青貴子対英雄王:蹂躙の戦場

 死神が英雄王を圧倒していた。周囲が助けに行こうとするも『赤鬼』と『白薔薇』、『黒』の部下たちが全力で止めに入る。よしんばそれを抜けたとしても――

「殺、殺」

 身体を横なぎにされ、そこから臓物を引っ張り出し振り回される。即席の鎖鎌のようにウェルキンゲトリクスに投擲、かわしたところを躊躇なく攻め込む。これでは無駄な死体を増やすだけ。英雄王の邪魔になるだけ。ようやく彼らにも理解できた。

 もとより近づかないネーデルクス側と状況を理解して近づかなくなった聖ローレンス側。ぽっかりと生まれたスペースを、死神が縦横無尽に駆け回る。

「殺ォォォオ!」

 押しているのは間違いなくラインベルカ。その速度は甲冑の重さを感じさせず、その力は黒の重厚感そのもの。技量も卓越しており、人の限界を超えていた。

「ば、化け物」

 死の匂いが辺りに充満する。それこそが死神の最も恐ろしき力。死の恐怖は伝播するのだ。死を乗り越えたはずの聖ローレンス軍に今一度死を与える。死の恐怖を刻み込み、生に縋りついたところを殺す。

「ギヒッ! コロス、タリナイ」

 死が世界を覆う。聖ローレンスの柱が揺れていた。


     ○


 戦場を眺めるルドルフ。その手には珍しくおっぱいが握られてなかった。つまらなさそうにコインをくるくるもてあそび、軽く放り投げる。落ちたコインを見て、さらに顔をしかめるルドルフ。

「結局僕の代わりにはならないか」

 冷めた眼、何の感情も灯さぬ瞳は――

 ぱんぱんと手を叩き、お付の者を呼びつけるルドルフ。「何用でしょうか」と問う相手に視線を合わせることもなく、

「全軍に伝えて」

 冷たい声色で命ずる。

「撤退」

 一言、簡潔に用件を述べた。

「は?」

 しかしそれはあまりにも突拍子がなさ過ぎて、お付の者は聞き間違いかと思ってしまった。その反応に苛立ったのか、初めてルドルフは彼に目を合わせる。

「同じことを二度も僕に言わせるつもり?」

 その圧倒的なまでの冷たさに、

「は、はい! すぐに伝えさせます!」

 彼は理解する。

 今、ルドルフ・レ・ハースブルクは本当の意味で機嫌が悪い。普段からルドルフの機嫌は乱高下するが、これほど悪いのはなかなかお目にかかれなかった。ここで下手を打てば自分の命だけではすまないと男は考える。ルドルフの怒りに触れたなら、一族郎党にまでその逆鱗は及ぶのだ。

「一応、『あれ』も回収しといて。まあ無理そうなら置いてって良いよ」

「わかりました」

 『あれ』と言われて察せぬようならルドルフの部下にはなれない。早々に用件を伝えるべくこの場を去る男。やはりそれに目を合わせず、好きでもない戦場を見下ろすルドルフ。

「少しは期待してたんだけどなあ。まあいいや」

 ルドルフはコインを弾く。白と黒が入り乱れ、地面に落ちた後もくるくる回る。

「僕がやれば良いんでしょ」

 そう言った瞬間、コインが白の面を上にして倒れる。それを見てさらに顔をしかめるルドルフ。いつものへらへらした顔はそこにない。

「ほんと、神様って最高にクソ野郎だね」

 ルドルフはコインを足で踏み躙り、最高につまらなそうな顔で世界を見下ろしていた。


     ○


 違和感はあった。単独戦闘ならばネーデルクス最強の『死神』をぶつける作戦。確かに上手くいった。このままなら勝てそうにも見える。

「マルスラン様。本陣の方角を!」

「撤退の狼煙? 今、この状況でか?」

 本来ならば誤報だと切り捨てるところ。しかし三貴士たる『赤鬼』マルスランには何か予感があった。そしてそれは――

「鬼!」

 同じ三貴士である『白薔薇』のジャクリーヌも感じ取っていた。此処でようやくマルスランの予感が確信に変わる。二人が動き出そうとした瞬間、

「そろそろ、か」

 ウェルキンゲトリクスの雰囲気が変わったのだ。

「くそ!? 罠か!」

 察したところで時すでに遅し。


     ○


 戦場が、揺れていた。聖ローレンス軍の喝采が大地に木霊する。

「殺、ス。ギィ、ガ」

 こと此処に至って察しの良いものなら理解できていた。ハメられたのだ。『死神』のラインベルカが、三貴士が、ネーデルクスが、たった一人の男に敗北する様を見せ付けるために。戦意高揚のための生贄――

