プレリュード:前夜祭

 王宮では今回の参加者や関係者、この御前試合を観覧するために訪れた諸外国の重鎮など多くが詰めかけていた。今日この場で参加者の組み合わせが王の口から述べられるのだ。トーナメント方式の一発勝負。負ければ終わりの方式ゆえに組み合わせは重要と成る。たった二日の開催期間も組み合わせの重要度を高めていた。

 出来るだけ消耗少なく勝ち上がる。組み合わせ次第では疲労の差で番狂わせもあり得る。戯れには丁度いいルール設定であった。これはエンターテイメント、若者にとっては数少ない力の見せ所であるが、見物人にとっては娯楽でしかない。

「クロード。私は腹を空かしています」

「だから何だよ?」

「肉」

「……はいよ」

「おいへなちょこ」

「んだよ」

「そいつより多くの肉を持ってこい」

「……勘弁してくれ」

 ネーデルクスから遥々やってきた三貴士が一人、『白虎』のシルヴィ・ラ・グディエ。白の麗人は同盟国であり敵国ともなり得る隣国の武人を品定めするためにやってきた。ネーデルクス第二位の槍使いとしてアメリアから『白』を継いで二年余り、彼女はその地位に十二分な実力と多少心許ない程度の知性を兼ね備えていた。

 シルヴィとベアトリクスは犬猿の仲、槍と剣、相容れるはずもなし。何故か間に挟まれるクロードは泣き出しそうな顔で周囲に助けを求めるが、彼女たちの逆鱗に触れたくない大多数が眼を背けるだけで終わる。

「うちの三貴士をこき使うの、やめてくれませんか?」

 シルヴィは横目でベアトリクスを睨む。

「あんなのでもうちの大将だ。貴様こそ分を弁えろ」

 ベアトリクスもまたシルヴィを横目で睨みつけていた。あくまで堂々と睨み合う形にはもっていかない。

「いつも大変だな。ネーデルクス王国の三貴士兼アルカディア王国の大将様は」

「ラファエルか。嫌味言う暇あったらあいつら止めてくれよ」

「私が何かを言う必要があるかい? 止める方法なんて簡単だ。君がどっちかを選べばいい。ネーデルクスかアルカディアか、どちらかをね」

「「それ!」」

 色々あって三貴士であり大将でもあるクロードは三方の敵を前に心が折れかけていた。選べるのであればクロードとてそうしている。しかし、槍の師であり良い意味で馬鹿が多く気の合うネーデルクスを捨てることも、自分の人生にとって最も大きな恩のある人物を裏切ることも、彼には出来なかった。その結果が今である。

「まあまあ、ベアちゃんもシルちゃんも落ち着いて。このスーパーでキュートなマリアンネちゃんがたくさんお肉を持ってきてあげたよー」

「「肉!」」

 お腹が空いていたのであろう、二人は食事に注力し始めた。自分への興味は肉以下、注意がそれてくれたのは嬉しいが少し釈然としない気分であった。

「あーらごめんあそばせ。モッテモテのクロード様の邪魔しちゃったかなぁ?」

「うるせー。俺にも肉くれ」

「これは日頃頑張っているラファエルっちの分。あ、ラファエルっち、あっちにメアリーがいるから会いに行ったら? またまた美人さんになっているよお」

「ふ、君には敵わないな。久しぶりに挨拶してくるとしよう」

「おい、メアリーに手を出したら殺すぞ」

「良いからクロードは肉でも食べてて!」

 マリアンネの一撃により肉を詰め込まれ呼吸困難に陥るクロードを尻目に、ラファエルは少し離れたところで談笑するメアリーのところに足を向けた。

 ラファエルに声をかけられた瞬間のメアリーを見て、マリアンネはガッツポーズ、クロードは面白くなさそうな顔で大量の肉を強靭な顎で無理やり咀嚼していた。

 ネーデルクス側は他にも数人、若い有望株も敵情視察といったところ。旧七王国はどこも何人かは顔を出している。彼らもまた今最も勢いのあるアルカディアを『視る』ために訪れたのだろう。談笑しながらも観察を怠りはしない。

