ちている』

 ウォーレンは大きく目を見開いた。

『願い、承りました』

 そう言ってアルフレッドは剣を収めた。ウォーレンは静かに天を仰ぐ。

『私の願いも頼むよ。これは高度に政治的な判断でね。私たちが君に投資できるのは時代遅れの剣とくたびれた名前だけなんだ。レイを正しい在り方に戻したい。君のような人物にしかそれは出来ないことだと思うから』

 困った表情で頬をかくアルフレッドだが、ふざけた物言いの中に潜む切なる願いを見た。これに応えずして何が王か。

『では、ありがたく』

『感謝するよ、我らが道標よ』

 皆の前で満面の笑みを浮かべ、王は剣を引き抜き天へとかざした。

『我が名はアルフレッド・レイ・アルカディア! 世界の守護者としてこの地も含めた全ての人々を導くことを此処に誓おう! 未だ力不足成れど、必ずや私は頂点に立とう。今日授かった二つの力と共に、次代へ繋げてみせる!』

 黄金の風が吹いた。季節外れの金の森、それでも此処にいる彼らは見たのだ。地に在りて天を覆う木々を照らす黄金の王を。彼が放つ光が木々を染め上げている。幻想的な、ひと時の、夢幻。されど王は其処にいる。

 ルシタニアの剣と名を背負いて立つ、次代の王――

 アルフレッド・レイ・アルカディアが。


     ○


 ウォーレンの不幸は二つの才能を持って生まれてきたこと。戦士と剣鍛冶、本来交わらぬ領分二つの天分があった。それによって彼は翻弄され、今に至る。

 されど、その生には意味があったのだ。二つ修めた意味が。

 こうして今日、全てが繋がったのだから。

「達者でな」

「はい。お世話になりました」

「健康には気を付けろ。体調を崩しては元も子もない」

「大丈夫ですよ。こう見えて頑丈なんですよ、俺」

「そうか」

 口下手な男の精一杯の見送り。

「俺も、遅まきながら足掻いてみようと思う。とりあえずは、後継者探しから始めるつもりだ。今のルシタニアに成り手がいない以上、外にも出ねばならないだろう。いつか、また会おう。互いに道が交わることを信じて」

「はい! 楽しみにしています。お互い頑張りましょう!」

「ああ!」

 屈託のない笑顔のアルフレッドを見て、ウォーレンは込み上げてくる涙を押さえるので精一杯であった。息子との別れ、旅立ちの日、こんな清々しいものであるべきだったのだ。家族全員で、弁当を持たせ、こうして見送る。

 何故それが出来なかった、やはり、悔いばかりが胸にある。

『頑張ろう。お前たちに胸を張って会えるように、少しは、足掻いてみるさ』

 取り返しのつかないことはある。あまりに多くを取りこぼしてしまった。それでも自分にはまだ、一握の繋げるに足る何かが在る。

 ならば繋げてみせよう。せめて剣鍛冶として胸を張れる男でなくば家族に合わせる顔がない。職人ゆえ、仕事人ゆえ、顧みることが出来なかった、許せ、という言い訳も使えなくなってしまう。

 あの少年のせいで今、無性に家族と会いたいのだ。ならば、それなりの準備が必要であろう。父としての威厳を保つためにも。今更ではあるが――

 人生に遅過ぎることなど生きている限り、無いのだ。


     ○


「どうしたの?」

「いや、何でもない。歳のせいかのお、どうにも涙もろくてな」

「……泣く要素あった?」

「ひ、非情なおなごであるなぁ」

 おいおいと泣き真似をするアークにイェレナは首をかしげる。

(アルは分かるけど、アーク様が目を押さえるほどじゃないと思う)

 最近、幾度か見たアークの異変。眼を押さえる頻度が日増しに多くなっている。それもルシタニアに入ってからは明らかに増えた。加えてアルフレッドが剣とレイを受け取った際も、アークは物陰で膝を屈していたのだ。

 何かがおかしい、とイェレナは思う。

「次は何処に行きましょうか?」

「うむ、そろそろ里帰りがしたくなってな。我が故郷、ガルニアでもどうであるか? よいところだぞ、メシはまずいし肌寒いし妙にじめじめしておるし」

「……今の何処に行く要素ありました?」

「この騎士王の故郷でもある!」

「ヴァルホールにしません? それか山越えして、ゼノさんが隠したがっていた戦場に足を踏み入れてみるとか」

「我が娘はべらぼうな美女である!」

「さ、ガルニアに行きましょうか」

「素直でよろしい。我、好きよそういうところ」

「アル、治った左手、あとでへし折るから」

「お医者さんがそんなこと言っちゃダメなんだよ。めっ!」

「右手も追加で。アルだけ特別、だから」

「そんなにロマンチックな声色で怖いこと言わないでよ!」

 傷ついた身体は癒え、新たなる力を得たアルフレッドは宿命の地を去る。まだ、ウィリアム・リウィウスの全てを知ったわけではない。赤い髪の彼のことは分かったが、父のことは判然としないのだ。

 彼が何処から来て、何が為に成り代わり、天へと昇り詰めたのか。

 いつか対峙せねばならないだろう、少なくともアルフレッドは知ってしまったから。ルシタニアのウィリアム・リウィウスから存在を奪った罪を。

 いつかは――

「うむ、今日も良き旅日和である!」

 先頭を歩むアークは陽気な声色で言葉を発した。

 だが、その貌は、苦痛に染まっていた。


 旅は折り返し地点に至る。最果ての島国、ガルニアへと。

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