「主よ、目の前の哀れな御霊を救いたまえ」

 ウェルキンゲトリクスが倒れている死神を睥睨しながら両手を広げ喝采に応える。英雄王の輝きが増していく。互いに秘していた本気、そこには差があった。死神は初めて壁にぶつかってしまう。

「殺!」

 ウェルキンゲトリクスというあまりにも高過ぎる壁に。

「無駄だ」

 起き上がり突貫する死神。その威力は先ほどと遜色ない、むしろ跳ね上がってすらいた。しかしウェルキンゲトリクスの言葉通り、無駄な行いとなってしまう。

「ギ、ガァ」

 鍔迫り合う両者。というより一方的に死神が押し込もうとするも、英雄王はびくともしない構図である。揺らがず、動かず、圧倒的な威容。

「これで我が軍は完成した。此度の戦、完全に勝たせてもらう」

 自ら窮地を生み出し、自らの手で逆境を撥ね退ける。不安からの開放は人々を更なる熱狂に駆り立てていく。その実、ウェルキンゲトリクスに隙はなく、そういう演出を成す余裕すらあったのだ。

 そもそも包囲陣を広く敷き、中央突破を誘ったのもウェルキンゲトリクスの策であった。相手の最強の駒を引き出し、それを倒すことで味方の戦意向上と敵の戦意喪失を狙える一石二鳥。これが三大巨星最強と謳われた男のやり方。最強のモチベーター、英雄王ウェルキンゲトリクス。勝ち続けてきたのにはわけがある。

「負けるのは初めてかね?」

 咆哮する死神の死力にすら悠々と対処する。もちろん見た目ほど両者の力に差はない。しかし場の空気が、熱狂的なまでの信仰が、ウェルキンゲトリクスに重くのしかかり、その重さがそのまま剣に乗る。

 背負いし者の強さ。半世紀君臨し続ける化け物はただ強いだけではない。

「貴殿の強さは薄っぺらい。ゆえに勝てぬ」

 それだけの責務と重圧、王であり戦士であり英雄である者に課せられた使命。それを全うし続けた者のみが得られる、勝利を引き寄せる引力があった。ストラクレスやエル・シドも持ち合わせる勝者の引力。時代を征した者のみが持つ力こそ、他の星と巨星の最大の違いであった。

「殺殺殺殺殺殺、コロ――」

 死神のやけくそ気味の連続攻撃。それらをすべて弾き返し、

「終わりだ」

 一閃。死神の兜が断たれ、黒き鎧もまた深き傷を負う。

 血が噴き出て、ラインベルカは崩れ落ちた。ウェルキンゲトリクスは止めを刺すべく剣を振り上げる。ラインベルカの意識はない。

「冗談じゃないわよ!」

 ウェルキンゲトリクスの背後から強襲するのは『白薔薇』ジャクリーヌ。その槍はとてつもない速度でウェルキンゲトリクスの身体を通り抜けた。否――

「良い槍だ」

 紙一重、本当に紙一重でかわされている。馬上からの流れるような連撃。しなる槍の柄が変幻自在の攻撃を可能にしていた。そして、それら全てが紙一重でかわされていく。紙一重、果てしなく遠い紙一枚。

