夜明けのネーデルクス:ギャンブル

 アルフレッドたちがネーデルダムについたのは顔剥ぎ事件がまだ数件しか確認されていない頃であった。徐々に市井にも不安が広まっていく中、黄金騎士は本業である闘技場で刃を振るっていた。

「黄金騎士つええ!」

 盛り上げながら劇的に勝利する。相手を引き出して、底の底まで学びつくして。それは力の差がある相手でも、いや力の差があるからこそ難しくなる条件。相手の剣を通して他者を理解する。その行程を経て剣が深まるとはアークの弁。

(今日のこの人の槍から学ぶもの、かぁ)

 しかも盛り下げることなくそれらを完遂する。

 そんな仕事を人知れず彼は繰り返していた。

「まあ、減るもんじゃないからいいか」

 黄金騎士アレクシス、もといアルフレッドは声援に応えながら舞台を後にする。もはや名声は確固たるもの。その名は世界中に広まりつつある。

 噂は尾ひれがついて広まるもの。

 すでにエスタードにいないはずのタイミングで、黄金騎士が『裏』を荒らし回っているという情報もここネーデルダムに届いていた。

 黄金騎士は複数人いる、などという噂も出てき始めている。

「散漫になっておるぞ。広げる道を選んだのであろう? ならば貫くべきである」

「……分かっているんですが」

「根を見よ。この国にはそれがある」

「根、ですか?」

「長き歴史の堆積、槍のネーデルクスと呼ばれる所以よ。基礎の基礎、誰の中にもあるはずのそれを見出し、己が剣の糧とせよ」

「は、はい」

 ネーデルクスの根。老若男女、誰もが最初に覚えてきた四つの型。実戦投入する際、各々の個性に塗り潰されてはいるが、それでもどこかにその残滓はある。

 アークはそれを手にせよ、と言っているのだ。

「まあ、今日は休むとしよう。イェレナは宿に戻っておれ」

「二人は?」

「反省会、もとい見せておきたいものがあってな」

「わかった。二人とも気を付けて」

 素直に引き下がる彼女もこなれたもの。少し危険な場所に行くのであろうことは彼女にも理解できていた。彼女自身、昼間はアルフレッドと一緒に本屋巡りをして、いくつかの書物を確保してあるので抜かりはない。

「お休み、イェレナ」

「いってらっしゃい」

「うん、いってきます」

 二人のやり取りを見てむず痒くなりながらも、アークからは微笑が零れていた。若き日の自分にこんな光景があったのかは、もはや記憶の彼方であるが、それでも若者の蒼き光景というのは老人にはとても眩しく、美しく映ったのだ。


     ○


 裏の匂いがする賭場にて、アルフレッドとアークは片隅で様子を窺っていた。

「……貴族、それに準ずる、金持ちの社交場ですか」

「うむ。かけ金も相応、レートも同様であるなぁ」

「勝負されます?」

「まさか。それならば一人で来ておる」

「では?」

「我の眼が此処に足を向けさせた、と言えば納得するかのお?」

「……承知しました。いつもの気まぐれってことですね」

「そういうことである」

 キラキラした身なりの紳士淑女が一喜一憂するさまを見て、アルフレッドは何とも言えない気持ちとなった。ここには場末の鉄火場のような張り詰めた空気はない。得た金、失った金は場末の比ではないが、それでも彼らには補って余りある資本がある。所詮は遊戯、そこに悲哀はない。

 同じ金が動いているのに、景色が此処まで違うのだ。

「ひーん」

 情けない悲鳴がした方向へ二人は目を向けた。

 捕獲された珍獣と見紛うばかりの連れ去られっぷり。両サイドでがっちりとした男二人が脇を持ち上げて男は宙ぶらりんのまま小動物が如し眼できょろきょろと辺りを見回す。そして、たまたまであろうか、二人と眼があった。

「あ、僕のお爺ちゃん! 助けてー」

 男の眼が一瞬で変化した。獲物を見つけた眼である。

「知り合いか?」

「もちろんさ!」

「おい、そこの二人。こっちへ来い」

 視線が一気に二人へ集まる。互いに仮面をしているが、それでも双方浮かべている表情は手に取るように分かってしまう。呆れ果てるとはこの事。

「……何と、神の子も此処まで堕ちたか」

 ぽつりとこぼした言葉。ほとんど聞き取れなかったがそれでも雰囲気で分かる。

「お知り合いですか?」

「知人ではある」

 呆れながらも、それでも再会を少しだけ喜んでいるような――

「随分と負けが込んでおるようだな。画伯よ」

「なっはっは。いやー、勝てないもんだねえ。もうずーっと負けっぱなしさぁ」

「では辞めればよかろうに」

「それをギャンブル大好きお爺ちゃんが言っちゃうー?」

「我は己が領分を越えた賭けはせんよ」

「……嘘つき」

「むっ!?」

 アルフレッドがぼそりとつぶやいた言葉に渋い顔をして振り向くアーク。

「そーか。ならこいつの負け分、お前らが肩代わりしてくれるってことでいいんだな」

「類は友を呼ぶ、ですか」

「え、何この子ちょっとこわーい」

「我も怖い」

 少し苛立った口調のアルフレッドにびくびくする二人。

「分かりました。肩代わりしますよ。その代わり、少し遊ばせてくださいよ」

 アルフレッドの発言。それは厭いた金持ちたちの目を引く。

「へえ、あの男とは似ても似つかないや」

 男はその貌を見て悪魔のような笑みを浮かべる。

「そこまでやってやる義理はないぞ」

「面白そうなゲームがあったので。ついでですよ」

 アルフレッド・フォン・アルカディアと言う少年は知的好奇心の悪魔である。彼は式を見かけると解き明かせずにはいられない。様々な理由で、正義感で、時に優しさで武装するも、少年の根は結局そこに行き着く。

