幕間:増大する『力』

 ウィリアム・リウィウスはアンゼルムとシュルヴィアを連れ立ってアンゼルムの邸宅、その隠れ家に足を運んでいた。シュルヴィアを同行させることに難色を示すものが一名いたが黙殺、三人で蝋燭の火を囲む。

「随分と面白いことになったな。内も外も」

「はい、あの瞬間動かなかった国は無かった。アルカディアとオストベルグは死闘を、エスタードはサンバルトの傭兵と交戦している隙を突いて傭兵団を撃退。その間隙を縫ってネーデルクスとアークランドはエスタードの一部を喰い取った。ガリアスも牽制程度とはいえオストベルグに侵攻いたしました。世界が動いた日、この年は世界史に残るものとなるでしょう」

 アンゼルムがざっとおさらいをする。シュルヴィアは格好をつけて紅茶を飲むが、砂糖抜きでは苦かったのか砂糖の塊を三つほど紅茶にぶち込んだ。ちなみに砂糖、それなりに高級な嗜好品である。

「内側も混沌としていますね。先の戦い、第一功は特別枠としてカスパル・フォン・ガードナのものとなりました。第二功は全体の指揮を取ったバルディアス、第三はヤン、そして第四功はウィリアム様……その下は有象無象。論ずる必要もないでしょう」

 ちなみに第五功はカール・フォン・テイラー。その次がグスタフ、ギルベルトと続く。

「シュルヴィア、この結果でこの先の動きが決まる。お前にわかるか?」

 ウィリアムがシュルヴィアに問う。砂糖をさらにひとつかみしたシュルヴィアは、

「わからん」

 と斬って捨て砂糖をそのまま口に含んだ。「うむ」と満足げな様子。

「……まったく、お前という奴は。折角ウィリアム様が問いかけてくれたのに、それを踏み躙り、あまつさえ……おい、いい加減にしろ。砂糖はただではないんだぞ」

 砂糖をさらに食べようとしたシュルヴィアに釘を刺す。

「けちけちするな。貴族の癖に。わかった、考えてやる。だからそう睨むな。そうだな……バルディアスが偉くなる。ヤンが偉くなる。ウィリアムが偉くなる。どうだ?」

 アンゼルムは頭を抱えた。ウィリアムはくっくと笑いシュルヴィアに視線を向ける。

「まあ間違ってはいない。今回の件でバルディアスはさらに磐石に、ヤンもラコニア周辺の土地を与えられた。そして俺は師団長に昇進だ。確かに偉くなっている。では偉くなるとはどういうことか。偉くなったということを、どうすれば上に繋げられるのか」

 シュルヴィアはお手上げと言った風に首を振った。

「そして偉くなると言う事は誰かが落ちるということでもある。俺が師団長になれたのは、何処かの誰かが落ちたから、もしくは上に行って席が空いたから、その二点しかありえない。国は椅子の数を滅多なことでは増減させないし、する必要もない」

 ウィリアムも自身の紅茶に口をつける。

「今回は前者も後者も考えられる。多くの犠牲者が生まれた結果、席が空いたともいえるし、多くの功を上げた連中が上に行ったから席が空いたという側面もある。とにもかくにも俺は師団長になり、さらに二つの大きな武器を手に入れた」

 武器と聞いてシュルヴィアの興味が戻る。

「また新しい武器か。私に使わせてみろ。上手く使ってやる。その結果私に殺されろ、な」

 アンゼルムは剣の柄に手をかける。シュルヴィアもまた笑いながら殺気を撒き散らす。

「残念ながらお前の想像している武器じゃない。今回のは形のない武器だ。そして形がないからこそ、この武器は何よりも強力は武器となる。何かわかるかアンゼルム」

 問われたことに喜色満面になるアンゼルム。その面を見てシュルヴィアは気持ち悪そうな顔をした。

「一点は地位の向上、とうとうウィリアム様は市民の壁を越えられた。たかが男爵、されど男爵位。貴族であるのとそうでないのとでは動きやすさに差が生まれるかと」

 そう、ウィリアムは今回の戦、そして北方での功績が認められ、男爵位を拝命していたのだ。これによってウィリアムは名実共に貴族の仲間入りを果たす。騎士位では手が届かなかった実が、男爵となることによって確固たるものになったのだ。