 長射程であるはずの槍の雨をあっさりとくぐり抜け、ごくごく自然に剣を振り上げる。その最中も槍は轟いているがまったく届く気がしない。

「死ッ!?」

 一瞬、ジャクリーヌは死んだと思った。走馬灯のように流れる記憶は今まで矛を交わしてきた熱き男たち。あと鏡で見た美しき自分の姿である。

「ふんが!」

 その一瞬を切り取る形で、マルスランの棍棒がウェルキンゲトリクスの頭部があった場所を吹き飛ばす。空振る棍棒、後ろにちらりと目を向けるウェルキンゲトリクス。それだけでマルスランの体から一斉に汗が噴き出してきた。

「あと五秒稼ぐからそのメスブタを回収なさい!」

「急げ! 死ぬぞ!」

 死神の部下たち『黒』に命じる二人。あの狼煙からは撤退の意図しか伝わってこない。失敗した死神を確保せよとは命じられておらず、ならば確保する義務も義理もない。それでも二人は一瞬すら迷わず死神を回収させるため命を張った。

「ぐ、おッ!? し、死ぬぞほんとに!」

「早くなさい!」

 たった一秒が遠い。挟まれながら攻撃を華麗にかわし、致死性の攻撃を幾度も繰り出してくる。対してマルスランたちは命を繋げるので精いっぱい。両者にはそれだけの差があった。

「ラインベルカ様!」

 即座に己が主を回収する『黒』。その手際は素晴らしく早かったが、相手が相手かつ究極にまで士気の高まりを見せている聖ローレンス軍相手に、掻い潜り戻ることができるのか。今この瞬間は三貴士の二人が何とか止めているが、次の瞬間どうなるかなどわからないのだから。

「あの死神に、貴殿らが命を賭けるほどの価値はあるか?」

 馬上からの連撃を流れるように掻い潜りながらウェルキンゲトリクスは問う。その余裕に二人は嫌な汗が滝のように流れ落ちる。

「さてねえ。でも、わたくしたちよりは価値があるんじゃなくって!」

 ジャクリーヌの華麗なる槍捌き。これほどの槍術を用い、これだけの軍を操る三貴士の命二つが、死神一人と比して価値が劣ると二人は考えている。ネーデルクスへの忠義が二人をこの死地に追いやった。

「なるほど。良き将だ。殺すには惜しい」

 それでもウェルキンゲトリクスの剣は緩まない。むしろ加速し、ジャクリーヌの二の腕を切り裂く。痛みで顔を歪めるジャクリーヌ。それでも槍は緩めない。

「だからこそ、殺すべき相手だということ。総員包囲陣形、死神はこぼして構わぬ。この二人だけは必ず仕留めよ!」

 ウェルキンゲトリクスの号令に、咆哮で応えるローレンス軍。もはやこれまでと顔を弛緩させる二人。三貴士二人を失うという大失態。神の子、『青貴子』ルドルフ・レ・ハースブルクへの期待は地に堕ちるだろう。

「仕舞いとする」

 神は、それを許すか。


     ○


「おいおい、この僕がやる気になったんだぜ? テメエの運量じゃ勝てねえよ」

 ルドルフが世界を睥睨する。見上げるは巨星、見下ろすは神の子。

「万に一つを得るから神の子なのさ」

 ルドルフは、コインをもてあそぶ。

 神の子は、運命すら捻じ曲げる。自覚せず、努力せず、ただ存在するだけで勝ち続ける。

 だからこそルドルフはハースブルク家の後継者になったのだ。


     ○


 ウェルキンゲトリクスが戦いを終わらせようと前屈みになった瞬間、大地が揺れた。突如の出来事にウェルキンゲトリクスは体勢を崩す。他の聖ローレンス軍も、ネーデルクス軍も、熱狂も絶望も忘れて揺れる世界に呆然と立ち尽くしていた。

「ヅァイ!」

 この好機、逃さなかったのは三貴士、『白薔薇』のジャクリーヌ。この揺れにも動じなかった愛馬も見事であったが、英雄王の姿勢の崩れを見切ったジャクリーヌも見事。美しき軌跡がウェルキンゲトリクスを吹き飛ばす。

「逃げるわよ鬼!」

「ふは、九死に一生を得たぞ」

 一切の躊躇いなく全速力で逃げる二人。受身を取って追いかける姿勢を見せるウェルキンゲトリクス。相手が騎馬とはいえ乱戦の中を早く離脱できるわけがない。追う事が可能と見て英雄王は動き出す。