「これでやりましょうか」

「……ヴァンテ・アン、か。負けても取り立てるぞ」

「ええ、構いませんよ」

 奇異の視線が集まる中、アルフレッドが選択したゲームは『ヴァンテ・アン』。ルールは非常にシンプルでカードの合計数字を『21』に近づけていくだけ。ディーラーとの一騎打ち、シンプルかつ存外奥が深く、この場でも人気のゲームである。

(先行は常にプレイヤー側。『21』を越えても駄目ならば、長く続ければ続けるほど不利になるのはプレイヤー側というゲーム、か)

 それでもアルフレッドはこのゲームを選んだ。

「大勝ちはないゲームか。健全だがね」

「あそこで引き摺られている青年、どこかで見覚えが」

「私もそう思ったが、かの者がこんなところで裸になっているわけがない。他人の空似であろうよ。そもそもあんなに若いままなど、それこそありえまい」

「お、なかなかサマになっているじゃないか」

「意外と遊び慣れているのか?」

 アルフレッドはこなれた手つきでゲームを進めていくが、当然このゲームは初めてである。ルール自体は見物していた間に把握しており、プレイヤーの立ち居振る舞いも丸暗記していたため、澱みなくゲームは進行されていく。

「勝ったり負けたりの繰り返し。地味ィ、だねえ。僕としては一発逆転! って感じのゲームの方がイイ気がするけどね」

「……あの子はギャンブルなどせんよ」

「今まさにやってるじゃん?」

「ならばあのゲーム、あの子にとってはギャンブルではないのだろう」

「……へえ。そーいうこと」

 徐々に勝利の天秤はアルフレッドの方へ傾いていく。勝ち負けの見切り、その精度がゲームの進行と共に跳ね上がっていくのだ。じわりじわりと差を広げ、観戦している客は驚愕に、遊戯場側のディーラーたちが顔を歪めていく。

「頭いいんだねえ」

「天才であるよ」

 そして――新たなデッキをシャッフルするまで一気に勝ち切る。

「私も同席してみようか」

「面白そうね」

 数人、同じテーブルについてゲームが開始する。状況としては同じデッキを用いてディーラー対プレイヤーの一対一を複数するだけ。

 ゲーム性にさほど変わりはない。

「おっと、ちょっと難しくなったかな?」

「変わらんよ。あの子にとっては」

 やはり序盤は一進一退、少しアルフレッドが悪いか。しかし、ゲームが進むにつれてやはり勝率が上がっていく。そして当たり前のように勝ち越した。

「……凄いね」

「うむ」

 それを三度、四度と繰り返し――

「申し訳ございませんがお客様」

 とうとう遊戯場側が実質的にギブアップした。個人でも多人数でも関係がない。序盤は基本戦術通りに、中盤其処から少しだけ外れ、終盤は明らかに手の内が見えているかのような賭けを繰り返す。

 そして勝つ。

「どうも」

 のちにカウンティングと呼ばれる手法となる勝つ確率を上げる方法。彼は出たカード全てを暗記することにより、残りのカードを把握し、勝つ確率を上げ、負ける確率を下げていた。単純明快、しかし、誰にでも出来ることではない。

 攻略法と呼ぶにはあまりにも難しく、手法が体系化されこういった遊戯場が荒らされ対策が行われるのは数百年先の事である。

「これで彼の負け分をお支払いします」

「おっとこまえー!」

「お見事である」

「面白いゲームでした」

 過去形。すでに解いた式には興味がないのか、アルフレッドは作り笑いの貌を張り付けていた。アークやイェレナ、近しいものだけが分かる虚無。

「なっはっは。いやー助かった助かった。服まで取り返してもらっちゃって、本当にありがとね。んふふーこれで怒られなくて済むよ」

「どういたしまして。賭け事、あまり得意じゃないんですか?」

「んー昔は得意だったけどつまらなかった。今は苦手だけど楽しい、かな」

 遊技場を後にして、二人に恩返しがしたいと男が『今の住処』という場所に案内されていた。どうにも嫌な予感がぬぐえないアルフレッド。

 何故かゼノの悪戯っぽい顔と被る気が――

「ほい、ここが今の住処だよ」

「うむ、風情があって素晴らしいな!」

「……俺、宿屋に帰ります」

 踵を返そうとするアルフレッドの肩をがっしりと掴む男。意外と力がある。

「駄目だぜ、男の子なんだから、据え膳食わねばってね」

「結構です! アークさん、吸い込まれないでください!」

「据え膳食わねば騎士の恥よ」

「もういい歳じゃないですか!」

「生涯現役よ! ガハハ、英雄色を好む、である!」

「こ、の、駄目爺!」

「さあさあ行こう行こう」

「うむ、行こう行こう」

 謎の男とアークに引き摺られアルフレッドは男の住処に引きずり込まれていく。

 そこは少し派手な色合いの建物に露出の多い女性が客引きをしている店。

「イェレナァ!」

 アルフレッドの咆哮は夜の街に溶けていった。


     ○


「くしゅん」

 イェレナはくしゃみをした鼻を擦る。

 されど目は本から離れない。

「ネーデルクスの医療、エスタードと比べてもかなり進んでいる」

 アルフレッドの苦難はいざ知らず、彼女は貪るように知識を吸収していく。

「ふむふむ」

 今の彼女の脳裏にはアルフレッドのアの字すらなかった。

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