「二点目は此度の人事異動。私はいささか承服しかねる点もあったのですが、とかくウィリアム様はアルカスにバルディアスの側近として赴任することが決まりました。これは戦場に出るよりも国家という枠組みで考えれば大きなことかと。何しろ国で一番の将軍の下で働くのです。色々、できることは多いと思います」

「正解だ。さすがアンゼルムだな」

 褒められて頬を紅潮させるアンゼルム。末期症状である。

「お褒め戴き光栄です、マイロード。それで一点お願いしたいことがあるのですが」

「いいぞ。今回の人事異動の件以外ならな」

 アンゼルムは絶望に叩き落された表情になる。シュルヴィアはそれを見てほくそ笑む。心の中では(無様だなキモ男)とでも思っているのだろう。

「し、しかし今回の件は承服しかねます。私がラコニアに行くのは百歩譲って理解できます。ですがこの雌が何故、ウィリアム様の副官としてアルカスに残るのですか? その役は私でも良かったはずです」

 今度はシュルヴィアが絶望の貌を見せる。どうせ戦場に行くのは決まっていると人事に興味のなかったシュルヴィア。まさかこうなっているとは露とも思っていなかったのだ。そう言えば同郷の者たちが頑張れと言っていた気もするが――

「バルディアスとヤン、そして俺が決めた人事だ。口を挟むな」

「ですが!」

「黙れと言っている」

 ウィリアムから放たれた圧力にアンゼルムは気圧されてしまう。立ち上がっていた膝が砕け、すとんと椅子に座る。その顔は半面ながら青ざめているのが見て取れた。

「私は断る。貴様は私を成長させると言った。その結果寝首をかいて良いとまで言い切った。その癖私が戦場に出て研鑽するのを止めるという。矛盾しているだろう?」

 シュルヴィアは空気を読まずに否定の言葉を放つ。否、空気を読みながらもあえて一歩踏み込んだのだ。約束が違うじゃないか、と。

 その様子を見てウィリアムはため息をついた。

「今のお前たちが俺の役に立つことは無い。お前たちに出来ることは俺にも出来るし、お前たちは俺の代わりになりえない。力不足だ。今のお前たちは換えの利く駒。それ以上でもそれ以下でもない。理解したか?」

 あまりの言い草であったが、二人とも力差については理解しているので口を挟まない。そもそも挟める空気ではない。ウィリアムの目を見ればわかる。挟めば、失望と共に処理されることを。

「此処から先、ある程度優秀な駒が要る。ある局面では俺の代わりになれるような、そういう駒だ。そしてお前たちにはそうなってもらう」

 どくん。二人の心臓が弾む。

「アンゼルムは戦場で牙を磨け。少しばかり最近のお前は俺の副官としての動きが板につきすぎた。今のお前に一軍は任せられない。俺の役に立ちたいなら、自分が一軍を率いて勝利する経験を積め。そろそろ便利屋は卒業しろ」

 アンゼルムは恍惚の表情となる。自分の主が自分のことをこれほど考えていてくれていた。そのことに震えるほどの感激を覚えているのだ。

「シュルヴィアは考える癖を付けろ。馬鹿に将軍は務まらん。俺を超えたいなら、力だけで超えても意味がないぞ。お前が俺を倒せるようになった頃、お前の刃は俺に届かぬことだってありうる。単純な力だけの馬鹿から卒業して世の中を学べ。その上で力を付けろ。アルカスでも強くはなれるだろう?」

 シュルヴィアは不承不承で頷いた。自分にそういうものが欠落しているのは嫌でも理解している。食わず嫌いで今まできたが、そろそろ目指す背中の遠さに焦りを覚えてきたところ。追いつくために何が必要かを考えるためにも、これは必要なことなのかもしれない。