「行かせぬぞ! 英雄王!」

 それを阻むは赤と白の兵たち。ウェルキンゲトリクスは意に返さず切り捨てていくが、それでも殺到し続ける。死ぬとわかっていながら。

「御命令ください。ジャクリーヌ様」

 併走する騎馬の部下。ジャクリーヌと共に戦場を駆けたこと幾度か。

「わたくしの、ネーデルクスのために死になさい」

「御意!」

 同胞を引き連れ回頭し、突貫する部下たち。それを一瞥もせずジャクリーヌは逃げ去っていく。背後にまみれるは血風。吹き荒れるは殺戮の嵐。

 マルスランの部下たちも同じように突貫し散っていった。赤と白の兵たちの命があっさりと散る。熱狂を取り戻した聖ローレンス兵とウェルキンゲトリクスの手によって。

「ここは死しても通さぬ! 三貴士こそネーデルクスの誇りだ!」

「良き、実に良き。我が剣、貴殿らの忠義によって阻まれたぞ」

 その覚悟を飲み込んで、巨星は全力で相手取った。騎馬も歩兵も殺し尽くす、巨星『英雄王』ウェルキンゲトリクスの本気。それこそが忠義を見せ付けた者たちへの礼儀と思い、最高の輝きの中、白刃が煌いた。

 美しき忠義の花が咲き乱れる。


     ○


 ルドルフの御前に膝を折るのは、先ほどまで戦っていた三貴士の面々。それを囲うように赤白黒の部下たちが沈痛な面持ちで居並ぶ。皆一様にボロボロであり、すでに雰囲気は敗戦ムードであった。

「それで、何か僕に言いたいこと、ある?」

 ルドルフの声は冷たかった。誰もが押し黙る。特に黒き――

「ないの? ないわけないでしょ? ほら、言ってみなよジャクリーヌ」

 先日は視線を合わせようとしなかったルドルフ。しかし今はジャクリーヌを凝視している。顔を上げ、その冷たい視線に喉を鳴らし、それでも口を開いた。

「ルドルフ様の策、失策であったと、わたくしは思います」

 こちらも先日はお坊ちゃまなどと軽い口を利いていたが、今のルドルフにそのような口を利けるわけが無い。あまりにも、普段のお茶らけたルドルフと異なり過ぎていた。雰囲気が、佇まいが、何よりもその眼が――

「へえ、言うねえ」

 場はしんと静まり返っている。怒りを買ったかと、ジャクリーヌは震えた。

「正直でいいよ。なかなか骨のある男だね。オカマにしとくにはもったいない」

 ルドルフはジャクリーヌに向かって笑みを浮かべた。そしてマルスランにも視線を向け――

「御苦労だった。『赤鬼』、『白薔薇』、僕は君たちを過小評価していたようだ。そしてその部下たち。生きているものも、死んでいるものも、僕の想像を超えてよく戦ってくれたね。褒めてつかわす」

 赤と白を褒め称えた。マルスランとジャクリーヌは顔を見合わせる。このようなことを、ルドルフ・レ・ハースブルクが口にしたなど古今聞いたことが無い。それだけに二人は、この先が恐ろしくてしょうがない。明らかにこの行為、本題の前置きなのだから。

「そして僕は君を過大評価していたようだ。顔を上げろ、無能」

 本題の、ラインベルカが、震えながらルドルフの方を見る。

「何か申し開きがあるなら先に言ってね」

 言葉は柔らかいがその奥に潜む絶対零度の冷たさに、ラインベルカは「ありません」と震え声をこぼすしか出来なかった。

「そっかあ、ないのかぁ。ふーん……なめてんのお前?」

 ルドルフは立ち上がって、ラインベルカの前に立つ。そして無造作に顔を蹴り飛ばした。

「お前から強さを取ったら何が残るんだよ、ああ!? 死神が負けて、何が残るかって聞いてんだよ! 答えろよ無能、凡人!」

 ルドルフはラインベルカを幾度も蹴る。ラインベルカは歯を食いしばってそれを甘んじて受けていた。部下たちが見かねて止めようとするも、他ならぬラインベルカのひと睨みで留まる。