「つーかマリアンネ、何でお前が此処に居るんだよ」

「本人が子供連れで直接招待状渡しに来たんだもん。断れないでしょ」

「本人って……王妃様がか!?」

「他に誰がいるんだって話。ほーら、噂をすればなんとやらってね」

 マリアンネの視線の先で大きなどよめきが生まれていた。そこには――

「三王妃に三貴子、か。ネーデルクスを真似る形になれど、それ以上に形容する言葉を私たちは持たない。美しく、各々が何かに突出している。母も子も、だ」

 着飾りし三人の美女、そして三人の子供がいた。

 一人はクラウディア・フォン・アルカディア。大国アルカディアにて最も美しく、最も偉大な血筋を持つ絶世の美女。誰もが羨む美貌と色香を兼ね備え、その眼のひと睨みで天にも昇る気分になると言う。

 息子はその美しさを受け継ぎ、誰もが目を向ける美少年へと成長していた。彼の微笑みは人を魅了し、彼の透き通った声は人々の胸にすっと入り込む。王の器量を持ち、いずれはアルカディア王家の血が玉座に舞い戻る、その器として注目されている。

 続く二人目はテレーザ・フォン・アルカディア。偉大なる大将バルディアスの孫娘。王の力と成れと命じられ、手荷物一つで王宮の門前で仁王立ちしていた女傑。「力と成るため馳せ参じた。私を嫁に取れ」と堂々言い放ち、王を笑わせそのまま王妃と成った。

 息子もまた武門の血筋らしく無骨で寡黙。幼さを感じさせない落ち着きがあり、母と本人の希望通り王の補佐としてすでに十分な雰囲気を持っている。バルディアスの血は必ずアルカディアの力と成る。そのための子だとテレーザは断言する。

 そして三人目は――経済政策や法改正など、政に携わる異色の王妃。武器はそれらの源泉である知性。また美貌を武器に社交界を戦ってきた姉たちには劣れども、世間一般の尺度では十分な美貌を持つ女性、エルネスタ・フォン・アルカディア。

 息子はそこにいるマリアンネと似た愛くるしい顔立ち。誰からも愛され、誰よりも愛する優しさを持つ少年である。どことなくその雰囲気は王妃の亡き姉に似ていた。

 彼女が王妃になった逸話は、未だに王都でテレーザの話と並び語り草となっている。

 絶対の美貌で君臨するクラウディア。自らも武芸を修めそれを背骨とし君臨するテレーザ。知性を武器とし政に介在するエルネスタ。三者三様、ゆえに三王妃。

「お前の姪、段々お前に似てきてんな」

「……私に、じゃないよ」

「あん? どーいう……おっと、我らが王様の登場だ」

 そして現れるは白の王ウィリアム・フォン・アルカディア。ただ姿を見せるだけで空気が一段引き締まる。本人が意図せずとも眼前に頂点がいる状況、緊張するなという方が難しいであろう。先ほどまで談笑に花を咲かせていた空間と同じ場所とは思えぬ静寂。

「ようこそ我が王宮へ。異国の客人方も遥々遠くからご苦労である」

 ウィリアムはそのまま広間に用意されたステージの上に立った。

「さて、いよいよ明日に迫った若き戦士の祭典……これは日頃の研鑽、その成果を出す場であり、見る者にとってはエンターテイメントである。この祭典の成功の暁には、エル・トゥーレにて全ローレンシア規模で同様の催しをしたいと余は考えておる。此度は試金石、出る者、見る者、それら全てが参加者と心得よ」

 エル・トゥーレにて世界規模の大会。開口一番飛び出した構想は白の王らしくスケールが違った。もし、このような武芸大会が世界規模で行われることと成れば、ある意味で代理戦争のような意味を持つようになるだろう。

 戦が競技として姿を変える。

(君がいつか言っていた。原始の合理、その発展形がこれか。競技としての戦争、悪くない考えだ。何も武芸だけに止まらせる必要もない。様々な分野で順位付けする大会とすれば、より門戸は大きくなる。さて、君はどこまで考えている?)