「使える駒になれ。何か一点でいい。俺を超える何かを身に付けろ。お前のように」

 ウィリアムは戸口を見つめていた。ぎぃと鈍い音を立て開放される扉。その先にいた人物は――

「そうだろう? アインハルト・フォン・テイラー」

 ウィリアムの商いの面をサポートするアインハルト。しわまみれの服を着て目にくまをこさえているが、聡明な顔つきは変わっていない。

「買い被ってくれるな。いま自分の無力さに呆れ果てているところだ」

 ウィリアムが目で合図してアンゼルムに椅子を用意させる。アンゼルムはじろりとアインハルトを睨むがそれに返す気力を彼は持ち合わせていなかった。

「何があった? まあ、ある程度は予想できるが」

 ウィリアムの問い。アインハルトは頭をかく。

「端的に言えばうちの武器部門、その心臓である工房を引き抜かれた。残ったのはエッカルトといくつかの中間商い、小売もそうだな。とにかくこっちも方々伝手を探ったが、武器商会全てで締め出しを食らった。情けない話だ」

 アンゼルムはわが意を得たりと罵倒しようと――その頭をシュルヴィアに叩かれる。

「弱みに付け込むな。男が頭を下げているのだぞ」

 ぐぬと押し黙るアンゼルム。一応この中では最古参でありこの家の主である。

「当然だな。隙間とはいえ拡大する勢力、俺が『力』を抑えている薬品とは勝手が違う。既得権益は自分たちの侵そうとする力に敏感だ。上は、そう易々と好きにさせてくれんさ」

 ウィリアムの余裕を見てアインハルトはいぶかしげな顔をする。シュルヴィアも理解できていない。アンゼルムのみがこの余裕の正体を正しく理解していた。

「明日、武器商会の重鎮たちと会談がある。会談という名の最後通告、だろうがな」

「俺も出よう。そこで見せてやる。俺が偉くなって得た『力』の一端を」

 ウィリアムは余裕の笑みで持って紅茶をすすった。まるで勝つことがわかっているかのような振る舞い。アインハルトにはとうとう打ち破ることの出来なかった八方塞。ウィリアムならば破れると言うのだ。

 アインハルトにとってもそれは興味深いものであった。


     ○


 居並ぶ面々の重圧は将軍に勝るとも劣らない雰囲気を醸し出していた。全員が大商会の長、アルカディアという七王国の武器をつかさどる怪物たち。新たに湧いて出てきたリウィウス商会、大きくなる前に踏み潰す。完膚なきまでに、絶対の力でもって――

「随分待たせるな。そろそろ始めたいのだが、テイラーの小倅」

「少々お待ちを、ヴェルナー伯爵。あと少しで来ると思われます」

「我々をこれほど待たせる市民上がり、か。少し勘違いしているのではないかね? 確かに戦場では多少の活躍を見せているようだが、商いの面では素人も同然。我々を敬えとは言わんが、先人に対し多少の敬意に欠けているのではないか? ん?」

 言葉攻めに合うアインハルトの額には早くも大粒の汗が浮かんでいた。相手は目上も目上、遅刻などしていいわけがない。ただでさえ今回は自分たちを処断するための場。これでは印象が悪くなるばかりである。

「会談が始まる前にはっきりしておこう。此度の会談は貴殿らリウィウス商会に対する最後通告である。恭順か滅びか、二つに一つだ。無論、わしらは貴殿らが滅びを選択するとは思っておらん。わしらと共に歩む道を信じておる」

 そしてアインハルトの前に羊皮紙の巻物が置かれた。重鎮らは目で開けろと促す。

 それを開けるなりアインハルトの目が見開かれた。がばっと彼らを見る。

「不服かね、妥当な条件だと思うが」

「こ、これではあまりにも……これほど吸い上げられたならば、たちまち商売は立ち行かなくなるでしょう。傘下と言ってもやりすぎ、これでは死ねと仰られているようなもの――」

 言葉の途中でアインハルトは彼らの目に浮かぶ喜色を見た。滅び行くものを見る愉悦。檻の中を覗き込み、そこで苦しみのた打ち回るものを見て笑っている。彼らにとってアインハルトたちはそういう存在なのだろう。見世物小屋の猿。その滑稽さを見て彼らは喜ぶのだ。檻を抜けようと必死に足掻く様を見て――

「まあまあ、リウィウス商会には薬品という武器があるではありませんか。あれはおいしい商売ですな。是非是非我々にどうやって手にしたかをご教授いただきたいものです」

 そしてさらに踏み込むつもりだ。一切合財の芽を摘む。無論、彼らはウィリアムと闇の繋がりを知らない。だが、彼らもルートさえ知れば参入することは出来る。正攻法でこられた場合、闇はウィリアムを守ってくれるのか。負けた男を庇護してくれるのか。そもそも正攻法で勝る相手、商の王である大商会相手に闇が何かできるのだろうか。もし庇護が無く体力勝負に持ち込まれた場合、アインハルトたちに勝ち目は無い。

