夜明けのネーデルクス:三叉路

 最高会議。ネーデルクスにおける最高位の意思決定機関である。

 それを今回、マールテン公爵が召集した。突然の召集であり、多くの者が困惑する中、議題は当然の如く王不在の現状について――

(何故公爵は、此処で動いた?)

 少なくともマールテンだけは動かない。誰もが共通認識として持っていた現状。それが彼の手によって崩されたのだ。

 誰もが困惑してしまうだろう。

「皆の衆、我が召集によく応じてくれた。まずは礼を言おう。この忙しい時期に集まるのは並大抵のことではなかっただろう。ゆえに、私は貴殿らと腹芸をする気はない。議題は王不在の現状、その打開策を考えようということだ。場合によっては代理の王を立てることも念頭に置きつつ、な」

 この発言からスタートした会議は混迷を深めていた。皆の脳裏にちらつく代理の王、それに現状最も相応しいのは大公家であるクンラート王の従弟である。年が離れておりまだ若すぎるきらいはあるが、それでも家柄から考えても第一候補。

 ゆえに誰もが厳しい局面と理解しながら、最高会議を開く手を上げられなかったのだ。今集まれば十中八九その話となり、大公家である彼が本命となることは目に見えている。

 だからこそ、マールテンだけはありえないと誰もがタカをくくっていた。何を隠そう若き大公はガチガチの親アルカディア派。同じ派閥である者でさえ少し躊躇することも平気で推し進めようとする一言で言えば白の王信者であったがゆえに。

「……なるほど」

 参加者のカリス侯爵はマールテンを見て苦笑する。

「何かな?」

「いや。大人物であるマールテン公爵ほどの男が、自らが嫌悪する道化と堕するを良しとされるとは、なかなか皮肉が効いていらっしゃる」

 マールテンが召集した会議である以上、配席も彼が組んでいる。本来、マールテン公爵と並ぶはずもないカリス侯爵が隣り合っている状態。あえて口にする者はいないが、どうにもきな臭い匂いが漂ってくる。

「喧嘩を売るならばもう少し大きな声で言ったらどうだ、カリス侯」

「まさか。閣下に歯向かう気など毛頭ございませんとも」

「そうか? であれば私は貴殿を推すとしよう」

 二人の間だけで交わされていた会話。しかし、発言の後半部分だけ皆に聞こえるような声量でマールテンは言葉を紡いだ。

 誰もが驚愕するやり取り。

「……そこまでやりますか」

 カリス侯爵でさえ苦い笑みを浮かべている。

 反クンラートの急先鋒が親クンラートの男を推す意味に、絶対的多数である親アルカディア派の面々すら表情を変えた。本気で主導権を奪いに来た、そういう絵図に見えたのだ。カリスが否定しようとも、一度出た言葉は消えない。

 消せない。

「貴殿なら喜んでくれると思ったがな」

「御冗談を。まったく、難儀な方ですな」

 反クンラート、親クンラート、併せて親ネーデルクスとするならば、過半数は得れずともある程度まとまった数になる。それに親アルカディア派とて一枚岩ではない。積極的過ぎる大公にノーを突きつけたいメンバーも中には存在する。

 マールテンの投じた一石は、彼らを揺らすには充分過ぎた。

 誰も彼もが揺れている。状況は、荒れた上、想像以上に均衡状態にあった。

「お望みの展開ですかな?」

「ふん、茶番であろうが」

 自らが生み出した茶番。

 それは何が為の――


     ○


「で、これが俺の見た神の槍ってやつだ」

「へたくそ」

「見るに堪えません」

「うるせえ物真似は苦手なんだよ!」

 部下に指示を出した上で、盛大に仕事をぶん投げてきた三人。

 クロードは二人の前で槍を振るった。とても不評であったが――

「ただ、感じは分かったよ。虎王と同じ。ただひたすらに難しい」

「妥協無き槍です。茨道であろうと最善を直走れと言われているような」

「ま、逃げんなよってこった。どんだけ難しい曲芸でも、それが最短最速なら迷いなくやれ。その上で百発百中で決めろってな。ほんと、馬鹿だぜ。なぁ」

「ええ、馬鹿です」

「本当にね。大馬鹿だよ」

 三人は笑い合う。そして、別々の道を征く。

「俺ァ、何となく、浮かんでるけどな」

「奇遇だね、僕もだよ」

「私の道は常に一つです」

 三者三様の槍。此処よりはより純度を高めていく作業。競い合いの中で生まれるモノもあれば、己が研鑽でしか昇華できぬモノもある。

 彼らの頭の中には別々の、まったく異なる道が在った。

 ゆえに道は分かたれる。


     ○


 病院内、カリスの自室に彼らはいた。

 偉大なるネーデルクスの現人神、シャウハウゼンを模して造られた正真正銘、純粋培養の槍使いが三人。入り口の近くで腕組みをしている男も含めれば室内には四人の槍使いがいた。いずれも神の槍を修め、真の神を目指す求道者たち。