「君には期待してたんだよ。僕の代わりに面倒ごとぜーんぶ任せて、僕はおっぱい祭りに勤しめるって信じてたんだ。それが何? 一番の長所で負けた? じゃあお前に何の価値があるの? ねえ、僕に教えてよ?」

 一言一言がラインベルカに突き刺さる。目じりに涙を浮かべるラインベルカ。

「へえ、あの死神が泣くんだ。あーあ、育成ミスっちゃったなあ。死神の力は欲しいけどね。ほら君扱いづらいじゃん? だから色々教えてようやく制御できるようになったのに。その所為で負けるし、泣くし、君に懸けたお金も手間もぜーんぶ無駄になっちゃった。僕がほしかったのは君じゃなくて死神なんだよ。そうじゃない君なんて要らないよね?」

 ルドルフに縋りつくラインベルカ。恥も外聞もなく、ただただ無言で縋りつく。それを見るルドルフの眼は、その場にいた誰もが震えるほど、冷たい瞳をしていた。

「弱い死神は要らない。肝に銘じておけ。とりあえず今回は大目に見てあげる。相手も相手だしね。でも次は無いよ。次があるようなら、君は要らない。処刑人として咎人と戯れる生活に戻ればいいさ」

 ラインベルカは涙をぬぐい、深く深く頭を垂れた。それに視線を合わせることなく、ルドルフは己が席に戻る。そして全体を睥睨し、

「今日の負けは僕の責任だ。僕の作戦で負けたし、僕の玩具が負けた。だから謝罪しよう。皆すまなかった」

 生まれて初めて人に頭を下げた。一番驚いているのは一番付き合いの長いラインベルカ。他の者もルドルフがこういうことをする性質だとは思っておらず、一様に驚きを隠し切れなかった。

「うん。やっぱり謝罪って気分が悪いね。もう二度としたくないや。ってわけで明日から僕が君たちを指揮するから。よろしくね」

 場が、凍った。

「とりあえず間抜けをさらした『黒』は一旦解体。マルスランとジャクリーヌが好きに使っていいよ。ラインベルカも二人の部下として扱ってね」

 さらに場が凍りつく。

「あ、あと作戦とか考えるの面倒だからてけとうに考えてきて。その中で僕が良さそうなの選ぶよ。一般公募にしたら面白いかな? どう思う?」

 ルドルフの視線の先にはマルスランがいた。問われたことに気付き、口を開く。

「そもそも、まだ戦うおつもりなのですか?」

 マルスランの問いは根本的なものであった。初日は三貴士こそ失わなかったものの、大敗と呼べる出来だった。深く攻め込んでいた者たちこそ精鋭が多く、それらの損失は額面以上のもの。しかも最高戦力である死神でさえ勝てなかった。ここから逆転などありえない。どう考えても無謀すぎる。

「もちろんさ。だって勝たないと王都に帰れないじゃん」

 それでも、当たり前のようにルドルフは勝つ気であった。

「まあ大船に乗ったつもりで楽にしてもらっていいよ。ここからはのらりくらりと楽をしよう。無駄に攻め込まず、無理に守りきらず、ゆっくりゆっくりとね」

 これほどの大敗の後、こんなにも気楽な責任者がいるだろうか。

「そしたら勝ってるさ。僕がなんて呼ばれてるのか、知ってるだろ?」

 神の子、『青貴子』ルドルフ・レ・ハースブルク。ハースブルク家男子三十番目の子にして、現在『嫡男』として扱われている男。上の者たちがどうなったのかを知る人間にとって、ルドルフを軽んじることなど出来るわけがない。

「僕、負けたこと無いんだよねぇ」

 ルドルフが矢面に立つ。普段おっぱいのことしか考えていない男が、とうとうこの舞台に足を踏み入れる。ウィリアム、ヴォルフ、遠くではアポロニア、燦然と輝き始める新星たちから少し遅れ、若手最後の大物が動き出す。

 巨星相手に、輝き昇る事ができるか。ルドルフの資質が試される。


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