「どうせ商いの行く末を決めるのは貴様なのだろう、成り上がりのテイラーよ。さっさと決めてくれぬか。我々も暇ではない」

 アインハルトは渋面を浮かべる。八方塞からの槍衾。これでは完全に詰み。如何にウィリアムとてこの状況を打開できるとは思えなかった。来たところで無意――

「お待たせしました。小さな商会相手にこれだけの面々。光栄の極みですな」

 ウィリアムの登場に場の空気が一変する。先ほどまであった薄い敵意。それが彼の軽薄ともつかない登場に爆発する。彼の表情は遅れたことに対する謝意も無ければ、これだけの面子に対する敬意もなかった。特に敬意に関しては欠片も感じ取れず、むしろ自らが王とばかりに一言も無くどさりと座る。

「どうやらサー・ウィリアムは作法を知らないらしい。まあわしらは気にせんがね」

「では口をつぐまれればよろしい。私は作法を知らぬわけではなく、作法を使うべき相手を見定めているだけです」

「我々を使うべき相手ではないと考えているのかね」

「ご想像にお任せします」

 周囲に空気が凍る。絶対零度の敵意。もはや薄皮一枚被る気も無い。徹底的に潰してやる。この場の総意が固まった。銅貨一枚この男には残さない。

「さて、私も忙しい身でして。手短にしましょう」

 いちいち敵意を煽るウィリアム。アインハルトも唖然とその姿を見ている。

「貴様らに対する最後通告だ。その書状の条件を飲むか、滅ぶか、二つに一つ。選べ礼節なき異人よ。どちらを選んでも貴様に商いの道は無いがな」

 アインハルトから羊皮紙を受け取り、一瞬だけ目を通す。そして次の瞬間――

「羊皮紙の無駄遣いですな」

 破り捨てた。これで決着とばかりに席を立とうとする商会の長たち。これ以上一秒としてウィリアムの前におりたくないのだろう。だが――

「お待ちを。まだ此方の話が終わっておりません」

「貴様のような小僧と話す言葉は持たぬ。我々も忙しい身でな、これにて失礼する」

 席を立ちこの場を後にしようと扉の前へ赴く長。それを一瞥もせずウィリアムが浮かべている表情は笑み。余裕を、未だ崩していない。

「まあ私は構いませんが。私としても一顧客として筋を通しておきたかっただけ。本来なら貴方方の耳を通す必要もありません」

 顧客、その言葉が彼らの足を止めた。じろりと、ウィリアムの背を睨む。

「確かにぬしは軍人。わしらにとって客だろう。だが一個人の客を失ったところでわしらには傷一つつかん。確かぬしは師団長になったのだな? それで強気か愚か者。自惚れるなよ小僧。師団一つの武器程度、わしらに対する交渉材料としてはあまりに小さいわ!」

 大商会の長。取り扱う武器防具、其処に生まれる莫大な金に比べれば師団一つでもかすり傷。彼らに対する比例を雪ぐには至らない。その気も無い。

「私のことを知っておいでのようですが、少し認識が異なるので訂正しておきましょう。私は確かに師団長となりました。だがその仕事内容については貴方方の想像とは大きく異なる。私の仕事はアルカディア第二軍大将バルディアス様の側近――」

 長たちの目が、敵意が、

「つまりは第二軍の財布を預かる身、というわけです」

 消し飛ぶ。変わりに生まれるのは目の前の男に対する畏れ。アルカディア第二軍は一軍、三軍に比べて人数自体は倍近く保有しており、当然この国で一番大口の顧客となる。その財布を預かる身、一瞬で目の前にいる男の認識が変貌した。

「そ、そんな馬鹿な。貴様のような若造が、そんな大役仰せつかう訳がない」

「エアハルト殿下、バルディアス様、お二人に聞きに行かれるがよろしい」

 此処で飛び出す王子の名前。今回の戦で第二王子は自身の軍が活躍したことにより、王レースで大きく飛躍した。第一、第二の序列を超えるほどの飛躍、その契機を作ったのがウィリアムである。加えてウィリアムとは元々何度か会っている関係。ありえないとばっさり切るにはいささか得心のいく点が多すぎる。