「ママ、遅いわね」

「……会議が難航しているのか」

「たぶん、しばらく帰ってこないよ。王宮に縛り付けられたままじゃない?」

「何故?」

「勘だよ。今日、ママが家を出ていくとき、何となくそう思った。そう思っているように見えたんだ。不思議だなあ」

「理解不能。本当に不思議な人ね、貴方は」

「シャウハウゼンらしくない。神は柱だ。柱がふわふわするな」

「あはは、なら君の槍で正してみなよ。そうすれば念願の筆頭だよ」

「……いずれ、な」

 シャウハウゼンたちの会話を聞きながら、あと一歩でシャウハウゼンに成れなかった四番目の男はしかめっ面を深める。

「どちらにせよ、計画に遅れは出てるわ。貌無しにすら成れなかった初期型の、あら、名前、何だったかしら?」

「フェランテか。ママの理想を理解し切れなかったマーシアの連中が生み出した怪物。薬漬けの人工魔人。痛みもなく、苦しみもなく、ゆえに神も無し。哀れな存在だ。俺はとても可哀そうに思う」

「狂ってもなお、刷り込まれた理想を追い求める様は、美しいと思うけどね。でも、ああ、しばらくは動かせないな。ママの診断では内臓に相当の損傷があるらしい。外傷は目立っていなかったけど……ゆえにこそ仮面の騎士には注意しないとね」

「私たちの知らない技。神の御業にもないわ、そんなもの」

「無いということは必要ないということだ。無駄は削ぎ落とす。思考は無意味」

「さて、神が知らなかったという可能性もあると思うけど?」

「貴様の神は随分軽いな」

「神そのものに成ろうって男が、己が槍以上に重く見てどうするんだい?」

 歯ぎしりしながらこの場で最も強い男を睨みつける第二のシャウハウゼン。第三は我関せず。四番目はそもそも発言する気も資格も無かった。

「フェランテが動かせないと新たな三貴士たる我らが討つべき敵がいなくなる。その間に旧い三貴士を狙うのも悪くないと思ったけど」

「ノン。四番目と渡り合った暗殺者が所在不明よ」

「加えて死神と仮面の騎士擁する元神の子、ルドルフ、か」

「……『次』は必ず私が殺すわ。シャウハウゼンの名に懸けて」

「死神、ラインベルカか」

「俺は仮面の騎士の方が面白そうだと思うけどなぁ。強いのは死神だけど」

 暗躍する彼らと同じく、ネーデルダムに潜む敵。明確なる敵意と侮れぬ戦力。恐ろしいのは彼らを刺激して青貴士が表に出てくること。

 計画どころか全てが水泡と化しかねない。

 彼の存在を白の王が認めるはずがないのだ。それは同時にネーデルクスを燃やし尽くす炎となり、その発生を彼らは許容できない。全てはネーデルクスのため。それに仇名すようでは何のために立ったのか分からないのだ。

 書物や彼らのママ、教師、稽古役の先輩たち。それらを繋ぎ合わせて描いていた各々のネーデルクス、ネーデルダム。教わっていた通り美しい街並みだった。迷うことなく命を賭して守る覚悟がある。

 だからこそ、ルドルフの存在はただ其処にいるだけで恐ろしい刃と化す。

 表舞台に出すわけにはいかない。その前に勝負を終わらせる。

 もしくは仕留めるしかない。

「ママを待とう。軽々に動くほど事態は複雑化する」

「同感だ」

「ウィ」

「シンプルであれば何の問題もない。ただ俺たちが彼らに勝てば良いだけだ。挿げ替わった世界で、俺たちは立つ。そうすればほら――」

 最高傑作、彼らの中で最もシャウハウゼンに近づいた男は窓に映る蒼空を眺める。その下に広がる美しき街並み。夜でもあれだけ美しかったのだ。きっと朝の、昼の、大好きな蒼空の下で見る景色は、もっと美しいのだろう。

「俺たちはネーデルクスを、そしてネーデルクスはシャウハウゼンを取り戻す」

 もう少しでやってくる。長年の夢、叶う時がまもなく――


     ○


 時は少し遡り――

「ひーん」

 賭けに大負けし身包みを剥がされたルドルフと、

「……何と、神の子も此処まで堕ちたか」

 アーク一行がネーデルダムの片隅で出会う。

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