 人死にの出ない戦争。そのひな形が今回のイベントであるならば、存外この武芸大会が持つ意味も大きくなる。その荷、若者たちに背負えるか否か。

「ルールはシンプルにトーナメント方式とする。参加者の十六名は前へ」

 十六名、その言葉に場の空気がざわめく。進み出る参加者も怪訝な表情を浮かべ、王の左右に居並ぶ三王妃らも不可解な視線をウィリアムに送っていた。

「陛下よ、参加者は十五名ではないのか?」

 クラウディアの問いにウィリアムは笑みを浮かべ――

「十六、だ」

 断言する。クラウディアはその言葉に、その表情に、何かを察したのかウィリアムから視線を外した。他の二王妃もなすがまま、場が動き出すのを待っていた。

 ウィリアムは人垣の先、広間の出入り口を眺めていた。彼だけが、その扉が開くことを知っていた。最後の参加者が其処から現れることを――

 扉が開く。皆の視線が一斉に集まった。

「参加者は前に出よ」

 現れた人物を見て騒然となる広間。およそ王宮に相応しくない市井のいで立ち。走ってきたのだろうか大量の汗をかき、その背は視線を遮ろうとしているのか小さく丸まっていた。まるで罪人、咎人のような雰囲気でその少年は歩を進める。

「……そこまでやるのかよ」

 クロードは少年が握りしめているくしゃくしゃの封書を見ていた。簡易な封書の割りに仰々しい封止がされていた跡がある。

「王命、か。何を考えているのだあの男は」

 何人か、聡い者は気づいていく。少年の尋常でない雰囲気に、その手に握られている封書の意味を。王に目を合わせようとしない、近づくたびに震えが深まる様を、見る。

「やはり確執があるのか、あの親子には」

 参加者の列に加わる少年。その様子に知己の者たちは驚きの目を向けていた。

「全員そろったか。それでは栄誉ある第一試合の組み合わせを、余自らが発表する」

 嗚呼、これは、これではあまりにも――

「第一試合、パロミデス・フォン・ギュンター対アルフレッド・フォン・アルカディア。この二名によって此度の武芸大会の開始とする」

 特別扱いが過ぎる。クラウディアの眼が薄く細まる。ラファエルは驚愕したまま硬直し、他の参加者の関係者たちからは非難に近い疑問の言葉が漏れ始める。王命を用いてまで自身の息子を参加させ、あまつさえ第一試合に持ってくる扱いを特別と言わず何というのか。

(だが、何故パロミデスなのだ? もっと、息子に箔をつけたいのなら適任はいくらでもいるだろうに。パロミデスでは勝ってしまう。それとも、すでに話はついている、のか?)

 皆の頭に一瞬浮かぶ茶番の文字。同時に浮かぶ八百長という言葉。

「皆の代表として精一杯励むが良い。期待しているぞ、アルフレッド」

 名前を呼ばれびくりと縮こまるアルフレッド。明らかに異常な様子。目を合わせようとしない。顔を上げることが出来ない。これではまるで、父であるウィリアムを恐れているかのようだ。青白い顔色、震える身体、眼を合わせることなくきょろきょろと視線が逃げている。

「どうなってんだよマリアンネ。俺の知らない間に、何があった?」

「私も知らないよ。でも、きっと、何かが原因でアルは距離を取ってたんだ。兄ちゃんから逃げるように、王宮から、貴族たちの集いから、出来るだけ離れて――」

「雰囲気が変わっていたのも何かが理由ってか……何でも良いがよ、あれじゃあ戦えねえぞ。あまりにも精神状態が酷過ぎる。押せば倒れそうじゃねえか」

 何かがあった。この場の誰も知らぬ何かが。

 アルフレッドはこわばる身体に、ボロボロのメンタルに、歪んだ自嘲の笑みを浮かべていた。どれだけ大きなことを言っても、今の自分に見合う役割を見つけても、結局は逃避でしかないのだ。父から、王宮から、何もかもから逃げるために。

 殺意の視線から逃れんがために。

 あの日、アルフレッドは死んだ。殺されたのだ。実の父に。

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