「……それで、貴様の話とはなんだ?」

 ウィリアムは立ち上がることどころか視線を合わせることもしない。

「私も忙しい身ですので端的に。貴方方を我が商会の傘下としたい」

「馬鹿げている。我々には第一軍、第三軍の取引先もある。加えてそちらには供給すべき武器を作ることも出来まい。現実的に考えれば、依然として我々の方が立場は上だ」

「貴方方が私に従わないというならば、アルカディア第二軍は海外から武器を仕入れるだけです。我が商会を通して、ね」

 流石に此処までいくと笑えない。余裕を装うことも出来ず、彼らの顔から笑みが消えた。浮かぶのは困惑と疑念。彼らの商人としての矜持と誇りが曇り始める。

「ふざけるな。それは国家の利益を大きく損ねる行為だ。あまりに情理に反している」

「ふざけてなどおりません。私はもちろん国家に損はさせませんよ。既存より安く仕入れ、既存より安く売る。貴方方が大きく乗せている利益を削るだけで事足りる」

 ウィリアムの表情は見えない。それが彼らの心を揺さぶる。いっそはしたなくも回り込んで表情を覗き込みたい。そういう欲求に駆られてしまう。

「ご理解いただけましたか? 何度も言いますが私はとても忙しい。ゆえに期限を設けたいと思います。期限と言っても時間ではなく、皆さんの行動如何によって生まれる順番と言った方が正しいですが」

 ウィリアムの背から発せられる雰囲気。隣に座るアインハルトだけがその表情を見ることが出来た。その貌を見て、その雰囲気に呑まれて、アインハルトは再確認する。ウィリアム・リウィウスという男の恐ろしさを。

「一番に私の味方になってくれた方を我が商会での序列二位につけましょう。アインハルトと同等、商会全体の管理を担当していただきます。加えてご自身の商会から我が商会への上納金も少なくしましょう。二番目、三番目、順番に役職と格差を設けます。この場におられる八人。一から七まででかなりの差をつけます」

 アインハルトは息を呑んだ。このやり方を、彼は知っていたのだ。彼の父であるローラン・フォン・テイラーの得意技。この方法で彼は大きく勢力を伸ばした。そして多くの同業者を死に追いやった。

「八人いるのだ。八番目はどうなる?」

「我が全力を持って八番目は潰します。草木一つ残らぬよう、剣の一本すら売れなくなるよう、念入りに、完膚なきまでにすり潰します」

「なっ、なんだとっ!?」

 アインハルトは目を瞑る。これは――悪魔のやり方なのだ。

「此処に細かい条件の書かれた羊皮紙を置いておきます。後はそちらでご精査ください」

 ウィリアムが振り向く。その顔に浮かぶのは天使のような無垢なる笑顔。邪気の無いそれは、先ほど脅しのようなことを言っていた男とは思えないものであった。それゆえに恐ろしいのであるが――

「後一点付け加えるならば、第一軍及び第三軍、そちらの取引先なら大丈夫であると高をくくらないほうがよろしいかと。これは忠告のようなものですが」

 ウィリアムの言葉にそちらをメインユーザーとしている商会の長はびくりとする。真偽は定かではないが、この牽制は大きな効果を生む。どこか他人事であった者も舞台に引きずり込んだのだ。八人全員が関係するように――

「それでは失礼いたします。帰るぞアインハルト」

「あ、ああ」

 そのまま颯爽と長たちの横をすり抜け、ウィリアムたちは退室する。

 残された長たちは愕然とした面持ちでそれを見送る。絶対的なポジションにいた彼らの足場が大きく揺らぐ。こうなることなど想像すらしていなかった。ウィリアム・リウィウスが引っ繰り返したのだ。天地逆転――

 彼らは目配せする。私は敵じゃない。私は味方だ、あの男の側につくものか、と。しかしそれを心の底から信じられるものなどいない。彼らは商人である。そして商人とは利を尊ぶ。利はどちらにあるのか、彼らの頭にはそれしかない。

 それゆえに彼らは苦悩する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る